要塞国家ロクヴェンツは、常に国家の存在意義を重要視してきた。
 すなわち、ルンメニゲ大陸における自国の差別化と言い換えてもいい。
 何故なら、それはそのままルンメニゲ連合内における発言力に影響するからだ。

 極端な話、ルンメニゲ大陸の各国が自国の利益を求める場合、『自分達はこんな事をやれます』、『こんな強みがあります』という個性が大きな武器となる。
 実際には国力というものはそう単純な筈もなく、経済力をはじめ軍事、産業、技術、情報、文化など様々な要素が絡み合っており、そこには国土面積、資源、人口なども大いに関わってくるのだが、極力そういった部分を平等化しようという概念の元に生まれたのがルンメニゲ連合でもある。
 そんな背景もあって、各々のパーソナリティがある程度の有用性を帯びるのは、ある意味で"お約束"に近い。
 そうなるように誘導された事で、現在の平和が成り立っているとも言える。
 
 そして、それを誘導したのが100年前に行われたエルフレド会議であり、その会議の提唱者を生んだマニャン。
 現在は中立国家として半ば軍事力を放棄し、法の下における国防が展開されているのだが――――

「実際のところはどうなのだろうという疑念は各国が持っている。牙を研いではいないのかと。だからこそ君に紹介を頼んだのだ。ラシル」

 ロクヴェンツの誇る要塞都市であり、王都でもある〈ゼレンカ〉の中央に構える巨大王城。
 何重もの高く分厚い城壁に囲まれたその城の内部に、国王ガレンディン=リシュタルは"いない"。
 そこにいるのは、ガレンディンと同じ顔をした影武者のみ。
 本物の国王はというと――――

「そこまで気にかける必要があるとは思えんがのう。仮にも要塞国家の"国王"が」

 オライワン=ベイグランドと名を変え、世界屈指の大富豪として国内を転々としている。
 目的は世界の稀有な武器を集める為。
 本来なら、影武者を立て隠匿状態にある国王は表舞台に姿を見せず、まして派手な肩書きや活動など一切行わないものだが、彼は自身の趣味の為に大富豪の役回りを演じている。
 巨万の富がなければ世界中の武器を買い漁る事など出来ない。
 それだけの理由で。

「例の武器万博の際にマニャンの護衛団が活躍した、と話を聞いて興味が湧いたのだ。それだけならまだしも、連中はあのノーヴェ=シーザーと懇意にしているという。他国の王族との交流も確認済みだ。警戒に値するだけの存在だとは思うがな」

「……確かに、遠巻きに見ればそう見えるのかもしれん。実際にはまだまだヒヨッコばかりの集まりなのじゃが」

「其方から見れば余もヒヨッコであろう……と、これは失言だったか」

「うむ。二度目はないぞ。リュート、もし同じ内容の発言を確認したら直ぐに落とせ」

 ラシルに命じられ、リュートは甲高い鳴き声を返す。
 現在、ラシルとオライワンはリュートの背に乗り、ロクヴェンツの上空を飛行中。
 この日は風が強く若干揺れるのは難点だが、この場所は世界で最も信頼の置ける密室だ。

「……すまなかった」

「オナゴの年齢に抵触するのはマナー違反じゃぞ。お主も一国の王ならばゆめゆめ忘れるでない」

「いや、そうではない。其方に嘘を吐かせてしまった事についての謝罪だ」

 ラシルの背後で遠い目をしながら、オライワンは語る。
 年齢はまだ40と若く、国王としての威厳はないが、その真摯な眼は国を統べる者特有の気品に溢れていた。

「ロクヴェンツの龍騎士として、或いは守護者として、余の遙か前の代より国に仕え続けている其方には感謝の念に堪えぬ。にも拘らず、今回もこのような小間使いのような役回りを――――」
「生憎だが、妾にはそのような意識は微塵もないのじゃ。この度のお主への助力も、妾なりに責任を感じての事。其方が気に病む事ではない」

 言葉を遮るように、ラシルは己の見解を話す。

「お主の懸念、妾には大げさに思えるが……それは立場が異なる故。特にマニャンはロクヴェンツにとって同盟国であり友人。だからこそ隠し事をされては困るというお主の心配は理解出来る」

 中立国家と謳っておきながら、その実秘密裏に特殊な護衛団を結成し、暗躍させているかもしれない――――アクシス・ムンディにはその特殊護衛団という疑いがかけられていた。
 今回、オライワンがアクシス・ムンディを招聘したのは、その真否を探る為。
 護衛団としての能力と実践力を見れば、自ずと回答は出る。

 そして、その疑いを一刻も早く晴らす為、ラシルは敢えて嘘を交えた依頼をユグド達へと持ちかけた。
 オライワンの過大評価を晴らすには、現実を見せるのが手っ取り早い。
 大した護衛団ではないと示してやれば、余計な波風を立てずに済むのだから。

「そう言って貰えると助かるよ。要塞国家のような引き籠もり王国を統治するのは大変でな……思考が保守的な国民ばかりなのだ」

「その苦労は察するに余りあるが、趣味を優先させる為に偽名を使い世界を飛び回る国王もどうかと思うのじゃ」

「別に趣味だけが理由ではないのだがな……国王が影武者を立てて安全を確保するのは我が国の伝統なのでな」

「ならば尚更目立たぬようにしておくべきじゃろう。あのような巨大な館を建ててどうするのじゃ」

「世界中の珍しい武器を買い集めるには、あれくらいの武器庫が必要だと思ってな」

 オライワンは28階建ての別荘を"武器庫"と断言した。
 それくらい、彼の武器への執着は凄まじい。

「全ての"本物"を集めるには、その何百倍、何千倍ものニセモノを掴まなければならぬ。だが例えニセモノであっても、全ては本物を手にする為の道のり。すなわち、余が生きた証。おいそれと捨てる訳にはいかぬ」

「さりとて珍しい武器は置いていない故、訓練場所としては最適という訳か」

 前を向きながら呆れ気味に嘆息するラシルの背中を、オライワンは上機嫌な顔で眺めていた。
 そう思って貰えるのが重要――――と言わんばかりに。

「で、その訓練じゃが……そろそろ佳境を迎えそうじゃの。日が随分と傾いてきておる」

「この時間まで訓練が続いているとは思えんがな」

「ほう。ならばその根拠となるであろう、攻める側の正体を教えて貰おうか。ずっと秘密だとはぐらかされていたからの」

「一応、本来ならば無闇に動かす訳にはいかぬ部隊を登用したのでな。情報管理は徹底させて貰った」

 無闇に動かす訳にはいかぬ部隊――――その言葉に、ラシルは直ぐにピンと来た。
 
「成程。特殊部隊を使ったのじゃな」

 特殊部隊。
 正式名称を〈ロクヴェンツ特殊任務部隊〉とするその部隊は、要塞国家ロクヴェンツにおいては文字通り特殊な役割を担う。
 軍の大半が国を、王城を守護する為に結成された部隊で構成されているのに対し、この特殊部隊は潜入と奇襲を前提とした攻撃性の高い部隊となっている。

 "要塞国家"を冠とするロクヴェンツにとって、この特殊部隊の存在は最大級の国家機密。
 そんな切り札を隠し持っているからこそ、マニャンも自分達と同じようにコソコソと特殊な組織を結成し運用しているのでは――――とオライワンは考えた。
 少なくとも、ラシルはそう分析していた。

「内紛もなく、エッフェンベルグやヴィエルコウッドなどの大国からの侵略もないこの時代、軍を動かす機会はそう多くない。特殊部隊の訓練も兼ね、今回のような依頼を出したのだ」

「やれやれ……まさか軍の切り札を出すとはのう。せいぜい名のある傭兵ギルドから徴兵する程度と思っておったのじゃが」

「彼らは我がロクヴェンツ軍の中でも選りすぐりの兵。仮に余の懸念通り、アクシス・ムンディとやらがマニャン国家肝入りの組織だとしても、恐らく対抗は出来まい」

 あくまでもアクシス・ムンディの実力を見るのが主目的ならば、観察・分析出来るほど余裕のある部隊をぶつけるのが好ましい。
 そういう意味でも、オライワンに躊躇はなかった。

「仕方がないのう。骨を拾いに行ってやるとしよう」

「そうしてくれ。余も協力してくれた娘に感謝を告げなければ」

「ふむ……確かにあやつが率先してお主を手伝うのは珍しいのじゃ。ご褒美目当てじゃったのかの」

「或いは、あの子なりに何か思うところがあったのか……余とは違った目的があったのかもしれぬな」

 そう語るオライワンの両手には、漆黒のティアラが抱かれている。
 今回のお礼にと闇市場で購入した、世にも珍しい黒水晶製髑髏付きのティアラだった。

「……父の趣味も大概じゃが、娘の趣味も大概じゃな」

 ポツリとそう呟き、ラシルはリュートへ行き先を告げる。
 ルンメニゲ大陸でも有数の軍事力を誇る要塞国家ロクヴェンツの国王と龍騎士は、遥か格上を訓練相手にされたアクシス・ムンディへ同情しつつ、空の旅を満喫していた――――













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