皇帝には敵が多い。
 命は平等、命の重さは同じ……などという綺麗事など現実に通用する筈もなく、世界最高峰の権力者の命は誰より重く、その重さは敵の多さに比例する。
 だが同時に、味方も多い――――のが本来の姿なのだが、少なくとも現皇帝ノーヴェ=シーザーはそれを望んでいない。

 ノーヴェにとって、大勢の護衛を従えて周囲を威圧しながら歩く皇帝の姿は、自身の理想と程遠いもの。
 それどころか嫌悪の対象ですらある。
 そしてそれは、幼き頃に見た前皇帝――――父の姿そのものだった。

「おい、いつまですっ惚ける気だ? シュッと真相を吐きやがれ。お前さん、どの国から命じられた刺客だ?」

「だから違いますって! わたし、暗殺者とか刺客とか、そういう物騒な職業じゃありません! さっきのは、ちょっとカッコつけてみただけです!」

 父への反発心から、単独行動を好むようになったノーヴェは、様々な敵勢力から幾度となく暗殺者を仕向けられた。
 護衛がいないのなら、楽に始末出来る――――そんな思惑もあり、最初の頃は質より量、実に多種多様な刺客が命を奪いにやってきた。

 しかしノーヴェはその全員に勝利してきた。
 そして同時に、多くの暗殺者と戦い続けた事で、世界各国の軍事情勢だけでなく、戦闘技術の傾向も知る事となった。
 暗殺者の技能は特殊だが、それでもその中には各国の特色が少なからず反映されている。
 ノーヴェが世界屈指の剣士となった背景の一つに、どんな敵でも、どのような技術を用いる相手でも対応出来る知識と経験を有しているところにある。

「……チッ。思った以上に厄介だゼ」

 そのノーヴェが、今回は自分の前に現れた女性の正体を掴めずにいる。
 だがユグドは、琥珀の間で拘束されたその女性を見た瞬間から、それも無理のない事だと理解していた。

「あの、差し出がましいようですけど……意見を言っていいですか?」

「俺様とお前さんの間にそんな遠慮は不要だゼ。シュッと言いな」

「いや、別に貴方が恐れ多くて言い淀んでる訳じゃないんですけど」

 ユグドは腕組みをし、瞑目し、首を捻り、肩を竦め、目を開けると同時に遠くを長め、その間に熟慮し――――

「……多分、この人は刺客じゃないと思うんです」

 ノーヴェが捕らえロープでグルグル巻きにされている、着ぐるみを着た女性を一瞥しながらそう告げた。

「スタイリッシュな結論だゼ。俺様も薄々は感じてたんだがな」

「だから何度も言ったじゃないですか! わたしはルリィ=ジューズという名前の冒険者なんです! 神に誓って怪しい者ではありませんから!」

「いや、それはない」

 着ぐるみを着て山地へ赴く普通の人などこの世にいる筈もないので、ユグドの対応もしょっぱくならざるを得ない。

 容姿自体は決して悪くなく、寧ろ美人の部類。
 派手さはないが、栗色の鮮やかな髪を目にかけたその顔立ちは、気品すら漂わせている。
 日焼けもしておらず、透き通るような白い肌も含め、何処ぞの令嬢に見えるくらいの器量だ。

 が、身につける衣装でその全てを台無しにしているのは言うまでもない。
 ドラゴンを可愛くデフォルメしたと思しき着ぐるみは、気品以前にまともな大人が身につける物ではない。
 アクシス・ムンディの中にも全身甲冑を常備している変人がいるものの、着ぐるみの奇抜さには及ばない。

「な、なんて生臭い目で見るんですか……っ! そんな目で見られたのは初体験ですわたし! 屈辱的です!」

「こっちも目を生臭いって言われたの初めてですよ。なんつー言い草ですか」

「仕方ないじゃないですか。そんなに不愉快そうに見られたら、悄気込んじゃいますよ! もうもう!」

 どうやら精神面も服装と同じく幼い様子。
 声のみで出現した当初の神秘性は最早遠い過去となっていた。
 ユグドは辟易しつつも、こめかみの辺りと色々な感情を抑えながら視線を彼女の左手へと向ける。

「……ま、いいです。貴女の発言が正しいと仮定しましょう。で、その悪魔の爪みたいなのは何なんです? それもドラゴンの変装用アイテムですか?」

  女性の左手は着ぐるみから露出しており、その手には五本の指それぞれに角状の爪らしきものが装着されている。
 指にはめ込み装着するタイプの装備品で、曲線を描いた形状になっており、その先端は鋭く尖っている。

「あ、これは単なる武器です。主に目潰しの為の」

 視力を奪う事に特化した攻撃手段が好みらしい。
 その返答から、ユグドはある種の一貫性を感じ取った。

「成程。ならその着ぐるみは相手を油断させる為のギミック――――」
「いえ、寝袋代わりになるので愛用しているだけです。温かいですよ? 冬は防寒具代わりにもなりますから」

 皮肉でそう言っている訳ではないらしく、ルリィと名乗った女性は本気でそう答え、堂々と胸を張る。
 着ぐるみなのでその胸の大きさはわからないが、最早彼女の女性としての魅力に関心を抱ける筈もなく、ユグドは鈍痛が止まらない頭をそっと抱えた。

「そういう訳で、わたしは迷宮国家シェスタークの冒険者ギルド【マゼ】に所属している、坑道や洞窟が三連休より好きなごく普通の冒険者なんです」

「着ぐるみを着て悪魔の爪を装備した坑道マニアの冒険者が普通だとしたら、オレの知る普通とは随分と認識にズレがありますね……」

「わたしはただ、良い坑道があるという噂を聞いて、ここへ来ただけです。そしたら先客がいて、なんか『隠れてないで出てこい』って言うじゃないですか。なら勿体ぶって出て行かないのが礼儀ですよね?」

「そんな礼儀はない」

 いつにもまして淡泊に対応するユグドの隣で、ノーヴェが剣を鞘に収める。
 流石にこれ以上の警戒は精神の無駄遣いと判断したらしい。

「……ま、お前さんの正体については保留にしておくとして、問題はお前さんの目的だ。本当に、この坑道をシュッと見に来ただけなのか?」

「はい。そこに坑道や洞窟があれば世界の何処にだって駆けつけるのが冒険者です」

「普通は財宝とか未踏の地だと思うんですけど……そういうのを見つけに来たんじゃないんですか?」

「わたしは見た事ない坑道が見られればそれでいいですよ? だって坑道、ロマンがあるじゃないですか! 蝙蝠だって飛んでいますし」

 その気持ちは一切理解出来ず、ユグドは明らかな苦手意識をこのルリィに感じながらも、彼女の発言の真偽について思慮を巡らせた。

 仮に――――このルリィがノーヴェを殺す為に差し向けられた刺客だとすると、不可解な点が一つ。
 実際には一つどころか服装をはじめ山ほどあるが、それら全てに目を瞑っても別の問題が生じる。
 彼女がこの場所にいる事実そのものだ。

 街中で突然ハイドラゴンに乗り、一直線に此処へやって来た経緯から、尾行された可能性はゼロ。
 となると、このトリアンゴロ山脈で待ち伏せていた事になるが、この水も食料もない山で来るかどうかわからない相手を待つとは考えにくい。
 ならばそれよりは、彼女の発言が真実である可能性の方が遥かに高いだろう。

「……ノーヴェさん。彼女は――――」

 そう結論を導き出したユグドは、静かに告げる。

「このまま拘束しておきましょう」

「え、えええええ!? そんな推定有罪はダメです! 冤罪ですよ!」

「スタイリッシュ。意外だゼ。てっきり縄を解くように言ってくると思ったがな、お前さんなら」

 ルリィは勿論の事、ノーヴェも意外そうに細い目を若干広げる。
 実際、ただの冒険者ならこれ以上の束縛は無意味だし、無害な人物を拘束し続けるのが好ましくない行為なのは言うまでもない。
 だがユグドはそれを提案した。
 理由は――――

「……でも、貴方はそうするつもりだったんでしょう?」

 ノーヴェにしか聞こえない小さな声で、ユグドはそう呟く。
 それに対し、ノーヴェは珍しく露骨に驚いた表情を見せた。

「お前さん……どこまで俺様の思考を読んでやがる?」

「全部じゃない事は断言出来ます。とは言っても、不自然な事は不自然だと気付くくらいの事は出来ますよ」

 不自然――――その言葉と共に、ユグドの視線はルリィへと向けられていた。
 その全てが不自然な彼女ではあるが、格好や発言以上に"不自然な点"が一つある。
 それが、拘束継続の理由だった。

「スタイリッシュ。ならお前さんの意見を尊重するとしよう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! わたしこのままですか!? せっかく初めての坑道に来てワクワクウキウキしてたのに、同じ景色ばっかりの時間はイヤですよ!」

「それじゃ、中断になってた遺産の探索をシュッと再開するゼ。この部屋の外を探すんだったな」

「無視しないでくださいよう〜!」

 批難の声が坑道内に響き渡る中、ユグドノーヴェに従い、琥珀の間を出て壁や足場に仕掛けがないか念入りに調査を始めた。
 尤も、仮に見つかっても直ぐにノーヴェの手中に収める事は出来ないが――――

「……」

 ふと、ユグドの手が止まる。
 何者かが22の遺産をここに隠し、ノーヴェに入手させ、その場面を監視に目撃させて、所有権の問題を訴える――――という罠の可能性があると先程考察したが、そこには一つの問題点があった。

 目撃証言の信憑性だ。

 このような人里離れた山地の坑道で、偶々ノーヴェの犯罪行為を目にした、というのは余りに信憑性が薄い。
 ノーヴェを尾行していたら、その場面に出くわした――――と正直に言えば、皇帝を尾行するという無礼過ぎる行動を暴露する事になる。
 そのような人物の証言を真実と仮定するのは難しい。

 ユグドは当初、ルリィこそがノーヴェの監視役ではないか、と疑っていた。
 つまり、刺客や暗殺者ではなく監視役。
 あの道化じみた行動や服装は擬態で、実際には注意深くノーヴェを観察しているのでは、と。
 そしてそれは、ルリィに感じている"不自然な点"にも矛盾しない。

 だからこそ拘束の継続を提案したし、ノーヴェもそうするつもりだったのだろうと目してした。
 本来、ノーヴェに見つかってはいけない立場だが、そこはノーヴェの察知能力の高さが上回ったのだと。
 仮に見つかってもいいようにと擬態していたと考えれば、あの奇抜な着ぐるみもどうにか納得が出来る。

 けれども、もしこの人物が監視役だとすれば、目撃証言の信憑性という点で疑問がある。
 本当に冒険者かどうかは不明だが、仮にそうであれば、これだけ奇妙な格好をしている時点でまともな人間とは思われないだろう。
 経歴を偽っていたとすれば、その時点で怪しすぎる。
 いずれにせよ、ルリィはノーヴェの所有権侵害の目撃者として相応しい人物とは言い難い。

 だとすれば、この状況は――――

「どうした? ユグド。シュッとしない顔だゼ」

 思案顔に対し妙な表現をされたユグドは、ノーヴェには答えず、辺りを見渡す。
 坑道には今も蝙蝠が飛び交っており、不穏な空気を漂わせていた。

「ノーヴェさん。蝙蝠って確か、人間には聞こえない音を出すんですよね。その反射音で壁や獲物との距離を測るとか」

「ああ。超音波、ってヤツだな」

 人間には聞こえない音。
 そして、ルリィのあの姿。

 それらの材料が――――ユグドに一つの"仮説"をもたらした。

 問題は、その仮説をこの場で披露すべきか否か。
 もし披露すれば、真相が判明するかも知れない。
 しかし同時に、真犯人――――この状況を生み出した張本人がほくそ笑むかもしれない。

 果たして、どうすべきか。

「何だ? シュッと何かわかったのか?」

「……いえ、何でもありません」

 ユグドは仮説の封印を選択した。
 正しいとは限らない、確証はない――――そんな消極的姿勢ではなく、別の意図を持って。

「取り敢えず、捜索範囲を広げましょう。この辺りにはないみたいですし」

「そうだな」

「うわーん! 坑道歩きたい! 坑道の独特な空気の流れを感じたい! もう耐えられませんよー!」

 冒険者ルリィの絶叫が聞こえてくるも、拘束はそのまま日が暮れるまで継続した。

 


 結局その後――――
 22の遺産らしき物は何も見つからず、大きな成果を得る事のないまま、ユグドとノーヴェ、ついでに憔悴しきったルリィはトリアンゴロ山脈をあとにした。

 そしてそれから二週間後。

 ルンメニゲ法に基づいた所有権を侵害したとして、皇帝ノーヴェ=シーザーが国際裁判にかけられる事が判明した。










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