排外的愛国主義ならば、まだ救いはあった。
 例え盲目的であっても、自国の為に排他的になる姿勢は、国王として一つの責任の昇華ではある。
 決して正しくはないが。

 しかし現国王の思想は、極めて幼稚で、極めて無責任だった。
 慎重という表現は、あくまで国王陛下の尊厳を保つ為に用いられる、紙で作った王冠だった。

 彼はあらゆる危険を拒んだ。
 自分が国王として過小評価されるのは勿論、過大評価されるのも良しとはしなかった。
 かといって、正当な評価によって自分が凡王と称されるのも大いに不満だった。

『戦争をしない国王』

 再び平和が崩れた後年にそう評価される事を、ヴァジーハ8世は厭う。
 戦いに挑む勇猛さがない日和見主義と呆れられるからだ。

『戦争を好む国王』

 平和な時代が続く未来にそう評価される事を、ヴァジーハ8世は忌み嫌う。
 蛮王ここに極まれりとジンゴイズムを嘲笑されるからだ。

 この先、世界がどのような経過を辿るのか、正しく予想できるほどの先見の明はない。
 現国王は、自分の能力を客観的に精査する能力はあった。

 なれば、どうするのが最善か。

 戦争は一度だけ仕掛ける。
 しかも勝利する。
 しかしいち早く、速やかに終戦させ、その記録だけを残す。

 これしかなかった。

 その為、多くの犠牲を払った。
 隣国デ・ラ・ペーニャに対し、戦後絶対に侵略はしないと誓い、金銭授受は勿論の事、アランテス教会および魔術士の大量受け入れや人体実験など非合法の研究データの保管など、様々な条件を提案した上で、当時の『元老院』と呼ばれるデ・ラ・ペーニャの諮問機関と組んだ。

 教皇には決して知らせない。
 仕組み仕組まれた戦争であると。
 勿論、実際に戦う騎士や魔術士たちに知らせる筈もない。

 巨大権力を持つ元老院が負ける為の人員配置の調整を行ったことで、エチェベリアは短期間で戦争に勝利した。
 その十日に満たない戦争は、瞬く間に世界中に知れ渡ったが――――デ・ラ・ペーニャは然程、各国で笑い種とはならなかった。

 各国の王は薄々気付いていたからだ。
 ガーナッツ戦争が仕組まれたものだと。
 確証はなかったが、当時の教皇教皇ゼロス=ホーリーが戦争後も地位を降りずにいた事で各々が察した。
  
 彼もまた、権力に取り憑かれ縋り付いた男だった。
 教皇である事を放棄するなど、決して認められない。
 死するその瞬間まで絶対にその座を明け渡さないと、不治の病と言われていた病魔に冒されながらも息巻いていた。

 両国のトップは、性格が似ていた。
 近親憎悪を抱く事なく、二人は親しい関係にあった。
 だがヴァジーハ8世は、隣国の教皇をほんの一粒も信用していなかった。

 戦争は無事終わり、彼は『戦争をした国王』と『戦争をいち早く終わらせた国王』という実績を同時に作った。

 だが、まだまだ足りない。
 勇者という称号も、突然変異的に凶悪な生命力と戦闘力を生み出す生物兵器も、反逆者になり得るデ・ラ・ペーニャの魔術士達も、自分の地位に一刻も早く就きたがっている息子も、皆が敵。

 そう。
 ヴァジーハ8世は、病的なまでに仮想敵を作り出す人間だった。

 勇者計画をアルベロア王子が発案した際、彼の脳裏に浮かんだのは、勇者という称号の殲滅のみならず、発案者の息子を排除するシナリオだった。
 息子の性格は、当然熟知している。
 自分の思想を具現化する為なら、危険を顧みず自ら現地へ赴き計画の遂行を目指す。

 明らかに、自分を反面教師とした人格形成。
 それもまた、ヴァジーハ8世にとって不愉快な事実だった。
 親子の情は、早い段階でなくなっていた。

 勇者計画と同時に、花葬計画――――死を制御する計画を進行させたのは、英断だった。
 これによって、死滅させたい勢力、称号、思想を全て一箇所に集め、そこで間引きができる。

 自分にとって無害なのは誰か。
 誰もが利益と害悪を共存させているが、利益が勝るからといって残す必要はない。

 無害だけが生かすべき対象。
 それが、ヴァジーハ8世の思想の全てだった。

 ガラディーン=ヴォルスの功績は素晴らしい。
 デュランダル=カレイラの忠誠心は信頼に値する。

 だが、彼らにはクーデターを起こす力がある。
 影響力がある。
 実際、派閥が生まれている。

 例え本人達にその気がなくとも、いずれ誰かが旗を掲げ、反逆を試みるかもしれない。
 エチェベリアを代表する二人の騎士は、国王にとっては――――火種だった。

 


「……だから、二人が激突するよう仕向けたの。その流れを作るのに協力したのが、あたし」

 不意に、フェイルの意識に再び紛れ込む女声。
 スティレットは何処か、恍惚したように声を弾ませていた。

「勇者計画はともかく、花葬計画は安楽死とか口減らしの是非とか、結構重めのテーマを扱ってるように見えるけど、実際にやってる事は臆病な王様によるジェノサイドなのよね」

「馬鹿げてる……!」

 自分にとって害になるもの、全てを亡き者にする。
 その為に、息子の王子の野心を利用し、しかも始末しようと目論んでいた。

 これが――――現国王。
 エチェベリアという国を統治する者の正体。
 フェイルは怒りというより、とてつもない不愉快さにあらゆる神経を侵され、発狂しそうになっていた。

「貴方が知りたかった事の一つがこれなのね。知ったところで、ただガッカリするだけなのに」

「……この国王は、最終的に何を望んでいるの? 永遠の命? その為に、生物兵器を悪用しているの?」

「んー、違うと思うけど。200年経っても死なない国王なんて、気持ち悪いだけじゃない? 絶対嫌われるでしょうし、国王様の性格上、それは嫌がりそうよね」

「訳がわからない」

 最早、自分の価値観ではどうにもならないと悟り、フェイルは思わず泣き言を口にした。

「あの性格だから、自分の本当の目的とか理想はあたしにも話さないのよね。随分協力してあげてるのに、連れない御方なのよ。でも――――予想くらいは出来るのよね。あたし、狂ってるらしいから」

 狂ってる人間の考えている事は、なんとなくわかる。
 そんなスティレットに対し、フェイルは――――

「それはきっと、アニスやリジル、アルマさんを救う手掛かりになる。違う?」

 余り抵抗なく同調していた。









 

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