勇者計画の最終到達点は『勇者の墓』。
 騎士デュランダル=カレイラに公開処刑された勇者候補リオグランテの悪行を、永遠に語り継がれるよう詩碑として残す。
 その負の刻印が、勇者という称号が如何に愚かで無益なものだったかを教示し、二度と民衆から英雄が生まれないようにする。

 花葬計画の最終到達点は『生物兵器の完全制御』。
 人間の生命の限界を遥かに超え、半永久的――――或いは永遠に生きる事が出来る身体を作り出す。
 そして万が一、死こそが幸福だと判断するような事があれば、その命を自身の意思で終わらせる事が出来るようにする。

 この二つの計画は、結局のところエチェベリア現国王ヴァジーハ8世の願望を叶える為のものだった。

 一国の王であり成功権力者。
 国内において、彼に楯突く者はおらず、その権力は何者にも冒される事なく絶対の威光が確約されている。

 だがそれでも、ヴァジーハ8世は恐れていた。
 己の権力が手からこぼれ落ちる事、民衆から愛想を尽かされる事、自分以上の存在が現れる事、そして――――死を誰よりも恐れていた。

 そんな彼が、永遠の命を欲するのに然程時間はかからなかった。
 エチェベリアという国がどうあるべきかを第一に考えなければならない立場でありながら、時の王は恐怖から逃れる事に腐心していた。
 生まれながらに全てを手にしていた故に、その喪失が彼にとってあらゆる困難であり悪だった。

 故に、その臆病さは異常な領域に達していた。
 永遠の命がもし手に入ったとしても、その永遠がやがて『死ねない』という不自由に置き換わり、それによって永永無窮の苦痛になると想像し、また怯えた。

 結局のところ、彼が最終的に欲したのは自由だった。
 奇しくも、息子であるアルベロア王子と同じものを、父であり王であるヴァジーハ8世もまた願っていた。

 息子が立案した勇者計画と、流通の皇女が提案した鎮魂計画の代案、花葬計画。
 この二つを、国家戦力の中枢を担う二人、ガラディーン=ヴォルスとデュランダル=カレイラにそれぞれ別個に命じたのは、彼らが最終的に争い合う構図を作る為だった。

 何故なら、この二人もまた、国王にとっては邪魔な存在だったからだ。

 国家の守護者たる両名だが、同時にこの国を象徴する存在として民衆から慕われている。
 国王の名前を知らずとも、剣聖と銀仮面は知っている子供は少なくない。

 極めて遺憾。
 それがヴァジーハ8世の、彼らに対する評価だった。

 既に王宮内に両者の派閥が出来上がっていた為、そこに誘導するのは容易かった。
 剣聖ガラディーンの、デュランダルに対する劣等感と畏怖。
 デュランダルの国家への忠誠とガラディーンに対する敬愛の念を利用すれば、計画は予定通りに進む。

 同士討ち、最低でもどちらかの死亡。
 小心者の王は、悪魔のような心で計画を進めさせた。

 そして、実の息子であるアルベロア王子もまた、彼にとっては消去すべき存在だった。
 自分の権力を奪う唯一の存在であり、その思想も相容れない。

 彼にとって、国家の冠は無為そのものだった。
 何故そのようなものが必要なのか、まるで理解できなかった。
 国家とは――――国王の物であると、そう信じて疑わないからだ。

 自由は欲した。
 だが自由国家など、何の価値もない。

 国は国王の為にあり、国王は永遠に国王であるべき。
 腰抜けの王は、究極的なエゴイズムをその心に宿していた。
 そのような死角なき永久的安寧がなければ、安心を得られないからだ。

「さて……此度の計画遂行、誠に御苦労であった」 

 跪く忠実なる僕、トライデント=レキュールに声を掛けるヴァジーハ8世に高揚感はない。
 全てが願い通りだった訳ではないし、仮にそのような形で幕を引いていたとしても、決して笑顔など見せない。
 己の理想が己にとって最善であるとは限らないと、彼は常に自分をも疑っているからだ。

「勿体なき御言葉。それに、全てが予定通りとはいきませんでした」

「そうだな。だが最も厄介なデュランダルは死に、ガラディーンは無力化。アルベロアも危篤と聞いている。勇者候補の汚名も広まったし、生物兵器についてもかなり良い実験が出来たようだ。満足いく成果だったと言って良い」

 ――――それは本心ではない。

 ただ、どれだけの成果だったとしても、やはり満足は出来ない。
 それがヴァジーハ8世の背負った業。
 彼の心から、臆病の虫が消える事はないのだから。

 今回の計画において、国王から命令を受け動いていた王宮の人間もしくは元王宮所属の人間は、総勢十名を越えている。
 ガラディーンやデュランダルはもちろん、アロンソ=カーライルも、クレウス=ガンソも、エスピンドラ=クロウズも、プルガ=シュレールも、ロギ=クーンも、カバジェロ=トマーシュも、アバリス=ルンメニゲも、皆そうだ。

 全員に国王自ら、若しくは専用の伝達係を用い、独自の命令を与えていた。
 勇者計画の取り纏めや残党狩り、ヴァレロンにおける各ギルドとの連携が主な仕事だったが、中には特定の人物の監視を命じた者もいた。

 そのターゲットはフェイル=ノート。

 かつて宮廷弓兵団に所属し、封印の間にある資料を目にした青年。
 世界の恥部を知り得る可能性を持った人物だった。
 スティレットの協力者で、魔術国家デ・ラ・ペーニャの教皇とのパイプ役にもなっているビューグラスの実の息子でもある。

 邪魔ではあるが、利用価値もあった。
 デュランダルとも親しいその青年は、かつて彼から暗殺者としての教育を受けていたとの報告があった。
 ならば、今回の計画において命令を下した連中の口封じに使えるかもしれない。

 だが、その試みは失敗に終わる。
 ならば、消えて貰うしかない。

「勇者一行の中に調整役を入れて、ヴァレロンに留まらせたのだったな。その人物も既に始末しているんだろうな?」

「はい。今回の計画について知っている人間は全て、メトロ・ノームに閉じ込めました。脱出も食料調達も不可能です」

「……実際に確認はしていないというのか?」

 ヴァジーハ8世の左目のみが見開かれる。
 だがそこに怒気はない。

「殺したと確認したところで、それが死を絶対に保証するものではありません。生き返る事もあれば、擬態もあり得ます。ですが、メトロ・ノームを完全封鎖すれば、万が一そのような事があっても時間経過によって死に絶えます。より確実な方法を採らせて頂きました」

「よろしい。この世に"絶対はない"。それを理解している者が執行者の中にいた事を喜ばしく思う」

 トライデントに与えた使命は――――スティレットの監視。
 そして最終的に、彼女を始末する事。
 それ以外の行動は特に制限せず、状況に応じて適宜判断するよう命じていた。

 多くの人間が戦死する中、彼は生き残り、使命を果たした。
 その報告を聞いて、ヴァジーハ8世はそれでも尚、己の成功を、勝利を確信しなかった。

「望み通りの褒美を遣わす。無論、王宮復帰も確約しよう。暫くゆっくりと休むと良い」

「御意」

 元王宮騎士団【銀朱】分隊長。
 今回、ヴァジーハ8世はそのような肩書きの者を多く使った。
 喪失を補おうとする力が何よりも強いと信じているからだ。

 永遠にあると思っていたものがなくなった時の失望。
 それを埋める為、永遠を追い求める為、彼は生き続けている。
 その他の全てを無言で踏み躙って。

 そんな暴君の存在を、エチェベリアという国は――――決して許さない。


「……後悔はしないな?」


 謁見の間から出たトライデントは、虚空に向かって問う。
 臆病な王が、自分の決めた人物以外と会う事は決してない。
 なら、会う事が決まっている時間に訪れる以外、対峙する機会はない。


「しないよ。このままだと、何も前に進まないから」

「国王殺しは俺も、他の誰であっても庇えはしない。例え生き残ろうと、お前の人生はそこで終わる」

「だったらそれが――――」


 気配なき虚空が、ゆらりと捲れる。


「僕が背負うべき『的外れの罪』だ」


 人の道から外れる罪。
 神と律法からの離反。

 フェイルは迷いなき瞳で床に伏した門番をそのままに、今閉じたばかりの重厚な扉を開いた。












 

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