あれから――――

「ユグドよぉー。お前はホント酷ぇヤツだよなぁー。あれから俺様がどんだけぇー苦労したかわかってんのかぁー? ウンデカの野郎、酒場で酔って案の定暴れまくりやがって……マスター泣いてたんだぞぉー。もし次に暴れ出す客がいたら全力で殴り殺すとか言ってよぉー」

 ユグドは中立国家マニャンにある拠点『守人の家』へと無事に帰還し、一週間が経過した。
 会議室内では未だに当時のことを根に持つシャハトの愚痴が続いているが、ユグドの頭の中は別件で埋められていた。

 ノアたちがその後どうなったのか、ユグドは知らない。
 交渉終了後もベルカンプに留まって顛末を見届けることもできたが、ユグドにはユグドの目的があり、生活がある。
 あの場面で区切りを付けたことに後悔はない。

 それでも気に留めている理由は――――

「ウンデカさん」

「あらァん、ユグドちゃんから話しかけてくるなんて珍しいわァ。なァに?」

「ウンデカさんは、生きてて辛くないですか?」

「いやァァァん!? し・ん・ら・つーーーーーーーーッ!」

 何か誤解があったらしく、ウンデカは大声で泣き出した。
 ユグドが聞きたかったのは、性別のハッキリしない人生が辛くないか、という点だ。

 ノア=アルカディアは、生まれながらにその宿命を背負っていた。
 自分の本当の性別がわからないまま生きるのを想像すると、ユグドはまるで海の底に沈んだ時のように息苦しくなった。

 女性として生きていても、本当に自分が女性なのかと疑わなければならない場面は幾らでもあるだろう。
 例えば、恋愛。
 彼女は果たして男を好きになれるのだろうか。

 しかも彼女は『王族の侍女』という存在意義を失っている。
 相当に辛い立場だ。
 助けてやりたい――――そんな気持ちが芽生えたからこそ、ほぼ無報酬と覚悟しつつ手助けをした。

 勿論、将来的に交渉の報酬が得られればそれに越した事はない。
 メンディエタが復興し、ラレイナ家が王族として返り咲いてくれれば、アクシス・ムンディの名はルンメニゲ大陸西部を中心に、一気に広まるだろう。

 だがそれは、22の遺産を道端で拾うくらいの確率。
 期待する方が愚かというものだ。

「ユグドさんにお客さんですよゆぐー」

 鎧っ娘チトルが、忙しない擬音と共に入室してきた。
 先日『武器万博』護衛の際に負った傷が癒え、ようやく戦線復帰したばかり。
 クワトロはもうしばらくかかるようだ。

「お客? オレに?」

「あちらさんからですあちー」

 チトルはぎっちょん、と天井を指差す。
 空からの来訪者である証だ。
 そしてそれを可能とする人物は一人しかいない。

「お邪魔するぞ」

 会議室の窓から、龍騎士ラシル=リントヴルムがヒョイッと中へ入ってきた。

「行儀の悪い……」

「お邪魔させて頂きます! とおっ!」

 眉間に親指を当てて嘆くユグドを無視するように、ラシルの背後からもう一人飛び込んでくる!
 だが跳躍力が足りず、足が窓の桟にガッ、と引っかかり――――

「へぼっ!?」

 顔面から着地したのは、ユグドより年下と思われる女の子。
 涙をダーッと流しつつゆっくりと上がったその顔は、見ている方が居たたまれなくなるほど悲しみに満ちていた。

「あうう……こっ、これしきでは挫けません!」

 かと思えば、眉尻を吊り上げて歯を食いしばり、勇ましく立ち上がる。

「あら、うふふ。ごめんあそばせ。失礼致しました」

 そして直ぐさま、快活な笑顔。
 明るく人懐っこいその顔は、五年後の美貌を保証するかのように光り輝いていた。

 髪はラシルと同じく銀髪。
 ただしこちらはショートカットで、より無邪気さが強調されている。
 そんな女の子を、ラシルは困ったような顔で――――

「リュートと巡回中、ベルカンプの荒野で暴れ馬に乗るオナゴを見かけてな。明らかに乗りこなせていなかったから、空からヒョイッと拾い上げてやったのじゃ」

 そう紹介した。
 ラシルは彼女の素性を知らないらしい。

「ここへ連れてくるよう頼まれての。知り合いか?」

「いえ、初対面ですが……」

 強打した顔面を抑えながら笑っているその少女は、戸惑うユグドに対し――――

「ティラミス=ラレイナと申します」

 なんとなく、予想していた通りの自己紹介をしてきた。

「おいおい、ユグドよぉー。お前こんな小さい子に粉かけるために俺様の誘いを断わったのかよぉー。お前も隅に置けねぇーなぁー」

 かなり心外なシャハトの邪推に血管を浮かび上がらせつつも、ユグドは冷静に彼女の身分を紹介した。

「……傭兵国家メンディエタの王女です。いや、元王女と言うべきでしょうか。国を奪われ亡命中の身らしいので」

 結果――――当然のように会議室内の空気がピシッと固まる。
 王家の血を引く人間の来訪はノーヴェやパール、フェムなど最近妙に多いが、だからといって慣れるものでもない。

「ユグド……王家の知り合い多いっしょ。小者の分際で」
「実は高貴な血を引いてる……ワケにゃいか。ユグドっちだしにゃー」

 驚愕しつつも悪態を吐くセスナとユイは無視し、ユグドはラシルに目を向けた。
 こちらは特に驚いた様子はない。
 流石500年以上も生きているだけはある――――という言葉は喉元で強引に押さえ付けた。

「ま、何者であろうと妾には関係ないのじゃ。腹を空かせてるらしいので、何か食べさせてやってくれんか?」

「はあ……」

 今度は王女に顔を向けてみる。
 ティラミスはそれまでの朗らかな笑顔から一転、キリッとした真顔になり――――

「ティラミスちゃん、もう二日ほど何も食べてないのです。何でも美味しく食べられます! ちなみにフルーツが大好物です!」

 腹の虫をグーグー鳴らしながら、割と具体的に懇願してきた。

 


「……事情は大体わかりました」

 一時間後。
『守人の家』に保管してあった果実類を殆ど平らげてご満悦のティラミスから話を聞き終え、ユグドはゆっくり立ち上がった。

 八日前――――ティラミスは計画に協力するため、侍女ノアの制止も聞かず飛び出した。
 だが、伝達係となるはずの勧誘の姿は何処にもない。
 そもそも、宗教名すら聞いていないことに気づき、ティラミスは立ち止まる。

 直後、何者かに拉致された。

 ムリヤリ目隠しされ、運ばれた先は『慎ま乳教団』の本部、慎ま乳神殿。
 誰に攫われたのかは結局わからずじまいだったが、結果としてティラミスは両親との再会を果たす。

 なお、その際の両親、再会できた感激の余り声も出なかったらしい。
 終始俯いていたのは、涙を隠すため――――とはティラミスの弁。
 真実かどうかは怪しいところだ。

 それはともかく、拉致されてからのティラミスとその両親の待遇は良好だった。
 ここまではユグドの読み通り。
 王家の血を引く人間を匿っておけば、何かとおいしい思いができるという狙いがあったのだろう。

 しかしここから先は誤算だった。
 ユグドにとっても、教団の教祖であるグライムにとっても誤算だったと言えるだろう。

 なんと――――

「一応、確認ですけど……王女、貴女が教徒から絶大な支持を得てチヤホヤされたって話、本当ですか? 話、盛ってませんか?」

「盛ってませんよう! ティラミスちゃん、みんなのアイドルになったんですから! プンプン!」

 ユグドは猜疑に満ちた目でティラミスの胸部を眺める。

「……確かに盛ってないみたいですが」

「おい。何処を見ておる」

 ユグドの後頭部をジト目のラシルがはたいた。

「ティラミスちゃん、あんなにワーキャー言われたの久々だったので、思わず蒸れちゃいました。あの時を思い出すとまた蒸れます。うふー」

 ティラミスは火照った顔でホクホクしていた。

「でも、そんなティラミスちゃんの天下は三日しか持たなかったのです。あの髑髏の人が現れて……はうう、無念」

 なんでも、新たに現れた髑髏の仮面を被った女性が一瞬にして教徒の心を鷲掴みし、ティラミスはまたも没落したらしい。
 あれだけチヤホヤされていたのに見向きもされなくなり、ティラミスは再度居場所を失った。
 そして傷心の余り、脱走。

「……自力で脱走してきたのか」

 意外とユルユルな慎ま乳教団の守りに、ユグドは頭痛を禁じ得なかった。

「でもでも、その後の身の危険とかが心配なので、国際護衛協会というここにお世話になろうと思いまして。国際というくらいですし、外国人を受け入れてくれるかと!」

「その途中、妾が拾ったという訳じゃな」

 ふむふむ、と納得するラシルを余所に、ユグドは半眼でため息を吐いた。
 暴走王女の名は伊達ではない。
 結果的にティラミスの行動は事態をややこしくしただけだった。

「っていうか、両親を置いて自分だけ脱走してどうするんですか」

「はうっ!? そういえばそうでした! ティラミスちゃんうっかり」

 本気でうっかりしていたのか、ティラミスは衝撃の余りジタバタし始めた。
 そんな彼女の足元に、ヒラヒラと折り畳まれた紙が舞い落ちる。
 紙は高級品だが、元王族が所持しているのなら不思議ではないと思いつつ、ユグドはそれを拾い上げ広げてみた。

『中立国家マニャンの国際護衛協会アクシス・ムンディを訪ねる』

 紙にはヴィエルコウッド語でそう記してあった。

「ここへ連れてくる前、王女がその紙を妾に見せて来たのじゃ」

 ユグドの拾った紙を眺めつつ、ラシルがそう説明してくる。

「メンディエタ出身とのこと、恐らくヴィエルコウッド語がしっかり通じるか不安だったのじゃろう。あらかじめ目的地を紙に書いていたようじゃの」

「あらかじめ……ですか」

 そのラシルの言葉で、ユグドは全てを悟った。
 同時に、ノアの顔を思い出す。

 教団のシンボルとなり、潜伏しやすい環境を整えるよう発案したのはユグド。
 流石に悪いことをしたという罪悪感から、バツの悪い顔で頬を掻く。

『自業自得』という言葉が頭の中に色濃く浮かんできた。

 果たして、このまま放置しておいていいものか――――

「話は何となく見えてきたが……どうするのじゃ? このまま見て見ぬフリはできまい」

 ラシルもそう促してくる。
 実際、アクシス・ムンディの悪評に繋がりかねない事態なので、放置は許されない。
 ノアは今、アクシス・ムンディの一員という体で教団に潜入しているのだから。

「ティラミスちゃんからもお願いなのです。お父様とお母様をお助け下さいまし。ついでにあの憎っくき髑髏の人を踏んづけて下さいまし」

 ティラミスは髑髏の仮面を被った女性の正体に気付いていない様子。
 ユグドはあらためて、ノアへの同情を自覚した。

「仕方ない……アクシス・ムンディ所属の隊員全員に告げます。緊急事態の発令です」

 イマイチ話が見えず、首を傾げてばかりの隊員たちに向け、ユグドは――――

「これからオレたちは、アクシス・ムンディの名誉を守る為に宗教国家ベルカンプへ向かいます。作戦名は……『邪教死すべし』」

 嘆息混じりに、しかし凛然とそう告げた。









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