物事には必ず始まりがあり、始点には必ず素因がある。
 ただし、原因や動機、きっかけといったものが必ずしも重要であるとは限らない。

 例えば、とある偉人の生誕祭があるとする。
 当然、素因となるのは『その人物が偉人となった事』『偉人の生誕を祝う事』であり、発端の理由は余りに明確だ。

 けれど、その発端から何百年、何千年もの時が流れれば、自然と祭りは別の意味を持ち、全く異なる様式へと変化していく。
 当然、その祭りの目的は偉人の生誕を祝う為だった訳だが、何千年も前の偉人の誕生日を本気で祝福する人間が果たして参加人数の何割を占めるのかというと、それは微々たる数字と言わざるを得ない。

 発端にまつわる素因など、実のところ大した意味はない。
 このような怪しげな物を食するようになったのは誰が最初に試したからかなんて考えながらキノコを食べる人間はまずいないし、占星術の生みの親に思いを馳せながら他人を占う占い師もほぼ皆無。
 過去は重要だし、開拓者は偉大だけれど、今を生きる人間が常にひれ伏す謂われはない。

 魔術もまた、然り。
 魔術というものが、誰の手によってどのように生み出され、現在の形になったのかは歴史的な意味では重要だが、実際に魔術を使用する際にわざわざ考える必要はない。
 戦闘を優位に進める上で役に立たないのであれば、わざわざ学ばなくても良いという魔術士も少なくない。

 よって『魔術とは何か』を追及する魔術士の数は、年々減少傾向にある。
 そこを繙いたところで、実務上は大して役に立たないという判断からだ。

 だがそれは、魔術学という分野を停滞、場合によっては退化させる事に繋がっている。
 少なくとも、そう考える魔術士はいる。
 何故なら、魔術の発展は魔術の根源を知り、そこから新たな道を切り拓いていく必要があるからだ。

 しかしいつだって、開拓者は敵視されてきた。
 異分子扱いされてきた。
 安寧と恒常を脅かす邪魔者だと疎まれてきた。

 現在、高い志を持って魔術の新たな可能性を模索する研究者を、魔術国家デ・ラ・ペーニャは歓迎していない。
 ヴァール=トイズトイズの一族も、その例に漏れず苦難の日々を送り続けて来た。

 魔術とは――――人々の心に根差した畏敬の具現化。
 人間が長い歴史の中で恐怖を刷り込まれ、同時に憧れもした自然現象の脅威を、人間の力の範囲で形にしたのが赤魔術・青魔術・黄魔術・緑魔術だとトイズトイズ家は解釈していた。
 それは彼らの持論という訳ではなく、遥か昔からある有力な説の一つでもある。

 だったら、人の心に根深く染み付いた感情もまた、魔術として具現化できる。
 例えば、『誰からも攻撃されたくない』『侵略されたくない』と人間が願い続けた結果、それがやがて『結界』として魔術化したのかもしれない。

 ならば、魔術には無限の可能性がある。
 すぐには無理でも、何十年、何百年という時を積み重ね、想いを育み続ける事で、それは新たな魔術になるかもしれない。

 ヴァールの祖先がそう考え、自律魔術を生み出した――――かどうかはわからない。
 ただ、『魔術に自分の意志を持って欲しい』という願いを持っていた可能性は高い。

『自動的に追跡する魔術』を開発したかったのか、『敵に動きを読ませない魔術』を欲したのか、『魔術自体に話を聞き、更なる発展の手掛かりを得ようとした』のか、それはヴァールら末裔にはわからない。
 わかっているのは、自分達の祖先が願い続けた自律魔術という夢が、自分達の代で叶えられるかもしれない事。
 オートルーリングの普及によって、それはいよいよ現実味を帯びてきた。

 だが皮肉にも、それがトイズトイズ一家に悲劇をもたらす。

 ヴァールには二人の兄がいた。
 長兄は優秀な研究者で、父の跡を継ぎ自律魔術の研究を行っている。
 一方、次兄は魔術士としての才に恵まれず、研究者としての適性はなく、ヴァールのように自律魔術を操る才腕もなかった。

 自律魔術の実用化が現実味を帯びるにつれ、次兄は不甲斐ない自分を責め、才能ある者への妬み、嫉みを抱き、次第に追い詰められていく。
 生真面目で優しい性格も災いし、軽口で発散するような器用さも発揮できない。
 葛藤と苦悶で日々、次兄の心が荒んでいるのを目の当たりにしたヴァールは、その原因の一つでもある自分がいなくなれば良いと考え、デ・ラ・ペーニャの実家を出た。

 隣国のエチェベリアに移住したヴァールは、自分なりのやり方で一家に貢献し、自律魔術の発展および普及を目指す事にした。
 仮に実用化が進んでも、自律魔術という異分子をアランテス教会が認める筈がない。
 認めさせる権力、財力を持つ人間の協力が不可欠だった。

 スティレット=キュピリエと出会ったのは、偶然と言えば偶然だった。
 メトロ・ノームに強い関心を持っていた彼女と、かつて教皇の命を救った薬草士の権威がいるという噂を聞きつけこの地を訪れたヴァールが接点を持ったのは、単なる巡り合わせに過ぎない。

 ただ、お互いの利害関係が余りにも綺麗に一致していた。
 ヴァールはスティレットの力がどうしても必要だったし、スティレットは自律魔術の特性が『世界の恥部』を覗く上で役立つと考え、両者は迷いなく主従関係を結んだ。

 本来は、ドライな関係であるべきだった。
 だがヴァールは、スティレットの姿勢や考えに傾倒し、その実績と度量に感服していった。
 親によって定められた道をそのまま歩むでもなく、逸れるでもなく、自分の価値観で完全に舗装していった彼女は、ヴァールには無敵に映った。

「私は、あの方のようになりたかった。だから、自分のなりたいあの方が変わっていくのが耐えられなかった」

 その部屋の灯りは消される事なく、煌々と照らし続けている。
 ヴァールと、部屋の主であるフェイルの姿を。

「だが私は、あの方の表面しか見ていなかったんだろうな。あの方が"アマルティア"を追放してまで世界の恥部とメトロ・ノームを独占しようとした理由は未だにわからない。それだけ拘っていて、貴様にだけは共有を許した理由も」

 フェイルは頬杖を付きながら、彼女の独白に口を挟む事なく聞き続けている。
 ヴァレロンを離れ、共に行動しながら自律魔術の発展とアルマ=ローランの復活の接点を模索する日々は、決して平坦ではなかった。
 何故なら、フェイルが視た世界の恥部の中に、魔力化した人間を元に戻す方法は見当たらなかったからだ。

 更にもう一つ、必須なのが『空気中に漂う魔力の検査』を可能とする能力、若しくはアイテム。
 あの書なき書庫に漂う魔力化したアルマを正確に、完璧に集める為には、それが出来なければ始まらない。
 その上で、魔力に意志を持たせる自律魔術によって、魔力となっているアルマの自意識を呼び覚ます事が出来れば、統合させる事も不可能ではない。

 この一年、様々な方法でヴァールはそれを試した。
 一度実家に戻り、自律魔術の研究がどれだけ進んだかを確認し、その上でまた戻って来たが、収穫は殆どなかった。
 現在は聖輦軍に所属しているという兄との和解にも至らず、自身の不甲斐なさを何度もフェイルに吐露していた。

 圧倒的に強い。
 肉体も精神も魔力も、全てが。
 フェイルがずっと抱いていたヴァールへの印象は、この一年でほぼ完全に覆っていた。

「情けない。貴様なんかに嫉妬するなど……」

「本当だよ。もうちょっとシャキッとしないと」

 そしてフェイルは、弱さを見せるヴァールを決して甘やかさなかった。

「……あの方は、永遠の命を欲していたのか? 生物兵器でそれを実現させる為に勇者計画を利用し、花葬計画に手を貸していたのか?」

「さあ。どうだろうね。でもハッキリしてる事が一つあるよ」

 ベッドの上に寝転がり、フェイルは呟く。

「あの人は流通の皇女である事に、何よりも誇りを持っていた。彼女の行動は全て、その為のものだったんじゃないかな」

「まさか……メトロ・ノームを流通に利用しようとしていたのか?」

「例えば、世界一大きな倉庫にするとか、ね」

 推察は尽きない。
 だが憶測は所詮憶測。
 ここにスティレットはいないし、恐らく二度と会う事はないと、二人とも理解していた。

「あ、そうそう。実は今日、有名人に会ったんだ」

「貴様はほぼ毎日国王と会っている筈だが、それ以上の有名人がいるのか?」

「まあね。ヴァールにとっても結構因縁のある人だから、聞く価値のある話だと思うよ」

「……?」

 その後、ヴァールは部屋にいる時間の大半を憤怒の表情で過ごした。
 ただし、最後は別だった。

「空気中に漂う魔力を検査できるアイテム、存在するらしい。手配もして貰った。流石に賢聖だけあって仕事早いよ」

「……ついに見つけたのか。なら、貴様の勝ちだな」

 魔力の検査を行う方法はフェイル。
 魔力状態のアルマが統合できる手段はヴァール。

 先にどちらが見つけるか、といった勝負をしていた訳ではないが、ヴァールはそう口走った。

「別に義務じゃないし、強制も出来ない。でも、ヴァールの一族にとって重要な実績になる筈だ。だから、頑張って」

「容易く言うな。世界の恥部にないって事は、まだ誰も発想すらしていない事なんだ」

「なら、協力を仰げば? 信頼できる人に」

 特に深い考えなくそう呟いたフェイルに対し、ヴァールは眼光鋭く睨み――――

「貴様は最悪の屑だな」

「え……どういう事?」

 苛立ちと同じくらい、別の感情を込めた呪詛を吐いた。











 

                         前へ      次へ