傭兵国家メンディエタは、世界最大数の傭兵ギルドを抱えた国として知られている。
 では何故、そこまで殺伐とした国になったのか。

 メンディエタは伝説国家ブランの西にある国で、好戦的な国に隣接している訳でもなく、また国を治めるラレイナ家も穏やかな家系として知られており、一見すると戦乱の中心となるような要素はない。
 しかし王が穏やかだからといって国内の気質にもそれが反映されるとは限らず、むしろ呑気な王族から王権を奪おうとする勢力が生み出されることへと繋がり、内戦はいつの時代にも活発だった。
 傭兵ギルドの皮を被ってクーデターを企てる組織が跡を絶たず、その結果傭兵ギルドの乱立に繋がった。

 このような状況が生み出された理由はもう一つある。
 絶対的な武力の不在だ。

 例えば帝国ヴィエルコウッドや侵略国家エッフェンベルグのような、王宮が強力な騎士団を持つ国の場合、人材がそちらに流れることもあって傭兵ギルドは余り栄えない。
 逆に王宮の力が弱い国では傭兵ギルドの需要が高まるが、大抵の場合は競争に勝った特定のギルドが大手となり、経営の苦しくなった他のギルドを吸収するなどして更に肥大化することで、乱立が起きない環境が生まれるものだ。
 しかしメンディエタの場合、突出した傭兵ギルドが出てこなかった為、ギルドの数が一向に減らず、凡庸な傭兵ばかりが横行することとなった。

 そういった事情もあって、実のところ戦力面では大したことのない国なのだが(だから魔王にあっさり乗っ取られた)、周囲の国々は傭兵ギルドの多さもあり『軍事国家』という印象を常に抱いている。
 なので武器防具の需要が大きいだろうと推察し、様々な武具がメンディエタには流れ込んでいる。
 その中には、曰く付きの物も少なくない。

「……で、その中の一つがこれって訳」

 中立国家マニャンの大空を舞うハイドラゴン、リュートの背中の上で、ノアはドラゴンキラーを装着した左腕を高々と掲げてみせた。
 ドラゴンの背中でドラゴンキラーを掲げるという異例の行為。
 しかし器の大きさなのか鈍感なのか、リュートは意にも介さず目的地へと飛び続けている。

「そもそも、ドラゴンキラーって別にドラゴンを狩る為の武器じゃないんですよね。ドラゴンのような強靱な生物を倒せるほどの武器って意図で名付けられたんですから」
「そのような名前の由来までは知らんわ。妾にしてみれば、自分を殺す為に作られた腹立たしい武器としか思えんのじゃ」

 ユグドの説明を受けても納得しきれない――――そんな言葉を吐きつつも、ラシルの表情に憤りはない。
 何より、本来二人乗りらしいリュートにユグドだけでなくノアも乗せている時点で、わだかまりがない事は窺える。

「……とはいえ、敵意のない民間人相手に問答無用で突っかかったのは妾の落ち度じゃ。ノアと言ったな、どうか許して欲しい」
「いえいえー。私の方こそ、こんな貴重な体験させて貰って……ドラゴンの背中に乗るなんて一生自慢できそうです」
「ふむ。それにしても其方、モノ好きじゃのう。路銀を稼ぐだけなら式典の護衛だけでも十分じゃろうに。貧乏な護衛組織を手伝ったところで大した稼ぎにはならんぞ?」

 余計なお世話だ、という視線を背中に向けるユグドの背後で、ノアはやや戸惑った顔を覗かせ、その後苦笑いを浮かべた。

「稼げる内に稼いでおかないと、いつでも仕事にありつける立場じゃないですから……それに、不本意ながらこの男には借りがあるし」
「不本意であるならば、止めておけ」

 半ば冗談のつもりで言ったのは明白だったが――――ノアの言葉に、ラシルは強い口調を返す。
 ノアは驚いたのか息を呑み、ユグドは思わず首を傾げた。

「もし、22の遺産を手にする為にユグドを利用しようとしておるのなら止めておけ」
 
 それは――――警告。
 立場ある龍騎士の言葉だけに、決して軽くはない。
 
「……私がこの人の手伝いするのが不服なんですか?」

 ノアは狼狽えるでもなく、ユグドの前にいるラシルの背中をじっと見据えていた。

「有り体に言えばそうじゃな」

 ラシルも引かない。
 ユグドを挟んだ女性二人、一触即発の雰囲気――――

「その男を利用するなど無謀じゃ。恐ろしく奸智に長けた下郎じゃからな。逆にズタボロにされるだけじゃぞ」

 ――――にはならなかった。

「……オレのために警告してるんじゃなかったんですか?」
「何故妾がそんな無駄な事をする必要がある。そこの将来のあるオナゴが貴様のエグい策略に絡み取られるのは見るに忍びないから、忠告したまでじゃ」
「いやいやいや……オレを勝手に詐欺師や人格破綻者に仕立て上げないで下さいよ。そりゃ仕事上で相手の裏をかいたり策略練ったりはしますけど」
「ほざけ!『貴女を守ります』とか言って妾を誑かそうとしたクセして! 貴様は生粋のオナゴ殺しじゃ!」
「そんなバカな」
「なんじゃその自意識過剰女の戯れ言につき合ってられるかという目は! 妾は被害者なのじゃぞ!?」

 ユグドとラシルの言い争いがマニャンの空を汚す。
 ノアはそんな醜い二人のやり取りを、複雑な表情で眺めていた。

「あの……つかぬことをお聞きしますが」
「なんじゃ?」
「お二人は一体、どういった関係なんですか……?」

 そんなノアの疑問は尤もだった。

 片や世界にその名を轟かせている龍騎士。
 片や知名度の低い護衛組織の交渉係。
 接点を探す方が難しい。
 
「うむ、良い質問じゃ。こやつは妾に好意を抱きながらそれを認めようとしない、男の腐ったようなヤツなのじゃが、昔ちょっとした因縁があっての。仕方なくこうして手を貸しておる」
「そ、そうなの?」

 若干狼狽えたような仕草で、ノアは目の前のユグドの背中を見やる。
 二人の美女に挟まれたユグドの反応はというと――――大げさに溜息を吐き、呆れながら首を左右に振るというものだった。

「だから抱いてないっつってるでしょーが。そもそもオレ、人を好きになったことないですし」
「……そ、そうなの?」

 全く同じ言葉ながら、全く違うニュアンス。
 そんなノアだけでなく、ラシルもユグドへと視線を向ける。

「ええ。オレは人でなしですから」

 ユグドは自嘲気味に苦笑し、普段余り口にしない自分自身のことをポツリと語った。

「よく『年の割に感情が死んでる』とか『人間らしさがない』とか『冷たい』とか『薄情』とか言われますけど、全部正しいんです。どうもオレには、本当の意味での優しさや慈しみがない。人の心がわからないんです」
「……」

 神妙な面持ちで、ラシルは心中を吐露するユグドを見つめていた。
 空を舞うハイドラゴンの背中に乗る彼女の銀髪は、常に陽の光を浴び風を集め忙しなく靡いている。
 まるで心を映し出すかのように。
 
「見返りも打算もない好意なんて、オレの中には存在しない。そんな人間がいつか、人を好きになれるものなのか……ま、期待はしてませんけどね」

 おどけたように肩を竦めるユグドに、ノアは何も言えずただ寂しげに目を伏せていた。
 一方、ラシルは真剣な顔のままで瞼を落とす。

「その黄昏れたような姿も、打算の産物という訳か」
「……へ?」

 驚いた声をあげたのは、ノア。

「騙されるでないぞ、ノア嬢。恐らく直接的な目的はないのじゃろうが、こうやって弱さを見せておけば何時か活かせる時が来ると、そう考えての述懐と見た」
「さすがはラシルさん。伊達に長く生きてない。鋭い読みですね」

 あっけらかんとそう認めたユグドに、ノアの顔がみるみると赤くなっていく。

「今のが……嘘? っていうか罠?」
「そんな大げさなものじゃないですよ。移動中の他愛のない戯れ言です」
「ふ……フザけるなーーーーーーーーーーーっ! 私の一瞬の切なさを返せーーーーーっ!」

 今日一番の大声が空に轟く。
 リュートが微かにその顔をしかめ、騒音への不満を露わにする中――――

「……」

 ラシルは一人、前を向きながら奥歯を噛み、瞑目していた。

 


 二角獣バイコーンを保護するための探索が行われているティーア大森林に到着したユグドは、驚愕を禁じ得ずにいた。
 この依頼はユイとセスナが担当していた筈だが、森林内で最初に見つけたのは彼女たちではなく――――

「……リーダー、なんでここに?」

 難しい顔をしたシャハト。
 街中の殺人事件の調査を手伝っていた彼が、何故ここにいるのか。
 その答えは直ぐに本人の口から明らかとなった。

「実はよぉー、被害者の鞄の中から枯れた葉っぱが出て来てよぉー。どうもこの森の木から落ちた葉っぱみたいなんだよぉー」
「……その枯葉、経済的価値は?」
「何もねぇよぉー。ただの広葉樹さぁー。ただし、ここいらじゃこの森林にしかない木のなぁー」
 
 それが何を意味するのか――――想像は容易だ。

 鞄の中に、なんの価値もない枯葉を能動的に入れる可能性は低い。
 考えられるのは、何か別の物を鞄に入れる時、たまたま入ってしまったケース。
 或いは、倒れ込んだ際に鞄の隙間から入ってしまったケース。

 いずれにせよ、被害者の冒険者がこの地を訪れたことは間違いない。
 
 絶滅危惧種の動物が棲み、近隣にゲシュペンスト大聖堂のあるこのティーア大森林、冒険者が訪れること自体は全く不自然ではない。
 ただ、彼がその後殺されたということは、この地に死の理由があるかもしれない。

「被害者の冒険者はよぉー、ギルドにここへ来るって言ってなかったみたいなんだよなぁー。フツー、冒険者ってーのはギルドに活動報告するのによぉー」
「報告しないと、移動や宿泊の補助が得られないんでしたっけ」

 冒険者ギルドは、宿賃の一部免除や各種手当てなど、冒険者を様々な形で支援している。
 その代わり、冒険中に貴重品や遺跡などの財産を見つけた場合、それらはギルドに所有権が認められる。
 もし、その中にどうしても自分が欲しい物がある場合は、ギルドと話し合って買い取ることもできる。

 こういった制度があってこそ、冒険者が職業となり得る。
 貧乏人が後ろ盾なしに冒険できるほど、世の中甘くはない。
 それだけに、駆け出しの冒険者がギルドに所属していながら、活動報告を怠るというのは考え難い。

「あのー、よくわからないんだけど……一から説明してくれない? 手伝う身としては、概要くらい知っておきたいし」

 ずっとユグドの後ろにいたノアがおずおずと挙手。
 その瞬間、シャハトの鼻の穴が膨らんだ。
 今までノアの存在に気付いていなかったらしい。

「ひ、ひ、ひ、久し振りぃヒヒヒ! どうして君がここにいるんだいぃヒヒヒ」
「リーダー落ち着け。語尾が馬の嘶きみたいになってますから」
「そ、そんなことなねぇヘヘヘよぉホホホ。それより手伝うって何かなぁハハハ」

 先程までの緊張感も何処へやら、シャハトはカクカクと不気味に笑い出した。 
 爽やかさを演出しているつもりらしい。

「あやつは何故ああも引きつった作り笑いをしておるんじゃ?」
「色々あるんですよ」

 シャハトの誤解を逐一説明すると色々面倒そうなのでその件は無視し、ユグドは依頼の概要を知らないノアに殺人事件および他の依頼の内容を説明した。
 例によって、とても冗長に。

「まあ、よくわかった事はわかったけど……話長っ」
「悪い。癖なんです」
「別にいいけど。で、ここではバイコーンってのを捕まえてるのよね? それじゃその亡くなった冒険者もバイコーンを捕まえに来たんじゃないの?」

 当然、それは妥当な推察。
 冒険者なら、バイコーンに興味を抱いても何ら不思議ではない。
 ギルドに話を通さなかったのも、禁止されている絶滅危惧種の無断捕縛を目的としていたのかもしれない。

「しかしじゃ。バイコーンのような暴れ馬を新米冒険者が一人でどうやって捕まえようとしたのじゃろうか?」

 ラシルの疑問も妥当。
 他にも、捕まえた後にどんな手段で束縛させておくつもりだったのか、自然保護団体の目をどうやって誤魔化すか、などの問題が浮上する。

 ましてバイコーンはかなり力のある動物。
 だからこそ、護衛に戦闘力の高いユイと相手の戦闘意欲を削ぐ音楽を奏でられるセスナを派遣した。
 本来なら、とても駆け出しの冒険者が一人で対処できる相手ではない。

「新米だからよぉー、何も考えてなかったんじゃねぇーかぁー?」
「それはあるかもしれませんね。他の依頼でも、噂にすら上ってない『レヴォルツィオン城の地下に眠る22の遺産』を探してる冒険者がいますし」

 駆け出しの冒険者は大抵、思い込みが激しくやたら行動的。
 名を馳せるために無謀な挑戦をする者は多いという。
 シャハトの意見も一理あるところだ。

「確かバイコーンの目撃証言があったはずです。その証言者が冒険者を見たかもしれないですね」
「証言者が冒険者本人、って可能性もあるかも」

 ノアの指摘にユグドは小さく頷く。
 もし、この森にバイコーンがいたにも拘らず見つけられない理由がこの事件と関与しているのなら、亡くなった冒険者の存在は無視できないだろう。
 冒険者がなんらかの理由でバイコーンを逃がした可能性もある。

 アクシス・ムンディの仕事はあくまで護衛なので、殺人事件の犯人が捕まらなくても、バイコーンが保護できなくても、仕事の成果には関係がない。
 とはいえ、依頼人が目的を達成すれば、例え関連性がなくとも護衛の評価は上がるもの。
 これまでの経験から、ユグドはその人間心理を把握している。

「とりあえず、ムナイさんに話を聞いてみましょう」

 方針がまとまったところで、ユグドは森の奥にいると思われるムナイを探すことにした。
 耳のいいセスナが護衛についているので、リュートに一鳴きしてもらえば直ぐに落ち合える。
 それを伝えようと振り向くと――――

「……ラシルさん?」

 明らかに、平常心ではない顔つきのラシルがそこにはいた。
 目を吊り上げ、全身から殺気を漲らせ、好戦的な笑みを浮かべている。

「呪いじゃ」

 そして、そうポツリと呟いた。

「……呪い?」
「うむ。強烈な呪いの波動を感じるぞ。昔、貴様が武器屋の倉庫で蝕まれようとしていた呪いと似た、な」

 ラシルは背負っていた龍槍ゲイ・ボルグを手に取り、ユグドの見えやすい位置に掲げてみせる。
 変異を察知するのは容易かった。
 装飾部にある赤い宝石カーバンクルが赤々とした光を放っている。

「……」

 ユグドは反射的に、自分の両の手に力を込める。
 指を欠損する理由――――それは、カーバンクルによって人に害を及ぼすレベルにまで増幅された呪いだった。
 その時の記憶はユグドにはないが、当時も同じような現象が起こっていたとしたら――――
 
「……でも、以前ラシルさんがノーヴェさんと闘った時、カーバンクルは反応しませんでしたよね? ノーヴェさんは22の遺産を所持してたのに。それ以前に、あの船自体が遺産だった訳ですけど」

 22の遺産は例外なく呪いを帯びている。
 なら当然、カーバンクルが反応するはずだが――――

「反応はしておった。じゃが微弱なものに過ぎぬ。それだけ呪いが弱かったか、薄れていたのじゃろう。遺産と言えど一律ではない」
「……って事は」
「そうじゃ。この森には、微弱ではなく強力な呪いが存在しておる。正体は不明じゃがの」

 ラシルはそこまで告げると、急ぎ足でリュートの方へと向かった。

「これ以上ゲイ・ボルグをここに留めておると面倒な事になりかねん。リュート、しばらく預かっておけ」

 そして、龍槍をまるで渇いた洗濯物のようにポイッとリュートの背中に放り投げる。
 リュートは頭を上げ、大きな翼を広げ上空へと舞い上がっていった。
 これでカーバンクルによる呪いの増幅は避けられる。

「やれやれ、丸腰で事態の収拾を試みなければならんか」
「最悪の場合、オレのこん棒を貸しますよ。ただし丁寧に使って下さいね」
「龍騎士がこん棒……想像したくもないのう」

 ラシルとユグドによる、軽口でのやり取りに対し――――

「あ、あの……一体なにがどうなってんの?」
「何二人で勝手に話進めてんだよぉー。こっちにも情報寄こせよぉー」

 ノアとシャハトが説明を求めた、その刹那――――

「……来るぞっ!」

 ラシルの鋭い声が森林内に響きわたる。
 腕に覚えのあるノアは、その一瞬で現状をほぼ正確に理解した。
 脅威が迫っている――――と。

「な、何がだよぉー?」

 なおシャハトは役立たず決定だった。

「この際体裁なんぞ気にしてはおれん! ユグド、こん棒を……」

 ラシルがユグドへ振り向こうとした瞬間、それは起こった。
 
 高々とそびえる周囲の木が、軋むような音を立てて傾き始める。
 一本や二本ではない。
 ユグド達の周り全ての木々が、背の上半分と下半分にズレを生じていた。

「木が切断されておる! 倒れてくるぞっ!」
「な、何よそれ!? 誰がやったの!?」
「知らん! それより避難せねば下敷きになるぞ!」

 ラシルは丸腰。
 ノアも倒れてくる木をどうにかできるような力はない。
 シャハトは狼狽えるばかり。

 リュートは遥か上空。
 既に木は上半身を大きく傾けている。
 状況から導き出される未来は――――絶望。

「――――に……逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 ユグドの咆哮が崩壊の轟音にかき消され――――


 ティーア大森林の一角が倒木によって埋め尽くされていった。











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