父は優れた皇帝ではなかった。
 少なくとも、幼少のノーヴェ=シーザーはそう理解していた。
 何故なら彼は、力をもって帝国を、そして世界を支配しようと考えていたからだ。

『ノーヴェよ。抑圧による支配こそが唯一の正しい皇帝の務めだ。帝王学など全て理想論に過ぎん。民の人心を掌握したところで、よき皇帝になれる訳ではない』

 口癖のようにそう言って聞かそうとした父親を、ノーヴェは哀れんですらいた。
 力による支配。
 抑止力。
 確かにそれは必要なものだ。
 だからこそこの世には法律が存在し、罰則が設けられているのだから。

 だが、国を治める者自体が法律となるのは、余りに安易。
 成長したノーヴェは、幼き頃からの持論を変える事なく、父に反発し続けていた。

 力こそが正義――――その信念の元に父が作り上げた帝国ヴィエルコウッドは、確かに諸外国から侮られる事なく、帝国の名に相応しい威厳を保ち続けていた。
 だが、世界から戦争の頻度が減り、平和な時代が到来すると、その手法はたちまち『時代遅れ』と罵られるようになった。

 対外的には余裕を崩さずにいた父親は、その一方で身内に怒りの矛先を向け、苛立ちを隠さず暴力をふるうようになった。
 ある日を境に母親を見なくなった理由をどう解釈すべきか、ノーヴェは今も悩んでいる。
 いずれにせよ、力による支配で皇帝の重圧をはね除けようとした男の末路は、自分の家族すら守れない哀れなものとなった。

 そんな男が正気を失ったのは、息子であるノーヴェに完膚無きまで叩きのめされた日の事。
 当時10代半ばのノーヴェは、既に剣士としての才能を開花させ、鍛え抜かれた身体は父親の暴力などに屈する事のない力を手にしていた。

 時代に敗れ、息子に敗れ、そして――――己に敗れた帝国ヴィエルコウッドの長は休養を発表。
 その数年後、譲位という形でノーヴェは皇帝となった。

 先代の皇帝は力に腐心した。
 よからぬ団体と手を組み、人智を超えた"何か"を生み出そうとしていた。
 それは支配の為の武器。
 より正確には『力による支配が通用する世界の再構築』の為の武器だ。

 故にノーヴェは思う。
 全ての責任は自分にあると。
 前皇帝たる父を打ち負かし、自らが皇帝となった責任。
 それは自国の民が寄せる期待よりも、他国が向けてくる敵意や親愛、重圧よりも遥かに大きく、そして尊いもの――――

 


 若き皇帝の心から"支配欲"が失われた本当の経緯を知る者はいない。
 以降、稀代の天才はその才能を侵略や我欲へ向ける事は一度としてなかった。

 帝国ヴィエルコウッドは今、眠りに就いている――――そう揶揄する国内の権力者は多い。
 武闘派、貴族、反政府派……その理由は様々だが、共通しているのは領土、経済、技術、あらゆる分野において上を目指すべきだという上昇志向。
 決して間違いではないが、世界平和と相容れるのは容易ではない。

 ノーヴェは確信する。
 その上昇志向の先に、戦争があると。
 その境界を人の目と知恵と理性で見定めるのは極めて困難であると。

 自分は決していい皇帝ではない。
 父親と比べて、どちらが好まれる皇帝かと言えば、間違いなく自分ではない。
 ノーヴェは確信する。
 だからこそ、力をもってその不利を補う必要があると。

 支配ではなく象徴。
 抑圧ではなく敬愛。
 皇帝として更なる高みを目指し、ノーヴェは力を求めていた――――









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