それはレヴォルツィオン城――――地下通路での出来事。
 闇夜の城内を這うように響く、寒々しい金属の擦れる音。
 決して規則性のない無作為な音ではあったが、必ずしも不協和音ではない。

「チッ……シュッと面倒な事だゼ」

 ノーヴェ=シーザーは手首を返し、振り落とした愛剣を立て息を一つ吐いた。
 その切れ長の目には、同じく切れ長の目をした金髪の男が映っている。
 彼の外見は――――ノーヴェ=シーザーと酷似していた。

「自分の姿をマジマジ眺める趣味はないけどよ……ここまでスタイリッシュに似てると思わず見ちまうゼ」
「……それはお互い様だ」

 ノーヴェと対峙するその人物は、目にかかる金色の前髪を風になびかせ、無表情で立っていた。
 右手には、ノーヴェの王剣アロンダイトとは異なる漆黒の剣。
 明らかに市場に出回っている剣ではない。

「で、この俺様のそっくりさんがこんな所で一体何を企んでる? 今更影武者として雇ってくれと言ってきてもシュッと遅いゼ」
「お前こそ……どうしてここに俺がいるとわかった?」

 ノーヴェと、その目の前で対峙する男との顔の作りの違いは殆どない。
 双子と言っても差し支えないほどに。
 だが一点、見る人が見れば直ぐにわかる違いがある。

 ノーヴェと比較し、その男は――――若い。
 25歳のノーヴェに対し、それより10歳ほど若く見える。

 15歳と25歳というとかなり違って見えるように思えるが、実際にはそこまで大きな違いはない。
 髪型や服装の趣味が変わる事で、外見が大きく変化する事はあるが、目鼻立ちや骨格は殆ど変わらないものだ。

 ただ、体型に関しては別。
 身長は僅かしか違わないが、筋肉の付き方は全く違う。
 ノーヴェの方が一回り大きい。

「お前が俺様の周囲を嗅ぎ回ってた事は割れてんだ。今更惚けるのはスタイリッシュじゃないゼ」
「……流石は皇帝の情報網、といったところか」

 ノーヴェと同じ顔をした少年は、ノーヴェより大人びた口調でそう吐き捨てた。

 城内にこの少年が潜んでいる事を、ノーヴェはかなり前から把握していた。
 その上で泳がせ、何をしようとしているのか見極めようとしたが、どうも要領を得ない。
 少年は城の中に潜伏したまま、一向に動きを見せずにいた。

 その結果、ノーヴェは痺れを切らし、自らこの地下迷宮へと乗り込んで来た。
 対面と同時に少年は抜剣。
 漆黒に染まったその剣を見たノーヴェは瞬時に確信した。

 ――――22の遺産だと。

「だが、皇帝自ら足を運ぶのは非常識と言わざるを得ない。とてもルンメニゲ大陸を統べる人物の行動とは思えない軽薄さだ」
「生憎、これが俺様の流儀でな。自分の周りをウロウロしてる自分のそっくりさんをシュッと放置できるほど、俺様は悠長じゃないゼ」

 そしてその判断は正しかった。
 まだ自分が保有していない遺産の一つが目の前にある。
 僥倖といっていいだろう。

「それに関しては、俺が悪いわけではない。ただの必然だ。俺は元々……」

 だが、世の中そう都合よく出来てはいない。
 それは皇帝であっても同じだ。
 運命とは、決して権力の前に座する事のない、時の御魂なのだから。

「お前なのだから。ノーヴェ=シーザー」
「……何?」

 ノーヴェはこれまで、少年と会話しながらも常に22の遺産と思われるその剣にばかり意識を向けていた。
 じぶんと同じ顔をした少年よりも、遺産の方が重要だと位置づけていた。
 だが今の一言で、本人に目を向けざるを得なくなる。

「王剣アロンダイト。斬れば斬るほど強化する覇王の剣……だったか」
「何がおかしい?」

 笑みを零す少年。
 大人びたその顔は、ある意味ノーヴェ以上に皇帝らしさを有していた。

「お前がそんな子供向けの御伽噺のような特効を本気で信じていたとしたら、これがおかしくない筈がない」
「ほう……確かにおかしい話だぜ。シュッと真相を語って貰わないとな」
「いいだろう。他ならぬ自分自身の頼みだ。その剣の本当の姿を見せよう」

 少年は左手人差し指にはめていた指輪の中石を、剣の柄で強く叩く。
 元々中石を何かで覆っていたらしく、その上覆が割れ――――中から真っ赤な輝きを放つ宝石が現れた。
 
「その石は……」
「カーバンクル。呪いを解放する、22の遺産の鍵とも言える貴石だ」

 ノーヴェもその存在は知っている。
 ラシルの所持する龍槍ゲイ・ボルグにも、この石が装飾品として付いていた。
 
「その剣は――――この世のあらゆる『欲』を切り捨てる為の道具だ」

 少年が切々と語る中、ノーヴェの持つアロンダイトの剣身の周囲には、黒い霧のような蒸気が発生していた。

「……欲を切り捨てる、だと?」
「お前はその剣で、自分自身を斬った。己の中の『支配欲』を切り捨てた。覚えてはいないだろう。その記憶は俺が持ち去ったからな。お前に切り捨てられた支配欲たる俺が」 
「ヘッ、そっちの方がシュッと御伽噺だゼ」

 声に動揺はない。
 ノーヴェは、少年の信じ難い申告を皮肉げに笑い飛ばした。
 それでも、背中に微かな発汗はあったが。

「俺の剣も紹介しよう。魔剣グラム。これは……」

 だが、自身をノーヴェの『支配欲』と表現した少年が己の剣を掲げ呪いを解放したその時、ノーヴェの心は平常心を失った。

「斬った者の『魂』を切り捨てる。斬られた者は肉体を失い、魂のみの存在となる。巷では、幽霊とでも呼んでいるようだ」
「……そういう事か。シュッと理解したゼ」

 それでも、一瞬で立て直す。
 皇帝の皇帝たる所以。
 ノーヴェの顔に険が増す。

「最近、俺様を殺人犯だと疑ってるヤツがシュッといると聞いたが……お前の仕業だったのか」
「さてな」
「惚けてもムダだゼ。殺人現場に死体がなかった事も把握してるからな。お前の今の説明とシュッと合致するだろ?」
「……」

 アロンダイトを握る右手に力が籠もる。
 始動の時は近い――――そう予感し。

「ついでに、演練を邪魔したとかいう幽霊の謎もシュッと解けたな。自然保護団体の男とバイコーンを殺ったのも、お前か」
「……だったらどうする?」
「スタイリッシュ。理由を聞くゼ。お前は俺様なんだろう?」
 
 なら話さない訳がない。
 目的を共有、統合してこそ自分自身。
 ノーヴェのそんな皮肉に、少年は口の端を吊り上げ応えた。

「理由は"目録"と"角"だ。自然保護団体が独自に調べた22の遺産に関する情報らしい。この手の団体の情報収拾能力は侮れないと思っていたが……予想以上だった」
「殺して奪い取った、か。バイコーンの角は呪いの道具らしいが……冒険者は何故殺した?」
「目録を盗んでいたからだ。持ち主からは辛うじて逃げおおせたようだが、負傷していたから追跡は楽だった。偶然か、誰かに唆されたのか……そこまでは知らないが、22の遺産を探してたようだ。今頃、魂だけでこの辺りを彷徨っているかもしれないな。差し詰め、呪われた存在といったところか」
「成程な。話が見えてきたゼ」

 ノーヴェは下半身に体重を乗せ、臨戦姿勢をとった。
 それに対し、少年は半身となり魔剣グラムを下段に構える。

「まだ表に出回っていない、目録にのみ記された22の遺産の在処。その一つがここ、レヴォルツィオン城の地下って訳か」
「そうだ。俺の目的は今更言うまでもないだろう。お前と同じだ。当然だな。お前は俺なのだから」
「22の遺産の総取り……その意味がシュッとわかってるのか?」
「お前よりはな」

 二人の間に、糸が走る。
 切れれば一気に引き合う――――そんな糸が。

「22の遺産は、ドラウプニル教団が作り出した『未来への呪い』であり『争いの火種』。一所に集めれば、それを回避できる。お前はそう考えているのだろうが……」
「シュッと肯定するゼ。お前はそうは考えていないようだがな」
「当然だ。俺は支配欲〈ベイン〉。支配とは、この世の全てをねじ伏せる力……人間を鏖殺する力だ!」

 糸が切れる。
 二人の閃光に等しい斬撃によって。
 
 王剣と魔剣が交差する。
 狭い地下迷宮の通路で、細かく鋭い斬撃が恐ろしいほどの密度で繰り返される。

「22の遺産は俺が支配する! そしてこの大陸もな!」
「お前が俺様なんて、ゾッとしないが……お前の言葉は何故か疑えないゼ。確かにお前は俺様なのかもしれない。なら……」

 腕は互角。
 そう判断したノーヴェが奇策に出る。
 王剣アロンダイトの柄ではなく鍔を握り、腕に剣身の腹を乗せ――――アームブレイドのような構えでベインと名乗った少年の剣を身体の外側へ弾いた。

「!」

 そしてそのまま、右手を振り切り柄先をベインの顔面へ向けて振り抜く――――

「自分で蒔いた種は自分でシュッと刈り取るのが俺様の流儀だゼ!」

 鈍い打撃音が、ヴォルツィオン城の地下に響きわたった。










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