その後――――程なくして、展示場へと着く。
 スキーズブラズニルは世界有数の旅客船らしく、実際かなり大きな船で、展示場として明日開放される予定の部屋も、美術家の個展会場程度の広さがある。
 そこに展示されている武具は、確かに珍しい物ばかりだった。

「ほう……これがかの有名な"炎の槍"ブリューナクか。500年以上生きてきたが、一度も見たことのない槍も幾つかあるのう。長生きはしてみるものじゃ」

 冷静な口振りとは裏腹に、ラシルはかなり昂揚しているらしく、ユグドを放置し食い入るように展示品を見回っていた。

 一方、ユグドも興奮を抑えきれない。
 実家が武器屋とはいえ、扱う武器は一般市場に出回っている平凡な物が殆ど。
 珍しい武器との出会いは、武器を扱う人間にとって至福の一時だ。

 とはいえ、今は仕事が第一。
 稀少武器に見惚れるのは後回しにして、どこにどんな武器があるかを確認し、配置を記憶していく。
 
「ちょっと、そこのあなた。ここには22の遺産はありませんの?」

 そんな作業の途中、ユグドは突然強い口調の女声に引き留められた。
 振り向くと、そこには――――

「もー、もー、もー! フェムちゃん、そんな失礼な聞き方ダメ! このおバカさん!」

「バカですって!? この美術国家ローバのプリンセス、フェム=リンセスに対してバカなんていうのはこの口ですこと!?」

「痛いよ、痛いよ、痛いよ! フェムちゃんごめん〜」

 二人の少女がいた。

 フェムと名乗っていた方は、髪を緑色に染め上げたかなり奇抜な外見。
 それを両サイドでお団子結びにして、尻尾を二つ作っているため、幼い印象を受けるが、顔立ちは可愛いというより美人だ。

 身長はラシルよりは低いものの、ユグドと同年代の女性よりは高く、全体的にかなり細身。
 露出の多い服を着ているため、素肌を露わにしている部分が多めだが、余り性的な印象は与えない。

 もう一人の方は、栗色の髪を肩まで伸ばした幼げな顔立ち。
 体型は身長、胸、共に貧相。

 そこまでは普通だが――――問題なのはその服装。
 顔と手足、そしてお腹を除く全身を赤と黒の細長い布でグルグル巻きにしている。
 ミイラ女という言葉が相応しいかどうかはともかく、そのような言葉が想起されるような格好だ。

 顔や声の印象から、共に年齢はユグドと同じくらいと予想される。

「あの……」

「あ、あら。失礼致しましたわ。確かに先程の質問は少々居丈高でした。失礼をお詫びしますわ。この通り」

 フェムと名乗っていた少女は、何故か謝罪の意を唱えながら舞を踊り始めた。
 軽やかなステップとしなやかさから名のある踊り子のように見えるが、先程説明口調で語っていた肩書きによると、美術国家ローバの姫君らしい。
 実際、この稀少武器コーナーに足を運べるのは、高貴な身分の人物のみなので偽称とは思えず、ユグドは混乱しつつ眉間を指で揉んだ。

「どうかしら? 我がリンセス家に代々伝わる『謝罪の舞』。奥ゆかしい謙虚さが随所に現れてなくて?」

「そ、そうですね……手の角度とか、そんな感じです」

「よくってよ! よくってよ! おーっほっほっほ!」

 適当に話を合わせたユグドに対し、フェムはお姫様らしく手首を曲げた右手を口元にあてがい、高らかに笑った。
 そんなフェムを隣で困った顔をしていた女性の視線が、不意にユグドと合う。
 するとビクッと身体を震わせ、慌ててヘコヘコとお辞儀してきた。

「はっ、初めまして! 私、私、私、パール=チャロアイト、そう言います!」

「この子はシーマンの王女でしてよ」

 シーマンとは、ルンメニゲ大陸の北西にある島国で、『商人国家シーマン』と呼ばれることが多い。
 その冠の通り商人が非常に多く、貿易国家として知られている。
 島国なのでルンメニゲ大陸内の国家ではなく、ルンメニゲ連合には加入していないが、他国との交易は盛んで、ルンメニゲ大陸の国とも船を使った貿易を積極的に行っており、造船に関しても世界有数の技術を誇る。
 
 この国の歴史は割と浅く、国が建ってからまだ1000年と経っていない。
 シーマンとなる前、その島には先住民が住んでいたが、ルンメニゲ大陸の豪商が船で移動中に遭難し、偶々この島を発見したことで状況が一変。
 豪商は先住民を追い出し、そこに新たな国を建てた。

 そういった歴史的背景もあって、商人国家と呼ばれているという説もある。

 ユグドも一度だけ足を運んだことがあるが、世界各国の人々が集まる国なので、伝説国家ブランと同じく異国情緒溢れる街並みとなっており、中々活気に溢れていた。
 その一方で、観光客を狙う山賊、海賊が多いらしく、悩みの種となっているようだ。

「王族同士、年が近いから仲良くしてあげているの」

「してあげてるって……フェムちゃん、ヒドいよヒドいよヒドイよ〜!」

「おーっほっほっほ!」

 じゃれ合う二人の王女をしばらく眺めていたユグドは、女性はこうあるべきとあらためて実感した。

 何しろ、ラシルにしろアクシス・ムンディの女性陣にしろ、ユグドの近くにいる女性は揃いも揃って曲者だらけ。
 華やかさや朗らかさなど微塵もない。
 見た目の奇抜さは問題だが、王女達の笑顔にはそれを帳消しにするほどの魅力がある。

「ところで……先程の質問、どうなのかしら?」

 一頻り笑い終えたのち、フェムが真顔になってユグドへ再度問いかけてくる。
 22の遺産はここにあるのか、という疑問だ。

「ええと……一応そういう話は聞いてますけど、どれが22の遺産なのかは知らないですね」

「あら、使えませんこと。それなら別の使える人間をよこして下さらない?」

 流石は王女、初対面の相手に対しての傲慢さは当たり前のように持ち合わせている。
 そんな高飛車な言動に対し、一般市民であるユグドの対応は――――

「ご自分でお探しになられては如何でしょう。ただいま、こちらは仕事中なので」

 満面の笑みで、徹底抗戦の姿勢を貫いた。
 アクシス・ムンディを世界一の護衛組織にするという野望がある以上、王族を敵に回すのは御法度だが、同時に無条件でへりくだるのもよろしくない。

 ユグドは世界各国を飛び回っているため、その各国の王の性格についてもある程度は把握している。
 美術国家ローバの王は、芸術を売りにしている国家らしく職人肌の性格。
 ここで王女のワガママを聞かなくてもアクシス・ムンディに支障はない――――そこまで計算していた。

「……は?」

 そんなことを知る由もないフェムは、まさかあからさまに拒否されるとは思ってもいなかったらしく、怒りより驚きが前に出ていた。

「護衛の仕事をしている人間より、主催者側の人間のほうが詳しいでしょう。そちらへお聞き下さい」

「だ、だからその者をここへつれて来なさいと……」

「自分で出来ることは自分でやれ、でございます」

 にっこり顔のまま、にべもなくそう断言するユグドに対し、フェムは明らかにたじろいでいた。

「な、何がどうなってますの? 護衛ということは、あたくし達の身分より遥か格下……それなのに、何故ここまで偉そうに……?」

「フェムちゃんフェムちゃんフェムちゃん、この方の言う通りだよう。自分で出来ることは自分でしなきゃ〜」

 パールと紹介された女の子のほうもユグドの迫力に気圧されているのか、完全に怯えきっている。
 実際には王族が一般人に絡んでいる構図なのだが、傍から見れば生意気そうな少年が可憐な少女達を脅しているように見える状態。
 ユグドは客観的な視点を意識し、これはマズいと思い至った。

「……仕方がない。ラシルさん! ちょっとこっちに!」

「なんじゃ。せっかく名槍ガ・ボーの美しいフォルムを満喫していたというのに」

「そんな大口開けて襲ってきそうな名前の槍はいいですから。彼女たちが展示品の説明を所望しているんで、適当に説明してあげて下さい」

 離れた所から不満そうにテクテク近づいてくるラシルに対し、ユグドは王女二人を指差し一通り状況を伝えた。
 その王女たち、先程まではユグドに怯えビクビクしていたが、ラシルの名をユグドが叫んだあたりから挙動が変化している。
 妙にソワソワしていた。
 
「あ、あの……そちらの方、もしやかの有名な龍騎士ラシル=リントヴルム様……では?」

 そして、ユグドに対しての態度とは正反対に、恐る恐るという表現が似つかわしいほどへりくだった様子でフェムが問う。
 
「うむ。いかにも」

「きゃーーーーーーーーーーーっ! パール聞きました!? あのラシル様ですわよ!」

「うんっ! うんっ! うんっ! あの私達っ、ラシル様の大ファンなんですっ! 握手、握手、握手して貰えますかっ!?」

 500歳を超える超高齢、という事実は知られていない為、見た目まだ少女であるラシルの世間一般の評価は『若くして龍騎士となった天才女性騎士』。
 事実、ユグドもつい先日までそういう認識だった。

 例え王族であろうと、女性ならば憧れを抱く存在。
 二人の喜びようも、決して不自然なものではない。

「やっぱりスゴい人なんですよね……貴女は。命を賭けて守ると誓った俺の目に狂いはなかった」

 とはいえ、目をキラキラ輝かせてラシルの両手に頬ずりする二人を目の当たりにしたユグドは、あらためてラシルの存在の偉大さを再確認した。

「妾に言わせれば、初対面の王族相手に説教する男の方が特異な存在だと思うのじゃがな。どれ、二人ともそろそろ離れてくれぬか」

「はいっ」

 名残惜しそうに、けれどラシルの言葉に従い、二人はパッとラシルの手を放した。
 
「ふむ、二人とも素直でよい子じゃ。聞きたいことがあるのじゃろう。何なりと申せ」

「そ、そんな。ラシル様を召使いのように扱うなど、許されませんわ! 貴女はあたくし達にとって憧れそのものなのです!」

 興奮気味にイヤイヤと首を振るフェムに、ラシルは妙に涼しげな顔で微笑む。
 慕われていることに、かなり気をよくしているらしい。

「気にするでない。そもそも妾は憧憬の存在であるつもりは……」

「22の遺産について聞きたいそうです。ここにあるって話の」

 長くなりそうだったので、ユグドはラシルの話の腰を全力で折った。

「……22の遺産、か」

 若干不満げにしつつも、ラシルは下顎に手を置いて俯き、小さく首を振る。
 ――――左右に。

「生憎、妾の知る範囲の22の遺産はこの展示品の中にはないの。あくまで妾の知る範囲の、じゃが」

「そ、そうなのですか?」

「妾は嘘は言わん」

「嘘吐け。十年前の俺にしれっとヒドい嘘吐いてたでしょうが」

 そんなユグドの指摘を無視し、ラシルは真顔で目を細める。
 その視界には、展示品の数々が映っていた。

「22の遺産を展示するという話は妾も聞いておるが……よくよく考えてみれば、呪いの武具を王族貴族相手においそれと見せるのもどうかと思うのじゃ」

「確かに……」

 ラシルの言うように、もし22の遺産がここにあるならば、王族や貴族が幼少期のユグドのように何らかのトラブルに見舞われる可能性は十分ある。
 その危険性を考慮すれば、展示するのは余りにも無謀だ。
 
「恐らく、事前に見送ったのじゃろう。或いは、最初からその予定で、22の遺産という名前を宣伝に利用し、万博の格を上げる腹づもりだったのかもしれぬがの」

「ありそうな話ですね」

 ラシルの勘ぐりに妙な感心を抱きながらのユグドの肯定に対し、フェムとパールは残念そうに肩を竦めながらも、表情は穏やかだった。
 22の遺産よりラシルに会えたことのほうが、彼女達にとっては有意義だったらしい。

「失望させてしまったかの。ではお詫びに、少し話をしてやるとするのじゃ。お茶でもしながらの」

「本当本当本当ですかっ?」

「うむ。昔話は嫌いではないのでな。ユグドよ、妾はこの子らとお茶をする。貴様は仕事に精を出すのじゃぞ」

「言われるまでもないです」

 機嫌よく王女二人をお持ち帰りしたラシルの背中を目で追いつつ、ユグドは大きくため息を吐いた。
 息を落とした理由は、ひどく明確だ。

 22の遺産は、ここにはない。
 ならば――――

「……どうして、ノーヴェさんは護衛なんて引き受けたんだろうね」

 絶対的な権力と、世界有数の情報収拾能力を誇る帝国ヴィエルコウッドの皇帝が、その事実を知らないはずがない。
 絶対に明日、一悶着ある――――ユグドはそう確信していた。










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