- 1日前 -

「か、海賊だあああああああああああああああっ!」

 そんな叫び声が旅客船スキーズブラズニルの甲板上に響きわたる。
 それとほぼ同時に、甲板の上で待機していたアクシス・ムンディの面々は
 戦闘態勢を整え、各々の武器を構え海上を睨みつけた。
 
 ただし、その視線の先に海賊船はない。

 これは――――模擬戦だ。

 実際に海賊が万博を荒らしに来た場合に備え、陣形や細かい連携をくまなくチェック。
 護衛を行う上ではとても重要な下準備だ。

「クワトロさんとウンデカさんは問題ありません。戦闘力低いリーダーは攪乱役なんで、もっとジタバタして運動量増やして下さい。チトルさんは海に落ちたら一巻の終わりなんで、なるべくハンドレールの近くに近づかないように。あと……トゥエンティさん」

 次々に指示を出すユグドが最後に目を向けたのは、新入りの女性剣士。
 ノーヴェと同じ金髪で、それを後頭部でまとめ背中に垂らしており、髪型だけを見れば可憐な少女のように見える――――が、その目は殺し屋のそれ。
 言葉数が少ないのも、暗殺者を想起させる。

 そんな強面のトゥエンティに対し――――

「貴女は団体行動が致命的に下手ですね。もっと周囲の動きにも目を配って下さい。気が利かな過ぎて海に蹴り落としたくなるレベルです」

 配慮や萎縮など微塵もなく、ユグドは辛辣なダメ出しを続けた。
 その結果。

「なっ……なんでおれが海に落とされなくちゃならねーんだよ! テメ、弱いくせに調子乗ってんじゃねーぞ!?」 

 別に猫を被っていた訳ではないだろうが、トゥエンティは今まで見せたことのない形相でユグドに向かって吠える。
 これが恐らくは彼女の素。
 ただ、ユグドを含む周囲の面々は見た目と一致した為、キレる彼女に対し驚くどころか、一斉に安堵の表情を浮かべた。

「なんなんだよその反応はよ……」

「トゥエンティさんが自分をさらけ出してくれたので、喜んでるんですさらー」

「うむ。我々は運命共同体であるからして、新入りだからといっていつまでも殻に閉じこもっていては困るのでな。善き哉善き哉」

 チトルとクワトロが目尻を下げて笑顔を作るなか、トゥエンティは居心地悪そうにしつつ、満更でもない様子も垣間見えた。
 団体行動が苦手なタイプなのは明らかだが、嫌いという訳ではないらしい。
 そもそも、そうでなければ国際護衛協会に所属しようなどと思わず傭兵にでもなる方が合理的だ。

「なんにしても、新入りだからで許される仕事じゃないですから、ちゃんとやって下さい。今度同じ程度のミスしたら、こん棒で顔面強打の刑ですよ」

「なんでコイツ、弱いくせにこんな強気なんだ? 妙に迫力ありやがるし……」

 ブツブツ言いつつも、トゥエンティはユグドの指示に従い、修正を試みる。
 幸いにも飲み込みは早く、チトルやクワトロとの位置関係の把握や威嚇のタイミングなど、直ぐにユグドの意図を酌み取った。 

「やればできるじゃないですか。一年後には優秀な護衛になれますよ」

「そんなの別に目指してねーよ……」

 ヤブ睨みしながら剣を収めるトゥエンティの顔は、それでも少し嬉しそうだった。

「それじゃ、全体練習はここまでです。あとは各自、体調を整えて明日に挑んで下さい。解散」

 そう宣言したユグドに、クワトロが凛々しい顔つきで近づく。

「ユグドよ。一つ提案なのだが、明日に備え展示物の配置を確認しておくべきなのではないかな? いや、全員とは言わぬ。数人、或いは一人であっても問題ないと思うのだが……」

「わかりました。それじゃ僕が記録しておきます」

「ぬ、ぬう……」 

 ガックリと肩を落とし、クワトロは船を下りていった。
 その背後を塞ぐようにして、チトル、シャハトが並んで追いかける。
 そんな光景を眺めながら、トゥエンティはユグドの腕を肘で突いた。

「あのオッサン、自分が展示品を見たかったんじゃねーのか?」

「彼は基本的に人格者なんですけど、戦術論とか武器の話が絡むと酔漢並に面倒な人になるんです」

「あー……男にゃ多いかもな、そういうタイプ」

 表情を少しだけ崩し、トゥエンティは後頭部の尻尾をフサフサと撫でた。

「俺はこれから展示品を見てきますけど、貴女はどうします?」

「おれは別にいーや。船の中には興味ねーし。それに、さっきの復習しておきてーし」

「……意外と根は真面目なんですね」

「海賊に襲われてボコボコにされるってのはゼッテー嫌なんでな。おれは死ぬほど嫌いなんだよ、海賊が」

 ユグドにヒラヒラと手を振り、トゥエンティも船を下りていった。
 その背中を眺めつつ、ユグドは二つの違和感を覚える。

 一つは、これまでにない気さくさ。
 尤も、これは打ち解けたとまでは言えないまでも、多少は態度を軟化させるだけの空気が作れた実感はあったため、不自然さが前に立つ違和感ではない。
 問題は二つ目。

『22の遺産……?』

 数日前にそう聞き返したトゥエンティが、展示品に興味を示さなかった点だ。
 敢えて沈黙を破ってまで、その名を口にしたからには、関心がない筈がない。
 なのに、22の遺産が含まれている展示品に興味がないというのは不自然だ。
 
 彼女は何か隠している、若しくは今回の護衛に影響する重要な情報を握っている――――そんな予感がして、ユグドは思わず天を仰いだ。

 刹那――――

「……な」

 絶句と硬直。
 目に入ったのは、今にも自分に直撃しそうな位置にある何か。
 それが人だと気付いたのは、顔面が柔らかい感触で満たされ、そのまま押し潰された瞬間だった。 

「ふぎゅっ!」

 そのまま甲板の床板に叩き付けられ、凄まじい衝撃と共に意識が一瞬途絶える。
 それでも、瞬時に後頭部に両手を添えて衝撃を最小限に食い止めたことで、辛うじて気絶は免れたが――――

「……! ……! ………………!」

 顔面に乗っかったままの何者かによって、不自然な体勢のまま顔面を押さえ付けられたユグドは、窒息死寸前に陥っていた。

「痛ぅ……やれやれ、近年稀に見る着地失敗じゃの」

「んーーーーっ! んーーーーーーーっ!」

「む、誰じゃ? 妾の尻に敷かれておる不埒な輩は……」

 顔が青紫に変色したところで、ユグドの顔面を押さえ付けていた何かが退く。
 ようやく呼吸可能な状態になったところで、ユグドは全力で周囲の空気を吸い込んだ。 

「だあああああああああっ! 死ぬかと思った!」 

「その声はユグドか? 奇遇じゃの」

「奇遇なんですかね! 妙に棒読みですけど! 俺目掛けて空から突撃してきたようにしか思えないんですけど!?」

「そんなことはない。確かに以前、全力で体当たりしたくなるような罵詈雑言を浴びせられた記憶はあるが、その程度で殺しにかかるほど妾は狭量ではないのじゃ。むしろ、妾にホレておる貴様が喜ぶようアタックを仕掛けただけじゃ」

 灰色の長髪で背負った槍を隠し、不敵に微笑みながら息も絶え絶えのユグドを見下ろすその人物は――――龍騎士ラシル。
 見た目は10代でも通用する美しい少女でありながら、中身は500代という呪われた存在だ。
 同時に、ユグドにとっては生涯を掛けて守り抜くと誓った相手でもある。

 なお、その相手に殺されかけた模様。

「ホレてないと何度言えば……しかも結構前のことまだ根に持ってるし……武器万博の件で協力してくれたのは、俺を油断させておくためですか?」

「そこまでは考えてなかったのじゃ。とはいえ、武器万博に興味がないといえば嘘になろう。貴様をあちこちへ運んでやったのは、この稀少武器展示会場を探るためじゃ」

 武器万博自体は一般公開される催しだが、稀少武器に関しては限られた招待客にしか会場も明かされていない。
 一般人が外から見ても、この旅客船の中で万博の展示会が行われているとは想像もしないだろう。
 ラシルが敢えて、そんな非公開の催しに興味を抱く理由は――――

「……22の遺産が目当てなんですか?」

 もしそうなら、ノーヴェの言っていた仮想敵の条件を満たすことになる。
(意図的に)空から落ちてきた少女――――の外見をした人生の先輩過ぎる先輩に対し、ユグドは猜疑の目を向けた。

「なんじゃ? 貴様には妾が呪いの武器を欲しているように見えるのか?」

「見えます。存在自体呪われているんですから、親和性は高いでしょ」

「よくもキッパリと断言してくれおったな! 貴様、妾を邪教集団の生き残りとでも思っておるのか!? それがホレた女に対して抱く推測か!?」

「だからホレてないって言ってるでしょうが! ただ単に命を賭けて一生守るってだけです!」

「どこのどいつがホレてもいない女を命賭けて守るものかああああああああっ!」

 尤もといえば尤もなラシルの絶叫に対し、ユグドは急に真顔になって思案を練った。
 誤解が生じている理由はハッキリしている。

 だが、一般常識とユグドの目的に対する動機には著しい隔たりがある。
 理屈で納得させるのは困難。
 この誤解を手っ取り早く解くには――――嘘も方便。

「そもそも、俺には好きな人がいるんです。年下の。年上は趣味じゃないんですよ」

「何……? それは真か?」

 結果、驚いた様子でラシルは一歩二歩と後退った。

「どうやら誤解だったようじゃ。まさか貴様が幼女趣味だったとはのう……確かに、大人の色気に充ち満ちた妾では恋愛対象にはなるまい」

 そう呟きつつ、両手で顔を覆う。
 もしユグドが幼女趣味について否定すれば、それを言質に『年上が趣味じゃない』という発言まで嘘だと指摘する心づもりなのがミエミエだった。
 なのでユグドはそれに対し――――

「年上は趣味じゃないんですよ」

 ニッコリ微笑み、その部分だけを強調し繰り返すという反応に終始した。
 ミスリードを誘う『幼女趣味』の部分は敢えて触れず、論点をズラすための言質すら与えない。
 ユグドにとって、交渉の基本としている事項の一つだ。

「……」

「……」

 暫く不毛な睨み合いが続き――――

「……こんな所で時間を食っても詮方ないの」

 最終的に折れたのはラシルの方だった。

「全く、近頃の男は素直さが足りん。男気というものを知らん若輩者ばかりじゃ」

 そう背後でブツブツ不平を呟くラシルを無視し、ユグドは甲板から船内へと入る。

「待つのじゃ。妾も展示物を見に行く。案内せい」

「偉そうに……一応確認ですけど、本当に22の遺産には興味ないんですね? 盗もうとしたら、このこん棒で年齢相応の場所へと案内しますよ」

「……どうも貴様は戦闘能力の割に強気な言動が目立つのう。自信家は嫌いではないがの」

「違うんですね?」

「当たり前じゃ! 妾ほどの世界的名声を得た実力者が邪教集団の遺産など盗めば、世界中が妾を指名手配するに決まっておるだろうが!」

 正論。
 ユグドはそこでようやくラシルを仮想敵から完全に外した。

 何しろつい最近、味方と思っていた人物が犯人だった――――などという事態に見舞われたばかり。
 ラシルの人となりを完全に把握している訳でもない以上、無条件で信じる訳にはいかない。
 最悪、一生を賭けて守ると誓った相手が仕事で護衛すべき対象を盗もうとしている……などというややこしい事態も想定せざるを得なかったが、その可能性は消えた。

「妾が興味あるのは、妾に相応しい世界的な槍だけじゃ。ゲイ・ボルグは思い出の品じゃからの、余り戦闘で使いとうはないのじゃ」

「成程。ところでゲイ・ボルグって22の遺産の一つだったりします? 呪い繋がりでの発想なんですけど」

「……さてな」

 敢えて言葉を濁した時点で肯定の意である可能性が高いものの、ラシルの捻くれた性格上断定はできない――――そう判断し、ユグドは苦笑しながら船内の廊下を歩き出した。
 その刹那、ラシルが何の前触れもなくユグドの足を背後から引っかける。

「なっ……どわわっ!」

 当然反応できず、そのまま転倒。
 先程ダメージを受けたばかりのユグドの身体は更なる損害を被った。

「何すんですか!」

「うーむ……やはり貴様はトロいのう。そんなザマでこの妾をどうやって守るというのだ?」

 悪びれもせず、ラシルが呟いた素朴な疑問。
 それに対し、ユグドは不満そうに立ち上がりながら答えを口にした。

「そりゃ、支援ですよ。質のいい武器の提供、質のいい環境の提供、強敵と想定可能な勢力の殲滅……幾らでもやることはあります」

「その強敵とやらを、どうやって貴様が?」

「俺じゃありません。アクシス・ムンディがやります」

 堂々と言い切ったユグドの顔は、不敵そのもの。
 まだ17歳の少年とは思えないほどに堂に入った表情だった。

「今はまだ、しがない一組織に過ぎませんが。いずれは世界一の護衛集団にして、貴女を守りますよ」

「……護衛協会を私物化するというのか?」

「最強の護衛集団が背後にいるとなれば、抑止力にもなるでしょ」

 敢えてラシルの問いには答えず、ユグドは自身の野心を正当化するに留めた。

 元々は、路銀稼ぎとゲイ・ボルグの調達の為に加入した組織。
 その両方を達成した今、それでも留まっているのは、単に居心地がいいからとか、スィスチとの契約があるからとかが理由ではない。
 新たな目標を設定したからだ。

「もう少し時間はかかりますけど、必ず貴女を守れる組織にします。それまでは危ない橋を渡らないように」

 500歳を超える人生の大先輩に対し、ユグドは諭すような物言いでそう告げ、歩行を再開した。

「……そこはかとなく怖いのう。妾はとんでもない男を助けてしまったのじゃ」

 心なしか、ラシルの声は震えていた。










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