その夜。
 久々に夜寝泊まりする住民を失い、寂寞感を漂わせる守人の家の入り口の前で、ユグドとクワトロの二人が夜風に吹かれながら星空を眺めていた。

 既に他の団員は帰宅済み。
 特に示し合わせて居残った訳ではないが、アンリが帰った事で、マニシェへの遠征から始まったこの二ヶ月を総括する流れがなんとなく出来上がっていた。

「それにしても、ヌシの発想力には驚かされる。いや、寧ろ称賛すべきは決断力であるか。あの場で即、武器屋と提携、アクシス・ムンディそのものを概念構成とした武器を作ると決意したのだから、恐れ入る」

「オレよりもコルディックさんでしょう。あの場で1,000人分の武具の購入資金を半分立て替えてくれると約束したんですから。普通、そんな事出来ませんよ」

「我には、ヌシがそう仕向けたように見えたがな。武器は人殺しの道具――――あの発言が、彼を突き動かしたのだろう。いや、そうではないという証を手に入れる為に」

「……」

 敢えて返事はせず、ユグドは夜空へと視線を移した。

「ま、結果的に損させる事にはならなくてよかったです」

「フッ……ヌシには確信があったと思うのだがな」

 クワトロは、実は割と笑う。
 ただ、大声で下品に笑う事は決してしない。
 そんな彼の佇まいを、ユグドはとても気に入っていた。

「聞かぬのだな」

「え? 何がですか?」

「ヌシなら気付いているのだろう。我の銀剣・雪月花と、アノーニモの鍛冶場にあった銀剣・曼荼羅との関連性に」

 ユグドは再び沈黙し、今度は虚空を見上げる。

「……アンリさんは、フツーの剣って言ってましたよ」

「今はそうであるが、元々はそうではなかった。この銀剣・雪月花は……銀剣・曼荼羅そのものなのだ」

 同種類の剣ではなく、同一の剣――――その奇妙な話に、それでもユグドは疑いを持たない。
 クワトロが冗談を言う人間ではないと知っているから。

「銀剣・曼荼羅は、所有者を狂わせる代償として強力な武器となる異質な剣であった。だが、それだけに留まらぬ剣でもあった。所持者がいなくなり放置された剣は、その周囲にまで邪気を放つようになったのだ」

「……呪われし剣、って感じですね」

「まさにそのような剣であった。誰かが所持しておけば、その邪気は所有者のみに向けられる。それ故、人身御供が必要となった」

 それが――――幼き日のクワトロだった。
 彼の目がそう語っていた。

「我はマニャン出身ではない。だが、マニシェ出身でもない。当時、我は"孤児"としてアノーニモの近くに住んでいた。出自は不明。人身御供としては最適な人材であろう?」

 無論、ユグドはその問いに頷く事は出来なかった。
 余りにもむごい話だ。
 だが、それだけ銀剣・曼荼羅の放つ邪気がすさまじかった、とも言える。
 子供を犠牲にしてまで止めなければならないほど。

「現在、アノーニモに飾ってあるのは、銀剣・曼荼羅の複製品なんですね」

「ヌシと話をしていると、冗長なのか手短なのか判断に迷う」

 それは事実上の肯定だった。
 複製品ならば、アンリの言うように『フツーの剣』なのは当然だ。

「我は銀剣・曼荼羅の影響で記憶を所々失い、イエロを離れ、マニシェを離れ……中立国家という冠に惹かれ、マニャンへと流れ着いた。その頃には、この銀剣・曼荼羅は特殊な力を失っていた。依然、名剣ではあるのだがな」

「……」

 その理由をユグドは知る由もなかったが、想像する事は出来た。
 持ち主を壊し、力を発揮する武器。
 ならばその力の源は、持ち主の壊れ具合によって変わってくるのではないか。

 つまり――――クワトロはもう、かなりの割合で"壊れて"いるかもしれない。 
 剣の糧となる事が出来ないほどに。

「そこでチトルに拾われ、アクシス・ムンディへと加入したのだ」

「そうだったんですか」

 ユグドは途中からの参入とあって、全員の加入動機や状況を知らない。
 そして、その事を話す機会もなかった為、今までクワトロがアクシス・ムンディに入った経緯は全く知らなかったし、誰にも聞いていなかった。

 聞く事で、傷付く者もいる。
 各国からの寄せ集めであるアクシス・ムンディには、そういう面もある。

「あのような、妙な格好をしておる童がいては、気になるのも道理であろう? その後、気付けば我はあの子に連れられ、ここへと来る事になり、職場を得たのだ」

「なんとなく、想像出来ますね」

 チトルはアクシス・ムンディの中でも大人しい部類に入る子だが、芯の強さはクワトロにさえ匹敵する。
 護衛の仕事において、彼女の一番の強みはそこだ。
 一度与えられた役割は、例え体調を崩そうと、危機が訪れようと、断固として果たす。
 戦力的には色々と偏っているが、ユグドのチトルに対する信頼は厚い。

「記憶が所々失われているそうですけど……アノーニモの事も?」

「うむ。断片的な記憶はある故に、結果としてヌシらを案内する事となったが。あの銀剣・曼荼羅の複製品を見て、殆どの記憶が戻ったようだ」

 だからあの時、ずっと黙っていたのか――――ユグドは当時のクワトロの様子を思い出し、同時に納得を得た。

 意外と演技が上手い。
 つい最近知ったクワトロの特技。
 それもその筈、彼はずっと演じている。

 ――――何も壊れていないという自分を。

「ユグドよ」

 そんなユグドに、クワトロが語りかける。
 これまでと何ら変わらない語調で。 

「我は今も、銀剣・曼荼羅によって何処かが壊されているやもしれぬ。もし我がアクシス・ムンディの害になると判断したならば、直ぐに我を始末するようラシル殿に言って欲しい」

 余りに、重々しい決意を。

「我はアクシス・ムンディがあったからこそ、こうして生き長らえている。チトルに拾って貰い、今がある。ならばアクシス・ムンディの為、彼女の居場所を護る為に生きるのが道理。それ故にここにいるのだが……生涯を終える日まで正気でいられる保証はない」

 幼き日に自分の意思とは関係なく持たされた、呪いの武器。
 今はそれを手放さない事で、クワトロは当時の大人達のツケを払っている。

 誇り高き男。
 ユグドはそんな彼を、心底尊敬した。

「もし、クワトロさんが正気を失ったら……戦って元に戻しますよ」

「む……?」

「オレがアクシス・ムンディ印のこん棒で頭を殴ってやります。そうすればきっと、正気に戻るでしょう」

「成程。ならば、そうして貰うとしよう」

 クワトロは意外とよく笑う。
 だが、心からの笑顔を見せた事は、一度もない。
 それはユグドも同じだった。

 己の大事なものを護る為に生きる。
 だが、それは大事なものを危険に晒すかもしれない。
 二つの理想の間で揺蕩う剣先は、果たして誰に、何に突きつけられるのか。

「あー! お二人ともまだ帰ってなかったんですかかえー!」

「ん……? チトルさんこそ、なんで帰ってないんですか」

「うっかり寝過ごしていましたねすー。危うくサビるところでしたさびー」

「……よもや、その甲冑と一体化してるのではあるまいな」

 何気ない一日が今日も終わる。
 ひんやりとした夜の風が、まるで子守歌のように守人の家に絡みつき、暫くその場に留まり続けた。












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