要塞国家ロクヴェンツはルンメニゲ大陸にとって、かなり重要な位置にある。
 そしてそれは文字通り、地理的な意味合いでの重要性を表している。
 侵略国家エッフェンベルグの東側と隣接している為、必然的にエッフェンベルグの標的となるからだ。

 ルンメニゲ大陸において最も野心的、攻撃的な国であるエッフェンベルグを活性化させるも沈静化させるも、ロクヴェンツ次第と言っていい。
 加えて、侵略と要塞という対極的な特色を持つライバル同士とあって、両国は長い歴史の中で幾度となく衝突し合ってきた。
 
 だが現在――――両国間に目立った対立関係は見られない。
 これはルンメニゲ大陸全土における価値観の変化が大きな原因となっている。

 戦争は悪、無用な戦闘は不要。
 平和最高、仲良き事は美しき哉。
 そういった世界的風潮もあり、軍事が以前ほどの影響力を有しなくなった事で、経済面におけるお互いの利用価値の高さは無視出来ず、いつしかこの二国の間には交易が行われるようになっていた。

 一方、両国間に敵対心がなくなった訳ではない。
 軍事面で栄えた国同士、国民の間にはライバル心が常に燻っている。
 それが表面化すれば、瞬く間に戦争が始まるなんて事もあり得る程に。

 とはいえ、この両国をも凌ぐ国力を誇る帝国ヴィエルコウッドが平和を提唱している以上、その可能性は限りなく薄い。
 "絶対的な強者"がいると、その周囲はどうしても警戒心を過剰に持たざるを得ず、中々思い切った行動がし難くなるのは世の常。
 言い換えればヴィエルコウッドの存在が両国にとって抑止力となっている。

 そしてもう一つ、ロクヴェンツにとって無視出来ない国がある。
 中立国家マニャンがそれだ。

 ヴィエルコウッドの要請を受け、世界首脳会議〈エルフレド会議〉の開催に漕ぎ着けたマニャンに対し、ロクヴェンツは好意的な見方をしている。
 実はエッフェンベルグとの長い抗争により、経済面や人材面でかなり追い詰められていたからだ。
 要塞国家の冠を持つロクヴェンツは籠城に代表される持久戦を得意としているが、それは同時に消耗戦でもある。
 もしエルフレド会議が開かれなければ、エッフェンベルグによって侵略されていたかもしれない。
 よって、マニャンはその危機を回避させてくれた恩人ならぬ恩国だという認識が根強いという。

 また、地理面における打算もある。
 マニャンはエッフェンベルグの南西にある為、仮にエッフェンベルグと再び険悪になった際、マニャンが味方なら東西で挟み撃ち出来るというメリットがある。
 そんな事情もありつつ、ロクヴェンツ国王ガレンディン=リシュタルの意向もあり、現在も活発な交易が行われている。

「……以上、今回オレ達が妙に優遇されている理由の説明、終わりです」

 やたら仰々しい、そして巨大な個人所有の馬車に揺られながら、ユグドはその馬車を自分達が利用している理由を語った。
 
「やっぱ長いにゃん! 長すぎるにゃん!」

「相変わらずユグドの説明は冗長っしょ。ダラダラっしょ。成長しないっしょ」

 その結果、短文推奨な二人――――ユイとセスナの不評を買った。
 だがユグドはまるで動じない。
 そよ風に睫毛を擽られた程度の思いで二人を見やる。

「これでも、言いたい事の18分の17は省略したんですよ。勘弁して下さいね」

「な、なんか不気味な余裕にゃ……ユグド、さてはご機嫌にゃ?」

「そりゃそうですよ。久々の、護衛団らしい仕事ですから」

 そう告げつつ、ユグドは自分達の乗る馬車の直ぐ後ろから付いてきている全く同じ型の馬車に目を向け、感慨深げに眺めていた。

「それに、全員が参戦する仕事ってのも久々ですよね」

「それは確かにそうっしょ。ホント、何時ぶりっしょ?」

「んー……わかんにゃー」
 
 セスナとユイが首を捻りまくるほど、本当に久々の事だった。
 少なくとも、美術国家ローバの王女フェムがアクシス・ムンディに加入して以降では初めて。
 それくらい、誰かが復帰すれば誰かが抜けるという状況が続いていた。

 現在、ユグドが乗る一号車の馬車にはユイ、セスナの他にトゥエンティ、ウンデカ、フェムが乗っているが、その三人はいずれもスヤスヤと寝息を立て夢の中。
 乗合馬車より遥かに座席の座り心地が良い為、とても安らかな様子で寝入っている。
 
 一方、直ぐ後ろを走る二号車には、リーダーのシャハトをはじめ、スィスチ、チトル、クワトロ、そしてノア=アルカディアが乗っている。
 ノアはアクシス・ムンディの一員ではないが、今回臨時隊員という形で手伝いに加わっていた。

 総勢11名の大所帯。
 尤も、護衛団としては決して多い数ではなく、寧ろ少数精鋭と言える。

 そんなアクシス・ムンディの面々が今向かっているのは、ロクヴェンツ内にある世界でも有数の広さを誇る、〈民間要塞〉と呼ばれている屋敷だ。
 
「……んにゃ? もしかして、アレがそうにゃん?」

「みたいです。思ったより早く着きましたね」

 ユイがいち早くそれに気づき、ユグドも視界に収めたそれは――――全28階という個人所有の建築物としては常識の外に位置する、誇張抜きの"要塞"だった。

 館を取り囲む外壁は、遠目で確認する限り金属製。
 僅かに光沢を帯びており、錆付いたり古びたりしている様子は微塵もない。
 まるで巨人の盾といった様相だ。

 その外壁より遥かに高くそびえる館の外装もまた、常軌を逸している。
 28階建ての屋敷というのも異常だが、その建物が縦長にならず通常の屋敷と同じような横長の形状になっており、館としてなんら違和感のない外装を呈しているのだから。

「……デカい」

 馬車を降り、門をくぐったユグドの第一声はそんなありふれた感想だった。
 だが、それを茶化す者はいない。

「なんと巨大な……」

「へあー、おっきすぎますおっきー」

「なによアレ……本当にこの世の建物なの?」

 ユグド達一号車の面々に合流したクワトロ、チトル、スィスチもほぼ同じ内容の感想を重ねるだけ。
 それくらい、突出した巨大さだった。

「フェム、アンタんチのお城とどっちがデカいっしょ?」

「美術国家ローバの象徴とも言うべき王城がこのような威圧感に充ち満ちた悪趣味な建物より大きい筈がありませんわ。建築物には相応の規模、寸法というものがあるのですから」

 そうは言いつつも、若干圧倒されているフェムの様子が全てを物語っている。
 一国の王女が軽く引くほどの大きさ。

「メンディエタの王城の5倍……いや、10倍くらいあるんじゃないかしら」

 かつて傭兵国家メンディエタの王城で侍女をしていたノアの証言も、その正当性を裏付けていた。

「やァだァ、あんまりデッカいデッカい言わないでェン。ワタシが言われてるみたいでフ・カ・イ」

「コンプレックスだったのかよ……気にするの、そこじゃねぇと思うんだけどな」

 とにかくデカい。
 余りのデカさに、アクシス・ムンディが誇る武闘派の二人、ウンデカとトゥエンティも呆然とそのフォルムを見上げていた。

「つーかよぉー……こんなクソでけぇ館を別荘にしてるのかよぉー? 今回の依頼人、どんだけ金持ちなんだよぉー」

「そりゃ、ロクヴェンツで一番税金収めてる人ですから、相当でしょう。世界的富豪みたいですし」

「成程なぁー。道理でユグドの機嫌が良いわけだぜぇー。報酬、相当出るんじゃねぇーのかぁー?」

 いち早く館から目を離しほくそ笑んだのは、アクシス・ムンディのリーダーことシャハト。
 そのゲスい顔に苛立ちを覚えつつも、ユグドは否定しなかった。

「とにかく、ここで突っ立ってても仕方ないですから、中へ入りましょう。確か玄関でラシルさんが迎えてくれる段取りに……」

「玄関じゃなくて空から、みたいよ」

 ユグドの言葉を遮り、天を仰ぎながらそう告げたスィスチの視線の先には――――陽光を背に翼を広げ大空を舞うハイドラゴンのリュートと、その背に乗る龍騎士ラシルの姿があった。
 彼女は目の前の館の主で、かつ依頼主の大富豪オライワン=ベイグランドと旧知の仲との事。
 今回の依頼をアクシス・ムンディに持ちかけてきたのもラシルだった。 
 
「長旅ご苦労じゃった! これより館内を案内する故、中へ入り27階の第18応接室まで来るがよい!」

 そのラシル、ユグド達の待つ地上まで降りて来る事はなく、指示の後リュートの背中から館の27階の窓へひょーいと飛び移っていた。

「何気にスゲーけどさ……危なくないか? フツーに下りて来て階段登りゃいいのに」

「龍騎士の身軽さを喧伝してるんでしょう。ああ見えて彼女、自己顕示欲高いですからね」

 ジト目で呟くトゥエンティにそう答えつつ、ユグドは一足早く屋敷の玄関へと歩を進めた。





 【Today is windy day  ; ETUDE】

 - アクシス・ムンディの萌芽更新 06 -







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