「……あら、珍しい来客ね」

 学者らしく、分厚い資料に目を通していスィスチは、その資料を机に置き、微かに微笑みながら立ち上がった。

 豪邸と呼んで差し支えない広い敷地内に、一匹のハイドラゴンが舞い降りる。
 その後それほど時を置かず、ドラゴンは翼を広げたままスィスチの部屋の窓の高さまで降りてきた。

「空の上から失礼するのじゃ」

 そう告げると同時に、フワリとドラゴンの背からラシルが飛び降りる。
 その身体が、スィスチの自室に吸い込まれるように窓を通過し、綺麗に着地した。

「龍騎士って、そんなこともできるの? 軽業師ね、まるで」

「似たようなものではあるの」

 やれやれ、と腰を叩くような仕草を見せつつ、ラシルはスィスチではなく部屋をグルリと見渡した。
 すると、程なく目標物を発見。
 そこに視線を集中させ、ほくそ笑む。

「やはり貴様じゃったか、犯人は」

 その目には――――龍槍ゲイ・ボルグが映っていた。
 既に血は拭われているが、彫刻細工の中央にある赤い石はない。

「情報屋がどうにも口を割らないのでな、偽情報の出所を探すのに苦労したものじゃ。とはいえ、アクシス・ムンディの連中に聞き込みをした時点で、犯人が貴様以外にあり得ないことはわかっていたのじゃが」

 ゲイ・ボルグを視野に収めたままら、ラシルはそう断言した。

「その槍を手に入れるには、単に盗むだけではダメじゃ。もし盗めば、武器屋の主人だけではなく、その槍を欲しがっていた猛者どもを敵に回すからのう。なら、どうすればよいか。簡単じゃの。別人が盗んだことにすればよい。特に、世界的に有名な猛者であれば、牽制にもなり有効じゃ。そこで妾に白羽の矢が立ったのじゃな」

「……」 

 ハキハキとしたラシルの説示を、スィスチは沈黙のまま聞き続ける。

「まず妾をおびき寄せ武器屋に侵入し、主人を殺したと見せかけ、妾が逃亡したのちに槍を回収。その為には目撃者が必要じゃ。その役目を担ったのが、貴様の同僚じゃな」

 そんなラシルの指摘に対し――――スィスチは俯いたままだった。

「先に武器屋の主人を殺害し、死体を消す。大方、そのような力のある宝石でも持っていたのじゃろう。そして槍を血で染め、武器屋に残す。そうすれば、駆けつけた妾が槍を手にする可能性は極めて高いからのう。そして、そこに目撃者が駆けつければよい……が、問題はタイミングじゃな。上手く同僚を利用したのう。夜にのみ占える占星術に、わざわざ用意した地図。妾が夜にもう一度武器屋を訪れると確信し、そこにユグドらが来るよう調整していたようじゃな」

「貴女のゲイ・ボルグへの執着はわかっていたから。何度でもあの武器屋に足を運ぶのは確実だった。もし居座られてたら、工作はできなかったけどね」

「フン。所用を作ったのも貴様じゃろ。妾の可愛いリュートを野犬で追い回すなど……」

 リュートというのは、ラシルのハイドラゴンの名前。
 既に窓の傍にはおらず、陸地に降りて羽根を休めている。

「ドラゴンっていう割に、臆病者なんだってね。驚いちゃった」

「繊細と言って貰おう。さて、与太話はこの辺で終わりじゃ」

 目を鋭くしたラシルは、腰に下げていた皮袋に手を入れ、そこから何かを取り出す。
 それは――――

「目的はこの石じゃな?」

 ゲイ・ボルグにはめ込まれていた赤い石だった。

「……今更、誤魔化しても無意味そうね」

 観念した様子で、スィスチはゆっくり頷く。

「その宝石は『カーバンクル』。他の宝石と共鳴して、宝石の中に眠っている力を引き出すことができる。当然、貴女は知ってるだろうけど」

「知らぬままでいた方が幸せだったかもしれんのう」

 呆れ気味に、若い声色で告げるラシルに対し、スィスチは微かに肩を震わせる。

「殺すの? あたしを」

「ここまでされて、生かしておく理由もあるまい」

 死刑宣告。
 だが、スィスチは怯えている一方で冷静さを失ってはいない。

「そうよね。500年以上生きてる化物なら、仇なす相手を殺すくらい普通なんでしょうね」

 その理由を知り、ラシルは片眉をピクッと吊り上げた。

「……妾を知っておるのか」

「不思議じゃないでしょう?『龍の巫女ラシル』を語ってる文献はたくさんあるんだから。再来、なんて大嘘。身体的特徴が一致しすぎてるし、幾ら強くても10代半ばの小娘に国家が自由騎士なんていう特典を与えるはずない。貴女こそが龍の巫女ラシル本人なんでしょ?」

 或いは、カマ掛けだったのかもしれない。
 だがラシルはその可能性に気づいた上で、クスリと微笑んだ。

「成程、流石は学者じゃの。その槍に固執したのが裏目に出たようじゃ」

「そう。龍槍の由来は『龍の巫女の装備品』。元々、貴女の所有物だったのね」

 確信を得たスィスチは、冷や汗を顔中にかきながらも微笑み返す余裕を見せた。

「が……それを知っているから、どうだというのじゃ? これから死に逝く者に素性を知られていたところで、痛くも痒くもないわ」

「そう? あたしは学者よ。同時に宝石ハンターでもある。貴女の知りたいこと、知ってると思わない?」

 その言葉に――――ラシルは先刻以上に反応を示した。

「貴女の本当の目的はそのカーバンクルじゃなくて、こっちのゲイ・ボルグでしょ? 愛用の武器ですものね」

「……交換しろ、とでも云うつもりかの?」

 ラシルの顔に、険が浮かぶ。
 装飾の宝石まで含め、龍槍ゲイ・ボルグ。
 仮にスィスチが頷こうと、ラシルにその気はない。

「別に頂戴って言うつもりはないの。貸してくれれば、目的を達成した後で直ぐ返すから」

 スィスチはそう告げ、机に置いた資料を持ち上げた。

「500年以上生きている人間がいる。しかも若々しいまま。それが何を意味するのか、なんて簡単よね。要するに……老化を一切しなくなった」

 そして、その資料を広げてみせる。

「知ってるのよ。そういう効力を持った宝石があるって」

 その頁に描かれているのは、特殊な効果を持つ宝石『ラピス・フィロソフォルム』。
 備考欄にはこう記されてある。

 この宝石には、老化を止める力が宿っている――――と。

「老化を進行させる宝石があるのなら、その逆の宝石だってあるはず……ずっと、そう信じてきた。だから、見つけるのは難しくなかった」

 スィスチは資料を離し、左手を掲げてみせる。
 その指には、宝石付きの指輪が嵌められていた。
 資料に描かれた宝石と同じ物だ。

「でも、これを手に入れても何も変わらなかった。あたしは年々老いていった。毎日毎日、自分が自分でなくなるような……絶望の日々だった」

 スィスチの口角が上がる。
 それは歪んでいるようにも、何処か自然なようにもラシルには見えた。

「貴女には感謝しないとね。カーバンクルでこのラピス・フィロソフォルムの力を引き出すって発想はあったけど、肝心のカーバンクルが何処にあるか掴めなかったから。いえ……貴女という存在に気づかなかったら、老いずにいられる自分の未来を想像することすらなかったかもしれない」

「感謝される謂われはないのう。貴様は勘違いしておるみたいじゃからの」

「……?」

 肩を竦めるラシルに、スィスチは怪訝な顔を浮かべる。

「どうも、貴様は妾の身に起こった出来事を幸運だと解釈しておるようじゃが……愚か者めが。これは『呪い』じゃ。その石は呪いの石。悪魔の石なのじゃ」

「ふざけないで。老化を止める宝石が、悪魔の石な訳ないでしょう? 現に貴女は500年以上もの間、若さを保ってるじゃないの!」

「事実は事実じゃ。長く生きればその分だけ、不幸を目にする機会も増えるのじゃからな。ユグドの手も……」

「ユグ坊……?」

 不意に、ラシルの表情に陰が差す。
 だがそれ以上ラシルが語ることはなかった。
 が、今のスィスチにこの件を追及するほどの余裕も関心もなかった。

「カーバンクルを貸して。そうしたら、このゲイ・ボルグは貴女にあげる。カーバンクルもあたしの老化を止めた後で返す。貴女の素性も一切口外しない。貴女には何一つ損はないでしょう?」

「もう一つ勘違いがあるようじゃ」

 ラシルは再び、ゲイ・ボルグに目を向け――――

「あれは、妾の所有物じゃ。貴様が『あげる』物ではない。愚か者めが」

 その瞬間、ラシルの身体が宙を舞った。
 龍騎士特有の身の軽さ。
 スィスチも学者でありながら優れた身体能力を持っているが、比較にならない。

 だが、それは想定内。
 得物の槍を持ってはいないものの、ラシルなら龍槍ゲイ・ボルグを奪い取ろうとする前に、自分を仕留めに来る。
 それも想定内。
 スィスチの目は、そう語っていた。

 そんな彼女の右手が、次第に形を変えていく。
 ひっそりと握りしめていた宝石が、ラシルの持つカーバンクルと共鳴し、眠っている効力を引き出したことで生まれた変化だ。
 この宝石の呪いによって、スィスチの右腕が侵食され、禍々しい形状の鎌へと変わっていく。
 死神の鎌――――そう呼ばれている呪いだ。

 一方、スィスチが自分の行動を読んでいることをラシルも想定していた。
 右手が変化しているのも気付いている。
 500年以上の人生経験は伊達ではない。

 何を企んでいようと、用意していようと、一瞬で終わる。
 そう確信し、ラシルは躊躇なくスィスチへ襲いかかった。
 両者の思惑が一致し生まれた、必然の衝突。
 どちらが生き残り、どちらが死に絶えるか。

 ――――刹那。

「……!」

「何!? 何なの!?」

 二人の耳を、鈍く大きな打撃音が襲った。
 集中力を乱されたラシルは一旦攻撃態勢を解除し、スィスチの眼前で静止する。
 音は、部屋の外と中の境界で発生していた。

「……盗み聞きとは、趣味が悪いのう。武器屋の倅」

 いち早くそれに気づいたラシルが、その方向に向かってジト目を向ける。
 その発言に対し――――

「知らないんですか? 盗み聞きは一番合理的な情報収集方法なんですよ。龍の巫女様」

 ユグドは皮肉めいた微笑みを返し、打楽器代わりに使ったこん棒を放り投げた。








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