「……オレは最強の武器を求めて旅に出たはずなんです。なのにこんな辺鄙な場所で護衛の仕事してるなんて、妙でしょ?」

 特に説明する必要性を感じなかったので、ユグドは回想していたエピソードを口に出すことはせず、軽口に徹した。

「知らねぇよぉー。仕事なんてそんなもんだろぉー。俺だって他にやりたいことあるんだからよぉー。甘えたこと言ってんじゃねーよぉー」

 シャハトも特に追及はしてこない。
 表面的な付き合いといえばそれまでだが、余り立ち入ったことは聞かないという不文律がアクシス・ムンディにはある。
 それを気に入っているから、ここに一年間も留まっているのかもしれない――――そんな見解を心中で泳がせ、ユグドは後ろにある壁に後頭部を預けた。

 ここは、国境に何kmにも亘ってそびえ立つ長く巨大な『コレルライン』と呼ばれる要塞線。
 その要塞壁の傍で、ユグドたちアクシス・ムンディは警護を行っている。

 コレルラインは10mを超える高さを誇り、要塞壁の材質も良いため魔術での破壊も困難。
 要塞国家の名を世界に知らしめた無敵の国境だ。

 とはいえ、この要塞壁がその力を発揮する機会が今後訪れる可能性は低い。
 現在、ここロクヴェンツや隣国エッフェンベルグを含む15ヶ国から成るルンメニゲ大陸において、目立った国家間の戦争は存在していない。
 この15ヶ国に加え、北西に位置する二つの島国、娯楽国家セント・レジャーと商人国家シーマンを含めた17ヶ国によって結ばれた『マニャン平和条約』と呼ばれる平和協定によって、国家間の戦争は禁じられている。
 なので世界はとても平和だ。

 とはいえ――――戦争というものは、時に特定の人物にとって格好の収入源となる。
 そして、国家間以外の戦争は禁じられていない。
 であるならば、例えば街と街、都市と都市の戦争であればルンメニゲ大陸内の大陸全土の平和、治安の維持と経済の安定を目的とした統合体『ルンメニゲ連合』の介入はない。

 つまり、例えば国境間の都市と都市に代理戦争をやらせれば、少なくとも戦争自体は起こせる。
 名目は、領地拡大で問題ない。
 実際に領地が拡大できるのなら、これ以上ない収穫ではあるが、そこまで行かずとも経済の活性化さえ達成すれば十分だ。

 ただし、戦争には当然莫大なコストがかかる。
 そのコストを敗戦国および第三国に何処まで押しつけられるか、それが重要だ。

 勿論、第三国に正面から押しつけるなど不可能だが、投資という形なら可能。
 金を出させることさえできれば、後はどうにでもなる。
 第三国の立場としても、軍事や食糧、技術全般など、戦争当事国に対する商売は範囲が広く消費も多大なので見返りが大きく、乗るだけの価値はある。

 だからこそ戦争は中々なくならないのだが、現状においてはそこまでの見返りが期待できるような大規模な戦争は難しく、代理戦争で小金を稼ぐのが精一杯。
 結局のところ、暫くの間大きな戦争は起こらないというのが通説となっている――――

 が、現実というのは机上の空論通りにはいかないもの。
 冷静さを欠いた外交における、たった一つの失言が、緊張状態を生み出してしまうという嘆息もののケースは少なくない。
 それで本当に戦争へと発展するのは、余程両者が戦争をしたいという状況下でない限りはあり得ないのだが『緊張状態に対して何ら対策を講じないのは、幾らなんでも危機感がなさ過ぎる』という非難を免れない為、国境に軍を配備したり国交正常化を図るべく王族が自ら外交を行う――――というのは、割とよくある話。

 そして、緊張状態がピークを過ぎると、それほど強いアピールは必要なくなる為、軍を引き上げさせ別の集団を『念のため』という名目で国境に送り込むのも、やはりよくある話の一つではある。
 アクシス・ムンディが警備を任されているのには、そのような背景がある。
 尤も、関所としての機能も有している為、護衛という名目ではあるが実質的には見回りと保安検査が主な仕事だ。

「リーダー、交代」

 ――――突然、ぶっきらぼうな女声が西側から飛んできた。

 仏頂面でツカツカと歩いてくるこの女性は、スィスチ=カミン。
 シャハトと同期で、アクシス・ムンディ創設時のメンバーらしい。

 噂では28歳のシャハトより年上とのことだが、本人が今年になって異様に年齢に対して神経質になっているとのことで、聞こうにも聞けない。
 両肩の位置で髪を結び、おさげを作っている点も、少しでも若く見せようという意図が見受けられ、居たたまれない。
 学者と名乗ってはいるが、それが本当かどうかも怪しい。
 目が悪いらしく、いつも薄目にしているため、目つきはよろしくなく、服も学者の割に冒険着のような動きやすいものを好んでいる。
 何かと謎多き女性だ。

 尤も、このアクシス・ムンディのメンバーには珍妙な人材が多い。
 猫格闘家という意味不明な職業の人物もいる。
 傭兵王と名乗るオカマがマトモに見えるくらいだ。

「おぉ。そんじゃ後は頼むぜぇー」

「了解」

 パチン、とハイタッチを交わし、シャハトとスィスチが引き継ぎを行った。
 このコレルライン、余りにも広域にわたるため、全ての範囲で護衛を行うと相当な人件費がかかる。
 その為、仕事として指定されている警備範囲は、関所のある周辺のみ。

 関所内の小部屋に2名。
 関所の外に2名。
 今回、アクシス・ムンディがコレルラインに派遣を要請されたのは合計4名だ。

 あと一人、セスナ=ハイドンという名の演奏家が関所内にいる。
 なんでも魔曲の演奏家らしいが、詳しいことはユグドもよく知らない。

 なお、戦闘員に関しては全員それなりに強い。
 それぞれに訳アリの過去を持ち、当時の経験を活かしつつ現在も鍛えている。

 ユグドはそういうのは一切していない為、体力、技術共に素人並。
 それでも一年、この組織に在籍しているのには相応の理由と意義がある。

 ユグドのアクシス・ムンディにおける主な仕事は営業。
 護衛組織というと聞こえはいいが、実際にはそうそう仕事は舞い込んでこないのが現実で、ちょっとした護衛を頼みたいという場合や、お金持ちが開くパーティーの警備を依頼する場合には、どうしても地元の傭兵ギルドと競合してしまう。

 しかも、傭兵ギルドの方が人数を集められる、いざという時の小回りが利くなど利用者のメリットが大きい。
 地元であればギルド関係者と顔なじみのケースも多く、信頼面でも上を行かれてしまう。

 アクシス・ムンディの面々は、人格はともかく戦闘力に関してはかなり優秀だが、戦争のない平和なこの時代、戦闘力は対した売りにはならないのが現状だ。
 そういった背景を理解しつつ、ユグドはこの一年、世界各国を飛び回ってアクシス・ムンディの売り込みを『傭兵ギルド』に対して行った。
 
 人員が足らない時は必要な人数を派遣しますから、お声を掛けてくださいね――――と。

 大がかりなイベントの護衛など、多人数を必要とする護衛の場合は地元の傭兵ギルドだけでは賄えないケースもある。
 その場合、他の傭兵ギルドや隣の街に応援要請するのが常だが、中には他のギルドが周囲にはないという田舎町も少なくないし、ギルド同士いがみ合っているケースもままある。
 そういった事情で困窮している傭兵ギルドと懇意にしていれば、仕事は確実に得られるという訳だ。

 勿論、競合は避けられない相手だが、わざわざ敵対する必要はない。
 当初は反対されたが、結果的にこのユグドの方針は大成功を収め、アクシス・ムンディの名は世界各国の傭兵ギルドに知れ渡るようになった。

 現在、ユグドは路銀を稼ぐだけでなく、世界を相手に交渉術を学べる有意義なポジションにいる。
 尤も、その割に人員が少ないため、こうして実務に駆り出されてはいるが――――

「ねー、ユグ坊」

 シャハトが関所内に入っていったのを見計らって、スィスチが甘えた声をかけてきた。
 その目は扇情的で、とろけそうと表現するのが最も相応しい。
 紅潮した頬を隠しもせず、スィスチは――――

「交渉して欲しい宝石商がいるんだけど、お願いしていい?」

 ――――そう懇願してきた。

 スィスチは学者と名乗る一方、極度の宝石マニアでもある。
 ただ、着飾ることは殆どしない。
 手にした宝石は全て自分の家の保管室に飾ってあるという。

 唯一、左手にしている指輪にのみ宝石をはめ込んでいるが、これは『結婚している』というカムフラージュのため、とのこと。
 尚、彼女は独身だ。
 何故カムフラージュが必要なのかという疑問に関しても、誰一人として聞こうとはしない。
 無闇に薮を突いても、誰も得をしないのだから。

「……仲介料、いつも通りでいいなら」

 暫く考えたのち、ユグドは面倒事へ発展するリスクより交渉経験と報酬を採った。

「あんがとー! や、持つべき者は腕の良い交渉人ね! ユグ坊が加入してからウチの組織、仕事やたら増えてるもん。ユグ坊様々よホント」

「何か、人生の方向性を見誤っている気がする……」

 守るべき対象を守るために旅に出た結果、宝石マニアのコレクションを増やす手伝いをしている自分に、軽い目眩を覚えずにはいられない。
 実際、ここで幾ら働いても8500万マルツ貯めることは不可能だし、交渉術を磨くといっても、それはここでなくても出来る。
 当初は、このアクシス・ムンディという組織に身を置くことで龍槍ゲイ・ボルグ以外に龍騎士に似合いそうな武器を入手する機会に恵まれるのではないか、という期待も微かに抱いてはいたが、その手のトレジャーハンティング的な仕事は一切なかった。

 とはいえ、この一年でそれなりの額が貯まった事実は無視できない。
 この組織に身を置く意義は少しずつ減ってきているものの、見切りを付ける時期かというと、微妙な頃合いだ。

「にしても、スィスチさんは強欲ですね。つい一週間前にもエチェベリアの宝石商と交渉したばかりじゃないですか」

 要塞国家ロクヴェンツの南東に隣接するエチェベリアは、かつて学術国家と呼ばれていた国で、多くの学者が足を運んでいた。
 現在はその頃の面影はなく、特徴的な冠はない。

「何言ってるの? 宝石は幾つあってもいいのよ。寧ろ幾つもあって然るべきでしょう? 宝石が何の為に輝いてると思ってるの。他の宝石にその輝きを映し出す為でしょ?」

「……何を言ってるのかサッパリわからないんですが」

「ああ……来週また新しい子が家に来るのね。最近、緑色が少なめになってたから、緑成分を補充しちゃおうかしら。でもバランスより好みが大事よね。やっぱり赤かしら。ユグ坊はどう思う?」

 ウットリと陶酔するスィスチの姿に、ユグドは素直な思いで回答を示す。

「緑の方が毒々しくてスィスチさんにお似合いですよ」

「……前々から思ってたけど、ユグ坊って先輩に対して全然遠慮がないよね。もう少し人生守りに入った方がよくない?」

「その意見は圧倒的に正しいと思います。だからそうしてるつもりですが」

 守ることこそ、人間である証明。
 ユグドは常にそれを念頭に置き、行動してきた――――つもりでいる。

「ま……いいけどさ。ユグ坊一回家においでよ。人生の先輩が一度色々教えてあげるから。色々」

「そんなバカな」

「どういう返事よ!? 照れないまでも、せめて『遠慮しておきます』くらいにしなさいよね!」

 怒り狂うスィスチに穏やかな笑みを返し、ユグドは肩を竦めた。
 アクシス・ムンディ加入後、変人ばかりが巣くう中でこのスィスチは比較的まともな性格(これでも)ということもあって会話をする機会が多い。

 宝石商との交渉も、ユグドにとってはいい練習。
 そういう意味では、関係性が良好な先輩と言える。
 異性ではあるものの、年齢が離れている(と思われる)ためか、意識する機会は全くない。
 そもそも、アクシス・ムンディは妙に女性の比率が高い組織だが、異性として意識するような人物は一人としていない。

 ユグドは現在、17歳。
 女性に興味を抱くのが自然――――というより義務とさえ言える年齢だ。
 それだけに、ユグドは自分自身が少し心配だった。
 ヘンな女に囲まれた所為で、真っ当な男性としての機能や情欲が枯渇してしまっているんじゃないかと――――

「ユグ坊」

「いや、ただの冗談ですから。本気にされて落ち込まれても困るんで、ここは軽く流して……」

「じゃなくて、上見て上。何かヘンなのが飛んでるんだけど」

「……え?」

 薄目で東の上空――――壁とは正反対のロクヴェンツ側を指差したスィスチの視線を追い、ユグドは空を見上げた。
 これだけ分厚い壁に遮られていても、両国の空は繋がっている。
 その空を――――

「あれは……」

 一匹のハイドラゴンと一人の少女が、高く高く舞っていた。









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