「……合同訓練ですか?」

 ――――五日前。

 負傷などの理由で離脱していたシャハト、チトル、フェム、ウンデカ、トゥエンティの五名が復帰し、久々に全員出席での会議を行っていたアクシス・ムンディの元を訪れたラシルによる依頼内容の説明は、かなりの唐突感があった。

「うむ。依頼主は妾の故郷、要塞国家ロクヴェンツでも随一の金持ち故、金払いはかなり期待してよいぞ。どうじゃ? 無論、受けるものとして話を進めておるが」

「受けます」

 他の全員が戸惑う中、ユグドは二つ返事で承諾した。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 合同訓練って言っても、どんな事やらされるのかわからないのに……」

「スィスチさん。金持ちからの依頼、しかも外国からの依頼を受注するのがどれだけ大変かわかってますか? 逃す手はないんです。絶対にです」

「う……そんな怖い目で見られても」

 ユグドの目は据わっていた。
 それくらい、ラシルの持ってきた依頼はユグドにとって、そしてアクシス・ムンディにとって高嶺の花だった。

 国際護衛協会を自認しつつもまだまだ知名度不足の感は否めないアクシス・ムンディは、国内より寧ろ国外での仕事に飢えている。
 加えて、報酬額がかなり期待出来る富裕層からの依頼。
 度々海外へ赴き売り込みをかけているユグドにとって、この条件での依頼が舞い込んで来た今回の件は、僥倖と呼んでも過言でないほどの幸運だった。

「そう答えると信じておったぞ。今回の依頼は妾の知人でな。もし約束を違えるようなら妾の信用にも関わる。信じてよかったのじゃ」

「ラシル先輩……そこまであーし等を気にかけてくれてたなんて……感激っしょ」

「流石人生の大大大先輩にゃ! やってくれるにゃ!」

 セスナとユイが棒読みでおべっかを使うその背後で、クワトロとトゥエンティが気難しい顔を作っていた。

「ラシル殿。富豪の依頼する合同訓練という事であるが……模擬戦のようなものと考えて良いのだろうか?」

 クワトロの質問に、ラシルがコクリと首肯する。

「詳しい内容は依頼主の関係者に聞いて欲しいのじゃが……何でも別荘の警備態勢を見直すべく、海外の護衛団を招聘して参考にしたいのだそうじゃ」

「見本にする為にわざわざ訓練形式にする意味あんの? 金持ちの考える事はよくわかんねーなー」

「いえ、有意義な試みだと思いますよ。単にオレ達の護衛手法や心掛けを聞くだけだと机上の空論に過ぎませんから」

 ぼやくトゥエンティにフォローを入れたユグドは、明らかにこの依頼に肯定的だった。
 そしてその理由の向こうに『海外進出』と『高額報酬』が見えているのは言うまでもない。

「依頼主は大金持ちであり、武器コレクターでもあるのじゃ。以前、貴様等も護衛に参加した武器万国博覧会のスポンサーもやっておるくらい筋金入りでの。別荘には数多くのレアな武器が収納されておる」

「まあ。中々良い趣味してますわね」

「鎧は集めてないのですねよろー。残念ですざんー」

 以前その武器国博に訪れていたフェムと、武器より防具にこだわりを持つチトルの反応は対照的だった。

「訓練は別荘内の武器を盗み出そうとする強盗団からコレクションを護る、という形で行うそうじゃ。問題は人数じゃったが、幸い離脱しておった面々も復帰しておるようだし大丈夫じゃの。依頼主の別荘の住所を教えておくから、五日後に到着するよう準備しておくがよい」

「人数は多いほどいいんですか?」

「そうじゃな。助っ人に心当たりがあるのなら、参加要請してもよいぞ。報酬は人数に応じて支払うと言っておった」

「了解しました。では五日後」

「うむ。待っておるぞ」

 簡易な説明を終えたラシルは、外に待たせていたリュートの背に乗りあっという間に空へと消えていった。
 その様子を見届けた後、ユグドらアクシス・ムンディは新たな依頼に向けての緊急会議を始める。

「んー……むにゃむにゃ……ハハ、俺様の得物はそんな細くねぇよぉー……」

 ただ一人、ラシルが現れる前も今も机の上で熟睡しているリーダー、シャハトを除いて――――

 


「深淵の理解を得た。確かに皆様がたのリーダーは無能だと言わざるを得ない。コケにされて当然と言える」

「おおぃ! なんで話が俺様の過去の汚点にすり替わってるんだよぉー! ちょっと寝過ごしただけだよぉー!」

 ウィンディの説明の途中、ラシルから何処まで聞いたのかという話になり、その結果こうなった。

「あ、あの時は仕方なかったんだよぉー。眠かったんだよぉー。入院中の施療院で知り合った看護職の女の子がよぉー、寝かせてくれなかったんだよぉー」

「うっわ……最低っしょ。よくこんな所で下ネタ言えるっしょ」

「ちっ、違ぇよぉー! 治療と称して患部に染みる薬草塗り込んできやがるから眠れなかったって話だよぉー!」

「……」

「うひぁーノアちゃんが見てるぅー! 汚物を見る目で俺様を見てるぅー! 違ぇよぉー! 激痛に喜びの感情なんて芽生えてねぇよぉー!」

 ――――今回特にシャハトに対する風当たりが強いのも当然の事だった。

「それで、依頼内容の続きですけど……ラシルさんから聞いた内容はこれくらいです」

「了解した。ならば私は皆様がたの脳内に追記する幾つかの注意事項を述べなければならない。なのでそうする」

「は、はあ」

 独特な話し方のウィンディに若干困惑しつつも、ユグドは素直に聞き手に回る事にした。

「まず皆様がたの日程について話す。明日と明後日の二日を使って皆様がたの戦力分析を行う」

「戦力……分析とは?」

 怪訝そうに左右の眉を上下させたクワトロに、ウィンディは真顔を向け一つ頷く。
 なお、ウィンディはこれまで真顔以外の表情は見せていない。 

「今回の合同訓練はこの別荘に収納してある父のコレクションを護るという設定で行われる。だが実際には護れるかどうかが問題ではなく皆様がたの護衛の仕方や行動理念や指針について見せて貰い手本になりそうな点を参考にしたいと考えている。なので戦力分析は必須」

「えーっと……つまり、おれ達の戦闘力を確かめるって事か?」

「戦闘力だけでなくあらゆる能力を分析したい。その為のテストはこちらで用意しているから指示に従って欲しい。まずはそれが一つ」

 依頼を受けた時点で拒否権はないらしく、ウィンディは質問したトゥエンティにそう答えた後、全員を一瞥して話を続けた。

「分析終了後護衛としての適正があると判断された場合は翌日より始まる合同訓練に護衛団として参加して貰う。原則として賊の役回りとなるもう一組の依頼先の情報は一切事前に知らせないものとする。賊の情報など事前に得られるケースは滅多にないのでより実践的な試みと言える」

「それについては異論はないですけど、もしオレ達に護衛としての適正がないと判断された場合は?」

「その場合は予定していた報酬額の半分を支払ってお帰り頂く。そして紹介したラシルの面目が丸つぶれとなり私は彼女を一生紹介力のない女として嘲笑っていく」

 中々酷い返答にユグドは思わずラシルの反応を横目で見たが、当のラシルに怒る気配はなかった。
 終始真顔なのでわかり難いが、ウィンディの物言いは単なる軽口に過ぎないようだ。
 両者の良好な関係性が見て取れた。

「要点をまとめる。最初の二日で適正テスト。合格した後にこの館の中にある武器を護る合同訓練を実施して貰う。以上」

「わかりやすいのかわかり難いのか、わかり辛い依頼だにゃー」

「チトルはテストに受かる自信があんまりないですうかー」

 ウィンディの説明を受け、アクシス・ムンディの面々はそれぞれに困惑やら不安やらを口にしていた。
 そんな中、ユグドは一人違う意味で怪訝そうに眉をひそめていたが――――暫く続けていた思案顔を消し、ウィンディに問いかける。

「その護るべき武器は何処にあるんですか? これだけ広い館ですから、護衛する側としてもポイントを絞りたいところです」

「それについては適正テスト合格の後に教えるものとする。これは父の意向でもあるので私には変更出来ない。よってご了承願いたい」

「……わかりました。何にしてもまずはテストに合格する事ですね」

「そう思って貰えるとありがたい。ちなみにテストは護衛に必要な四つの能力を測定する。その四つとは瞬発的戦闘能力と持久的戦闘能力と危機察知能力と判断力」

「戦闘能力は二通りあるの?」

 不思議そうに問うノアに対し、ウィンディは大きく頷いた。

「護衛には瞬発的な力と持久的な力の両方が必要。だけど両方を持ち合わせる必要はない。どちらかが優れている人物が数名いれば事足りる」

「ウィンディはこう見えて、ロクヴェンツの防衛哲学を誰より学んでいる才女でな。こと防衛、護衛に関してはうるさいのじゃ」

「私は別にうるさくはない。ただこの国が要塞国家である以上は"護る事"について学ぶべきだと考える。だから学んだ」

 真面目なのか別の何かなのかは不明だが、ラシルの説明通りならばウィンディは護衛のノウハウをかなり勉強しているらしい。
 それはアクシス・ムンディにとって厄介な事実かもしれないと、ユグドは一瞬懸念を抱いた。
 もしそのノウハウが、そしてロクヴェンツの防衛哲学とやらがアクシス・ムンディの護衛手法と大きく異なっていた場合、価値観の相違によって適正なしと見なされる恐れもあるからだ。

 だが――――

「今回の依頼は異文化からの吸収を目的としているので私達の価値観を評価に落とし込んだりはしない。なので余り心配はしないでいい。各々自分の得意分野で頑張って貰えればいい」

「ちょっと安心したにゃー。ユイ、判断力とかワケわかんにゃーし」

「あーしは戦闘力全般アウトっぽいっしょ。危機察知能力に賭けるしかなさそうっしょ」

「なら私は判断力かしら……んー、自信ないかも」

 ユイ、セスナ、スィスチといった非戦闘員が不安を口にする一方で、トゥエンティやクワトロなどの戦闘要員はそれ以上に緊張しているのか、口数が少ない。
 ただ、一人だけ――――

「よっしゃぁー! 汚名挽回のチャンスだぜぇー! ユグドぉー勝負だぁー! テストの評価で勝負するぜぇー! どっちがアクシス・ムンディのリーダーかここでハッキリさせてやるよぉー!」

 シャハトはひたすらに燃えていた。
 本気で汚名を挽回するつもりらしい。
 なお、挽回は『失ったものをとりかえす』『回復する』という意味なので、『汚名(をそそぐ為の)挽回』と考えればあながち間違いとも言い切れないらしい。

「テストに際して特別な革を素材とした鎧と籠手と兜を装着して貰う。隣の部屋に用意しているので装着してみて欲しい」

「わかりました。それじゃ早速」

 全員で隣室に移動。
 すると――――相変わらず無駄に広い部屋の入り口付近に、ものすごい数の革製の防具が並んでいた。

「軽量な上に殆どの金属製武器の殺傷力を最低限に抑えられる良質の防具だと私は保証する。サイズは一通り揃えてあるので自分に合った物を選んで欲しい。ちなみに合同訓練でも使用して貰う予定」

「そいつぁーありがてぇーなぁー。なぁーユグド、お前確か武器屋の倅だよなぁー。防具には詳しくねぇのかよぉー?」

「武器ほどの知識はないですけど……この防具に使われてる素材は知ってますよ。ベヒモスの革ですよね?」

 ベヒモス――――ドラゴン並に稀少な生物であり、現在は自然保護団体による保護の対象となっている。
 かなりの貴重品であり、高級品だ。

「父が世界中を飛び回って買い集めた防具なので大事に使って欲しい。ただし傷が付くのは気にしないで構わないとの事。その際に『防具の傷は勲章』という名言が父から飛び出した事を報告する」

「名言かどうかはともかく……そう言われても中々ねえ。そんな高級品だって知ったら余計」

 非戦闘員のスィスチが戸惑う一方、ノアを含む戦闘員の面々は普段目にしない防具に興味津々らしく、手触りや頑丈さのチェックで盛り上がっていた。

「ふむ。確かにこの防具なら刃が貫通する事はなさそうであるな。ウィンディ殿、我らと敵対する予定の相手もこれを?」

「その予定になっている。防具の継ぎ目を狙わない限り大怪我にはならないので本気で戦って欲しい。防具の提供はそういう意図がある」

 つまり、実戦さながらの訓練を期待しているらしい。
 クワトロは引き締まった表情で頷き、己の中にある戦闘への渇望を抑えきれないのか、口元を微かに緩めていた。

「にしても、よくこんな高級防具をこれだけの数揃えましたね。貴女のお父様は武器コレクターとの話でしたけど……」 

「武器と防具は表裏一体。攻めを知るには受けを知るべし。武器を知るには防具を知るべし。父の生み出した名言の一つであると私は確信する」

「名言かどうかはともかく、同感ですね」

 ユグドは納得し、自分の頭の大きさに合った革兜を被ってみた。
 かなり軽く、頭部にしっかりフィットさせても圧迫感が余りない。
 紛れもなく本物。
 これ一つで、小さめの馬車が買えるくらいの値段はするだろう――――
 
「うっわ、本当に軽いっしょ! チトルの鎧とは比べものにならないっしょ!」

「あうあう、軽すぎてなんか違和感ありまくりですいわー」

 そこまでの価値とは知らない他の面々が割と雑に扱っている様を見ながら、ユグドはこっそり肝を冷やしていた。
 その視界の端で――――

「武器コレクター、か……」

 ノアが一人、難しい顔で思案に耽っているのを捉えながら。











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