レヴォルツィオン城内は懸念された通り、混沌の最中にあった。
 ユグドとノアのように、城の中へ入っていく人間は少なく、外へ逃げ出す人間の方が遥かに多い。

 そして何より、彼らの表情が物語っている。
 ここにいるとマズい――――と。

「過激派が、暴れてる、とか?」

 息を切らして走りながら、ノアが自身の見解を示す。
 実際、式典において大きな問題が発生した場合、真っ先に疑うのは反組織組織の蛮行だ。
 しかし――――

「今日は、本番じゃない、ですから、その線は薄い、と思いますよ」
「そっか。にしても貴方、結構走るの、速いじゃない。体力なさそうな身体して」
「営業やってると、体力、付くんですよ」

 そんな雑談も交えつつ、城門から中へ突入。
 その最中――――

「ユグド様! ユグド様! ユグド様!」

 パールのものと直ぐにわかる声が喧噪を切り裂き届く。
 その直後、自前の護衛団ではなくフェムと二人だけで玄関ホールの奥にある大階段から下りてきている姿が確認できた。

「貴女、シーマンの王女様と知り合いなの? 随分と顔広いのね」
「王族と妙に縁があるんですよ。広い意味ではノアさんもその縁の中の一つですし」
「なんか十把一絡げみたいで釈然としない……」

 憮然とした顔のノアを無視し、ユグドは階段を下り駆け寄って来た二人に目を向けた。

「パールさん、フェムさん、無事でよかった。城内の状況はどうなってます?」
「非常事態宣言ですわ」

 明らかに息切れして倒れそうになっているパールを支えつつ、フェムは顔色一つ変えずそう断言する。
 踊りを嗜んでいるからか、王女とは思えない体力だ。

「式典の予行演習の途中に突然、動物が乱入してきましたの」
「……動物?」
「馬ですわ。角が二本生えた馬が大広間に突然現れて……わたくしの判断で、傍にいたパールを一刻も早く逃がそうと思いましたの」

 二本角の馬――――明らかにバイコーンの事だ。
 しかし、にわかには信じ難い話。
 ティーア大森林での目撃情報が寄せられていたバイコーンが、徒歩で丸一日かかるほど遠く離れたこのハオプトシュタットに現れただけでもあり得ない事だが、もっとあり得ないのは城内の大広間にいるという事実だ。

 スィスチをはじめとした城壁周辺の警備兵に気付かれず、バイコーンのような目立つ動物が城内に入るなど、どう考えても不可能。
 しかし、このような切迫した状況が実際に生まれている以上、フェムの話が嘘である筈もない。

「好判断だったと思います。有事の際は出来る事を俊敏に、が基本ですから」
「でも、でも、でも、お母様が心配です」

 涙で目を潤ませるパールに、ユグドは不安を消し去るべく穏やかに微笑む。

「護衛団もいますし、きっともう逃げてますよ。一応、オレ達が中の様子を見てきます。二人は城の外へ」
「了解しましたわ。ところで、こちらの方は? 見覚えがあるような気が……」

 フェムとパールの視線が、ノアに集中する。
 特にパールの目が妙に据わっていた。

「メンディエタの侍女です。今は亡命中の身ですけど」
「ああ、そういえば去年の式典でお目にかかりましたわね。ティラミス王女はお元気?」
「それはもう……髪の毛と産毛と元気で出来ている方なので」
「わかりますわー。あの方とお喋りすると、まるで自分が十歳老けたような錯覚に陥りますし」

 ノアとフェムがティラミスを肴に盛り上がっている最中にも、多くの首脳とその護衛がバタバタと大階段を下り城外へ逃げていく。
 ラシルが一足先に向かったにも拘らず、まだ事態が収拾していない証だ。

「そろそろ行きましょう、ノアさん」
「そうね。それじゃお二人とも、どうかご無事で」
「ええ。積もるお話はまた後で……パール、ほら行きますわよ!」

 無言のままジト目でノアを眺めていたパールの首根っこを掴み、フェムは玄関ホールへと向かう。
 それに背を向け、ユグドは大広間の方を目指し駆け出した。

「シーマンの王女様、ずっと私を睨んでたんだけど、もしかして私、貴方の、恋人、とか思われてない?」

 その真横にピタッと付いたノアが、走りながらそんな事を口走る。

「ンな訳ないでしょう。それより今は、バイコーンの謎を、考えて下さい」
「そ、そうね。そっちが大事よね、今は。でも、実際どうなの? あり得るの?」
「普通に考えたら、あり得ない、現象ですね……ふう」

 大階段を上りきり、右側に見える大広間入り口へと二人同時に目を向ける。
 大きな扉は開かれたままになっており、奥の様子が明確に視認できる状態。
 その入り口付近には、警備兵や護衛団と思しき面々が固まっている。

「あの、すいません。何があったんです?」

 その中の一人を捕まえ、ユグドが手短に問う。
 だが、その警備兵は答えない。
 顔面を強張らせ、震える指で前方を指すのみ。

「……?」

 ユグドとノアは一度顔を見合わせ、その指の先に目を向けた。
 すると、二人の視界の中に――――

「……あり得たみたいですね」

 二本の角を生やした、明らかに場違いな巨大馬の頭部が映った。
 ただし、角の内の一本は途中で折れている。

 体高はユグドやノアより遥かに大きい。
 その巨躯が、大広間の扉の前に立ち塞がっている。
 警備兵や護衛団が大広間の中へ入れないのは、あの馬が入り口に立ち塞がっているからだった。

「本当にいた……あれがバイコーン……」

 ノアは目を凝らし、四つの足で赤絨毯を踏みしめている巨大馬を眺めた。
 当然、蹄鉄や革製のブーツといった蹄を保護する装備はない。
 野生の証であり、ティーア大森林にいたバイコーンと考えれば矛盾はない。

「妙だ」

 しかしユグドは、それとは違う箇所に不自然さを抱いた。
 ノアも追従するようにコクリと頷く。

「角が一本折れてるのはいいとして……質感がないっていうか、なんかあそこにいるって感じがしないね」
「ええ。それもありますね。輪郭が微かにぼやけているような気もします」

 二人の見解はほぼ同じ。
 しかし、遠巻きに見ていても埒があかない。

「この距離で見てても仕方がないよね。シャ……ユグド、どうする? 突入してみる?」
「中々大胆ですね。蹴り殺されないよう注意して下さいよ」
「バカにしないでよね。馬に蹴られるほどトロくないんだから。こう見えて私、身のこなしには自信あるのよ?」
「二つ、誤りを指摘します」

 ユグドは、右手の指を二本掲げてみせた。

「一つ。貴女はどうみても身のこなしに自信がある人の体型です」
「胸!? 私の胸がシュッとしてるから身のこなしに支障がないって、そう言いたいの!?」
「二つ。蹴り殺されるのを注意する対象は貴女自身じゃなくて、まだ中に残っている可能性のある各国の首脳です。貴女の今の仕事は護衛なんですから」

 そう告げ、指を畳む。
 警備兵と護衛団はその様子を呆然と眺めていた。
 
「……了解」

 こちらには納得したらしく、ノアは小さい声でそう返事し、猛然と駆け出した。
 ラシルほどの身体能力はないが、ノアの身のこなしは自己主張通りかなりのもの。
 油断していたり前後不覚になっていたりしなければ、そうそう遅れをとる事はない。

「やい、そこのバカ馬! 私が相手よ! かかってきなさい!」

 恥も外聞もない咆哮は、自分に注意を惹きつける為の手段。
 その間に、逃げ遅れた首脳達を逃がす。
 瞬間的に思いついた策としては悪くない。

 だが――――ユグドは成功を期待できずにいた。

 最終演練を行っている大広間の扉の前には、選りすぐりの警備兵が配置されていた。
 各国の護衛団にしても同じ。
 にも拘らず、ここで固まっているだけで突入できずにいる。

 その理由は、バイコーンが絶滅危惧種だからだ。

 幾ら人間に害を成そうとしていても、そうそう退治はできない。
 角が折れている事も問題。
 誰の仕業かは不明だが、下手をすれば国際問題になりかねないだろう。

 そういう意味では厄介な乱入者だが、仮に単なるバイコーンの乱入であれば、とっくにラシルが、或いは中にいると思われるノーヴェがどうにかしている筈。
 あの二人であれば、バイコーンを傷つけないよう注意を惹きつけるだけに徹し、中にいる全員を逃がすまで時間を稼ぐくらい訳はない。
 けれども、現状ではそうはなっていない。

 バイコーン以外の要素が、この停滞した状況を作っている――――ユグドはそう確信していた。

「聞いてるの!? アンタの敵はこっち! バカ馬は耳までバカなの!?」

 ノアが幾ら挑発的な言葉を叫んでも、バイコーンは微動だにしない。
 当然、言葉の意味を理解する筈はないが、元来馬は音にかなり敏感で、近くで大声を上げれば暴れ出すのが常。
 バイコーンも馬なのだから例外ではない筈だが、全く反応を見せない。

 ユグドが最初に感じていた不自然さの一つがそれ。
 そしてもう一つ。
 まるで、大広間に入ろうとする人間に目を光らせているような、その位置取りだ。
 
 バイコーン自身の意思で大広間へ進入する人間を牽制するなど、到底考えられない。
 となると、バイコーンにそう命じた何者かがいると考えられる。
 それが出来るのは――――

「やれやれ、実に女性が入ってきたものです……煩い」

 独特過ぎる倒置法。
 ユグドにとって聞き覚えのある声。
 そして、動物と心を通わせる事が出来ると自認している人間。

「ムナイさん……ですね?」

 ティーア大森林でバイコーンの保護を行っていた稀少動物保護観察員。
 ユイ、セスナと共に行動していた筈の青年が、バイコーンの傍までゆっくりと歩を進め、ユグドたちを冷めた目で一瞥した。

「どうぞお入り下さい……お二方。両名とも人物ですから……目録の」
「……目録?」

 まるで要領を得ない言葉で入室を促すムナイに、ユグドは猜疑の眼差しを向ける。
 ムナイの顔は、森林で見せた朴訥とした表情とはまるで別人のように様変わりしていた。
 糸のように細い目はそのままだが、そこから微かに覗く虹彩に光はなく、禍々しさすら宿している。

 まるで――――この世のものではない、別の何かであるかのように。

「ノアさん、入ろう」
「え? 嘘でしょ? あんな得体の知れない細目の言うこと聞く気?」
「得体の知れない状態のまま剣や背中を向けるよりはマシでしょう。まだ攻撃は加えないで下さい」

 ヒソヒソ話を終え、ユグドは指示通りムナイとバイコーンの脇を抜け、大広間へと入る。
 大人しくしているバイコーンからは相変わらず質感が汲み取れない。
 その目も何処か虚ろに見えた。

 不明瞭な要素ばかりだが、ユグドは一旦頭を切り換え、その目を大広間全体へと向ける。
 式典の会場となる予定の部屋だけあって凄まじく広く、燦たる装飾を施したシャンデリアが天井から幾つも吊るされている。
 そしてその灯りによって、左右両面にある天地創造を描いたと思われる巨大な壁画がくっきりと輪郭を帯び、神秘性を喧伝していた。
 
「ユグドか」

 その壁画の真下、左の壁に寄りかかるようにして、ラシルが立っていた。

「ラシルさん、状況は?」
「見ての通り、最終演練中に馬と細目が突然現れ皆が混乱しておる」
「……皆が?」

 そのラシルに歩み寄っていたユグドの足が、ピタリと止まる。
 直ぐにその意図を理解したらしく、ラシルは頷きつつユグドの知りたい情報を口にした。 

「皇帝はこの場におらん。先程まではいたようじゃが……不在を狙っての事か、連中が匿っておるのか。事態が掴めぬ故に迂闊に手を出せんでおる」
「皇帝……? 皇帝って、まさかノーヴェ=シーザーのこと?」

 恐る恐る尋ねるノアに、ユグドとラシルは目で肯定する。

「匿われたって、拉致された可能性があるって事? う、嘘でしょ? ノーヴェ=シーザーって魔王討伐が得意なスゴく強い人って聞いてるんだけど……」
「それほどではないの。妾に惨敗を喫する程度のものじゃ。拉致されたとしても何ら不思議ではない」
「そ、そんな! だったら……」

 ノアの顔は不安の色で染まっていた。
 無理もない。
 世界を代表する存在とさえ言える、帝国ヴィエルコウッドの皇帝が拉致されたとなれば――――

「誰がメンディエタを救ってくれるのよーーーーーーーーーーーっ!」
「……せめて世界経済とか、その辺の心配をして貰いたいんですけど」
「だって、皇帝に魔王討伐お願いする為に朝露を舐めてまで22の遺産を探してきたのよ!? その皇帝がいなくなったら、私達何の為に今まで……!」

「あら、貴女も22の遺産を探しているのね?」

 慟哭にも似た絶叫を大広間に響かせていたノアに、まるで場にそぐわない穏やかな女声が届く。
 ユグドはその声の主に心当たりがあった。
 パールの母であり、商人国家シーマンの女王――――

「エメラ女王。ご無事でしたか」
「やっほ。お仕事は順調? ユグド君」
「気苦労が絶えない程には」

 つい先日までマニャンの観光名所巡りをしていた気さくな女王は、その時とまるで変わらない表情で、全く異なる空気を醸し出していた。
 気品や風格とは違う、別の種類の存在感が漂っている。

「これではっきりしたかしら。私を含めた、彼がこの場に留めようとしている人達の共通点」
「うむ。22の遺産に絡んでいる事は間違いないの」

 エメラの言葉に、ラシルが同調する。
 22の遺産――――それが『関係者』の答え。

 ユグドはあらためて、大広間全域をぐるりと見渡してみた。
 圧倒的に広いその場所に、人影は僅かに六つしかない。
 ユグドとノア、ラシルとエメラの他には、屈強な身体を重厚な装備で包んだ中年の男性が一人のみ。

「あれは……グルート=フェアブレン?」
「そうね。エッフェンベルグの鳳凰騎士団の将軍。私たちより有名かもね、ラシルちゃん」
「……妾には興味のない話じゃが、世界有数の猛者なのは確かじゃ」

 エメラとラシルが語った通り、侵略国家エッフェンベルグの誇る最強の騎士。
 父親もエッフェンベルグを代表する騎士で、その父もまた歴史に名を刻む勇猛な騎士。
 エリート中のエリートとあって、その知名度はルンメニゲ大陸内において皇帝ノーヴェ=シーザーに次ぐ高さだ。
 
 ただ、彼の認知度の高さは血筋だけが要因ではない。
 世界規模で見れば平和な時代ではあるものの、侵略国家エッフェンベルグは元々攻撃性の際立って高い国家とあって、その内部は少なからず殺伐とした空気が蔓延している。
 王家から政権を奪おうとする勢力も一つや二つではなかった。

 その全てが、グルート=フェアブレンが将軍の地位について僅か一年足らずで解散に至ったのは、ユグドとラシルの故郷ロクヴェンツでも有名な話。
 彼が愛用の武器である虎斧フランシスカで地面を叩けば、周囲一帯が焼け野が原となると言われており、その圧倒的な攻撃力はノーヴェをも凌ぐと専らの評判だ。

「彼の背負ってるあのフランシスカっていうおっきな斧、22の遺産だって噂よ」
「……え?」

 唇に指を当てながらさり気なく呟かれたエメラの言葉に、ノアが反応を示す。
 ずっと切望していたモノが目の前にあると聞かされれば、当然の事だ。
 尤も――――その遺産を献上する相手が不在とあっては、それどころではないのだが。

「おうコラ糸目。いい加減理由を語れや。バイコーンなんぞ引き連れて神聖な式典の大事な最終演練を邪魔して、城中を混乱させやがった理由を」

 プレートアーマーの間接部をガチャリと鳴らし、将軍グルートが凄む。
 強面の顔そのままの印象の低い声だ。

「こちとらな、待たされるのが死ぬほど嫌いなんだよ。どれくらい嫌いかっていうとな……三度のメシに三度ともカビ生えた干しイモ出されるくらい嫌いなんだよ! わかるか? あの食欲なくすカビの斑点を一日に三回も見せられる男の悲哀が! 食事くらいまともに作れや、と言えない男の憂鬱が!」

 一方、発言内容は印象とは正反対のみみっちいものだった。

「……そういえば、恐妻家としても有名じゃったな。やれやれ、喋ると猛者のイメージが崩れるヤツじゃのう」
「貴女も同類なんですが」

 目を血走らせ立腹するグルートを半眼で眺めるラシルに対し、ユグドの発した短い指摘は、ノアとエメラの賛同を生んだ。
 そんなやり取りを余所に――――
 
「煩わしい事です……実に。このような人物が将軍では未来はありませんね……侵略国家には」

 世界的な大物に凄まれたムナイは、威圧される様子を微塵も見せず、寧ろ鼻で笑っている。
 明らかに遥か年下に嘗めた態度をとられたグルートはというと――――

「……上等」

 その口の端を不自然なほど吊り上げ、顔面の数ヶ所に血管を浮かべ、そして――――

「オラアアアアアアアアアァ!」

 全く躊躇なく虎斧フランシスカを叩き付けた!
 大広間の床が鈍い破壊音と共に無数の欠片となって飛び散り、殴打され凹んだ床から巨大な炎が天井まで上る。
 通常の斧では起こり得ない現象だ。

「待たんか! これ以上は……」
「これで死に腐れやボケえええええええええ!」

 間髪入れず、グルートは柱状になった炎をフランシスカで水平に薙ぐ。
 すると――――炎柱の一部が切り取られ、虎の形となってムナイとバイコーンの方へ向かって襲いかかった!

「なっ……何よあれ! スゴっ!」

 ノアだけでなく、ユグドも冷や汗を滲ませるほどの猛威。
 炎の虎は凄まじい速度でムナイとバイコーンへと迫り、貫通した――――

「……!」

 否。

 ――――すり抜けた。

 炎の虎はムナイ達の身体を間違いなく直撃した。
 なのに衝突することはなく、そのまま素通りし背後の入り口を通過し、中の様子を窺っていた警備兵達を押しのけるように直進し、やがて城壁へと激突。
 豪快な音を立て、数多の破片と共に霧散した。

 直撃すれば到底、無事では済まない威力。
 しかしそれより、ユグドもノアもその前に起こった出来事に呆然とせざるを得なかった。

「無駄だとわからんのか。城を傷めるだけじゃ」
「チッ……」

 一方、仕掛けたグルート、またラシルとエメラら他の面々は驚いた様子は見せずに渋い表情。
 ユグド達が駆けつける前にもこの現象を目にしていたようだ。

「ラシルさん、今のは……」
「見ての通りじゃ。誰が仕掛けてもまるで当たらん。でなければ、妾がこのような状況を傍観している筈がなかろう」
「確かに」

 実際にはそこまで絶大な信頼はないものの、ユグドは敢えて茶々は入れず、鋭い目でムナイを睨みつけた。
 武力での貢献はできない。
 ユグドがこの場で出来る事は――――情報収集のみ。
 
「目的は……22の遺産なんですか?」

 その問いに、ムナイは頷きこそいないものの肯定の笑みを浮かべた。

「22の遺産を所持する者です……正確には。式典に訪れる各国の要人の中には、集めようとしている人間が多いと聞いたのです……22の遺産を。式典そのものを台無しにするのは本意ではないので、今日決行したのですよ……作戦を」
「成程。話が見えてきましたよ」

 納得し、溜息を吐くユグドの腕をノアが肘でチョンチョンと小突く。 

「本当に話が見えたの? 今のだけで?」
「ええ。ある程度ですが、全容が掴めました」
「……へ?」

 これにはノアだけでなく、ラシルも、エメラすらも驚いた顔でユグドを凝視する。
 この場にいる他の面々も、それぞれが訝しげな表情を浮かべていた。
 しかしユグドは眉一つ動かさず、ムナイを凝視したまま耳の後ろを掻く。

「ラシルさん」

 そしてラシルへと顔を向け、深々と頭を下げた。 

「すいません。オレが間違ってました」
「……何がじゃ? 理由もなく謝罪されるのは余り気持ちのいいものではないのじゃ」
「ほら、前にラシルさんと"いる""いない"で議論になったでしょう。オレは"いない"とばかり思ってたんですけど、どうやら"いた"みたいです」
「だから、何がじゃ」

 若干苛立たしげに問うノアに対し、ユグドは――――

「幽霊ですよ、幽霊」

 ムナイとバイコーンの足元――――影のないその床を親指で差しながら、そう断言した。









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