――――星を読む少女。

 


 アルマ=ローランは幼少期、そう呼ばれていた。

 星とは光輝く希望。
 星とは不可侵領域ゆえの絶望。
 人類にとって、常に視界にありながら、決して届く事のない、そんな存在。

 
 そういうアルマの正体は『意思を持つ魔力』だった。
 
 魔術に意思を持たせる自律魔術によって生み出された存在ではない。
 では何故、彼女はまるで人間のような姿になり、人格を持つに至ったのか?

 
 答えは『わからない』。
 誰も知らないし、アルマ本人にも記憶がない。

 そして――――世界の恥部にも、彼女の出自を決定付ける情報は存在しなかった。

 では、彼女はどのようにして生まれたのか。
 メトロ・ノームで彼女と共に過ごしていたアマルティアであれば当然、それがわかる。
 だが彼等は一様に口を閉ざし、決して語る事はなかった。

 これが、アルマ再構築を目指す上で最大の障壁となった。
 アマルティアに口を割らせれば一気に進展すると、安易な方向にいざなわれてしまったからだ。

 彼等は知らなかった。
 誰も、何も知らなかった。
 気付けば、アルマはそこにいたのだから。

 魔力とは、魔術士でない人間の身体にも必ず宿っている。
 その量には個人差があるが、全く魔力を持っていない人間はいない。
 誰の中にも存在している力。

 生物兵器の研究に明け暮れていたアマルティアの面々は、非人道的な研究や実験を繰り返し、やがて心を失った。
 失くした心はやがて人間性の喪失へと繋がっていき、彼等の体内に宿る魔力はその回復を望む。
 負傷した身体が自然治癒するかのように。

 魔力が人間性を求めた結果、一人の人間が生まれる――――などという事は本来起こり得ない。
 仮に、魔力が自律化する何らかのきっかけがあったとしても、人間の体内にある魔力が自律化した場合、もう一つの人格となって芽生える。
 別個体として増殖するような事は決してない。
 
 だが、メトロ・ノームには人間の体内以外にも魔力が存在していた。

 永陽苔。

 本来なら暗闇に包まれている地下空間のメトロ・ノームに明かりを灯しているこの苔は、自然の苔を魔術によってアレンジした物。
 当然、魔力が宿っている。

 メトロ・ノームの天井や壁を覆い尽くす永陽苔によって、この地下空間には微量ながら常に魔力が充満している。
 その魔力が自律し、アマルティアの人々の魔力に芽生えた『人間でありたい』という願いに呼応した結果、アルマ=ローランという少女を生み出した。

 だが、何故それが実現できたのか、説明できる者はいない。
 自立魔術の使い手がメトロ・ノームに現れ、ヴァールの『ケープレル=トゥーレ』のように魔力を人間として具現化させたのか?
 或いは、他に魔力を人間に換えるプロセスが他に存在し、それが実行されたのか?

 アマルティアからアルマという存在の報告を受けたエチェベリアの元国王・ヴァジーハ8世は、彼女を決してメトロ・ノームから出さないよう指示した。
 現場を可能な限り保存し、真相の解明を命じた。
 アルマが管理人となったのは、その命令を受けたアマルティアがそう仕向けたからだ。

 しかしそんな大人の事情とは裏腹に、アマルティアの人々はアルマの存在に癒やされ、そして救われた。
 人間ではなく魔力そのもののアルマは、人間の魔術士とは明らかに一線を画した才能を有し、規格外の封術を使用する事が出来た。

 アマルティアにとって、アルマは希望そのものだった――――


「アルマさんを元の姿に戻すには、彼女がどういう理屈で誕生したのかよりも、彼女が"何を望んでいたか"が重要だったんです」


 自立魔術、魔力の自律化自体が未知の領域。
 生命の進化にも関わってくる、人類史における重大な標本として、アルマを分析しようとする勢力は例外なくアカデミックなアプローチに終始した。
 それが幸いし、彼女は長い間泳がされ、無防備でありながら危機に晒される事は殆どないまま日々を過ごした。

 アルマは、魔力だ。
 だが同時に、人間として過ごした長い時間も本物。
 魔力であり、人間でもある。

 ならば、アルマを再構築する為には、人間としてのアルマを捉えなければならない。
 彼女がどう生きていたか。

 すなわち――――何を望み、何を願って生きていたか。
 それを思い出させる事が、アルマという人間の復活には必須だと結論付けられた。


「御伽噺……いや、絵本の世界だな。子供の空想だ」


 吐き捨てるようにそう呟いたのは、ヴァール=トイズトイズ。
 先祖代々、自立魔術の研究を進めている一族の末裔で、魔術に意志を持たせる事に掛けては右に出る者はいない。
 そして口は悪いが、一途に一つの事、一つの想いを遂げようとする女性でもある。


「否定はしません。でも貴方自身、自立魔術の仕組みについては殆ど把握しきれていないじゃないですか。なら、貴方の感性に全くない所から探し出すのは自然だと思いますが?」


 捲し立てるようにではなく、淡々と、それでいて少し強めの意志を込め返答したのは、ファルシオン=レブロフ。
 臨戦魔術士としての腕は一流には届いていないが、卓越した応用力を駆使し、勇者候補リオグランテを支え続けた人物。
 現在は実用性の高い魔術の開発に着手しつつ、ヴァールが取り組んでいた『魔力の統合』の手伝いを依頼され、受理していた。


「……で、アルマ=ローランが望んでいたのが"これ"という訳か」


 半ば呆れるように吐き捨てるヴァールの視界には、袋を握るファルシオンの右手が映っている。
 その袋の中には、粉々にしたガラスの破片がたっぷりと入っていた。

 ガラスは高級素材。
 これだけの量を用意するには、それなりの出費ではあったが、費用は全て必要経費に回される為、特に問題はない。


「本人に聞いた訳でもないというのに、まるで確信しているような顔だな」

「ええ。確信しています。彼女がずっと、星空を見たいと願っていたのを私は知ってますから。その想いがどれだけ強いかも」

 だが、アルマの記憶の中に星空はない。
 地上に出て来た唯一の機会においても、その時の夜空は雲が覆い尽くし、星の見えない空だった。

 だからアルマの中にある『星空』とは、彼女が見せて貰った『星空に似た光景』。
 それを見た瞬間の記憶こそが、アルマという人間を構成する上で不可欠だと、ファルシオンは主張していた。

「私達の使用する魔術は、既存の物をなぞっているだけに過ぎません。でも貴女の使用する自律魔術は、常に貴女の意図する形や動き……言い換えれば貴女の『願い』が具現化しています。そう考えれば、自律魔術の本質は、人の心の願いだと考えるのが妥当です」

「その仮説は嫌いだ。勝手に自律魔術をメルヘンの世界に引きずり込むな」

「でも一理あると考えているから、こうしてここにいるんですよね?」

「……」

 結局、ファルシオンとヴァールはどこまでもソリが合わないまま、今日まで協力を重ねて来た。
 二人にとって、アルマがそうまでして復活させたい存在かと言えば、そこまでの想いはない。
 特にヴァールにとっては他人も同然だ。

 二人がここに――――メトロ・ノームの更なる地下、書なき書庫にいる理由は一つ。
 自分の"願い"の為だ。
 

「……それで、フェイルさんはいつ到着するんですか?」


 ずっと我慢して聞かずにいたファルシオンだが、限界が来た。
 そして、それを聞いたヴァールは満足げに口元を弛ませる。

「そろそろだ。まあ、貴様はこの無法地帯でなければ会う事も出来ないから大変だな。私は同じ裏の世界にいるから、自然と顔を合わせる機会も多いがな」

「そんな事は全く聞いていません。論点をずらす人間は往々にして詐欺師の才能があります。転職してはどうですか?」

「フッ、嫉妬ほど見苦しい感情はないな」

「……」

 二人が険悪な雰囲気になるのは日常茶飯事。
 出会った頃から何も変わらない。


「本当……変わらないよね」


 そんな二人を、到着したばかりのフェイルがジト目で眺めていた。
 右手に持つ、煌々と燃えるランプを掲げて。


「あ……」

 お互い、少し伸びた髪。
 けれどそれ以外に外見的な変化はない。
 どれだけの月日が流れたのか――――途方もない時間だったのか、それともほんの僅かだったのか――――ファルシオンはそういう感覚が壊れ行くのを感じながら、反射的に髪を直していた。

「お久し……振りです」

「うん。久し振り。元気だった?」

「はい。フェイルさんも元気そうですね」

 二人の間に、仄かな緊張と懐旧の念が漂う。
 思わず頬を掻くフェイルに対し、ファルシオンはその顔をまともに見る事が出来ずにいた。

「……」

 いつもなら率先をして口を挟むヴァールですら、無言で待つ。
 静謐で、張り詰めている、弓のような時間が暫し流れる。


 そして――――


「それじゃ、やろう」


 フェイルは意を決したようにそう告げ、荷物を入れた袋から木製の小箱を取り出した。
 魔術国家デ・ラ・ペーニャで製造されている魔力測定器。
 賢聖アウロス=エルガーデンにその情報を聞き、実際にデ・ラ・ペーニャまで赴いて手に入れた一品だ。

 この測定器を用いながら、 空気中に漂う魔力をヴァールの自律魔術によって一箇所に集める。
 それがまず第一条件。

 箱を受け取ったヴァールはフェイルに小さく頷き、書なき書庫に漂う魔力を全域にわたって丁寧に探し、自律魔術によって意志を持たせ、部屋の中央に集まるよう指示する。
 途方もない作業だったが、ヴァールは愚痴一つ零さず、それを粛々とこなす。

「彼女とは相容れませんが……ああいう姿は尊敬しています」

 その様子を見ながら、ファルシオンはポツリとそう呟いた。

「魔術士としての応用力、やる遂げる意志の強さ、一途さ……どれも私が欲しかったものです。でも、どれ一つとして敵いません」

 ずっと劣等感を抱いていた。
 だから、何か一つでも勝るものがないかと模索し、そして――――叶わなかった。
 自然と、手に力が入る。

「……僕も同じだよ」

 その手を、フェイルの手が覆う。
 驚いたような顔を向けるファルシオンに、フェイルは穏やかな笑みを返した。

「子供の頃からずっと、いろんな夢や目標を追いかけて、結局何も叶えられずにここまで来た。ビューグラスの蛮行を止めるのだって、結局僕の力じゃなかったしね。僕も、ファルと同じなんだ」

「……」

「だから今日だけは、それを返上しないとね」

 そう力強く告げ、ファルシオンの持っていた袋を左手で受け取る。
 微かに赤みがかった顔で、ファルシオンは一つ頷いた。

「私も……」

「終わったぞ」

「!」

 何かを言おうとしたファルシオンを遮るように、ヴァールは音もなく二人の傍に戻っていた。
 想定よりも遥かに早く。

「……貴女は本当に」

「なんだ。言いたい事があるなら言え」

「何でもありません。お疲れ様でした」

 顔を背けるファルシオンを勝ち誇ったように一瞥し、ヴァールはフェイルと向き合う。

「後は好きにしろ」

「ありがとう。この恩は、今後の人生でしっかり返していくよ」

「自分の為にやった事だ。自律魔術に必要なのは実績だからな。貴様の為じゃない」

 そう堂々と告げるヴァールに見送られ、フェイルは部屋の中央へ向かった。
 

 そして、ヴァールとファルシオンに目で合図を送り、袋をランプの炎で炙る。
 暫く燃えるのを待ち、そして――――天井に向かって全力で放った。
 
 袋は暫く宙を舞い、途中で形を失う。
 閉じるのに使っていた紐が、焼き切れた為だ。

 そして、中身が漏れ出す。
 粉々になったガラスの破片が炎を宿し、霧散する。


『アルマさん、星空って、見たくない?』


 あの時と同じように。
 闇の中にそれらが舞うその光景は――――少しだけ、星空と似ていた。
 

「アルマさん」


 火の粉よりもずっと光の強いその欠片が宙を舞う中、フェイルは虚空へ向けて語りかける。
 虚空でなくする為に。


「メトロ・ノームを照らし続けるのはアルマさんしかいないよ。そうやってずっと、ここを見守ってきたんでしょ? だから――――」


 微かに。 


「戻って来て、約束守らせてよ」


 光が、動いた。










 

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