「――――以上が私共アクシス・ムンディに対し行われた問題行為の概要です。マニシェ産の武具が不当に取り扱われている可能性が極めて高いと思われますが、工匠ギルドとしての見解を求めたく、こうして馳せ参じた次第です」

 職人国家マニシェの西南西、湾岸部に位置する首都キャピタオのシンボルとしてそびえる工匠ギルド本部の四階。
 ユグドは副長のイーズナー=ファルジュアリと向き合い、これまでの経緯について可能な限り簡潔にと心掛けた説明をし終え、深く息を落とす。

 本来ならギルド長に直接訴えたかったが、何しろ世界最大規模のギルドを束ねる大人物。
 スケジュールは分刻みらしく、面会するとなると一年先でないと無理との事。
 即日副長と話が出来ただけでも幸運と言える。

 だが、その幸運も理解を示して貰わなければ何の意味もない。  
 副長室のソファで姿勢を正し座るユグド、そしてその両隣に腰かけるラシルとクワトロは、神妙な面持ちでイーズナーの回答を待った。

 その外見から読み取れる情報は、まだ20代と思しき若さと、工匠ギルドに属する男性としては細身である事。
 彼がどのようにして今の地位を得たのか、つい好奇心が首をもたげてしまう――――

「それは由々しき事態だと言わざるを得ませんね。早急に対応を検討しましょう」

 そんな人物から発せられた答えは、全面的な理解を示すものだった。

「我々の作り出す武器は、必要としている方々へ届けられて初めて意味を成す物。そうでなければ職人国家の名が廃ります。マニシェで生産された武具がぞんざいに扱われているのであれば、是正しなければなりません」

「……」

 ユグドはイーズナーの見解をただ黙って聞いていた。

「今回の件、報せて頂いた事に深く感謝申し上げます。工匠ギルドの誇りに賭け、対処に当たらせて頂きますので、ご心配なく」

 着席したまま深々と頭を下げ、イーズナーは満面の笑みを浮かべる。
 ユグドが説明に費やした時間の十分の一程度で、話はまとまった。

「ところで、皆さんはマニャンからお越しとの事。長旅で疲れたでしょう。よろしければ、こちらで宿を手配しますので今日はゆっくりお休み下さい。活きのいい魚料理をお出し出来る筈です」

「ほう。新鮮な魚介類か」

 ラシルの口元が緩む。
 500年以上生きても、食欲に関しては尽きる事がないらしい。

「こちらで検討した対応の内容については、後日そちらの護衛団へ報告書を郵送致します。これは非常に重要な問題ですので、少しばかりお時間を頂けないでしょうか」

「……わかりました」

「ではドイス、皆さんを御案内差し上げて」

「畏まりました。では皆様、こちらへ」

 ずっとイーズナーの隣で直立不動のままでいた初老の男性が恭しく一礼した後、入り口の方へと誘導する。
 どうやら補佐官らしい。
 ユグド達は彼の誘導に従い、副長室を後にした。

「この度は貴重な御報告、誠にありがとうございました。今宵はその御礼をさせて頂くべく、このボイル=グラジオが最高のおもてなしを御用意致します」

「うむ、実によく訓練された補佐よのう。工匠ギルドというと、もっと粗暴なイメージじゃったが」

「過去の話でございます。職人という立場に甘え、対人関係を疎かにする時代はとうに過ぎました故」

「それは善き心がけじゃ。斯く言う妾も、時代に合わせ常に最先端を生きるべく日々努力を惜しまずに――――」

 すっかりボイルと意気投合したラシルが機嫌よくギルドの廊下を歩くその後ろで、ユグドは渋面を隠さず沈黙のまま三歩先の床を眺め続けていた。
 

 

 ――――その日の夜。

「……マズいですね」

 職人国家マニシェの首都キャピタオで最も宿代が"安い"民宿の一室で、ユグドは渋面を隠さず呻くように呟く。
 その隣では、それ以上に渋い顔でラシルが安物の干し魚を噛み切っていた。

「うー、マズいのじゃ。海外まで出張してこのような固い魚は食いとうないぞ」

「何がマズいというのだ? 副長殿は真摯に対応してくれたように思うのであるが」

 所々塗装が剥げている円形のテーブルを挟み、ユグドの正面に座るクワトロが怪訝そうに尋ねる。
 その前に置かれた皿は、綺麗に骨だけを残し空になっていた。

「マズい物はマズいのじゃ! そもそも、なんでこんな安い宿に泊まらなければならんのじゃ!? イーズナーとやらは高級宿を手配すると言っていたではないか!」

「その点も腑に落ちぬ。ユグドよ、そろそろ説明してくれてもよかろう。何故、案内された宿を回避する必要があるのだ? 工匠ギルドは敵ではないであろう?」

 二人から色々とややこしい質問が飛び交う中、ユグドは渋面を仏頂面に変え、大きく嘆息。
 いつもは先回りして何かしらの答えを発してくるクワトロが正面から聞いてきた以上、真面目に回答すべきという結論は既にあったが、それでも気が重かった。

「結論から言えば、打つ手がないかもしれません」

 その答えに対し、ラシルとクワトロが顔を見合わせ、共に眉間にシワを寄せる。
 ユグドが何を指して『打つ手なし』と言っているのか、わかっていない様子で。
 そんな二人に、ユグドは溜息を一つ追加した。

「まさかとは思いますけど……あのイーズナー=ファルジュアリって人の話を信じた訳じゃないですよね?」

「何じゃと?」

「軽くあしらわれたのは明白でしょう。まともに取り合ってるのなら、まず事実確認ですよ。なのに一切それをせず、その上で接待めいた宿の手配。胡散臭いにも程がある」

 もし、本当に工匠ギルドがユグドの報告を重要視しているならば、まずはマニャンの貿易協会と取引をしているマニシェ国内の組織なり個人なりに当たりを付け、事情を聞くなり情報を集めるなりするだろう。
 勿論、それにはユグドが伝えた情報の信憑性が一定以上必要であり、その為にはユグドの素性を調べなければならない。

 尤もこれに関しては、ロクヴェンツの龍騎士ラシルが同席した時点で条件は満たしていると言える。
 よって工匠ギルドが本来取るべき行動は『ラシルに間違いないか確認をとる』『その発言はロクヴェンツの名にかけて真実かと問う』の二点セット。
 だがそれすらせず、あっという間に事を進めようとしている理由は一つ。

 最初からこの件に協力する意思はない――――それに尽きる。

 となると、こっちがどれだけ勧善懲悪を促そうと無意味。
 かといって、アクシス・ムンディが工匠ギルドのメリットになるような何かを提案できる筈もない。
 基盤の大きさが余りに違いすぎる。
 仮に『国際問題になりますよ』と脅してみても鼻で笑われるだけだろう。

「うーむ……ユグドの話が本当ならば、解せぬ話じゃ」

 口元に手を当て、珍しく難しそうな顔でラシルが呟く。

「妾の知る工匠ギルドはカタブツの集まりじゃ。そんな連中が、決して無関係とは言えぬ悪事に対し見て見ぬフリをするものかのう。少なくとも30年前ならあり得ぬ話じゃ」 

「……わざと年齢に言及させようとしてませんか?

「仕方なかろう。妾が工匠ギルドと深く関わったのはそれ以来ないのじゃ」

 ラシルの意図は理解したものの、30年前の気風が参考になる筈もなく、ユグドは呆れ果てたように眉間を指で揉む。
 ただ、ラシルの意見そのものには異論はなかった。
 工匠ギルドは堅物の集まり――――それは現代にもついて回る先入観。
 ユグド自身もそう認識していた。

 果たして、時代が変わったのか。
 それとも――――

「解せぬ事なら、我にも一つ」

 食事を終え、手を合わせて一礼したばかりのクワトロが会話に入ってくる。

「守人の家に送りつけられた武具だが……マニシェ産とは思えぬほど粗雑であった。いや、雑に過ぎると言うのは語弊があるか。スィスチが言っていたように、あれは未熟者による粗悪品とは一線を画した造り。恐らくは……」

「ちょっ、クワトロさん。先走りすぎですって」

「む。済まぬ」

 悪いクセが出てしまったクワトロは、ユグドにたしなめられバツの悪そうな顔で咳払いをした。

「我が思うに、あの武具は失敗作でも稚拙な製品でもなく、元々あのような質の武具として作られたように思うのだが」

「……量産品、って事ですか?」

 クワトロの推察に、ユグドは思わず眉をひそめる。

 通常、武具を大量生産する場合、炉の熱で融かした金属を鋳型に流し込み、冷やして固めることで成型する『鋳造』という手法で行う。
 だが融点の高い鉄を完全に融かせるほど温度を上げられる炉は、世界的に見てもそれほど多くはない。
 それでも、職人国家マニシェになら存在するだろうが、仮にその炉を使用して大量生産した場合には、焼入れや焼き戻しといった通常の製造過程で行う硬化の為の作業が行えないという欠点がある。

 その為、誰が作っても同じような武具になるのは言うまでもない。
 技術を売りにしている職人国家マニシェで鋳造を行う意味は殆どないだろう。
 まして、世界有数の高温炉を使ってまで濫造するメリットなど皆無だ。

「故に解せぬのだよ。他の国ならいざ知らず、職人の集うこの国であのような武具を作るとは思えぬのでな」

「ならば確かめに行くのじゃ」

 食事を終え、不満そうに食器を指でつついていたラシルが唐突に腰を上げる。
 その美しい風貌と銀髪は、質素な民宿の飾り気のない部屋にまるで溶け込む気配がなく、やたら浮いている。

「確かめに……? 今から武器屋にでも行くんですか?」

「うむ。この宿の直ぐ近くに武器屋の看板があったのじゃ。マニシェまで来たのじゃから、武器屋くらい立ち寄らんとな」

「それは妙案ですな。現在のマニシェの武具がどの程度の水準か、見極めるとしよう。ユグドはどうするかね?」

 武器屋巡りは騎士のラシル、剣士のクワトロにとって至福の一時らしく、既に顔が綻んでいる。
 その感覚はユグドにはわからないが――――

「当然、行きますよ」

 武器屋の倅として職人の本場であるマニシェの武器屋には強い関心があった為、即座に外出の準備を始めた。

 


 民宿を出て歩く事五分、ラシルを先頭に首都キャピタオの大通りを闊歩した一行は、特に迷う事なく目的の武器屋へ辿り着いた。
 入り口の付近に立てかけてある看板にはマニシェ語で【ラファーガ】と記してある。
 この武器屋の名前らしい。

「ほう……これはまた、驚いた」

 その看板を凝視しながら、クワトロは驚嘆の意を示した。
 それは名称が原因ではない。
 単純に、店舗の規模に驚いていた。

 そしてそれは、ユグドも同様。
 いや、実家をはじめとした数多くの武器屋を客目線と店員目線の双方で見てきたユグドは、クワトロ以上に驚いていた。
 というのも――――【ラファーガ】は武器屋としては驚くほど小さい店だった。

 武器屋というと通常、それなりの広さを有している。
 販売だけでなく展示も兼ねているからだ。
 実際に手に取って貰い、馴染むかどうか確認させるのが武器専門店の義務。
 品揃えが豊富な店ほど店舗も自然と広くなる。

 だが、この【ラファーガ】はその辺の肉屋並に狭い。
 先程までユグド達がいた民宿の部屋よりも面積が小さく、展示している筈の武器も一切見当たらない。
 あるのは、一人分しか座れないカウンターと椅子のみ。
 まるで占いの店だ。

「もし、誰かおらんのか?」

 店員の姿も見えない為、ラシルが奥へと呼びかけると――――三十代と思しき男性が気怠そうな顔でやって来た。

「はーい。注文はそこの注文書からお願いしますねー」

「注文……? ここは武器屋なのじゃろう?」

「あ、ウチは初めて? ここで扱ってる商品は全部注文を受けてから製造して貰ってるんだ。完全限定生産なんだよね」
 
 完全限定生産――――その余り聞き慣れない単語に、ラシルは思わず顔をしかめた。

「要するに、実物は置かずに注文だけ受け付けてる訳じゃな?」

「そうそう。オーダーメイドっつーんだけど、武器名と素材、大きさを言ってくれればその通りに作って貰うから。武器にもよるけど、大体一週間もあれば届くよ。ウチの取引先の鍛冶師、ものスゲー仕事早いんで有名なんだぜ」
 
 一週間――――そのような短期間で希望通りの武器が手に入るという。
 もし本当なら、夢のような話だ。

「で、何が欲しいの? 剣? 槍?」

「……いや。出直すとしようぞ。邪魔したのじゃ」

 すっかり失望してしまったラシルが、緩慢な動きで踵を返す。
 ユグドとクワトロは店員に謝罪を入れ、その後ろから『冷やかしかよ』という愚痴が聞こえてくる前に店を出た。

「なんというつまらん店じゃ! こんな所は武器屋とは言わんぞ!」

 外ではラシルがご立腹。
 武器屋なのに武器が一切置いていない販売形式に納得がいっていない様子だ。
 だがそれは、他の二人も同じ。

「中々面白い試みだとは思いますけど、実物を一切置かない武器屋ってのは確かに魅力がないですね」

「実際に注文通りの物が出来上がる保証もないであるからな。我ならこの店で注文はせぬ」

 とはいえ、職人国家マニシェの首都、それも大通りの一角に店を構えている以上、それなりの武器屋である事は明白。
 現実として、一定の需要があるとみなさざるを得ない。

「他の武器屋も回ってみましょう。ラシルさん、この辺詳しいんですか?」

「いや、ここは偶々看板を見かけただけじゃ。マニシェ自体久々じゃし、余り立ち寄らぬ国なのじゃ」

「そうですか……」

 既に陽が落ちて久しい時間帯。
 闇雲に歩き回って道に迷うことになれば、宿に戻れないかもしれない。
 引き返すべきかと半ば諦観の念を抱いたユグドは、クワトロに意見を求めるべく彼の方に視線を向けた。

 そのクワトロは――――

「……」

 沈黙のまま、勝手に歩き出す。
 何かと先走る傾向にあるクワトロの悪い癖が出たかと思いながらも、何処か迷いの見える速度での前進を見せるその姿に、ユグドはやや違和感を覚えていた。

「どうするのじゃ?」

「行きましょう。このまま宿に帰ってもモヤモヤするだけですし」

 そうラシルに返事し、ユグドはクワトロの後を追う。
 相変わらず、その歩みには迷いが見えた。











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