数刻前、ゲシュペンスト大聖堂正面玄関前――――

「例え誰であろうと、ここを通す訳にはいかん。同業者ならばわかるだろう。即刻立ち去るがよい」

 門番として大聖堂の入り口を護っている屈強な身体付きの男を前に、ユグドらアクシス・ムンディの面々は足止めを食らっていた。
 鼻筋に大きな傷痕を残した強面。
 その左右には、真っ赤な全身鎧を身にまとった重量感たっぷりの戦士二名が陣取っている。
 魔術が台頭した現在、敢えて鎧を身につけるのは、余程モノ好きか、魔術軽減効果のある金属鎧を持つ超金持ちか、護衛集団としてのシンボルを強調する目的か、チトルくらい。
 彼らの場合、この中の三番目が該当するとユグドは解釈していた。
 
 防衛ギルド【カルミーンロート】。
 中立国家マニャンだからこそ存在し得る、世界で唯一の護衛に特化したギルドだ。
 ギルド員の多くは、憲兵や傭兵のキャリアを持つ経験豊富な戦士で固められており、各方面に太いパイプを持つ。
 同じマニャンに本籍を置く護衛集団ではあるが、アクシス・ムンディより遥か格上の組織と言えるだろう。

「ここにセスナがいるのは間違いないにゃ。それを確かめて貰うだけでもダメにゃん?」

「くどい」

 セスナの気配を察知し焦りの色を浮かべるユイが食い下がるも、返答は変わらない。
 その理不尽さにウーッと唸るユイの肩に、ポンと年季の入った手が置かれる。

「……ユイよ。ここは一旦引くしかなかろう。彼の者が容易に職場放棄するとは思えぬ」

 クワトロの物言いは、組織に対してと言うよりは個人に対してのもの。
 渋々ユイが怒りを鎮める中、ユグドはクワトロに近付き視線で傷の男を指した。

「あの人、知り合いなんですか?」

「顔見知り程度ではあるが、な。ゴディン=アルアーノ。かつてマニャン軍国防省の国防長官を務めていた男だ」

「……そいつはまた、とんだ天下りですね」

 要するに大物中の大物。
 この場合、王族とは違う意味で最上級の大物だった。

「さっきユイが感知した大物の気配、アイツにゃ」

「となると、お金で買収も無理っぽいですね。作戦を考えますか」

 ユグドは衣嚢から取り出した金貨を親指で弾き、落ちてきたそれを手の中に収め――――その場にしゃがみ込む。
 その様子に、ようやく今になって追いついて来たスィスチ以外の全員、特にノアが目を丸くし驚きを露わにした。

「作戦って……まさかここで考える気?」

「一旦戻ってまたここへ来る時間的余裕はないでしょ。さっき言ったように最悪の状況……魔曲の演奏も考えられる事態なんですから」
「……」

 魔曲――――ユグドがその言葉を発した瞬間、ゴディンの元々険しい目付きが更に厳しさを増す。
 それに気付く事なく、ノアはユグドの意見に従い思案顔を作った。

「作戦って言ってもねえ……っていうか、何で彼女私達に黙って一人で楽団の元に行ったんだろ。脅されてるとか?」

「可能性はありますね。昨夜、わざわざあのナユタって人が現れたのも、それが目的だったかもしれません。こっそり口頭で伝えたか、紙にでも書いて渡したか」

「我々が脅迫材料にされたという訳か」

 クワトロも加わり、敵前での作戦会議は熱を帯びる。
 その異様な光景に、ゴディンの両隣に陣取る全身鎧の重装兵は戸惑いを覚え、首をギッチョンと動かし顔を見合わせていた。

「ま、推察の息は出ませんけど……案外、22の遺産の取引を知っていて現場に踏み込んだ可能性もありますし」
「え!? 遺産を横取りするつもりで!? セスナさん、恐ろしい子……!」

 白目でアームブレイドをブンブン振り回し怒るノアに、ユグドは引かずにはいられなかった。

「でも、確かに演奏家のセスナが興味持っても不思議じゃないわよね。あの例の遺産……なんて言ったっけ?」

 ようやく息を整えたスィスチも会議に加わってきた。
 ユグドは心中で感謝の笑みを返しつつ、それに答える。

「ええと、確か……幻笛ギャラルホルン」
「……」

 今度はギャラルホルンという単語にゴディンが反応を示した。
 ユグド、こっそりとそれを確認し、次の段階へ進むべく頭を整理する。

「それ一つで魔曲を演奏できるという角笛ですね。角笛ですから、複数の魔曲を選択できるような構造でもなさそうですし、恐らく頭の中で思い描いた楽譜を音として再現するとか、そんな感じの便利アイテムだと思います」

「遺産を便利アイテム呼ばわりするなっ」

「それはともかく、〈魔曲軍〉から抜け出してウチに加入した人が、そんな物を欲しがりますかね?」

「……そう言えばそうよね。それにあの子、魔曲をかなり怖がってたし」

 ノアはその場にいなかったが、スィスチの言うようにセスナは魔曲を怖れていた。
 ただそれは、彼女がアクシス・ムンディのメンバーに魔曲を警戒させる為の方便。
 けれど結果的に、ユグドの推論を強化する材料となった。

「そもそも、ノアさんをガッカリさせるのも気の毒だからと黙ってたんですけど……多分今回の取引に持ち込まれた幻笛ギャラルホルン、ニセモノですよ」
「……何?」

 そんなユグドの見解に対し即座に反応を示したのは、言い渡されたノア――――ではなくゴディンだった。

「何故、そう言い切れるのだ?」

「えっと……ゴディンさんでしたっけ。勝手に会話に入って来られては困りますよ。こっちは身内で会議中なんですから」

「どう考えても、拙者共に聞かせるよう話しているだろうが」

 事実その通りだったが、ユグドは明言を避け、すっとぼけた顔を返した。

「……拙者共の仕事は、ここへ招かれた方の安全を護る事。だからこそ、貴様等を中へ入れる訳にはいかぬ」

「でも、もし取引の為に持ってきた遺産がニセモノだったなら?」

 そしてそれが、その場でバレてしまったら。
 当然、その持ち主は危険に晒されるだろう。
 よくも騙したな――――と。

「偽物だという根拠を聞かせて貰おうか。それがもし納得いくものであれば、拙者共の優先順位は変わる」

「ええ、難しい理屈じゃないので簡潔に。仮に本物だとしたら、ホッファーの楽団なんかと交渉する必要はないんですよ。22の遺産を集めているという、世界で一番有名な人がいるでしょ?」

「……皇帝か」

 帝国ヴィエルコウッドの長、ノーヴェ=シーザー。
 彼が22の遺産を回収しているのは、世界的に有名な話だ。
 例え楽団がホッファーを代表して取引を持ちかけたとしても、ノーヴェと取引する方が遥かに見返りが大きい。
 
「成程、道理だ。しかしその理屈には穴がある」

「ホッファーでしか手に入れられない見返りがあり、かつそちちの依頼主がそれを欲している場合。ですよね?」

「……」
 
 首肯はしなかったものの、ゴディンの沈黙は事実上の肯定だった。
 
「その場合でも、ノーヴェ=シーザーに『ホッファーのアレが欲しい』と条件を言えば用意してきますよ、あの人なら。そうすれば目的の物が手に入り、かつ帝国ヴィエルコウッドの中枢とのパイプが作れる。ホッファーを相手に取引するより旨味はあるでしょ? っていうか、それ以前に向こうが放置してませんよ。ノーヴェ=シーザーが動いていない。つまり、本物じゃあり得ない」

「貴様、さては……」

 こちらの依頼主が外務長官だと知っているのか――――思わずそう聞きそうになったゴディンは、辛うじて出かかった言葉を飲み込んだ。

 当然、ユグドは【カルミーンロート】の依頼主が誰であるかなど知りもしない。
 しかし、今日訪れた要人が『マニャンの要人』なのは知っている。
 ならそれが誰であろうと、帝国とのパイプを欲しない筈がない。

 中立国家であるマニャンは、他国から侵略を受けないからこそ中立という立ち位置でいられる。
 そしてその立ち位置にいる以上、体裁として軍事面に余り力は入れられない。
 ならば、抑止力としての意味で強国の後ろ盾は必須。
 帝国と結びつくキーパーソンとなれば、マニャン国内での存在感、発言権は飛躍的に増すだろう。
 それは、ノーヴェと友人関係にあるユグドの国内における可能性の大きさを示唆する事実ではあるが、ユグドはそのコネクションを自分の権力の為に使う気はサラサラなかった。
 
「……?」

 不意に――――金属を叩く連続音が鳴り響き、ユグドが顔をしかめる。
 明らかに話し声などとは異なる甲高い音。

「まさか……打楽器の音?」 

 ユグドのその言葉が何を意味するのか、ゴディンは直ぐに理解した。

「拙者に続け!」

 重装兵に向かってそう叫ぶと、一切の躊躇なく扉を開け、駆け足で入って行く。
 何が起こったのか理解できずにいたノアは、その様子を暫く呆然としたまま見送ったのち――――ハッと我に返った。
 
「ね、ねえ! もしかして魔曲の演奏が始まったんじゃない!?」

 だが――――焦っていたのはノア一人。
 他の面々は緊張感こそ持続しているものの、焦燥感は一切浮かべていない。

「な、なんでそんなに冷静なのよ! セスナさんが死ぬかも……!」

「まだ大丈夫ですよ。扉が開いたのに演奏が漏れ聞こえてこないでしょ?」

「あ……あれ?」

 状況を未だ掴めていないノアを尻目に、ユグドは地面に落ちた数枚の金貨を拾い、それを衣嚢に戻した。
 つい今し方、こっそり【カルミーンロート】の重装兵の鎧に向かって弾き出した金貨だった。

「あーっ! さっきの音、あれ貴方だったの!?」

「ええ。ま、ノアさん以外にはバレバレなんですけどね。音の出所が室内か室外かを聞き分けられない人が護衛なんて出来ないでしょう」

「……」

 クワトロも、ユイも、そしてスィスチも当然といった面持ちで頷く。
 当然、ゴディンも同様。
 ノアは一人赤面し、恥ずかしそうに両手で耳を塞いだ。

「だ、だったら何であの人達……」

「要は言い訳が欲しかったんですよ。持ち場を離れて、依頼主の用意した遺産が本物かどうか確認する為の。『中で音がした。魔曲かと思った。証人もいる』。これなら例え勇み足でも責任を問われる事はない」

「相変わらず、心理戦に長けてる事」

 肩を竦め、スィスチは感心というより呆れた様子で苦笑。
 目の前のノアの肩越しに、ユグドをジト目で眺める。

「あれも一種の交渉ですからね。そう言うスィスチさんも、しっかりフォローしてくれたじゃないですか。ギャラルホルンの名前を出しやすいように。おかげで向こうの反応が確かめられましたよ」

「ま、あれくらいはね。出来れば事前に打ち合わせくらいしたかったけど」

「え……? さっきの会話、そういう意味があったの……?」

 そんな二人の連携に、ノアは驚きでも呆れでもなく、若干の恐怖を感じ身震いを禁じ得なかった。
 ユグドと働くには、それくらいの事を平然とできなければならないのか――――と。

「無駄話はそれくらいにするにゃ。さっさと乗り込むにゃん」

 セスナが心配らしく、一足早くユイが開いたままの扉へ飛び込む。
 クワトロ、スィスチもそれに続いた。

「ねえ、ユグド。一つ聞きたいんだけど」

 その背中を追おうとしたユグドに、ノアが問いかける。

「セスナさんが脅迫されたのが本当だとしたら、どうしてその呼び出し場所が取引現場なの?」

「可能性として考えられるのは、セスナさんに遺産の真贋を見定めさせる為。アクシス・ムンディが最近22の遺産と頻繁に絡んでる事を事前に調べていたとすれば、そこに所属しかつ元〈魔曲軍〉のセスナさんならば鑑定が可能かもと期待したのかもしれません。ま、この線は薄そうですけど」

「じゃ、濃い線は……?」

「さっきから言ってる"最悪の状況"です」

 すなわち――――

「取引相手と脱退者をまとめて口封じ」

「……!」

 ノアが必死の形相で聖堂内へと向かう。
 ユグドもそれに続いた。
 どうか、自分の推論が外れてくれと願いながら。

 礼拝堂は扉を開いたその直ぐ先。
 あっという間に結論は出た。

「なっ……」

 そこで皆が目にした光景は――――










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