セシル=ハイドン。

 音楽国家ホッファーにて生を受けた彼女が演奏家としての道を選んだのは、満天の星を見上げて感動を覚えるのと同じくらいごく自然な事だった。

 父は、世界中から高名な演奏家が集うホッファーの中でも指折りの優れた演奏家のみで構成された宮廷音楽隊の一員。
 母は世界的な劇団として知られる『トラゴイディア』の歌姫。

 血筋と環境が相俟って、セシルへの周囲の期待はすさまじいものがあった。

 そして事実、彼女の音楽的才能は同世代の中では図抜けていた。
 図抜けてはいたが――――期待されていたものとは少し違ってもいた。

 違い過ぎていた。

 父は得意とする楽器のリュート、母は当然ながら歌唱力で世の人々を魅了していたが、その娘たる彼女の才が発揮されるのは、そのどちらの分野でもない。
 多くの人々に感動をもたらす二人の技能と比べ、セシルの持つ天与の資は更に稀有なものだった。

 同時に――――余りにも禍々しいその力は、ホッファーを、そして世界を揺るがしかねないほどの凶悪なものだった。

 16歳になった日、セシルは人知れず国を離れる事にした。
 自分を護るには、そうするしかなかった。
 以降、その類い稀な才を持つエリート演奏家は、公正を重んじる中立国家マニャンに本拠地を構え、ひっそりと息を潜めるような生活を営むようになった。
 しかし彼女の"欠落"は、平穏の日々を許さない。

 平凡である事。
 多くの人間が何の苦労も努力も要せず手に入れる才を、セシルは持ち合わせてはいなかった。

 そして今日もまた、彼女に非凡なる一日が訪れる――――








  もどる                                                      次へ