「昨日訪れた、もう一つの武器屋であるな?」

 得意の神出鬼没、そして先走り。
 音も立てず、ユグドの隣にクワトロは突然現れた。

「クワトロさんも気付きましたか」

「うむ。何故質を下げ武器を量産しているのか、それが引っかかっておったのだが、ようやく納得行く答えに辿り着いたのだ」

 蓄えている髭を左手で擦りながら、クワトロは口元を緩める。
 昨日はやや様子がおかしかったが、今のクワトロは普段通りだ。

「昨日訪れた武器屋……名は確か【ラファーガ】であったか。あの取次店が良き例……いや、悪しき例なのであろう」

「ですね。オレもそう思います」

「なんじゃ? オトコ二人で頷き合っとらんで、ちゃんと説明せんか」

 唯一わかっていないラシルが、早朝から疲労感漂う顔と声で急かす。
 なお、明らかに事情がわかっていないイオは最初から介入する気ゼロらしく、未だにゲイ・ボルグを愛でているアンリの傍で何故か踊っていた。

「造り置きですよ」

 そんな混沌とした風景を背に――――ユグドは断言する。

「オーダーメイドなんじゃなく、最初からあらゆる種類のあらゆる武具を造っておいて、注文に合う物を取り寄せる。じゃなきゃ、一週間で届く筈がない」

 コルディックも言っていたように、武器を一から造る場合、早くても一月はかかる。
 となると、【ラファーガ】の店員が嘘を吐いているか、本当に常識では考えられない速度で武器を造る鍛冶師が存在するかのどちらかだ。

 後者の可能性が全くない訳ではないが、現実的とは言い難いだろう。
 何より、現在の工匠ギルドの方向性である『付加価値』が事実なら、もし一週間で武器を製造出来る鍛冶師が存在した場合、その鍛冶師の名前を全面的に出して売り出すのは明白。
 よって前者の可能性が圧倒的に高いとユグドは判断した。

「アンリさん。一週間で武器って造れます?」

「無理無理。焼入れまでにそれくらいかかるのに」

 天才と自称する彼女でも即座に否定。
 やはり【ラファーガ】の店員が嘘を吐いていると見るべきだ。

 となると、事前に『注文されるであろう武器』を造り置きしている可能性が高い。
 だがそれをすれば、売れ残りが出てくる可能性も同時に高くなる。

 そう――――実際、売れ残りが大量に出た。

「その造り置きし、売れ残った武具が、貿易商を通して〈マニャン保全連盟〉に押しつけられたのであろう。そしてそれが特定非営利活動法人〈ゴーイン〉を経由し、我らアクシス・ムンディに流れ着いた」

「ええ。都合の良い換金先として。そしてその押しつけを率先して行っているのが工匠ギルドですね。コルディックさん、この推論が当を得ている可能性は?」

 ユグドは確認の意味を込め、コルディックの目をジッと眺める。
 彼は【ラファーガ】に対しても、現在の工匠ギルドの方針に対しても、否定的なニュアンスを隠していなかった。
 なら、それらを守る為に嘘を吐く事はない。

「……残念ですけど、間違いないでしょうね」

 案の定、暗い表情で言葉を濁さずそう答えた。

「マニシェは今、工匠ギルドの"変革"を全面的に受け入れています。理由は単純で、結果が出ているからです。数年前まで下落の一途を辿っていたマニシェの経済が、たった一年で上向きになったんです。賛否両論は相変わらずですし、特にベテランの鍛冶師や老舗の武器屋は今も反対していますけど、情勢は……」

「副長の変革を支持する国民、ギルド員が多数、ですか」

「ええ。ですけど、『付加価値』をはじめとした変革は、どちらかというと長期的な施策の筈です。一年で経済を立て直すような性質のものじゃない。おかしいと、多くの人が思っているんです」

 だが、結果として経済が回復しつつある現在、そこに異を唱えるのは難しい。
 国が一丸となって建て直しを図ろうとしている中、水を差すのは誰だって気が引ける。

 仮にユグド達の推論が事実なら、立派な詐欺であり犯罪。
 しかしながら、その詐欺の証拠があったとしても――――即座に揉み消されてしまうだろう。
 最早工匠ギルドの方針は、国策に等しいのだから。

「うーむ。それが真実なら由々しき事態じゃな。そういえばユグド、貴様は確か、かなり早い段階で『打つ手がないかもしれぬ』と申していたが……」

「いや、幾らなんでもここまでは予想してませんでしたよ。ただ――――」

 ユグドは昨日、工匠ギルドを訪れた時の事を思い出した。
 余りにも誠実過ぎた、イーズナーの言葉と態度。
 単に胡散臭いだけでなく、『どうせ君達には何も出来はしないよ』という強い確信が現れているように思えてならなかった。

 無理もない。
 国民が味方に付いた方策なら、たかが一組織の部外者がケチを付けても痛くも痒くもないだろう。 

「マニシェ国民として、とても情けないし済まないと思うけど……契約破棄は難しいかもしれないね」

 コルディックが現実を語る。
 彼もまた、その中でもがき苦しむ一人。
 その苦悩は、微かに聞こえる歯軋りの音からも明らかだった。

「……やむを得まい。ユグドよ、矜持を捨てる事になるが、先方に契約内容の変更、つまり購入品目の厳選および縮小を懇願しに行くとしよう。ヌシが嫌ならば、我が変わってもよい」

「クワトロさんが?」

「それでアクシス・ムンディが存続出来るのならば、安いものよ」

 そう断言し、クワトロは顔を綻ばせた。
 ユグドは彼が誇り高い剣士だと知っている。
 小悪党相手に頭を下げ、事実上その軍門に下るような真似をすれば、彼は彼でなくなるかも知れない。

 それでも、クワトロはアクシス・ムンディを守ろうとしていた。

「そのような真似をする必要はないのじゃ! 妾がガツンと脅して……」
「ダメですってば。ロクヴェンツの騎士が介入すれば、確実に国際問題ですよ? その憤りは嬉しいですけどね」

 義憤に駆られたラシルを制しつつ、ユグドは微笑んだ。
 その顔に、クワトロとラシルが同時にピクッと反応を見せる。
 ユグドが――――凶悪な戦意を露わにした時の顔だった。

「敵と方策がわかった以上、ここからは交渉士の仕事です。オレに任せて下さい。クックック……」

「うーわ……なんかすっげー怖っ。もしかしてアイツ、実は極悪人なんじゃね?」
「ひゃーぁ! 悪魔みたいですっ。勉強になるなぁ☆」

 背後では散々な言われようだったが、高揚するユグドには聞こえていなかった。

「その顔の貴様には余り話しかけとうないのじゃが……一体どうする気じゃ?」

「ええ。まず前提として、オレ達は貧弱な組織だと忘れない事。工匠ギルド、職人国家に正面から刃向かえば確実に潰されます」

 人差し指を人を刺すような勢いでピンと立て、説明は続く。

「なので、彼らの方針に逆らわず、その領域で彼らを粉々にします。当然、直接オレ達に害を及ぼしたあのゲルミル=ゴーイン共々ね」

「む、むう……そのような事が可能なのか?」

「可能ですよ、クワトロさん。でも、その為には協力者が要る」

 ゆらり、とユグドの顔が緩慢に動き、その視線がコルディックへと向けられた。

「え? ぼ、僕に出来る事なんて、何も……」

「打診します。武器屋【アノーニモ】と国際護衛協会『アクシス・ムンディ』の提携、お願い出来ませんか?」

「提……携……?」

 全く想像していなかった言葉が出てきた事で、コルディックは驚愕というより唖然とした面持ちで固まってしまった。
 その彼を置いていくかのように、今度はユグドの視線が二人の鍛冶師へと向けられる。

「ここで会ったのも何かの縁。二人にもお仕事を依頼したいんですが、いいですか?」

「はぁい☆ よくわからないけど、イオ面白そうっ☆」

 何も考えていないのか、イオは即答。
 一方、アンリは当然訝しがった顔でユグドを睨み付けた。

「一応、工匠ギルドの依頼はあと少しで終わるけどさ……何させる気だー? 一応これでも有名鍛冶師だから、変な仕事を受ける気はねーよ?」

「変な仕事と言えば、変な仕事かもしれません。多分、前代未聞の武器を造る事になりますから」

「前代未聞……ね。ま、内容次第では受けなくもないけど?」

 報酬に一切言及しない辺り、金銭面では全く困っていない事が窺える。
 そんなアンリに一つ頷いてみせた後、ユグドはあらためてコルディックと向き合った。

「コルディックさん。貴方に一つ聞きたい事があります」

「な、何でしょう……?」

「貴方は武器を人殺しの道具だと思いますか?」

 それは――――唐突なようであり、真理のような質問だった。
 同時に、アンリも半眼だった目を見開き、沈黙のままユグドの背中を睨む。
 ラシルとクワトロも同様に。

 武器を製造する者。
 武器を売る者。
 武器を使う者。

「貴方は武器を人殺しの道具だと思って、売っていますか?」

 その全てにとって、謂わば禁句にも似た問いかけだった。

「……それを、武器屋に問いますか」

「実はオレの家も武器屋なんです」

 そのユグドの述懐に、コルディックの柔和な顔が柔らかみを消した。
 抜き身の剣のような鋭い目付きで、ユグドと対峙する。

「なら言いましょう。僕は……武器は『人を殺せもする道具』として扱っています」

 短いながらも、その返答には強い逡巡と信念が籠もっていた。

 人を殺せ"も"する道具。
 殺すかどうかは、使い手次第。
 だが、その用途で購入する人間は確実にいるし、その人間に対し咎める事もない。

 一見、模範的な回答のようだが、その実危うい答えでもある。
 戦争を助長する存在――――武器商人には例外なく、そのレッテルが貼られるのだから。

 武器が正義の為、平和の為に使われるのも、純然たる事実。
 しかし武器屋には、正義と悪を区別する権利はない。
 ならばどうしても、悪の方に見られがちになってしまう。
 白よりも黒の方が濃いからだ。
 
『人を殺せもする道具』。
 その主張は、そういった穿った目をした人間にとって、格好の攻撃対象になる。
 そしてその手の武器屋の見えざる苦労を、ユグドはよく知っていた。

「武器屋の立場でそれを言うのは、中々勇気が要りますよね」

 だからこそ、ユグドは素直に感心した。
 信頼が置ける武器屋だと判断するのに十分な回答だと。

「そうですね……でも、その覚悟がないと、武器を売る事は出来ません」

 コルディックの声には力感が欠如していた。
 覚悟はあるのだろう。
 だが、葛藤も常に存在している。
 鍛冶場に入る前、彼が声に含ませた逡巡や苦心の正体は、ここに凝縮されていた。

 人殺しの武器を売る――――その現実から、武器屋は逃れられない。
 だから、ある者は職人、ある者は商売人に特化した精神を身につけ、どうにか矛先を変え耐えている。
 コルディックはまだ、そういった『逃げ道』を見つけきれていないようだった。

「ちなみにオレは、武器は"護る為の道具"だと思っています」

 それを理解した後、ユグドは努めて明るく持論を述べる。

「護る為……? それは防具の役目ではないのか?」
「そーだそーだ。武器は攻める為のもんだろー」
「全くじゃ。ユグドは偶にトンチンカンな事を言うのじゃ」
「とーん☆ ちーん☆ かーん☆」

 その結果、緊張感が若干和らいだ所為か、見物に回っていたクワトロ、アンリ、ラシル、イオの四人が一斉に介入してきた。
 最後のイオは無意味に一つ目ハンマーを振り回していただけだったが。

「確かに、単純に人の身体を護る為の物といえば防具です。でも武器は、防具より遥かに大きな抑止力になる。強力な武器を持つ人間に怖じ気づく人と、屈強な防具を持つ人間を怖がる人、どっちが多いですか?」

「む……確かに一理あるのじゃ」

 ラシルの持つゲイ・ボルグは、外見が既に強力な武器である事を強く主張している。
 その為、これを手にした彼女を襲おうとする人間は非常に少ない。
 稀に、逆に好戦的になる人物もいるにはいるが。

「武器には色々な役目があります。でも、例えば暗殺用の武器は『人を殺せもする道具』という表現が適切とは言い難い。確実に『人を殺す道具』ですから。でも、そんな武器でも『使い手の生活』を護ってます。武器は常に、何かを護る為に使われるんです」

 長々とした説明を終えたユグドは、一度呼吸を整え――――

「とはいえ、オレのこの持論は一般的じゃないでしょう。でも、将来的にそうなるかもしれない。今後のオレ達次第で」

 コルディックとの"交渉"を開始すべく、今後の活動計画を高速で練り始めた。

「クワトロさん。例の武具1,000人分、アクシス・ムンディで全て買い取る事にしました」

「む……? 何か妙案を思いついたのだな?」

「妙案ってほどのものではないですけどね。ただ、アクシス・ムンディだけで1,000,000クラウンを捻出するのは無理です。そこで……コルディックさん」

 先程の問答で思うところがあったのか、思案顔のまま固まっていた若き武器屋の主人に対し、ユグドは努めて柔らかい口調で話しかける。

「武器としての矜持を保持し、工匠ギルドの方針である『付加価値』も含有した新商品を、オレ達と共同開発しませんか?」

「共同開発……それが先程仰った"提携"ですか?」

「はい。成功すれば、武器や武器屋の概念すら変えられるかもしれない一大事業です。なので、相応の出資は必要ですけど……主に材料の調達の為に」

 ユグドが提示した額は――――500,000クラウン。
 到底、二つ返事で出せる額ではない。
 だが、武器屋が勝負を賭ける為に出資する額としては、非現実的とも言えない額だ。

「……ユグドさん。詳しい説明をお願い出来ますか? その共同開発で、どんな武器を作るのか」

 コルディックがそう求めた途端、クワトロとラシルが同時に小さな呻き声をあげた。
 二人の表情が語っている。
 長くなるぞ――――と。

「わかりました。キッチリと説明をさせて頂きます。キッチリと」

 案の定、その説明は武器屋【アノーニモ】の営業時間一日分に匹敵する長さだったという。










  前へ                                                      次へ