街の片隅にある、くたびれた武器屋。
 その敷地内にひっそり建てられた倉庫の外壁が、微かに揺れた。
 揺れたといっても、倉庫の壁に立てかけられていた槍が微動だにしない程度。
 周囲の生活には何ら影響を与えない、ただの日常的な現象に過ぎない。

 けれど、その現象にはそれなりに意味があった。

「あ……あ……」

 倉庫の中。
 今にも泣き出しそうな顔をした少年が、両手から大量の血を流している。

 その視線の先には、煙のような黒い『もや』に包まれた、豪華な装飾の短剣。
 そして、座り込んだまま動けずにいるその少年を見下ろす――――目。

「まさか、このようなことになってしまうとはのう。気の毒に」

 その目は、まるで炎のように揺らめいて見えた。

「これから、貴様の生きる道には苦難ばかりが押し寄せてくるじゃろう。辛抱強く生きるがよい。生き延び、自分の足で人生を歩めるようになるまで無事に成長することができれば、自ずと道は拓けてくるのじゃ。とはいえ……」

 出血の激しさからか、子供の顔が次第に青ざめていく。

「武器屋の倅が、このような現実と対峙し続けるというのは余りに過酷じゃ。ここで起こったことは全て忘れてしまうがよい。貴様自身を守るためにな」

「守る……ため……?」

「そうじゃ。繊細な心を持つ人間が、己を守る為には忘却が一番じゃ。恐怖も激痛も忘れ、今は眠るがよい。五年後……いや、もう少し先となるじゃろう。いずれ訪れる再会の日まで」

「再……会……?」

 そこまで言葉が紡がれたのち、少年の目が虚ろになり、次第に光を失っていく。
 同時に、少年の意識はみるみる内に闇の中へと吸い込まれていく。
 必死で抗おうとするも、それは叶わず次第に視界は閉ざされていく。
 瞼の微かな隙間から覗く景色は――――

「うむ。約束じゃ。妾は約束は必ず守る。それまで強く生きよ、心優しき少年」


 ――――決して記憶に残ることのない、澄んだ笑顔だった。









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