余り多忙とは言えなかったアクシス・ムンディを労働地獄に叩き落とす事となった六つの依頼。
 その中で最大の規模を誇る依頼を挙げるとすれば、やはりノーヴェ=シーザーが持ってきた『エルフレド会議100周年記念式典の護衛』だ。

 各国の護衛団、地元マニャンから集められた雇われ兵など、この世界的な式典の為に動員される警備兵の数は実に500人以上。
 その中に数名を派遣するだけではあるが、それでも今後の営業に大きく影響を及ぼす仕事だけに、失敗は許されない。
 万が一、式典中に過激派や反帝国主義者などの侵入を許し、式典が中止に追い込まれるようなことがあれば、たかが数名派遣していただけでも汚名を被る事となる。

「ブツブツ、ブツブツ……」

 そんな多大なプレッシャーを押しつけられる形となったトゥエンティは、当日の配置や式典出席者の名前を記したメモ帳を見ながら復唱を繰り返していた。

「意外と真面目な人だったんですね、トゥエンティさん」
「育ちがいいのかもしれないわ。字もちゃんと書けるし。言葉遣いは荒っぽいけどね」

 式典を翌日に控えた早朝、ユグドは会場となるハオプトシュタット内の古城、レヴォルツィオン城の休憩室に足を運び、スィスチと最終確認を行っていた。
 そのスィスチと以前戦りあったラシルはここへは来ていない。
 ユグドの配慮によるものだ。
 
「全くね……10以上年下の子にここまで気を使われると、ヤになっちゃう」
「式典前日に殺伐とされても困りますから。それに、ラシルさんにはもう一つの依頼主の所に行って貰ってます。ずっとウンデカさん一人に任せっきりでしたから」
「ああ、確か『22の遺産』を探してる冒険者の護衛、だったっけ。この城の地下だっけ?」

 レヴォルツィオン城の地下に、22の遺産の一つが眠っている――――リンの持ってきた依頼書の中の一つに、このような記述があった。
 ユグドは直ぐにハオプトシュタットの諜報ギルドと連絡を取り、真偽を確かめてみたが、そのような噂は一切流れていないという。
 その旨を依頼人に伝えたものの、本人が『必ずあるからどうしても護衛をお願いしたい』と訴えたので、ウンデカにその役を任せる事にした。
 
「22の遺産については、根も葉もない噂が多いって言うけど……噂すら流れてないってトコが逆に信憑性を感じるわね」
「でも、どこでそれを知ったのかって聞いても答えてくれないんですよね。しかも、まだ子供だし」
「子供の冒険者って言えば、駆け出しの冒険者が殺された事件はどうなってるの? 進展あった?」

 左手で右腕を抱えるようにして腕を組むスィスチに対し、ユグドはしかめっ面で返事に迷った。

「現場の街中に被害者の鞄が落ちてて、そこから身元がわかったみたいですけど……肝心の遺体がないらしくて。血痕の量から、死亡と断定されたみたいですが」
「遺体がない? 殺したヤツがわざわざ遺体を運ぶなんて考えられないんだけど。猛獣の仕業じゃないの?」
「それなら血痕があちこちに飛散してますから。それどころか、綺麗に一閃って感じでした。クワトロさんとラシルさんが言うには、超一流の剣士が一振りで仕留める時の血痕らしいです」
「物騒な話ね……」
 
 この件は現在も、クワトロとシャハトが自警団と協力し聞き込みなどを行っているが、目撃者も手がかりになりそうな物も見つかっていない。
 手がかりは血痕のみ。
 捜査は未だ難航を極めている。
 
「次の被害者が出る様子もない事から、近々捜査規模を縮小するという話も出ているみたいです」
「それならそれで、もっと早くそうしてくれればこっちに二人を回して貰えたのに……と、子供が亡くなってるのにこんな言い方ダメよね」
「そうですか? 悲しい事件なのは間違いないですが、身内が殺された訳でもないですし、オレらがそこに執着するのはお門違いですよ」

 幾ら痛ましいとはいっても、当事者でない以上いつまでも引きずる訳にはいかない。
 しかし、それを実際に口にすれば人でなしと見なされる。
 事実、スィスチは呆れた様子で大きく嘆息を漏らしていた。

「……あたしも大概だけど、ユグ坊もその年で相当冷めてるよねー。お姉さん、育て方間違っちゃったかなー」
「アンタに育てられた覚えはその大量の枝毛の毛先ほどもないんですが」
「え! そんなにある!? うわ……あたしもう身体ボロボロなのね……大体復帰早々仕事忙しすぎなのよ……色んな国の連中の通訳一度にやらされるし……」

 悲嘆に暮れるスィスチを無視し、ユグドは休憩室をグルリと見渡した。
 部屋はかなり広く、他の警備兵もそれぞれの仲間同士で雑談に興じたり、トゥエンティのように念入りに当日の行動を頭に叩き込んだりしている姿が散見される。

 その中に――――既視感を覚える姿を発見。
 しかし、本来ならここにいる筈のない人物だったので、ユグドは一瞬見間違いかと目を擦ってみた。

「あ! 知ってる人発見!」

 視覚的にも聴覚的にも否定され、今度は目眩を覚える。
 傭兵国家メンディエタ、元王女――――ティラミス=ラレイナ。
 血統的にはここにいても何ら不思議ではないが、流浪の旅人と化している今の立場で国際的な式典に招かれる筈もない。

「ティラミス王女……何故ここに」
「ティラミスちゃん、働いているんですここで、うふふー」

 眉をひそめつつ、あらためてその服装に目を向けると――――ティラミスはやけに奇抜な格好をしていた。
 オレンジ色で鮮やかに染め上げたドレスを身にまとい、五芒星をヘッドに設置したステッキを手にしている。
 華やかな容姿と一応適合しているものの、明らかにまともな服装ではない。

「その目は、ティラミスちゃんのお仕事に興味津々な目ですねー? わかります、ティラミスちゃんは視線に敏感な体質なのですぐにわかります。視線を感じると蒸れますので」
「蒸れられても困るんですが、興味が全くないと言えば嘘になりますね。何やってるんです?」
「聞いて驚いて下さい! ティラミスちゃん今、キャンドル職人なのです実は!」

 キャンドル職人――――植物性の蝋と綿糸を材料に様々なデザインのキャンドルを作る職人のことだ。
 型を取るための容器や蝋を溶かすための環境さえあれば、作ること自体はそう難しくない。

 ただし、専門職とするには当然ながら相応の技術が必要。
 元王女でまだ十代半ばのティラミスにそんな特技があるとは到底思えず、ユグドは暫らく思案し――――

「……キャンドルに火を点ける係?」
「その通りです!」

 全然職人じゃないという結論に到ったが、いちいち否定するのも面倒なので言及は控えた。

「それはともかく、なんでまたマニャンに? ついに22の遺産を見つけて、式典に出席する予定の皇帝に直談判するとか?」

 現在、メンディエタは魔王と名乗る何者かに乗っ取られているという。
 その魔王を退治して貰う為、ラレイナ親子とその侍女ノア=アルカディアは22の遺産を探し求め、世界各国を彷徨っていた。
 以前、ユグドが彼女たちと遭遇した際には遺産を見つけることが出来なかったが――――

「あら、うふふ。カスりもしていませんわ」

 今も見つかっていない様子。
 なら何しに来たんだと怒鳴ろうとしたユグドだったが、余りにもティラミスの目がキラキラしていたのでツッコむ気力すら失い、大きく溜息を吐いた。

「……ちなみに、御両親やノアさんは?」
「お父様はお城の周辺で芝刈りに、お母様は近辺の川で洗濯しに行っています。ちょうど路銀が尽きたので、この機会にお仕事をすることになったのです」
「苦労してるなあ……元王家」
「でもでも、お給料がいいので助かります」

 凄惨な境遇でありながら、このティラミスがそうであるように、ラレイナ家には悲壮さがまるでない。
 それは一つの強さだ。
 尤も、単に楽観的かつ脳天気なだけという可能性が高いのだが。

「ノアちゃんはお城の警備を任されたんですよ。威圧感のある格好が評価されたらしくて」
「威圧感……」

 ユグドはかつて髑髏の仮面姿で対峙した女性を思い出し、思わず涙が出そうになった。
 斜陽の王家の悲哀を一身に背負うその姿には同情を禁じ得ない。

「……ノアさんに『そのうち良いことあるって』とお伝え下さい」
「わっかりましたー! ではではティラミスちゃん、お仕事あるので失礼しまーす!」

 ぴゅー、という音が聞こえてきそうな全力疾走でティラミスは休憩室を出て行った。
 世界的な規模の式典となると、色んな人間が集う。
 あらためてそれを思い知った一幕だった。

「今の……誰?」

 枝毛を処理し終えたのか、スィスチが訝しげに問う。
 復帰したばかりの彼女にとってティラミスは初見の筈だが、一切干渉してこなかったのは『関わるべきではない』という判断だったのだろう。
 ある意味、正しいと言える。

「ただの元王女ですよ。それじゃオレ、ウンデカさんの様子を見てきますんで」
「ええ。こっちは任せといて……って、元王女!? ちょっとユグ坊! 元王女にあんな接し方……!」

 背後で騒ぐスィスチを無視し、ユグドは休憩室をあとにした。
 その足で次に向かったのは――――地下。
 レヴォルツィオン城の地下迷宮だ。

 この城はマニャンが中立国家となる遙か昔に建造された為、襲撃から守る様々な工夫が施されている。
 通常の城が持つ防衛施設は、城壁や土塁、堀といった城周辺の防衛力を高めるものが一般的だが、このレヴォルツィオン城はそれらに加え、城内に地下迷宮を構えている。

 地下にある迷宮でどうやって城を守るのか。
 その答えは、城門の構造にある。

 このレヴォルツィオン城には堀を渡るための跳ね橋が設置されており、その跳ね橋を渡ると城門がある。
 危機が迫れば跳ね橋が引き上げられ、遮断壁となって城門を塞ぐというオーソドックスな造りだ。

 跳ね橋が上がると城への侵入は困難となるが、同時に完全な籠城状態となり、城内の人間の出入りもできなくなる。
 援軍が期待できる状況ならいいが、そうでない場合はただの延命措置にしかならない。
 そこで、レヴォルツィオン城は地下から脱出する為の王族専用の隠し通路として地下迷宮を構えた。

 迷宮であっても、道順を知っていれば脱出は可能。
 逆に侵入者は城への隠し通路への入り口を発見できたとしても、複雑に入り組んだ通路となっている為、易々と城内への侵入はできない。
 しかも、迷宮には落とし穴などの罠が到る所に設置されており、単に脱出口というだけではなく、侵入者をおびき寄せ仕留める役割も担っている。
  
 尤も、中立国家となり侵入者など皆無となった現在、この迷宮は過去の遺物となり、今は一般公開も行われている。
 そんな地下迷宮に22の遺産の一つが眠っている――――そう訴えているのが、依頼主の少年、冒険者クーだ。

 依頼書に記してあった年齢は16。
 傭兵や商人などと比較し、10代がかなり多い冒険者としては特別若い訳ではない。
 ただ、アクシス・ムンディの依頼人としては異例の若さといえる。
 
「だからァ、こんな場所にお宝なんて眠ってないのよォ。宝物庫じゃあるまいしィ」
「ぜ、絶対あるんだよっ! だからちゃんと見張っててよ!」

 ユグドが小一時間かけて辿り着いた地下迷宮のほぼ中心部、外部と城内の出入り口の中間地点にある部屋の一室で、ウンデカとクーの言い合いが繰り広げられていた。
 この地下迷宮、通路だけでなく実に数多くの部屋が存在している。
 当然そこには罠が仕掛けられており、侵入者を攪乱させる為のダミーでもある訳だが、とうにその役割を終えたにも拘わらず、今日も悲鳴があがっているようだ。

「あ、ユグドォォォ! ちょっと聞いてよォォ! この子おトイレにも行かせてくれないのよォォ! もうサイテェェェ」
「だ、だって、トイレに行ってる間に同業者が来て先に遺産を取られるかもしれないよっ! その時はオカマさんが通路を塞いでくれないと!」
「ワタシ壁ェェェ!? ひっどォォォい! オカマ差別よォォォ!」

 がなりたてる二人の声の音量にユグドは顔をしかめつつ、扉を開けたままにしている出入り口を通過し、クーの方に歩み寄った。

「トイレには行かせてやって下さい。幸い、この辺りに人の気配はないですから」

 ユグドが気配を察知する能力など持ち合わせる筈もないが、嘘であることを微塵も感じさせない堂々とした態度に気後れしたらしく、クーは渋々頷いた。
 それとほぼ同時にウンデカが凄まじい勢いで部屋から出て行く。
 尤も、迷宮だけに城のトイレに辿り着くまで相当な時間がかかると推察され、間に合う可能性は低そうだが――――

「随分と熱心なんですね」

 そんなウンデカの苦難を特に憂うでもなく、ユグドはクーに話しかけた。
 
「そ、そりゃそうだよ。22の遺産を見つけられなきゃ、死んでも死にきれないんだから」
「どうしてそこまで22の遺産に拘るんですか?」

 依頼書に遺産を手にしたい理由は明記されていなかった。
 護衛する上で必要でない限り、敢えて聞く事はしないのが依頼を受ける側の礼儀ではあるが、その執着ぶりは何処か常軌を逸した感すらあり、立場上聞かざるを得ない。
 そんな背景を有したユグドの問いに、クーは暫く口を噤み、そして――――

「なんというか……冒険者としての意地っていうか……ある意味、形見みたいなものだから」
「形見? 親か何かの?」
「うーん。一応、身内……みたいなものかな」

『みたいなもの』が多いものの、勿体ぶるというより本当に言えない事情があるかのような険しい顔でクーはそう答えた。
 となれば、これ以上の詮索はマナー違反。
 ユグドは話題を変えることにした。

「そういえば、ラシルさんがいないですね。銀髪の女性、ここに来てたと思うんですけど」
「え? 知らないよ? ここにはあのオカマさん以外誰も来てない」
「……?」

 意外なクーの返答に、ユグドは思わず眉をひそめる。
 確かにラシルにはここへ行くようお願いしていた筈だが――――

「なんか用事でもできたのかな」
「お偉いさんにでも捕まったんじゃないのォ? 龍騎士なんて世界的にも珍しいからァ、話を聞こうとする人多いと思うわよォ」

 地響きにも似た足音と共に、ウンデカが戻ってきた。
 城のトイレと往復するには、余りにも早い帰還。
 とはいえ、それを指摘するだけの度量はユグドにはなかった。

 それはともかく――――ウンデカの見解は当を得たものといえる。
 ラシルが実は齢500を越える人外の存在と知る人間はそう多くはないが、各国の王家のように代々接する機会が多い人々に関してはほぼ把握している。
 式典の為に集まった王家の人間が、世界の生き字引、歴史の証人である彼女の話を聞こうとするのは自然な行為だ。

「そうかもしれませんね。それじゃウンデカさん、後は頼みます。他の依頼先にも顔を出しておかないと」
「ユグドも大変ねェ。毎日このお城とか森の中とか行ったり来たりでキツいでしょォ?」
「戦闘面では何の貢献もできませんからね。やれることで頑張らないと」

 そう苦笑し踵を返したユグドの目に、クーの何処か思い詰めたような顔が映る。
 誰の形見かは不明だが、彼にとって22の遺産はよほど大事な物なのだろう。
 或いは、彼自身がドラウプニル教団の忘れ形見なのかもしれない――――と思いつつも、依頼主の素性を暴くような真似ができる筈もなく、ユグドはクーから視線を外し、部屋を出た。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 刹那――――地下内に響きわたる女声。
 思わず耳を塞いだユグドに、その声の主が体当たりしそうな勢いで駆け寄ってくる。
 だが実際に体当たりすることはなく、ユグドの目の前でピタッと止まり、胸ぐらを掴んできた。

「最近、地下に潜る不審者が出没してるって話を聞いて警戒してたんだけど……まさか貴方が犯人だったなんてね。運命って残酷」

 遠い目をしながらそう呟く、革製の鎧に銀色の胸当てを重ね着したその女性にユグドは見覚えがあった。
 しかも、かなり印象に残っている人物だった。

「取り敢えず、この手離してくれませんか……ノアさん」

 ノア=アルカディア。
 メンディエタの元王家の侍女として、今もティラミスたちを支える勇ましい女性だ。

 ユグドとノアが出会ったのは、僅か半月ほど前のこと。
 初対面時は髑髏の仮面を被って威圧してきた彼女だったが、今は素顔を晒している。
 長い黒髪も整った双眸も以前と全く同じ。

 ついでに――――

「ふふふ……でもね、私は前に進まないといけないの。お世話になったことのある相手をずっしゃずっしゃと切り刻んででも……ふふふふ」

 妙に猟奇的なところも変わっていなかった。

「さあ、覚悟なさいシャハト! お城を守るのが私の役目! 貴方の首を差し出して私は手柄を得るのよ! 覚――――」
「ユグドォ、なんの騒ぎィィィ?」

 流石に部屋まで声が届いたらしく、ウンデカが地鳴りにも似た足音と共に現れる。

「……ユグド? それ誰?」
「キャアァァァ! 敵襲よォォォ! イヤァァァ!」

 そして、混乱するノアに向かって鉄拳一閃!

「ちょっ……!」

 しかしノアも只者ではない。
 瞬間的に危機を察し、ユグドから手を離して両手でウンデカの拳を防――――

「……へ?」

 ――――いだものの、体重差は如何ともし難く。
 遥か後方へ吹っ飛ばされ、壁に激突。

「う……嘘おおおおおおおおおおおおおおお!?」

 ゴスッ、という擬音と共に、ノアはずるずると床へ沈んでいく。

「フーッ、フーッ……フゥゥゥゥ」

 鼻息荒く残心をとるウンデカと気絶状態のノアを交互に見つつ、ユグドは大きな溜息を吐いた。












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