ルンメニゲ大陸から大きな戦争がなくなり平和が訪れた事で、世界には穏やかで健全な時間の流れる地域が増えた。
 それは同時に、武具需要の低下を意味する。

 世界平和を望まない訳ではない。
 だが、職人国家であるマニシェは国内総生産のかなりの部分を武具の製造・販売が占めており、この需要低下は国力の低下に直結する。
 当然、国民の暮らしも豊かではなくなる。
 軍事国家ではないマニシェが自ら戦争を仕掛ける事もない。

 現代社会に適応した国作りが求められる中、マニシェには変革が迫られていた――――

「変革……ね」

 翌朝。
 武器屋【アノーニモ】の二階の空き部屋にあった硬いベッドで一夜を過ごしたユグドは、窓からマニシェの中枢、首都イエロの街並みを寝ぼけ眼で眺めていた。

 世界は今も、そしてこれからも、戦争のない時代を望み、その方向へ進んでいる。
 ならば武具の需要は今後更に低くなるだろう。

 しかしながら、武具の製造・修理に人生の大半を賭けてきた者が多数を占める鍛冶師、その鍛冶師の多くが所属する工匠ギルド、その工匠ギルドが国家の中心であるマニシェにあって、武具を手放す事は不可能。
 職人の全てが鍛冶師ではないし、中には石工や人形の製造などを手がける者も少なからずいるのだが、やはり花形は鍛冶師。
 質の高い武具を世界中に輸出し、その切れ味、硬度、耐久性が評価され、今のマニシェがある。
 捨てられるはずがない。

 加えて、職人気質の国民性が、時代に迎合する事を強く拒む。
 マニシェは武具と共に生き、武具と共に沈む――――鍛冶師や職人だけに留まらず、工匠ギルドにも所属していない一般市民ですらそう訴えていた。

 とはいえ、誇りだけで生活は出来ない。
 需要に合わせて規模を縮小すれば、その分だけ職人が食いっぱぐれる事になるのだから、工匠ギルドには当然施策が求められる。
 しかし頑固な頭の幹部達からは中々有効な策が出てこない。
 職人国家は確実に危機を迎えつつあった。

 そんな中、ついに変革者が現れた。
 職人の拘りを『偏屈』と罵り、武具と心中する覚悟と誇りを『思考停止』と切り捨てる。
 そのような人物は大抵、若く、そして刺激的な性格をしている。

 工匠ギルド副長イーズナー=ファルジュアリ。
 10代の大半を商人国家シーマンで過ごした彼は、マニシェの国風が如何に古臭いかを誰より実感していた。
 現状のまま、ただ武具を作って売るだけでは、ギルドの存続も国家の権威も危うい――――その一念で、新しい風を職人国家に吹かそうと様々な企画を用意した。
 一年に一度、世界の様々な場所で開催される『武器万国博覧会』への出展も、彼の一存によって決定したという。

 そういった努力によって生まれた功績が認められ、20代の若さで副長まで登りつめたイーズナーが『変革』を打ち出したのは、今から1年以上前。
 数ある変革案の中でも特にマニシェの鍛冶師を戸惑わせたのが――――

「武具に付加価値を付けて売る、とはな。職人国家の誇りは何処へやら、じゃ」

 ノックも声かけもなく、勝手に部屋へと入ってきたラシルの第一声通りの内容。
 武具に対し、殺傷力や耐久性以外の『何か』を付加するべきとの案だったという。
 ユグドの推察通りだと、コルディックは力なく認めていた。

 武具への付加価値。
 例えばそれは"芸術性"。
 武具に装飾を施し、殺傷の為の道具としてだけでなく、芸術品としての価値を付属させる。

 例えばそれは"銘柄の高級化"。
 製造した鍛冶師、または鍛冶場を神格化し、その名前だけで『この武具はいいものだ』と思わせるイメージ戦略だ。

 そうする事で、本来の武具の持つ役割とは関係なく商品価値が生まれ、異なる需要も発生する。
 武具が売れなくなり、マニシェの国力と工匠ギルドの存在価値が弱まるという事はなくなる。
 イーズナーがそう断言し打ち出した変革により、現在マニシェでは普通の武器は売れず、『付加価値』のある武器ばかりが売れているそうだ。
 アンリに『曰く付き』の武器を鑑定するよう依頼したのも、掘り出し物を見つけて換金する為か、その武器を祭り上げてマニシェ産の武具に『神秘性』を付加する為なのだろう。

「よもや工匠ギルドの重役が武具を芸術品扱いするとは。時代も変われば変わるものじゃ」

「ま、より強力な武器を……って発想よりは平和的なんじゃないですか。装飾を施す事で単価も上げられるし、理に適ってはいます。それに――――」

 ラシルの無言での侵入を咎めるでもなく、ユグドはやや冷めた物言いと共に、ラシルに視線を向けた。
 特に視点の中心となったのは、彼女の背負う龍槍ゲイ・ボルグ。
 そこに携えているのは――――

「どうやら、昔からあった手法みたいですし」

「うむ。確かにこの槍にも付加価値はあるのう」

 他の宝石と共鳴し、潜在した力を解放する"赤貴石"カーバンクル。
 ゲイ・ボルグは武器でありながら、その宝石によって装飾されている。

「じゃがこれは、呪いの力を秘めた石を調べ、その芽を摘む為の物。断じて単価を吊り上げる為ではないのじゃ」

「それはわかってますけど、槍本来の役割とは違う力を付属する、って意味では同じですからね」

 付加価値を有する事で、戦争のない平和な世界になっても武具は生き残れる。
 イーズナーの打ち出した変革は、これからの時代に対応する為のもの。
 武具を造る者全てのの未来を切り開く建設的な案だ。

 だが、やはり反対意見も多いらしい。
 武具の製造を生業としてきた鍛冶師の多くは、武具の存在意義を各々の中でも造り出している。
 その殆どは、武具本来の役目とされている『戦闘の道具』としての能力。
 付加価値など無用、それどころか邪魔になるだけだと大半の鍛冶師が訴えている――――それが、昨日コルディックによって知らされた"この国の現実"だった。

 ここまでなら、他国と一ギルドの生き残りを賭けた試行錯誤であり、中立国家マニャンの護衛組織が口出しする問題ではない。
 だが、その施策が生み出した"歪み"が、ユグド達を襲った不幸と直結しているならば、話は別だ。

「おはようございますっ☆ 夕べは眠れましたかぁ?」

 突然扉を開け、早朝から元気よく満面の笑顔でそう話しかけてきたのは、イオ。
 ユグド達は昨日、彼女の『泊まっていけばいいですよ☆』という一言によって、安い民宿ではなくこの武器屋に一泊する選択をした。

「ええ。本当に助かりました。ご厚意感謝します」

 寝心地は通常の宿に勝りはしないが、その分多めに情報を得る時間を確保出来た為、感謝の意を込めユグドも笑みを返す。
 その隣でラシルは欠伸などしていた。

「昨日お買い上げして貰った剣の包装が終わったので、一階のカウンターにお越し下さいね☆」

「包装……?」

「それも『付加価値』なんだそうです☆ イオ、よくわからないですけどぉ」

 どうやら、サービスに対してもかなり変革が行われているらしい。
 商人国家シーマンによくも悪くも毒されている――――イーズナーに対する人物像が徐々に固定されてきた。

「取り敢えず、一階へ行くとしようぞ。出来れば朝食も出して欲しいのう」

「それは幾らなんでも図々し過ぎますよ。リュートに魚でも捕ってきて貰えばいい」

「妾は鳥の雛か何かか!? おのれユグド、貴様年上を敬う気持ちを夢の中に忘れてきおったな!」

「そんなバカな」

「なんじゃ! その『年寄り特有の詩的表現が陳腐極まりないですね』といった面持ちは!」

「す、スゴい攻防ですぅ☆ イオ、燃えてきましたっ! 今日は良い武器が作れそうですぅ!」

 いつもの言い合いと、異質な反応。
 特にどれに対しても心を留める事なく、ユグドは一階へ続く階段を真顔で駆け下りた。

 


 武器屋【アノーニモ】の朝は早いらしく、各家庭が朝食の準備を始めるくらいの時間帯にも拘らず、既に店を開けていた。
 勿論、そんな早朝から武器を買い求めに来る客はいない。
 ただ、閑散とした中にも朝陽が降り注ぐ光景は、それはそれで価値のあるものだった。

「お買い上げありがとうございました。久々に普通の武器が売れて、なんかとても清々しい気分です」

「ぶぅ。イオの作った武器、一昨日売れたじゃないですかぁ!」

「君のは……普通とは言い難いから……」

 そんな明るい武器屋の一角に集う、禍々しい武器の数々。
 昨日ユグドが目にした悪魔っぽいダガーや蛇っぽいロングスピアは全て、イオが製造した物らしい。

「こういうのも、付加価値の一環なんですか……?」

「いえ。彼女の場合、自分の感性に任せて鍛造すると、こうなるらしいんです。なので以前は全く売れなかったんですけど、最近になって『これは芸術だ!』ってお客様が増えて……」

 特殊な感性と流行が偶々一致したようだ。
 当然、武器としてはかなり無理がある形状なので、実用性は低い。
 それでも売れてしまう事に、コルディックはジレンマを覚えているらしく、複雑な表情で頭を抱えていた。

「それで、あのアンリさんに指導をお願いしたんですか」

「ええ。少しでも矯正出来ればと……」

「無理無理。アレは一種の才能。強引に押さえ込んでも、ロクな結果にならないってば」

 朝っぱらから気怠そうな声で、アンリが二階から降りてくる。
 ユグド達同様、昨日はここに一泊したらしい。
 眠そうな顔だが、常に皮肉めいたジト目をしている為、普段と余り変わらない。

「ってワケで、教えるのは昨日までにしといて。わたしも仕事あるし」

「そうですね……ありがとうございました」

「何にも力になれなかったから、お礼は不要。ま、求められるモノを造るのも鍛冶師の一つの道だし、彼女の場合は媚びてるワケでもないんだから、別にいいんじゃない?」

 アンリは肩を竦めながら、割と真っ当にコルディックを諭していた。
 そしてそのまま、ユグドの傍までトコトコと歩いてくる。
 正確には、ユグドの直ぐ後ろにいるラシルの所まで。
 更に正確性を追求した場合、ラシルの背負う龍槍ゲイ・ボルグの所まで。

「んはー、今日もゲイちゃまってばステキねー! もう起っきした? オメメぱっちりしてましゅねー」

 そして赤子をあやすようにツンツンと突きだす。
 尚、オメメとやらはカーバンクルの事を指しているらしい。

「……珍しい武器にはいつもそのような接し方なのか?」

「それはもう! だってこんな愛しいコを見たら、誰だって愛でたくなるでしょ? あーもーかーわいー! おーヨチヨチ」

 ついにはラシルごと抱きしめ始めた。
 既にラシルも諦めの境地なのか、棒立ちでされるがまま。
 閑散とした朝陽差し込む武器屋で女子二人が抱き合う絵面は、とある方面においては非常に価値あるものだった。

「あーっ、アンリお姉さんだけズルイ! イオも混ぜてっ☆」

 一名追加。
 しかし価値は若干低下した。
 とある方面への求心力は、一対一でなければ発揮されない。
 尤も、この場にそれを求める人物は一人としていなかったが。

「ところで、ユグドさん達はこれからどうするんですか? 昨日の様子だと、何かわかったみたいですけど」

「ええ。コルディックさんのお話を聞いて、オレ達に1,000人分の武具を押しつけられた原因が掴めました」

 武器屋【アノーニモ】の売り場には椅子やテーブルがない為、商品棚に背を預け楽な姿勢を取りつつ、ユグドはそう断言する。
 コルディックから得た情報は、工匠ギルドが取り組んでいる変革と、職人国家マニシェの武器需要の変化。
 だが、そこには確かな糸口が隠されていた。

 とはいえ、彼の話だけでは真相に気付くのは難しかっただろう。
 もう一つ、大きな手がかりとなったのは――――










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