宗教国家ベルカンプ。
 数多の宗教が集い、凄まじい勧誘合戦が繰り広げられるその国も、流石に郊外となれば閑静な空間が広がっている。
 旅立ちの場所には相応しい、しんみりした空気。

 眩しい朝陽も、鮮やかな夕陽もない、ごくありふれた空の下――――

「大変お世話になりました! ありがとうございました!」

 旅支度を終え、守人の家へ帰ろうとしていたアクシス・ムンディの面々を待っていたのは、満面の笑みと共にヘコヘコと頭を下げるティラミス王女の感謝の言葉だった。
 ここまで腰の低い王族も珍しい。
 ユグドたちは少し狼狽えながら、ティラミスに頭を上げるよう促していた。
 
「それで、これからどうするつもりなんですか?」

「ええと……明日は明日の崖から落つ、です」

 行き当たりばったりの暴走王女に聞いても仕方がない質問。
 ユグドは 視線を部下二人に囲まれたノアへと向ける。

「……他の22の遺産を探すつもりよ。あの教祖、コレにしか興味がなかったらしいから、他の遺産は全く集めてなかったみたい」

 そのノアの首には、女神の首飾りブリーシンガメンが戻っていた。
 幸い、外してしまってもまた直ぐ身につければ問題ないらしい。
 髑髏の仮面はしていないが、それ以外は初めて出会った時の装備に戻っていた。

 奇妙な縁で出会った、元メンディエタの侍女――――ノア=アルカディア。
 彼女が女性なのか、それとも本来は男性なのか、それはユグドに知る術はないし、本人にすらわからない。

 何より、彼女がこれからどんな人生を送るのか、ユグドには想像すらつかない。
 子を産めば、その時点で人生のカウントダウンが始まる。
 ユグドとは縁遠い生き方だ。

 何故なら、ユグドは武器屋を継ぐ事なく家を出たからだ。
 それは本人も納得済みだし、両親も承知している――――そう思っていた。
 だがノアの家に対する忠誠心、運命を正面から受け止める生き様を見ていると、自分の生き方が正しいのかどうかわからなくなってくる。

「そうですか。上手くいくといいですね」

 だから、ユグドはそう話すに留まった。
 これ以上ノアに関わって、心を乱されないように。
 その為『自分がノーヴェに話をつけて魔王討伐して貰おうか?』という提案は敢えて控えることにした。

「……ん」

 ノアも或いは似た心境だったのかもしれない。

 彼女は侍女として、相当優秀な部類に入る。
 もしメンディエタが魔王の手に堕ちず、ずっと王宮内で働いていれば、歴代のアルカディア家の侍女を超える存在になった可能性もある。

 そんなノアが立てた計画を、ユグドは全て読み切った。
 ノアにとってはショックだったはずだ。
 同世代の人間に、自分の思考が見抜かれていたという事実が。

「……」
「……」

 微妙な空気が漂う中――――

「ま、なんかあったらアクシス・ムンディを頼ってくれよぉー。力になるからよぉー」

 その空気を無視し、シャハトが陽気に笑う。
 それはそれで重要な能力ではあった。
 実際、雰囲気が軽くなったのは確かだ。

「ん、ありがと。じゃ、そろそろ行くね」
 
 微かに寂しげな顔を覗かせ、ノアが告げる。
 ユグドは小さく頷き、ティラミスに目を向ける。
 
「王女様もお元気で」

「はい! ティラミスちゃんから元気を取ったらなんにも残りませんから!」

 自覚はあるらしい。
 ユグドは少し感心しつつ、今度はノアの両隣の部下に向かって――――

「お二方も、余り娘さんを甘やかさないよう」

 ――――そう進言。
 同時にノアが引きつった顔で身体をブルッと震わせ、そして崩れ落ちた。

「うっそ……これだけは絶対バレてないって思ったのに……」

 それは、ノアにとって最後の優越感が消失した瞬間だった。
 ユグドが話しかけた、ノアの部下は実際には部下ではなく――――

「……どの辺りで気づいたのかね?」

「確信したのは、勧誘係が貴方がたの身内だという推論の裏が取れた時です。エクスカリバルとか名乗ってたあの勧誘の人、ティラミス王女の父親にしては若すぎましたから。それに、わざわざ王様と王妃様本人が、しかも二人揃って潜入する意味はありません。潜入者の身の安全を考えてとのことでしたけど、部下の誰かが身分を装えば済む話です」

「確かにな。ノアよ、最後までやられたな、この少年に」

 そう爽やかに笑いフードを脱いだその男性は、ティラミスとは似ても似つかない、しかしそのティラミスの男親であるラレイナ王――――元メンディエタ王だった。

「あらあら。せっかく最後までノアちゃんに敬語使って頑張ったのにねえ〜」

 今度は女性の部下あらため、ラレイナ王妃がフードを脱ぐ。
 こちらはティラミスに良く似た、童顔かつ美しい銀髪の女性だった。

「いや、私は本当に自分で潜入したかったのだが、ノアに止められてしまってな。どうしても行くと言ったら往復ビンタされてしまったよ。はっはっは」

「ノアちゃん、容赦ないから……お母様のフライヤだってもう少し遠慮があったのよ〜」

「両陛下がもっとしっかりしてたら、私も楽ができるんですけどね……」

 侍女とは思えないノアの発言と、それに対しただただ笑う王家の人々。
 ユグドだけでなく、その場の全員が確信した。
 そりゃ滅ぼされるわメンディエタ――――と。

「本当に君には世話になった。私が国王に返り咲いた暁には、君を大臣として雇いたいものだ」

「それより、アクシス・ムンディを直属の護衛にして下さいよ。その頃には、世界一の護衛組織になっていますんで」

「こやつめ、ははは」

 何故かユグドは元メンディエタ王に気に入られてしまった。
 このことが、今後のユグドの人生を大きく変える要因となるのだが――――それはまた、別の話。

「では、これにて失礼致す。ゆくぞ、新たな土地へ。22の遺産を求めに」

「ええ、あなた。ではごめんあそばせ」

「お父様、カッコいいです! ティラミスちゃん蒸れます! 皆さん、ばいばーい!」

 王族の三人がマイペースに別れを告げ、足早に去って行く。
 ノアも無言でその後を追っていった。

 残されたアクシス・ムンディの面々、そして――――

「……」

 終始無言だったラシルに背を向けて。

「どうかしましたか? なんかずっと呆けてますけど」

 呼びかけるユグドに対してもラシルは顔を向けず、一点だけをジッと眺めていた。
 視線の先にあるのは、ノアの左腕。
 正確には、そこに装着されているアームブレイドだった。

「あの武器、どこかで見たことがあるのじゃが……思い出せん。22の遺産ではないようじゃが」

「仕方ないですよ。思い出の殆どが化石みたいなものですし」

「やかましいわっ! そこまでモウロクしとらん、失礼な!」

 殺気立った顔を見せつつも、ラシルは直ぐにノアへと視線を戻した。
 よほど気になるらしい。

「あのオナゴとは、また縁がありそうな気がするのじゃ」

「不吉なことを言わないで下さいよ」

「ん? 貴様、あのオナゴを気に入っておったろう? 顔に出ておったぞ」

「そんなバカな」

 ラシルの冷やかしはに、ユグドは終始半笑い。
 そんなユグドの背中に、シャハトが寄りかかってくる。
 
「ったくよぉー。お前はいいよなぁー。女っ気があってよぉー。俺様、最近ちっとも縁がないんだよぉー」

「リーダー、失礼っしょ! あーしたちがいるっしょ!」
「チトルも立派なレディなのですよれでー!」
「ユイだってメスの匂いプンプンだにゃん!」
「……ノーコメント」

 セスナ、チトル、ユイ、トゥエンティのブーイングもどこ吹く風。
 割と深刻にシャハトは落ち込んでいた。
 助言できるとすれば――――

「オレが思うに、一人称を俺様にしてる時点でダメだと思いますよ。もしかしてそれって、ノーヴェさんの真似なんですか?」

「ち、違うよぉー! ち、ち、違うよぉー!」

 全く語彙が広がらない時点で、図星とわかる反応。
 ユグドをはじめ、アクシス・ムンディの面々が本気でドン引きする中――――

「シャハトーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 そんな大きな声が聞こえてくる。
 澄み渡るような女声――――ノアの声だった。

「やっぱり言っとかないと後悔しそうだから、言っとくーっ!」

 既に遠く離れ小さくなったノアの左腕が大きく左右に揺れ――――

「来てくれて嬉しかったーっ! ありがとーーっ! また会おうねーーーっ!」

 ティラミスにも劣らない満面の笑みでそう捲し立て、直ぐに振り向き走り去って行く。 
 これまでのような目つきの悪さはなく、恥ずかしさで頬を赤らめた顔は可憐さばかりが目立っていた。
 作戦遂行、王女の救出の為に腐心していた結果、切羽詰まってギラギラした目になっていたのだろう。

 そんなノアの最後の言葉に――――

「……また会おうねだってよぉー。あんな可愛いコがテレテレで俺様に……くぅーっ! ホレたぜちくしょぉーーーー! ついに俺様に春が来たよぉー! 人生の春がよぉー!」

 シャハトは感涙しながら、もう見えなくなったノアの姿を追い全力で両の手を振っていた。

「お、おかしいっしょ。シャハトが女にモテるなんて怪奇現象っしょ。そもそもシャハトとあの女、絡み全くなかったっしょ?」

「バーカぁー! 俺様があのコにかけた優しい言葉、思い出せよぉー! アレが利いたんだよぉー! やっぱ男は優しさだよなぁー!」

「……し、信じられないにゃん。あんなありきたりのおべっかで……」

 有頂天のシャハト。
 帰った故郷が焼け野が原だったかのような、人生最大のショックを受けている顔のセスナとユイ。
 
 そんな三人の後ろで、ユグドは思案顔で暫く俯き、そして――――自分の過去の行いを思い出すのだった。

 


「……あ」

 


 これは、そんなすれ違う協奏曲。










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