「貴方が勇者計画を推進していた……というか、自ら発案していたのは知っています」

 スティレットの思考を自分のものとして取り込んだ事で、フェイルの頭の中には彼女の持つ情報の全てが入っている。
 当然、アルベロア王子が彼女の話した事に関しても。

「でもそれは多分、貴方の父君……国王によって誘導されたか、利用されたに過ぎない。貴方の掲げる自由国家の思想は、父君にとって都合が良すぎたんでしょう」

「……」

 それでも尚、アルベロア王子は言葉を発しない。
 デュランダルを失った事で、彼の計画は全て潰えた――――と言わんばかりに。

「貴方は勇者計画を成功に導く為に、父君が押し進めていた花葬計画を利用しようとした。その上で、父親の失脚を企てていた。でも実際には、貴方の方が父君の掌の上で転がされていた。貴方は無能と思っていた父君に完敗したんですね」

「……ああ、そうだ」

 ようやく、重い口が開く。
 王子はずっと耐えていた。
 自分を押し潰してくる現実から、必死に自分を守ろうとしていた。

「今ならわかる。父は勇者を毛嫌いしていた故に、余の勇者計画に賛同するのは当然の結果……そう考えていた。だが、父こそが余の案を利用していた。貴様の言うように、誘導されていた可能性すらある」

 無能の父。
 保身以外に何もしない、病的に臆病な国王。
 アルベロア王子にとって、物心がついた頃から刷り込まれていた、絶対的な真実だった。

 だがそれは、あくまで国王としての彼の評価に留めるべきだった。
 ヴァジーハ8世が国王として無能なのは間違いない。
 だが、人間として――――命に執着する生物としての本能は、この世の誰よりも濃いと評価すべきだった。

「……世界の恥部の中に、我が国の恥部は含まれていたのだな?」

「ええ」

「ならば問う。我が父は何を目論んでいる? 最終的には何を手にしようとしている?」

 既に王子の中には、確信に近い答えがあるのだろう。
 そう判断しつつも、フェイルは隠す事もなく、ありのままを伝える事にした。

「今の地位の永久的な確保。それを実現する為に必要な幾つかの条件の中に、例えば不死である事、そして……第一王子である貴方に自分の地位を奪われないようにする事も含まれています」

「…………フ」

 王子の顔が――――歪む。

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 その笑い声は、自然に発生したものでは到底なく、明らかに無理して、意識して笑っているように発した声だった。

「余が求めた自由国家とは、何人たりとも縛り付ける事の出来ない強き国家。己の前に広がる荒野に恐れない国民達。自由である事を拒まない心意気の集合。しかしその国の長は、自分一人が、自分だけが永遠に国王の地位に縛られるのを望んでいるのか! これはなんだ!? 皮肉と呼ぶには余りに痛々しいではないか!」

 結局は、理想という檻の中から抜け出せなかった、ただ拙いだけの常識人。
 そんな自分を自覚し、理解し、アルベロア王子は道化じみた自分を表に出した。

 だが父親は違う。
 本物の狂人だ。
 狂人が強い訳ではないし、まして賢王である筈もないが、底の見える自分とは明らかにステージが違うと判断するしかなく、王子の自我は崩壊寸前に追い込まれていた。

「そこまで卑下しなくても、王子サマには王子サマの良さがあるわよン♪」

 世界の恥部から帰還して、初めてスティレットが口を開いた。
 それはフェイルにとって、最早記憶の片隅にもない別の人格。
 声を聞いてようやく、現実の彼女がこういう喋り方なのを思い出した。

「フフ……正直に言って構わないぞ、流通の皇女。余の理想を聞いて、呆れ果てた……いや、歯牙にも掛けなかったのだろう。心中で下らないと一蹴していたのではないか?」

「どうしてそう思うのン?」

「余を見る貴様の目が、一般人を見る目と何ら変わりないからだ」

「あら、それはその通りだけど、別に気にする事ないわよン。たかが王族というだけで、アタシの目の色が変わる事はないからねン♪」

 その言葉には、アルベロア王子も、ファルシオンやフランベルジュも、ハルやハイトも、絶句を禁じ得ない。
 一方、スティレットの思考について何もかも知っているフェイルと、その一端を理解しているビューグラスは、特に驚く様子も見せなかった。

「アタシは流通で世界を支配しようとしている女。もし大陸を纏める長がいても、その人物に神のような力でもない限り、目で媚びる理由はないわよねン♪」

「……貴様は……」

「わかったでしょう? 王子サマ、貴方の考えはアタシは好きよ。だって、アタシの生き方と貴方の理想、似てるんだもの」

「似てるもなにも……そのものではないか」

 愕然とするアルベロア王子を余所に、フェイルは顔を少しだけ曇らせていた。

 彼女の言葉に大きな嘘はない。
 だが小さな嘘はある。
 少なくとも――――自由という言葉を堂々と提示できるほど、彼女の人生は自由ではなかった。

「ならば、貴様はこのメトロ・ノームを……」

「ええ。そう遠くない未来、アタシのものにするわよン。その為の根回しや下準備はとっくに進めてるわン」

「……最早、余はただの抜け殻に過ぎないな。父親に弄ばれた挙げ句、命すら取り上げられる運命にある。その上、大層に掲げた理想は既存のものに過ぎなかったとはな」

 その場に腰を落とし、右脚を曲げてその膝を抱え、アルベロア王子は蹲る。
 自由とは程遠い姿で。

「だったら、その殻を僕に預けてくれませんか」

 フェイルの言葉に、王子は即座に反応した。
 同時に、ファルシオンも微かに瞼を動かす。
 フェイルがこれから何を言おうとしているのか、何をしようとしているのか――――それを既に予想していたかのように。

「勇者計画を発案し、師匠を使ってリオを殺した貴方は許せません。王族の為ならば死ぬのが王国の住民の定めだとしても、未来ある子供を犠牲にした貴方の愚案をこれ以上野放しにも出来ません。その上で、貴方にお願いしたい事があります」

「……」

 声で許可こそ出さなかったが、王子は発言の続きを促すように視線をフェイルに向ける。
 それを受け取り、フェイルは穏やかな顔で告げた。


「怠惰の王をこの国から消し去って下さい」












 

                         前へ      次へ