大通りを北の方へと向かい、時折速度を緩め、また速める――――その繰り返し。
 不自然な動きではあったが、ユグドは敢えて口を出さず、黙ってクワトロの背中を追った。

 それから、歩く事二十分。

「む……」

 目を狭め、クワトロが立ち止まる。
 その視線の先には、新たな武器屋の店舗があった。

「クワトロさん、この辺りの地理に明るかったんですか?」

「もしかすれば、若い時分に足を運んだ事があったかもしれぬ。定かではないが朧げに記憶があったのでな」

「ならば、今度の武器屋はそれなりの歴史を持っておろう。あのような武器屋紛いの店ではあるまいて」

 最後尾から一瞬にして最前列へ移動したラシルが、心の躍動を隠そうともせず店内へと入っていく。
 まるで買い物に隣町へやって来た子供。
 ユグドはその後ろ姿に苦笑しつつ、看板に目をやった。

 今度の看板は入り口の上に掲げてある。
 それもかなり巨大。
 そして店舗自体も相当大きい。

【アノーニモ】という名の二階建てのその店は、平均的な武器屋よりやや広い店構えだった。

「ふむ、やはり見覚えがある。何年前か定かではないが……」

 クワトロは懐かしむように入り口から店内にかけ、その四方八方を眺めている。
 一方、ユグドはラシルを追って足早に店内へと入っていった。
 今度こそ、現在のマニシェの武器事情がわかる。
 そういう期待感と好奇心が入り交じった、余り普段味わえない感情が湧いてくる。

 そして、その感情は――――

「……な」

 店内に堂々と展示されていた数々の武器を前に、絶句となって霧散した。

 確かに、武器ではある。
 ロングソードやジャベリンなど、一般的な武器が並んでいる。
 ただ、異常に派手な点を除けば。

「……妾のゲイ・ボルグも派手な方ではあるがのう」

 一足先に商品を眺めていたラシルがポツリと漏らすように、彼女が背負う龍槍ゲイ・ボルグは赤い宝石――――カーバンクルによって装飾されている。
 だが、この武器屋に展示品として並ぶ武器は、その比ではない。

 今、ラシルが手に取っているロングソードの鞘は、剣のほぼ三倍の幅で、その形状はまるで数多の枝を持つ針葉樹。
 彫刻のように細かく模様が刻まれており、最早完全に芸術の域だ。 

 それ以外の武器も、個性的過ぎて武器屋になければ武器と気付くのに時間が掛かりそうなデザインの物ばかり。
 中には剣身が円柱の剣や、先端が竹箒のようになっている槍もある。
 前衛的、という表現では到底収まりきれない、一種異様な光景だった。

 更に驚くべきは、隅の方にある一コーナーに展示された武器の数々。
 悪魔が髑髏を愛でている姿をモチーフにしたかのようなダガー、蛇が血ヘドを吐きのたうち回っているかのようなロングスピアなど、形状が余りに刺々しい。
 芸術品すら超越して、儀式にでも用いられそうなデザインだ。

「……クワトロさん。この武器屋に見覚え、あるんですよね?」

「ううむ……このような奇妙奇天烈な商品を売っている店を忘れるとは思えぬのだが……」

 眉間に深い縦皺を刻み、クワトロが己の記憶と格闘する中――――

「や、いらっしゃい。こんな時間にお客さんが来てくれるなんて、嬉しいですねー」

 店員と思しき男性がフラッと店の奥から現れた。
 細身の身体で、それ以外には特徴のない、二十代と思しき青年。
 武器屋というと無骨な人間が営んでいる事が多いが、彼は寧ろ優男だった。

「もし聞きたい事があれば、なんでも聞いて下さい」

「はあ。なら、ここの武器は――――」
「ここの武器はこんなフザけた物ばかりなのか?」

 ユグドの言葉をラシルが声と行動で遮る。
 右手で顔面を押さえ付けられたユグドは抗う術もなく、そのまま左の方へ押しやられていった。

「フザけて……ますか?」

「無論じゃ。武器としての機能を放棄した物も少なくないぞ。客寄せ用の変わり種にしても、度が過ぎておる」

「ところが、そこの展示品は全て【アノーニモ】の売れ筋商品なんですよ」

 ピシッ――――そんな空気が凍る音が聞こえ、ユグドは思わず両耳を手で覆った。
 無論、幻聴なので耳を塞いでも無意味なのだが。

「見た所、外国の方々のようですけど、マニシェの武器屋は初めてですか?」

「いや。30年ほど前に来たきりじゃが」

「30……?」

 今度は店員が面食らう。
 実際、ラシルの外見は何の予備知識も持たなければ、二十歳前後にしか見えない。
 冗談と解釈するしかないのだが、ラシルの顔は大まじめだった為、店員は対応に困っていた。

「ま、まあそれはいいとして。察するに、今のマニシェではこういう武器が流行っていると?」

 強引に本筋へと話を戻したユグドは、最寄りの武器を手に取り、それを掲げてみせる。
 ドッシリとした重さのクレイモアだが、その大半は柄が原因。
 刀身の倍以上の長さがある。

「当然、実用性はありません。骨董品と同じです」

「お飾り用、であるか」

「ええ……」

 クワトロの言葉に頷こうとした店員が、その顔を視界に収めた途端、押し黙ってじっと視点を固定した。

「? 何かね?」

「いや……なんでもありません。とにかく、現在のマニシェの流行はこういう武器です」

 慌てたように首を横へと振った後、店員は力ない声でそう答えた。
 本意ではない、と言いたげに。

「マニシェで一体何が起こったのじゃ……? この国は良質な武具の生産を何より誇りとしておったではないか」

「すいません。これがマニシェの現実なんです。武器屋もここ一年で様変わりしました。【ラファーガ】のような展示もしない所も増えて……」

 ブツクサと文句を言っていたラシルに、突然店員が頭を下げた。
 その突然の謝罪に、ラシルは思わず怪訝そうな顔でその姿を睨む。
 店員の言葉がまるで、マニシェを代表しているかのような科白だったからだ。

「何か事情がある、って感じですね。もしよろしければ、お話して下さいませんか? 実はオレ達、事情があってマニシェの武器を調べてるんです」

「は、はあ。そうですね……何か買ってくれるなら」

 中々に現金だった。
 とはいえ、武器屋なら当然のリクエストでもある。
 実際、何も買わず情報だけを得るのは不公平だ。

「とはいえ、この辺の武器は一切要らんのじゃ。部屋の飾りにもならん」

「あ、それならこっちへどうぞ。普通の武器も置いてありますんで」

「なら最初からそれを目立つ場所へ展示せい!」

「先程申したように、売れ線なのはそちらのクソみたいな武器なので……あ」

 どうやら本心が思わず出てしまったらしく、店員の青年はバツの悪そうな顔を浮かべ、ユグド達を奥へと案内した。
 それは単に店の奥というだけではない。
 一旦建物を出て、敷地の更に奥へと向かう。

「ほう……」

 思わずクワトロが感嘆の声をあげたように、離れとなっているそこには意外な建築物があった。
 窓も扉も閉まっているので中の様子は窺えないが、見る者が見れば一目でわかる建物。
 
「鍛冶場ですか」

 ユグドもまた、その手の建物には縁がある為、直ぐに理解出来た。
 武器屋と鍛冶場は当然密接な関わりがあるので、何度か足を運んだ事がある。
 どの鍛冶場も、独特の匂いとくすんだ壁が強烈な個性を放っており、この離れも例外ではなかった。

 とはいえ――――武器屋と同じ敷地に鍛冶場があるのは珍しい。
 直売という形で武器を売る鍛冶師など滅多にいないからだ。

 武器は食料品や衣服とは違い、一般人が購入するケースは少ない。
 なので、街中で長年にわたって売り続けるのは無理がある。
 短期間で腐る、痛むといった事もない為、なるべく広い販路で販売するのが常套手段だ。

「普通は置かないですよね。でもウチはちょっと特別なんです。初代経営者が、出来たての武器も並べたいって」

「そんなバカな。パン屋じゃないんですから」

「ですよね……しかもどれだけ早く仕上げても一振り一ヶ月くらい掛かりますから、当初は品揃えもままならなかったそうです」

 そう漏らしつつ、店員は複雑そうに鍛冶場を眺めている。
 その表情には、初代経営者への気持ちがそのまま表れていた。

「初代は、武器屋という職業に強い信念と誇りを持っていました。だからこそ、自分の目に留まった武器だけを、自分の気に入ったお客様だけに売っていたそうです」

「聞こえはよいが、商売人としては傲慢じゃのう」

「その通りです。品質は高く保っていたので、常連となったお客様には評判が良かったようですが……余りに閉鎖的でした。融通が利かないというか、意固地というか」

 鍛冶師だけでなく、武器屋もまた職人気質。
 職人国家らしい話だった。

「二代目は初代のそういう面を見てきた反動か、逆に開放的な武器屋を目指していました。扱いやすく癖のない武器、人気の高い武器、費用対効果の高い武器……そういった観点で仕入れを行い、この鍛冶場でもなるべく費用を抑えた武器を作っていたようです」

「あ……それはマズかったですね」

 武器屋の内情をよく知るユグドは、二代目の方針が明らかに誤りだと直ぐに悟った。
 一見、商売として正しいように思えるが、そう極端に方向転換してしまうと、固定客が逃げてしまう。
 武器屋のような、一般大衆が頻繁にが利用しない店は、いかに『上客』を捕まえるかが肝要。
 客層を整え育てるのも、店側に必要な技術だ。

「そうなんです。結果、初代の頃のお客様は遠のき、かといって、長らく『お得意様専門』でやってきた店に新しいお客様がそう簡単に付く筈もなく、悪戦苦闘の末に腰をやってしまって」

「腰は……その件と関係あるのだろうか?」

 思わずクワトロが真面目に問いかけたが、返答はなかった。

「鍛冶場を構えてどれくらいになるのじゃ?」

「初年度からあるんで、今年で50年目ですね。今年50周年の老舗なので」

「ほう、50年。となると貴様は三代目じゃな? 方針が右往左往する店では苦労も耐えんじゃろう」

「いえ。僕は四代目の経営者に当たります。前の代の人が二年で辞めちゃって」

 苦笑を携えラシルにそう答えた店員――――改め店主は、鍛冶場の入り口の前で立ち止まり、深い角度で溜息を落とした。

「そういう訳で、僕はまだまだ駆け出しなんです。武器を売る事の難しさと日々格闘中で」

「無理もありません。武器はちょっと特殊な商品ですからね」

「……はい。本当に」

 ユグドに対する店主の返事は、それまでのトーンとはかなり違い、逡巡や苦心を多分に含んでいるような声だった。

「今のマニシェでは普通の武器屋が普通の武器を売っても売れないんで、倉庫代わりに鍛冶場へ保管してあるんです。どうそ、中へ」

 その切実さを切り替えるように朗らかに微笑みつつ、四代目店主は扉を開ける。
 夜間とあって暗く、中の様子はハッキリとは見えない。
 それでも溶炉と思しき炎が光源となっていて、暫くすると徐々にユグドの視界に輪郭が生じ始めた。

 その最中――――

「だーーーかーーーらーーー! そんなに力んでどーすんだってば! もっとこう、力強さの中にも繊細さを入れんの! こーよ、こー!」

「は、はぁい☆ こぉですかぁ?」

「ちーーーがーーーうーーー! こーよ! 見てわからない? 肩をもっと柔らかく滑らかに! 腰をもっと強く回転させるの!」

「て、てぇーりゃー☆」 

「だーっ! いちいちキラキラさせんなーっ!」

 鍛冶場にはまるで似合わない、そんな女性二人の何処か間抜けな叫び声が聞こえてくる。
 まるで踊りの振り付けを練習しているような内容だが、当然そんな筈もない。

「アンリさん! イオちゃん!」

 店主が呼びかけると叫び声が止み、代わりに忙しない足音が鳴り出す。
 その頃には、ユグド達にも女性二人の顔がハッキリと見えるようになっていた。

「あんだよ。こっちは今忙しいんだから邪魔すんな! つーかこんなのに技術教えるなんて無理だっつーの!」

 その中の一人が、若干ぎこちないマニシェ語で捲し立ててくる。
 頭部の上半分をバンダナで覆った赤毛の女性。
 その手には鍛冶師らしく分厚そうな手袋をはめ、通常サイズの槌を右手に持っている。

 ぶっきらぼうな言葉遣いと相成って雰囲気は男性的だが、容姿も体格も問題なく女性のそれ。
 特に胸の辺りは、前掛けの上からも女性である事をしっかりと主張している。

「ぶぅ。こんなの、なんてヒドいですよぉアンリお姉ちゃん。イオ、日に日に上達してるじゃないですかぁ。教え甲斐がある可愛い生徒じゃないですかぁ、もぅ、照れちゃって☆」

 片やその隣で頬を膨らませたと思ったらニカッと笑うその女の子。
 こちらはバンダナを巻いていない代わりに、両サイドに小さい尻尾を作っている。
 小柄で目が大きく、頬に赤みが差している姿は、10歳くらいにしか見えないほど。
 時折覗く八重歯も幼さを強調している。

 ただ、そんな彼女が手に抱えている超巨大ハンマーが、実年齢――――というより存在そのものを混沌とさせてしまっている。
 その大きさ以上に目を引くのが、打突部分に刻まれた『一つ目』。
 禍々しすぎて呪いの道具にしか見えない。

「あのなー! わたしは真っ直ぐ伸びた普通の剣になるように叩け、っつってんの! なのに見ろこれを! 串刺しにされて丸焼きになったコウモリじゃんか! 誰がこんな邪悪な形にしろっつったよー!」

「うーん、おっかしいなぁ☆」

 アンリと呼ばれた女性の鍛冶師が激高しているが、イオと自らを呼んだ女の子に反省の色は微塵もない。
 その異色のやり取りを、ユグドは観光名所によく飾られてある木彫りの鬼嫁グリズリーを見るような目で眺めていた。

「……で、何? そっちの三人は客?」

「あ、えっと、紹介するね。こちらが……お客さん。で、こっちが……お客さん。こちらは……そう、お客さん」

「あんだよその無意味な紹介は! 最初から客ってわかってたじゃん! わたし!」

「ああっ、そうだった! 自己紹介してなかったから名前が出て来なくて……!」
 
 事故にでも巻き込まれたかのように、店主もおかしくなり始めてきた為――――ユグドはついにこの武器屋へ来た事を後悔し始めた。










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