不浄なる存在――――意味もなくそんな不名誉なレッテルを貼られたバイコーンは、一時期討伐の対象となっていた。
 まだ平和は遠く、世界全体が刺々しかった時代。
 悪魔のような扱いを受けたバイコーンは次第にその数を減らし、いつしか絶滅の危機に瀕していた。
 
 しかし時代が移り変わり、動物への愛護精神が高まった現代、バイコーンは絶滅危惧種に指定され、保護の対象となった。
 この上なく身勝手な理屈ではあるが、それが人間と言われれば誰も否定できないだろう。
 斯くして、ルンメニゲ大陸に『自然保護団体』という組織が生まれ、バイコーンは彼らに守られる事となった。

 けれど、今度は希少価値の高さがバイコーンを危機へといざなう。
 数が少ない、ただそれだけの理由で絶滅危惧種を狩ろうとする密猟者は跡を絶たない。
 自然保護団体は防護策として『バイコーンは人に呪いをかける』という噂を流布したが、結果として『バイコーンの角は呪いの道具として使える』という点ばかりが取りあげられ、裏目に出た――――などという事もあった。

 ムナイは幼少期より、動物の気持ちがわかる少年として街中で噂になるほどの有名人だった。
 彼が自然保護団体に加入したのは必然の流れといえる。
 稀少動物保護観察員となり、絶滅危惧種の悲痛な叫びを日々心に感じていたムナイは、彼らを守る為に奔走し、時に手荒な手段もとった。

 ティーア大森林にバイコーンが迷い込んでいる――――そんな噂が自然保護団体に寄せられた際にも、ムナイはまず情報の拡散を恐れた。
 案の定、その情報を聞きつけた若い冒険者が深夜に森林へと進入する事案が発生した。

 調査中のムナイが彼と遭遇したのは、不幸な事故だったのか、自業自得だったのか。
 いずれにせよ、ムナイの凶鎌によって冒険者の身体が刻まれたのは必然だった。

 目撃者を負傷させ、物々しい状況を作る。
 そうすれば、好奇心でこの件に関わろうとする人間を最小限に抑えられる。
 更にムナイは、民間の護衛組織に依頼する事で、物々しさの演出を強化した。

 あとはバイコーンを保護し、任務完了――――の筈だったが、そこで失態が判明した。

 森林内に張ったテントの中に置いていた荷物が消えている。
 それは"目録"を入れた鞄だった。
 
 ムナイは直ぐに犯人の目星を付けた。
 森林へ進入した、若い冒険者。
 傷を負わせるだけで逃がしたあの少年が、目録を盗んだ可能性が高い。

 その追跡を試みた矢先――――ムナイの命は奪われた。

 顔を見る事すら叶わない、余りにも鋭く迅い一閃。
 覚えているのは、皮膚が爛れるような熱と、『22の遺産』という言葉。
 自分を殺した人物が発した言葉なのは明白だった。

 絶命した筈のムナイが森林内で目を覚ましたのは、翌日だった。
 自身の身体の異変には、直ぐに気付いた。

 しかしそれは誰にも話せない。
 依頼した護衛組織から派遣された二人の女性にも、決して語る事はしなかった。
 誰も信じないだろうし、信じられても困るからだ。

 自分が――――幽霊などと。

 人外の存在となってしまったムナイの胸に去来する思いは、絶望でも未練でもなく、ただ『バイコーンが無事か否か』だった。
 それが心残りとなり、この世に留まったのだと思っていた。
 だが数日後、それは誤りだと気付く事になる。

 ――――自分と同じ立場になってしまったバイコーンを発見した時に。

 ムナイはこの時、初めて絶望した。
 守るべき者を守れなかった己への絶望。
 絶滅危惧種をいとも容易く屠る人間への絶望。

 復讐を決意したのは、やはり必然だった。
 ここに至るまで、幽霊である自分が人間との干渉を許されていないのは確認済み。
 護衛組織の一人に小突かれた筈なのに、スカッと空振りするという事が何度かあった。

 だが、例外がある事もわかっていた。
 例えば、愛用していた草刈り鎌。
 死の際に手にしていた所為か、服と同じく幽体の一部となっているが、この鎌は森林内の植物だけ(・・)は切る事ができた。

 ムナイはその意味をずっと考え、一つの結論を導き出した。
 強い敵意を向けてくる相手なら攻撃が通るのではないか――――と。
 実際、草や木々にとって草刈り鎌は自分達を刈る天敵だ。

 その推論は、バイコーンが証明してくれた。
 きっかけは、野犬の群れとの遭遇。
 野犬に襲われたバイコーンは、蹴りや角による突きで対抗した。

 この際、バイコーンの攻撃は野犬を捉えるのに、野犬は一切バイコーンに触れられなかった。
 バイコーンの方に、野犬への敵意がなかったからだ。

 物音への過敏な反応からもわかるように、馬は本来大人しい生き物。
 怯える事はあっても、敵意など滅多に持つ事はない。
 その知識が、ムナイに正しく自身の性質を――――幽霊の性質を把握させた。

 自分とバイコーンの現状を理解したムナイは、いよいよ復讐を実行しようと計画を立てた。
 犯人は『22の遺産』に関連する人物。
 そしてムナイは、22の遺産についての予備知識が既にあった。

 それは偶然という訳ではなく、自然保護団体の情報網によるものだ。

 虎斧フランシスカもそうだが、22の遺産の中には動物の名を冠にする武器がいくつかある。
 稀少動物の牙や角など、一部を使って武器を作っている可能性があるとして、調査しているらしい。
 その22の遺産に関する情報を記した帳簿こそが"目録"だった――――
 
「……その目録の中に、私や貴方の名前もあったそうよ」

 中立国家マニャンと伝説国家ブランの間にある国境に設置された関所の休憩所内で、ノアは読み続けていた自前の報告書から目を離し、ユグドへ向かってそう告げた。
 律儀にも、最後までムナイの話を聞き、自分でまとめ上げたらしい。

「以上が、私が聞いた話の顛末。何か質問は?」
「いや、まあ……なんというか、お手伝いありがとうございます」
「感謝の心は現金で」

 ペロっと舌を出し、ノアはおどけた表情で両手を下に向け差し出してきた。

「……ってのはまあ、冗談なんだけど。手伝うって言った手前、これくらいはやんないとね」
「流石は侍女。律儀なんですね」
「っていうか、貴方が薄情なだけよ。真相聞きもしないで出ていく? 普通」
「仕事と無関係な独白にまでつき合っていられませんよ。忙しいんですから」

 あれから――――式典は翌日滞りなく開催され、不在だったノーヴェ=シーザーもちゃんと出席。
 エメラ女王とパール王女も怪我一つなく本日で護衛と案内は完了。
 ゲシュペンスト大聖堂の警備も最後まで勤め上げ、アクシス・ムンディは無事大役を果たす事ができた。

 また、少年クーの22の遺産探しは空振りに終わったらしいが、護衛自体は問題なく敢行。
 殺人事件に関しては、ムナイの鎌で傷つけられた冒険者が街中で力尽きたという見方が濃厚となり、犯人の特定に貢献した事で特別報酬まで支払われる事となった。
 唯一、ムナイの護衛だけは、ユイとセスナを派遣する前に彼が既に死人だった為、成功しようがなかったが――――

「取り敢えず、殆どの仕事は満額かそれ以上の報酬が出たので、よしとします」

 かつてないほど多忙を極めた二週間は、どうにかこうにか乗り切る事ができた。

「……それでいいの? 明らかになってない問題が山積みなんだけど」
「例えば?」

 ジト目で睨むノアに対し、ユグドは試すような物言いで返す。
 少し苛立ちながらも、ノアは素直に問題を羅列し始めた。

「まず、ノーヴェ=シーザーの不在について。なんであの細目が事前に調べられたの? そう簡単に皇帝の行動日程なんてわからないでしょ?」
「確かに」
「次に、クーといか言う冒険者。なんで彼、22の遺産がレヴォルツィオン城の地下にあるって思ってたのか。噂にすらなってないんでしょ?」
「不自然ですよね」
「まーだあるから。あの細目とバイコーンを殺したのは誰か。22の遺産が関わってるって話だけど、結局誰かはわからなかったし」
「さぞかし無念だったでしょうね」
「殺しと言えばもう一つ。街中での殺人事件も、クワトロって人が見つけた目撃証言と食い違ってるんだけど」
「証言では金髪だったらしいですね。ムナイさんは茶髪でしたっけ。スィスチさんはノーヴェさんを疑ってたみたいですね」
「……」

 耳の裏を掻いたり、背伸びをしたり、腰を捻ったり、首を回したりしながら適当に答えるユグドに、ノアの顔が怒りでみるみる赤くなっていく。

「貴方ねー! こんだけ謎を残しておいて、そのテキトーさは何なのよ!」
「いや、オレ達は別に検査機関でも謎解き屋さんでもないし。護衛が仕事であって、その護衛が終わったら真相なんてどうでもいいんですよ」
「よくない! お陰で私、寝不足なんだから! どうしてくれるのよ!」

 どうしてくれると言われても、ユグドに答えられる筈もなく、嘆息混じりに椅子の背もたれに寄りかかるしかなかった。

「特にノーヴェ=シーザーに関しては、私達にとって切実な問題なの! もしあの人が殺人犯でしょっぴかれでもしたら、誰がメンディエタを乗っ取った魔王を倒してくれるのよ!」
「皇帝って人殺しでしょっぴかれる立場なんでしたっけ……?」
「とにかく! 貴方、ノーヴェ=シーザーの知り合いなんでしょ? その辺色々聞いてきてよ」
「そんな回りくどい事しないで『魔王討伐頼んで来い』って言えばいいのに」
「帝国に借りは作れないのよ。小国……ってほどメンディエタは小さくないけど、小国はそういうものなの。貴方を介したからといっても、それは変わんないのよ」

 実際には頼んでみないとわからないのだが――――ユグドはノアの慎重なのか大胆なのかよくわからない方針に、思わず苦笑を漏らした。

「……何よ」
「いや、大変だなと思って。22の遺産、まだ集める気なんですね」
「当然よ。貴方だって他人事じゃないんでしょ? 自然保護団体の作った目録に、貴方の名前も載ってたんだから」
「不本意ながら、これまで何度か関わってきたからでしょ。エメラ女王にも釘を刺されましたし、これ以上関わる気はありませんよ」

 ヒラヒラと手を振るユグドに対し、ノアは驚愕したような表情になり――――

「え……? 私の遺産探し、手伝ってくれないの?」
「何故手伝うと思った」
「だって私、手伝ったじゃない。手伝った相手には手伝い返す。礼儀じゃない? これ」
「そんなバカな」
「なんでよ! 手伝ってよ! あのポンコツ王女の面倒見ながら探すの、大変なのよーっ!」

 ノアの打算に辟易しつつも、ユグドはなんとなく他にも問題が残っていそうな気がし、思考を張り巡らせる。
 結果、それとは関係のない疑問が一つ浮かんできた。

「……ムナイさん、ちゃんと成仏しました?」
「全然。普通にずっと幽霊のまま。式典の最終演練を妨害したのと不法侵入で緊急逮捕されてたよ」
「幽霊を逮捕してどうするつもりなんでしょうね……」

 当然、牢獄に入れても無駄。
 スーッと壁を透けて逃げられるのだから。

「ま、殺人まで犯したんだから、同情の余地はないんだろうけど……殺されてもまだ逮捕されるとか、ちょっと可哀想かも」
「それだ」
「どれよ」
「ムナイさん、本当に冒険者を殺したのかな」

 そう疑問を投げかけるユグドに、ノアは指を頬に当て小首を傾げる。

「たって自分で白状したんだもん。ティーア大森林でバイコーン目当てにやってきた冒険者をずっしゃずっしゃと切り刻んだって」
「その猟奇的な擬音はともかく、切り刻んだのが森林内だとしたら……なんで遺体は街中で見つかったんでしょうね?」
「逃げてる最中に力尽きたんでしょ?」
「現場の血痕を見る限り、致命傷を負ったのは街中ですよ」

 クワトロ、シャハトと共にユグドが検証した殺人事件の現場には遺体こそなかったものの、血痕が広く長く伸びていた。
 目撃者だっている。
 泥酔していた目撃者の見間違いや、ムナイが嘘を吐いている可能性もあるが、そうでないとしたら――――

「……」
「……」

 余りにも多い、残存した謎。
 ユグドは――――

「ま、いいか。オレには関係ないし」
「やっぱり貴方、筋金入りの薄情者ね……」 

 呆れ果てた様子で大きく溜息を吐くノアに、ユグドは開き直ったように胸を張る。

「ケンカ売ってんの?」
「いえ、別に」

 天気は快晴。
 中立国家マニャンの空は瑞々しい青によって美しく染められており、旅立ちにはもってこいの日和だ。

「ユグド様、ユグド様、ユグド様。手続き終わりました」

 ブランへの出国手続きを終えたらしきパールとエメラが、護衛団に囲まれ休憩所へと入ってくる。
 先日のムナイとバイコーンの件で役に立てなかったからか、護衛団の足取りは重く、顔色も明らかに悪い。
 この底知れない威圧感を秘めたエメラから説教を受けたのであれば無理もない――――ユグドはそう納得しつつ席を立った。

「もう行かれますか」
「はい、ブランの社交界に招かれているので……名残惜しいですが、お別れです」

 そう悲しそうに話すパールを、ノアは右目を半分閉じ、左目を見開いた顔で凝視している。
 その感情はユグドには全く汲み取れない。
 誰であっても汲み取れそうにないが。

「ユグド君、あらためて御礼申し上げます。レヴォルツィオン城での一幕、貴方がいなければ最悪の事態を招いたかもしれません」
「とてもそうは思えないんですけど……」
「そうかもね。あの場には世界的な騎士や龍騎士もいたし」

 冗談っぽく軽口を唱えるエメラに、ユグドは心中で手を横に振る。
 彼らじゃなく貴女が解決へ導いていたんじゃないか、と。

「ノアさん、だったかしら。貴女にもお世話になりました」
「い、いえ! 私はただ、自分への攻撃を防いだり蹴飛ばされたりしただけですし!」
「謙遜しなくてもいいのよ。本来なら、お礼にメンディエタ解放の協力をしたいところだけど……力になれずごめんなさいね」

 商人国家シーマンの武力は決して高くない。
 武器の流通は世界随一だが、戦う兵士がメンディエタに残っていない以上、魔王討伐に向けシーマンが手助けできる事は殆どないだろう。

「その代わり、捲土重来に成功したら気兼ねなく声をかけてね。貴女となら、良好な関係を築けそう」
「は、はい! その時は是非!」

 まるで兵隊のように、ノアは直立不動とお辞儀を繰り返す。
 これもエメラの隠された威圧感の成せる業だと、ユグドは勝手に確信していた。

「それじゃ、私達はこれで。パール、行きましょう」
「はい、お母様」

 王家らしい儀礼的な一礼をし、エメラとパールは休憩所を、そしてマニャンを後にした。

「ユグド君。私が言った事、覚えておいてね。忘れちゃダメよ?」

 最後にエメラがそんな言葉を残して。
 ユグドは頷くでもなく、品格に満ちた女王の通り道を暫く眺めていた。

「……はー。あれが王族よね。ウチのとは大違い」

 一方、ノアはノアで別の意味で見とれていた。

「あれはあれで、典型的な王族とは違う人達なんですけどね……で、ノアさんはこれからどうするんですか? わざわざ国境まで来たって事は、次はブランで遺産探しをするとか」
「んー、路銀が貯まったらそうしてもいいけど、もう少しこの国で蓄えてからの方が後々余裕をもって探せると思うし、暫く留まると思う。ここに来たのはお仕事探しよ。国境って護衛の仕事、ありそうじゃない?」
「いつから護衛が専門職になったんですか。侍女でしょ?」
「なんだかんだで、著名な式典の護衛やった実績あると雇って貰いやすいかなって。別に護衛じゃなくてもいいんだけど。潰し利きそうだし」

 悲惨な境遇でありながら、ノアの声は明るい。
 それに感心しつつ、ユグドはシュタッと手を上げ帰宅体勢を整えた。
 
「じゃ、頑張って下さい」
「まあまあ、もう少しゆっくりしていきなさいな。お仕事探すの手伝ってもバチは当たらないのよ?」
「護衛の仕事を紹介するくらいなら、オレ等でやりますから。では、さよなら」
「人でなし! 薄情者ーっ!」

 背後から聞こえる耳に馴染んだ中傷をヒラヒラと躱すかのように、ユグドは軽快な足取りで関所を後にした。











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