特定非営利活動法人〈ゴーイン〉は、常に危ない橋を安全に渡ってきた。
 少なくとも代表を務めるゲルミル=ゴーインはそう自負してきた。
 マニャン保全連盟に限らず、様々な組織・団体から寄せられる注文に対し、臨機応変に対応し、信頼を勝ち得てきたと。

 当然、全ての注文に対し真っ当な方法で対処出来る訳がない。
 "臨機応変"の中には人道的観点、社会的観点、法律的観点において越えるべきでない線を越えているケースも多様に含まれている。
 だからこそ、〈ゴーイン〉は様々な組織に重宝される存在となっていた。

 ゲルミルには強い自負があった。
 中立国家マニャン、その主要都市であるバルネッタにおいて、大きな影響力を有していると。
 彼に表立って逆らえる人間は、この都市にはいないと。
 少なくとも、そう確信するだけの後ろ盾を作ってきたと。

 よって、日常生活の中で何かに威圧されたり緊張を強いられる事はなく、常に快適な時間を過ごせる。
 ある種の理想郷だ。

 だが――――

「守護シリーズの今月の注文数、今年発売したマニャンの新作武器の総数を超えているそうです。まだ商品化されたばかりにも拘らず」

 何事にも例外はある。
 例えば突然、工匠ギルド本部の副長がフラッと現れた日には、理想郷は一瞬で崩壊せざるを得ない。

「盲点でしたよ。握る手を守る為の護拳を柄に付けた武器は今までもありましたけど、盾と武器を一体化しつつ実用性を確保した武器とは。これなら、戦争がなくなった世界でも『自衛の為』として売り出しやすいし、盾の部分を装飾すれば芸術品として、風変わりな紋様を入れれば魔除けとしても成立する。感服しました、実に素晴らしい案だ」

 工匠ギルド副長、イーズナー=ファルジュアリは徐々に早口になっている自分に気付かないまま、親指の爪を噛み始めた。

「確か、この守護シリーズの企画書を我々に提出したのは、君が『廃棄物』の換金先に選んだ相手……でしたね」

「えぇ、えぇ。間違いありませんよぉ」

 ゲルミルはこれから、自分が褒められるのではと思っていた。
 自分があのアクシス・ムンディに目を付けたからこそ、ヒット商品が生まれたのだと。
 だから素直にそう答えたのだが――――

「やってくれましたね。我々の面目は丸潰れです。まさか他国からの輸入品に等しい企画が、我々が用意したあらゆる武器を凌駕し普及していこうとは」

「ぅえ……? ぃ、いや、でもそれは……黙っていればいい事でぅは? 皆、守護シリーズはマニシェで作られたと思っているかと……」

「正式名称をご存じないようだ」

 イーズナーはにこやかに微笑み、書類の中の一枚をゲルミルの前に差し出す。
 そこには、彼らが『守護シリーズ』と呼んでいる武器の中の一つが記されていた。

「アクシス・ムンディ印のショートソード……?」

「商品化はまだ先だが、他にもレイピアやランスなど、設計段階の武器は合計53種ある。その全てに『アクシス・ムンディ印』なるフザけた冠が付いているよ。商標登録された正式名称としてな」

「ぅあ……」

 特許商標庁が受理した以上、その名前は正式名称となる。
 幾ら『商品名』として別の名前を用意しようと、調べようと思えば簡単に調べられる。
 守護シリーズがアクシス・ムンディによって企画された物なのは、公然の事実となっていた。

「商標登録が認定される前に報告を受けていれば、特許商標庁に圧力をかけ却下させる事も出来たのだがね」

「ぅす、すいません! そのぅ、偶々、偶々見落としてぇ……!」

「日頃からチェックしていなかったのだろう? 『国際護衛協会〈アクシス・ムンディ〉』が受理されたのも同じ理由だ。君は基本、仕事が出来ない人間のようだ。付き合い方を考えねばなるまい」

「そ、そんなぁ……」

 いつの間にかイーズナーの言葉遣いが変化しているのにも気付く余裕もない。
 ゲルミルの理想郷は、粉々に砕けていた。

「……ま、いいでしょう。余り長居をする気もない。ボイル、行きますよ」

「はっ」

 恭しく一礼するボイル――――自身の右腕として常に同行させている秘書に扉を開けさせ、イーズナーはゲルミルを一瞥する事もなく、応接室を後にした。
 茫然自失、そして傷心のゲルミルに、ボイルは温和な微笑みを向ける。

「残念ですが、貴方の人生はここで終わりました」

 その顔のまま、抑揚のない口調でそう告げ、彼もまた部屋を出た。
 そして背後から聞こえてくる叫び声に耳も貸さず、前を歩く主を追う。

「これから、如何なされますか?」

「予定通り、アクシス・ムンディを訪ねる。彼らは『造り置き』についても当然、把握しているだろう」

「口止めですね?」

「いや……ロクヴェンツの龍騎士とツルんでいる連中だ。事を荒立てるのは危険だろう。加えて、帝国の王と懇意にしているという噂も聞く」

「左様ですか。ならば、牽制のみに留めるしかなさそうですね」

「ああ。厄介な連中と関わってしまったな。何より……"あの男"もいる。最初は惚けているか見て見ぬフリをしていると思ったが、どうやら違うようだ」

「【崩剣レーヴァティン】ですか」

「フン。皮肉なものだな。自らを崩壊させてまで守った場所に、今は己の居場所がないのだから」

「しかし、22の遺産の在処が一つ判明したのは、大きな収穫です」

「その通りだ。帝国の王に後れを取るな。『付加価値の頂点』たる遺産は、我々が必ず手に入れる。全てな」

 足音と踊るように、彼らの声は特定非営利活動法人〈ゴーイン〉の建物内で奔放に、そして忙しなく紡がれていた。

 

 

 ユグド考案、1,000人分の武具を材料とし開発された『護る為の武器』は、瞬く間にマニシェ中の鍛冶師によって製造され、そして売れまくった。

 その名も『アクシス・ムンディ印の守護シリーズ』。
 実際には『守護シリーズ』として売られているが、各武器と一体化させた盾にはこっそりと、でもしっかりと『アクシス・ムンディ』の印がしっかり刻まれている。

 盾と一体化した武器――――それを実際に製造するのは、決して簡単ではなかった。
 基本的には護拳を盾に拡大したり、剣身の幅を広くして盾に見立てたりして、より『受け』に特化したデザインで落ち着いたが、武器の種類によってはそれが難しいケースもあった。

 最大のネックは重さだ。
 クレイモアやバスタードソードのような両手剣、槍や斧といった重い武器はそうでもないが、元々軽さが武器の短剣や爪に関しては、盾付属によってメリットが消される恐れがある。

 そこで、アクシス・ムンディ全員で会議し、案を募ったところ――――

「チトルさん。今回の件での貢献を称え、金一封を贈呈します」

「ありがとうございますありー」

 ギッチョン、とお辞儀し封筒を受け取ったチトルが妙案を捻出した。

「お手柄ね、チトル。柄の先っぽにちっちゃい盾を付けるなんて発想、私にはとても無理よ」

「そんなスィスチさんそんな、照れますてれてれー」

 素直に拍手を送るスィスチに、チトルはふにゃっとした笑みでゴキゴキと頭を下げる。
 本来は朝に手渡す予定だったが、日中に工匠ギルドの副長による視察があった為、仕事終わりにあらためて行われた贈呈式。
 全員の拍手がチトルを擽るように鳴り響く。

 柄の先端に盾――――そんな斬新というより悪フザケとしか思えないチトルの案をダメ元で試してみたところ、意外と実用性を損なわない事が判明。
 剣身の重さとのバランスを綿密に計算し、かつ滑稽にならないデザインを考える必要があったが、そこさえクリア出来れば十分に商品化出来る武器となり得た。
 何より、短剣とあって女子供でも使用可能な点が大きい。
 護衛用としては最適だ。

「ま、半分くらいはわたしの手柄だと思うけどねー」

 そう堂々と言い放ったのは、デザインを担当した天才鍛冶師ことアンリ。
 イオは既にマニシェへ帰っていたが、彼女は自分の鍛冶場がブランにある為、一緒には帰らず暫く『守人の家』に留まっていた。

 ちなみに、伝説国家ブランはマニャンの西部と隣接する、お隣の国。
 なので帰ろうと思えば直ぐに帰れるという事情もある。
 マニャン語は一切喋れないとのことだが、特に気にする事なく二ヶ月間守人の家に寝泊まりしていた為、すっかり顔なじみになってしまった。

「アンリさんにも感謝ですしゃーしゃー。お礼に夕食驕りますおごー」

「いーっていーって。わたしってば天才だから、お金は簡単に稼げんの。そんな半分もいらないって」

 ぶっきらぼうなようで気さくなアンリは、ギコギコするチトルに対しニッと微笑み、椅子の上でふんぞり返っていた。
 なお、会話の内容は微妙に噛み合っていないが、言語が異なるので致し方ない。

「納得いかないっしょ……納得いかないっしょ!」

 その隣で、ずっと顔を伏せていたセスナが急に勢いよく立ち上がる。
 呼応するように、ユイも笑顔で立ち上がった。

「何が納得いかないんですか、セスナさん」

「チトルだけ金一封なんて、不公平っしょ! あーしの案だって商品化すれば大ヒット、ボロ儲け、ウッハウハーのウッシッシだったっしょ! ユグドは見る目ないっしょ!」

「ユイの案も負けてなかったにゃん! これからでも遅くないにゃ、商品化を希望するにゃん!」

「ならばわたくしも言わせて頂きますわ! 不公平ですわ! 贔屓ですわ! 訴訟ですわ!」

 流れに乗ってフェムまで立ち上がり、ユグドへ罵声を浴びせ始めた。

 今回、ユグドは自身が立案した『護る為の武器』に関して、メンバー全員に対しアイディアを出すようにと要求し、企画書を提出させた。
 その結果、実際に商品化が決定したのはチトルの案と、あと一人のみ。
 あとはてんで使い物にならなかったので、ユグドとアンリとイオの三人で最寄りの鍛冶場を借り、設計図の作成から完成までを進めたのだが――――

「……では、みなさんの出した企画書について、どうして採用しなかったかを一から説明するとしましょう。安心して下さい。一切手抜きなしで事細かに何処がダメだった何が愚かだったかどうして生まれてこなければよかったのかをじっくりゆっくり教えます」

「あ、やっぱいいっしょ。ナシっしょナシっしょ」
「ユイも調子に乗ってたにゃん。取り消すにゃんよ」
「わ、わたくしもついつい空気を読んでお二人に合わせてしまいましたわ。聞かなかった事にして欲しいですわ」

「ダメですよ。まずはセスナさんの『短剣に網をひっつけて振るとブワッと網が広がる武器』についてですが……」

「ぎゃーっ! 改めて説明口調で言われるとスッゴい恥ずかしいっしょ! あーしが悪かったっしょーーーーっ!」

 しかしユグドの説明は終わらず、続いてユイ案『相手の武器を絡め取る為に剣身をフック状にした短剣』、フェム案『踊りながら敵の武器を絡め取る為に柄を鞭にした短剣』がことごとくダメ出しを受け、無駄に討ち死にしていった。

「ぎゃっはっは! オメーら普段俺様をバカにしてる割にだらしねーな!」

「り、リーダーに笑われてるっしょ! こんな屈辱、護衛中に『おねえちゃんお仕事何? 立ってればいい人?』って近所の子供に言われて以来っしょ!」

「リーダーだってどーせ下らない案出したに決まってるにゃん! ユグドに肘槌よりキッツい説教食らえばいいにゃ!」

「ところが、リーダーの案は商品化しました」

「「何ーーーーーーっ!」」

 セスナとユイは二人揃って顎を外す勢いで叫び、白目を剥いた。

「ぎゃーーーーっはっはっは! そういう訳だよぉーセスナ君、ユイ君。俺様の才能はクリエイティブな面に爆発したんだなぁー!」

 シャハト=アストロジー。
 アクシス・ムンディを束ねるその男の実力が今、ついに陽の目を見――――

「で、その月間売り上げが出たんですけど、売れたのは一品だけです」

「るぅー……」

「それも返品されたそうで。お怒りの手紙がそっと添えられてました。読みます?」

「……ユグドぉー。もしかして嫌がらせの為に商品化したかぁー……?」

「まさか。真剣にアリと思ったんですよ。ダメでしたけど」

 尚、シャハトの企画した武器は『左右の鍔を剣身の方向に動物の角のように伸ばし、三叉にした短剣』というものだった。
 三叉の隙間、剣身と鍔の間に相手の剣を収め、絡め取るという使い方が出来れば……と思い商品化してみたが、なんかダサいと思われたらしく、売れなかった。

 とはいえ、その生産数は最小限に搾っている為、実害はほぼなし。
 チトル案の護衛用ダガーやショートソードの守護シリーズはかなりの人気を博し、またイオにデザインを頼んだ槍全般も『魔除け』としての多くの人に売れ、武器屋【アノーニモ】との提携は大成功に終わった。

「でもォ、ぶっちゃけこれってどうなのォ? 使いやすいのォ?」

 試作品の一つ、アクシス・ムンディ印のロングソードを掲げながら、ウンデカがトゥエンティへねっとり問いかける。
 アームブレードのように腕に装着して使うタイプの剣ではなく、鍔の部位を盾に模した形状としている為、面積が大きくそれなりに重い。
 それでも両手なら問題なく扱えるが。

「うーん、おれなら買わないかなー。慣れるまで時間かかりそうだし」

「もっと改良は必要でしょうね。その辺は、コルディックさんに一任してます。ま、オレ達としてはアクシス・ムンディの名前が売れればそれでいいんですけどね」

 アクシス・ムンディの印が入った武器が普及すれば、当然とてつもない宣伝効果になる。
 工匠ギルドが謳っている『付加価値』を体よく利用させて貰った形だ。

 最大の危機を最大の好機にすり替える。
 交渉士ユグドの本領発揮だ。

「相変わらず騒がしい家。壁全部鋼鉄で囲めばいいのに」

「あ、リンさん。久し振りですね」

 およそ二ヶ月ぶりの現れた少女に、ユグドは歓迎の微笑みを向ける。
 すると――――

「……なんか、ヤバそうって聞いてたから。でも大丈夫だったって聞いて……」

 ついっとそっぽを向きながら、リンはそれなりに気に病んでいた事を自白した。
 つまり、様子は気になっていたけれども遠慮して踏み入れず、大事に到らなかったと知ってやって来たらしい。

「これ、約束の仕事。こんなヘッポコ揃いの護衛団には不釣り合いな美味しい依頼」

「あれま。あんな口約束を律儀に……ありがとうございます」

「別に。借りを返しただけだから。そんじゃ」

 素っ気ない態度で、リンは早足で会議室を、そして守人の家を出て行った。
 結局ユグドとは一度も顔を合わさず。

「……あの子、いつもと様子が違わないン?」

「体調が悪かったんでしょ。そういう日もありますよ」

 リンの話した"約束"の意味を知る者はユグド以外にいない。
 つまりは、そういう事だった。

「さーて。そんじゃ、わたしもそろそろ国に戻るとすっかな」

「お帰りですか。今回は良い仕事してくれてありがとうございました。しかも格安で」

 席を立つアンリに、ユグドは素直に頭を下げる。
 天才故の余裕か、報酬は後払い、しかもかなりお手頃な料金で受けてくれた彼女へは感謝の念を抱かずにはいられなかった。

「ま、わたしにとっちゃ、ゲイちゃまとの出会いが一番の報酬だからねー。これからもレアな武器見つけたら声かけて。普段はブランの【ハーレッド工房】ってトコで生息してるから」

「わかりました。発見次第手紙を送ります」

 多くの討ち死にした面々が悲鳴をあげる中、ユグドはヒラヒラと手を振るアンリの後ろ姿を見送り――――大きく安堵の息を吐いた。











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