「……で、結局まんまと逃げられた、と」

 自称"国際護衛協会"『アクシス・ムンディ』は本日、定例会議の真っ直中。
 しかしこの日も集まりはよくなかった。

 長期休養となっていたスィスチが復帰したものの、先日冒険者の若者を護衛していたウンデカは欠席。
 膀胱炎らしい。
 
 また、二週間ぶっ通しでゲシュペンスト大聖堂を警備していたチトルは、流石に体力的に色々ヤバかったらしく入院中。
 幸い、たっぷり休養すれば問題なく復帰できるようだ。

 美術国家ローバの姫君、フェムの姿もない。
 彼女の場合は立場上、いない方が自然ではあるのだが、式典に出席していたローバの外交官に無理矢理自国へ連れて行かれたのが真相との事。
 
 トゥエンティの姿もない。
 初めての大役で肉体、精神共ににかなり参ったらしく、風邪をこじらせ療養中だ。

 ついでに、ティーア大森林で負傷したシャハトも当然欠席。
 そんなリーダーの席に、代役という訳でもないのだが――――ノーヴェ=シーザーが腰かけていた。

「あそこまで追い詰めておいて、無念だったゼ。ボロボロになったヤツに俺様がスタイリッシュなトドメを刺そうと剣を振り上げたその時、冒険者の幽霊がシュッと通りやがった。そいつに一瞬気をとられた隙に逃走を許してな」

 ノーヴェは会議の流れを無視し、ここ数日自分に起こった出来事を包み隠さず話していた。
 尤も、明らかな誇張表現も含まれていたが。

「なんとも怪しげな武勇伝だにゃー」
「ユイ、こういう時は話し合わせておくっしょ。皇帝相手に偽証罪を疑うのは損っしょ」
「中々歯に衣着せない連中だゼ。ユグド、シュッと黙らせてもいいか?」

 ギラリと光るノーヴェの目に、ユイとセスナがコメディ演劇のように一瞬で縮み上がる。
 だったら最初から突っかかるな、と嘆息しつつ、ユグドは『仰せのままに』と言わんばかりにヒラヒラと手を振った。

「それより、城の地下には本当に22の遺産はあったんですか?」
「恐らくな。ベインだったか、ヤツの口振りからして、既に手に入れてた可能性もあるゼ」
「つまり、遺産ごとまんまと逃げられた、と」
「フッ、シュッと甘いなユグド」

 前髪を掻き上げ、ノーヴェはニヒルに笑む。 

「ヤツは遺産の総取りを狙ってるんだ。いずれまた俺様と対峙する。その時にシュッと取り返せばいい。預けてやったと思えば問題ないゼ」
「問題ない割に、前髪を掴む手が心なしか力んでるように見えますけど。無理してません?」
「シュッと否定するぜ」

 そう言いながらも、離した手には数本の引き千切られた前髪が掴まれていた。

「……ま、とにかくそういう訳だ。お前さん達にとっても他人事じゃないから、一応知らせてやったぜ。俺様と同じ顔の男が現れても、短絡的に俺様とは思わないこった」
「一応お約束だから言っておきますけど……今オレの目の前にいる貴方が本物だっていう証拠は?」
「このスタイリッシュな剣が証拠だゼ。俺様はヤツみたいな趣味の悪い真っ黒な剣は持ち合わせちゃいないからな」

 そう断言し、堂々と掲げて見せたのは王剣アロンダイト。
 人間のいかなる『欲』をも切り捨てるという、物騒な特効の剣らしい。

「忠告は感謝しますけど……オレには無関係ですよね? そのそっくりさんも22の遺産が目当てなんでしょう? ノアさん辺りに話してあげた方がよさそうですけど」
「そのノアってのが何者かは知らないが、無関係じゃないゼ。少なくとも、お前さんにはな」
「……?」

 ユグドを睨むように見やるノーヴェの目は、いつになく真剣味を帯びていた。
 
「ま、その内わかるゼ。にしても、欠席の多い会議だな。シュッとしない組織だゼ」
「すいません……」

 スィスチが赤面しながら俯く。
 数少ないまともな人間のまともな皇帝への対応に、ノーヴェは微妙に戸惑っていた。
 そこに隣のクワトロが引きつった微笑みを浮かべながら割り込む。

「しかし、畏れながら皇帝陛下。このような一民間の組織に頻繁に顔を出す皇帝というのも、中々のものですぞ」
「スタイリッシュ。コイツは一本取られたゼ」
「恐縮です」

 やり取り自体は、ごくごく平凡な接待的会話。
 しかしクワトロにとっては余り得意な会話ではないらしく、終始ヒゲがピクピクしていた。

「さて、会議を中断させて悪かったな。シュッと続きを再開していいゼ。俺様に構わずな」
「まあ、言われなくてもそのつもりなんですけど……これだけ欠席者が多いと反省会は無理ですね。かといって次の仕事の予定も入ってないし……どうしましょう」

 同時期に六件もの仕事をこなしたアクシス・ムンディだったが、以降の仕事はまだ入っていない。
 護衛の仕事は大きなイベントの前後に重複する事が多いので、式典の直後に仕事がないのは仕方のない事ではあるが――――

「話す事がないなら、みんなで遠足にでも行くにゃ? 報酬ガッポリ儲けたし、偶には羽を伸ばすにゃん」
「さんせーさんせーだいさんせー! 遠足行きたーし! 行きたーし! シッシッシ!」

 例によって、ユイとセスナが早速脱線を始める。
 だがこの日は、無視して進行しようという空気もなく――――

「遠足ねえ……偶にはいいんじゃない?」
「親睦を深めるという意味では、仕事の能率を上げる可能性を秘めた企画と言えない事もない。我は反対はせぬが」

 スィスチとクワトロの良識コンビも、珍しく二人の発案に乗った。

「いや……流石に遠足はないでしょう。子供じゃないんだから」
「全くだゼ」

 呆れたようにユグドとノーヴェが同時に首を左右へ振る。

「こういう場合、遠足じゃなく"遠征"って言葉を使うのがスタイリッシュな大人の嗜みだゼ? そして計画は綿密にだ。そんな訳で、これから蜂蜜レモンがオヤツに含まれるか否かの重厚な会議を始めるゼ」
「おい皇帝。ウキウキで妙な会議始めないで下さい」

 半眼で大陸一偉い人物を睨むユグド。
 その直後――――

「相変わらず下らない話をしてますね。早く潰れればいいのに。全員の右目ごと」

 物騒な発言と共に、リン=アゲントゥールが入室してきた。
 ユイとセスナが露骨に顔をしかめるも、リンは完全無視を決め込み、ユグドへと直行。
 その顔は、何処か得意げだった。

「依頼書持ってきてあげた。今度は誤字脱字一切なし。揚げ足取りだけが生き甲斐の腐れた現代っ子のユグドには残念だったかも」
「わざわざ見直ししてくれたんですね。ありがとうございます。前の依頼書は食べカスが付いてたから、次はそれも気を付けて下さいね」
「……」

 ブスっとした顔でそっぽを向くリンに苦笑しつつ、ユグドは依頼書を広げ中身を見た。

「……こいつはまた」

 そして、苦笑したまま半笑いへと移行した。

「なんかイヤな予感がするっしょ……ユグド、見なかったことにして遠足、もとい遠征に行くっしょ」
「賛成だにゃ! お仕事は明日からしっかりやるから、今日は今日の風を吹かそうにゃん!」

 現実逃避を訴えるユイとセスナに、ユグドは大げさなくらい大きく首を振る。
 ――――左右に。

「残念ながら、無視できそうにない依頼です」
「内容を聞こう」

 腕組みしながら促すクワトロに、ユグドは力なく頷いた。

「依頼人はノアさんです」
「ノアって……ユグドと仲良しの髑髏女っしょ?」
「色々語弊がありますけど、そこは置いといて……依頼内容は『毎日、夜中に宿屋のドアをドンドン叩かれる。出て行っても誰もいない。あと王女の持ち物が消えたり現れたりする、王妃の耳鳴りが止まらない、王の額が日に日に面積を広げている……といった事案が発生中。護衛をお願い』との事です」

 説明を一通り終えたユグドが周囲を見渡すと、全員の顔色が一様に悪くなっていた。

「れ、霊障っしょ……! これは霊障っしょ!」
「やっぱり幽霊に遭遇して無事なままなんて虫がよすぎたにゃ! お祓いにゃ! お祓いの旅に出るにゃー!」

 ムナイと連日接していたセスナとユイが絶叫。
 当然、ユグドも他人事ではない。
 ムナイと対峙していただけでなく、幽霊の少年冒険者クーとも接していたのだから。

「殺害現場に立ち寄った我も取り憑かれている可能性が……」

 クワトロの先走りも今回ばかりは考え過ぎとは言えない事態。
 会議室は混沌に包まれていた。

「大げさね……ユグ坊なんてその幽霊相手に勝った訳でしょ? もっと堂々と構えてればいいのに」

 唯一、幽霊と接点のないスィスチが冷静に呼びかけるも、所詮は非当事者。
 誰も耳を貸そうとしない。

「全くもう……皇帝陛下の凛とした態度を見習いなさいよ。陛下からもビシッとお言葉を……」
「そうだな」

 ノーヴェは瞑目したまま、静かに頷く。

「……確か、塩には身を清める効果があると聞いた。聖灰も必要だゼ。国中の海水を含んだ泥炭をシュッと燃やし尽くして塩と灰の城を作る。そこに住めばスタイリッシュ」

 そして静かに混乱していた。

「どいつもこいつも……」

 会議室の大机に肘を付き、スィスチが大きな溜息を漏らす。
 しかしそれも、幽霊遭遇組の嘆きの声に追い出され、窓の外へと霧散していった。

 ――――後日、守人の家の至る所に盛り塩が置かれ、お札が貼られ、そして聖職者の出入りが多くなったのは言うまでもない。

 


 これは、そんな日々の鎮魂歌。











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