それから――――

「……流石、ラシルが見込んだ護衛団だけはある。素晴らしい護衛であった」

 夜になってラシルと共に現れた館の主、オライワン=ベイグランドのお褒めの言葉を受け、更には予想以上に高額の報酬を受け取り、ユグド達アクシス・ムンディの面々はホクホク顔で中立国家マニャンへと戻っていった。
 尚、オライワンの顔が終始引きつっていたのは言うまでもない。
 逆にラシルは何処か楽しげだった。
 彼女にとってロクヴェンツ軍は身内なのだが、それはそれとして、弱者が強者に一泡吹かすのは爽快なもの。
 尤も、自国の軍への再教育の必要性は感じているようだが。

 彼らの乗る馬車を見送った後、ラシルも相棒のリュートに乗って空へと飛び立つ。
 今日は風が強い日。
 いつもより少し慎重にその巨大な翼を広げ、翼龍はみるみる内に小さくなっていった。

 一方――――玄関の前で夜空を見上げていたウィンディ=ベイグランドの漆黒の翼は、風に煽られても決して羽ばたきはしない。
 この翼は風を受ける為のものではない。
 風を生み出す為のものだ。

【アエロの風翼】

 22の遺産の一つに数えられる、翼を模した魔具だ。

 その極めて珍しい形状の魔具は、単に魔術を使用する為のアイテムではない。
 魔術を全て風に変換するという、非常に強力な効果を持つ。

 これは単に、自分の魔術を風に変換できるだけではない。
 敵から放たれた魔術も、全て風に換える事が出来る。
 例えば、訓練中に誤って自分の近辺に放たれた魔術を風に換えてしまう事も可能だ。

 その際に変換される風の風力は、魔術の殺傷力に比例する。
 強力な攻撃魔術なら突風となり、貧弱な攻撃魔術ならそよ風となる。
 
 変換される風はカマイタチなどの鋭さを有したものにはならない為、どれだけ強い風に変換されても死ぬ事はまずない。
 そういう意味では、結界以上の『魔術殺し』と言えるだろう。
 そもそも結界すらも風に変換可能なので、対魔術士においては無敵となれる。
 彼女自身は魔術士ではないが、使用する上では問題ない。
 
 ウィンディがこの翼を手に入れたのは偶然だった。
 自分の趣味で購入した物が、たまたまそうであったというだけの話。
 これまた偶然だが、魔術士崩れの盗賊が館に侵入した際に攻撃され、初めてその効果が発覚した。
 22の遺産の事を知ったのも、父親の持つ膨大な資料の中から『魔術を風に換える』効果の記載を探したのがきっかけだ。

 ラシルにも、誰にも打ち明けていない、自分だけが知る秘密。
 何故なら、22の遺産は『呪いの武具』と言われており、非常に危険な物だからだ。
 
 全て集めた者は世界を統べるとも言われ、悪人が狙っているという話も聞く。
 ウィンディはそういった逸話を集め、総合的に判断し、誰にも言わず自分が所持しておく事を決意した。
 趣味である堕天使好きも、擬態するには丁度よかった。

 その結論には、一つの懸念が大きく影響している。

 ――――父が22の遺産を集めているかも知れない

 武器コレクターとして、世界中の珍しい武器を集めている父親が、世界征服を目論み遺産を手にしたがっている可能性は決してゼロではない。
 ロクヴェンツの大富豪と身分を偽っているが、実際には国王。
 大きな事を企んだとしても、何も不思議ではない身分だ。

 しかし、その企みが正しい道とはかけ離れているのは言うまでもない。

 もしかしたら、この〈民間要塞〉にある膨大な数の武器の中に、22の遺産が紛れているかもしれない。
 敢えて紛れ込ませているのかもしれない。
 木の葉を隠すなら森の中が好ましいように。
 そう心配し、ウィンディは〈民間要塞〉の管理を自ら請け負った。
 それから毎日、使用人も使わず館内の武器をチェックしているが、今のところ遺産らしき武器は見当たらない。
 だが、余りに膨大な数の為、十分の一も調べきれていない。
 
 そんな中、アクシス・ムンディという22の遺産に関連した仕事を複数こなしているという外国の護衛団に依頼を出したと知り、ウィンディの懸念は更に深まった。

 そして。

「この館には22の遺産が眠っている」

 その日――――ラシルを見送ったウィンディは、背中越しに持論を肯定するその声を聞いた。
 最初は、自分の考えを肯定したいが為の自分自身の声、すなわち幻聴かと思った。
 だが、その声は明らかに男声であり、実在する声だった。
 
「お前の父親が秘密裏に保管しているんだろうよ。これだけの数の武器に紛れさせておけば、どんな盗賊にも見つけられはしないと踏んでな」

 続きとなったその発言は、ウィンディの推測を見事に言い当てていた。
 驚愕以上の衝撃を受け、振り向いた視界の中央にいたのは――――

「ノーヴェ=シーザーであると視認した」

 王族の集う催し等で数度見かけた、帝国ヴィエルコウッドの皇帝。
 世界でも最高峰の有名人の顔がそこにはあった。

 その一方で、違和感もあった。
 自分の見たノーヴェ=シーザーより随分若いようにも見える。
 果たして同一人物なのか。
 同一存在と言えるのか。
 ウィンディは混乱しながらも、必死にその正体を探ろうとした。

「やはり、俺の"顔"を知っていたか。ならば……」

 だが――――その行為は眼前の人物が発した一言によって、中断を余儀なくされた。

 彼は腰に剣を下げている。
 鞘に収まってはいるが、その邪悪さを抑えきれていない、獰猛な剣。
 殺される――――ウィンディは直感的にそう確信し、無意識に一歩後退った。

「ま、待ちなさい!」

 その一歩と同時に、館内から大きな声が聞こえ、窓から人影が飛び出してきた。
 ウィンディは直ぐにその正体に気付く。
 ノア=アルカディア。
 先程までここにいたアクシス・ムンディの手伝いをしに来たという女性だ。
 
「貴方、何者よ! その人をどうする気なの!? こんな時間に女性を狙うなんて最低よ!」
 
 震えた声で、ノアはアームブレードを構える。
 ドラゴンキラーと呼ばれる、防御に特化した武器。
 業物の部類に入るが、その剣すらも振るえていた。

 絶対的な強者――――目の前の存在がそれである事をノアも、ウィンディも悟っていた。

 だから虚勢を張るだけで、迂闊に動けない。
 動けば直ぐに剣を抜かれ、血飛沫が舞う。
 そんな想像ばかりが脳裏を過ぎる。

 暫時の後――――
 
「殺すつもりなら、話しかけずに後ろから斬っている。それくらいはわかると思うがな」

 ノアの先程の質問に答える形ではなかったが、ノーヴェ=シーザーの顔をしたその男は二人の安全を保証した。
 だからといって、恐怖心や不安感が薄れる事はない。
 極限の緊張の中、ノアは震える喉で生唾を飲み込む。

「とんだ邪魔が入った。話の続きは後日するとしよう。それまで、この館をしっかり管理しておくんだな」

 結局、剣を抜く事はなく――――男は夜の闇と戯れるかのように、姿を消した。
 足音も、移動する気配すらも感じさせず。

「……はぁぁ」

 一気に緊張感が途絶え、同時に安堵の波に襲われたノアがその場に崩れ落ちる。
 日中の訓練で疲労困憊だったが、それは今は関係ない。
 仮に万全でも、先程の男が剣を抜けば命を落としていた――――そんな精神的負荷が、体力まで大きく削った結果だ。

「私、余計な事しちゃったかな……殺すつもりはない、って言ってたし」

「そうとは限らない。私から何らかの情報を得ようとしていたのは明白だけれど話を聞いた後に殺す可能性は高かった」

「そっか……なら勇気振り絞った意味はあったのかな?」

「その点は感謝したいと心から思う。ただしどうして貴女がまだ館内にいるのか理解できないので窃盗の線も視野に入れていると私は白状する」

「ち、違います! その……どうしても聞いておきたかった事があって、一人だけ残ってたの」

 元々アクシス・ムンディとは買える場所も違うので、自腹覚悟で単独行動する予定ではあった。
 そんなノアの聞いておきたかった事は、言うまでもなく――――

「22の遺産、って知ってる? もしかしたら、貴方のお父さんが持ってるかもしれないなー、なんて思って」

 その推察に明瞭な根拠はなかった。
 なかったが――――正解だった。
 あくまで、先程の男の言葉が正しいならば。

「22の遺産については聞き及んだ事がある。ただし父からそれを集めているという話は聞いた事がない」

 嘘は吐いていない。
 その為か、ノアは特に疑いもせず、ガッカリという感情を隠さず思いっきり項垂れた。

「どうして22の遺産を手に入れたいのかを聞かせて貰いたいと願い出る」

「え? えっと、実は私、傭兵国家メンディエタの王宮侍女で……」

 盗賊扱いされるのも嫌なので、ノアは素直に自分の抱えている事情を話した。

「魔王に支配されたメンディエタを救う為に、22の遺産をノーヴェ=シーザーに献上して、そのお礼に魔王討伐をして貰おうって思って」
 
「話は大筋理解した。その上で二つほど追加質問がある事を伝えたい」

「あ、うん。伝わったし構わないけど」

「貴方はノーヴェ=シーザーの顔を知っているのかどうかという質問が一つ。もう一つは世界征服を企んでいないかという質問」

 突拍子もない二つ目の質問に目を丸くしつつも、ノアは両方に対し首を左右へ振った。

「皇帝って結構色んな国を飛び回ってるって聞くけど、中々出会う機会がなくて……あ、世界征服も当然なし。仮にメンディエタが復活してもね」

「ならこれで完全に事態を把握出来た。私としては自分の危険を顧みず私を助けようとした貴女に心から友達になって欲しいと思っている」

「また唐突ね……でも嬉しい。私お友達少ないし、喜んで」

 ノアが笑顔で快諾すると、ウィンディは微かに口元を緩め、喜びを露わにした。
 この子は――――友達を探していたのかもしれない。
 ノアはなんとなくそう思った。
 
「ではこれは友情のしるし。貰って欲しいと切に願う」

 そう真顔で述べ、ウィンディは背負っていた漆黒の翼を下ろし、それをノアに差し出した。

「これを付ければ貴女も直ぐに『輝かざる堕天使〈ルシファー〉』。気に入って貰えると嬉しいと断言する」

「は、はあ……そういう趣味なのね。えっと、ありがとう。貰って……お……くね」

 かなりの葛藤があったが、友情のしるしという言葉に負け、ノアは受け取る決意をした。
 当然、背中に翼を背負う気は全くないが。

「もう一つ友情の証に助言を。貴女はノーヴェ=シーザーに魔王討伐を依頼するつもりでいるとの事」

「え、ええ。そうだけど……」

「確証はないと若干言葉を濁しつつもほぼ断言する。先程までここにいた男こそノーヴェ=シーザー」

 キッパリと、ウィンディはそう告げる。
 しかし内容を飲み込めず、ノアは呆然と立ち尽くしたまま。 

「……へ?」

「先程貴女がケンカを売った相手がノーヴェ=シーザーであると私は強い確度で推察する。なので魔王討伐のお願いを聞き入れる可能性はかなり低いとの懸念を示す」

「……う、嘘……よね? お友達になったから、かるーく冗談を言って親睦を深めよう、とか……?」

「さぞかし無念であると私は合掌するのだった。ちーん」 

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 要塞国家ロクヴェンツの一角に響きわたる、絶望の咆哮。


 その声は強い風に乗って――――


「……今、何か聞こえました?」

「気の所為じゃないの?」

「そうですか。なんか、かわいそうな泣き声が聞こえた気がしたんですが」

 ユグド達の乗る馬車にまで届いたのだが、訓練による疲労で睡魔と格闘中だった為、まるで伝わらなかった。

 


 これは、そんな空虚の練習曲。









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