誰が聞いても負け惜しみ。
 しかも呆れるくらいに幼い言動。
 特に、子供の頃からビューグラスを知るフェイルには、彼の発言は一際寂しく聞こえた。

「支離滅裂です」

 当然、誰もがそう思う。
 それを最初に口にしたのはファルシオンだった。

「ほんの一瞬だけでも薬草士が他者を凌駕する場面を作れれば、それで満足とでも言いたげですが……とてもそんな事に意味があるとは思えません。フェイルさんは薬草士ですが、今この場にいる彼が薬草士として何かをしましたか? それはただの肩書きに過ぎません。フェイルさんは、貴方の暴走をアニスさんの兄として止めに来たんですから」

「構わんよ。儂には関係のない話だ」

「な……」

 ビューグラスの姿勢は常に一貫している。
 自分の子供達に対し、真の意味で親として接した事など一度もない。

「貴方は……いえ、私が糾弾したところで、それこそ意味なんてないんでしょう」

 どれだけ声を荒げようが、例え胸ぐらを掴もうが、この目の前の人間には何も伝わらない。
 そう諦めざるを得ないほど、ビューグラスは硬直した顔をしていた。
 まるで死人のように。

「今、こうして儂と君達が話している事も、それ以前のやり取りも、全て世界の恥部に吸収される。この国の新たな恥としてな」

「……?」

 ビューグラスの不可解な発言に、ファルシオンだけでなくフェイルも、その他の面々も眉を顰めた。
 世界の恥部に吸収――――今まで誰も使わなかった表現だ。

「既に認めているが、あらためて言おう。儂は敗れた。勝者はフェイル、お前だ」

 敗北宣言さえも、何処か心が弾んだように聞こえる。


 これは――――

 止めたと言えるのだろうか?

 止まったと言えるのだろうか?

 彼の狂気は止まるどころか、加速しているのではないか?


「流通の皇女と、その右腕たる自律魔術の使い手を寸断したのもお前。勇者一行をここまで連れていたのもお前。クラウ=ソラスがデュランダル=カレイラを止めたのだけは意外だったが……クラウ=ソラスが無傷でここに来られたのも、お前と関わったからなのだろう」

 そんな疑念が、急速に膨らんでいく。

「僕を持ち上げても無駄だよ。僕は別に貴方の作品じゃない。貴方が負けたと言うのなら、それは自滅だ。アルベロア王子とも、スティレットとも足並みを揃えず、ただ利害の一致で行動を共にしていただけ。だからこんな結末になった」

「まさにその通り。だが、我々は目的が違う。それぞれに夢があり、野望があった。最初から手を組める間柄ではなかった」

 三者三様、それぞれが独裁者気質。
 ビューグラスの肯定は、それを認めるものだった。

「では、この場をどう収めるのか。好きにしなさい」

 そこまで告げた後、ビューグラスは壁に背を預け腕組みし、沈黙した。
 この態度を余裕と取るならば、彼がまだ毒を隠し持っている可能性がある。
 そもそも、もう一種類毒を持っているのは確実で、それを使わせる訳にはいかない。

「身体検査の後、貴方を拘束する」

「当然の判断だ」

 敗北を認めながら、まるで上から物を言うような態度。
 それは、ビューグラスの人格として矛盾はない。
 薬草学の権威は昔から、このような人間だ。

「ハル。お願い出来る?」

「ま……しゃーねーな。他に適任って奴もいねーし」

 損な役回りには慣れていると言わんばかりに、ハルはフェイルの傍から離れる為、一歩を踏み出し――――そこで止まる。

「なあ、フェイル」

「何?」

「親父は何をしたかったんだろうな」

 それは、この場で答えられるほど簡単な質問ではない。
 ガラディーンの心情を推し量るには、彼は余りにも偉大過ぎる。

 ただ一つ言える事は――――

「愛用の剣を使用する魔崩剣なら、アルマさんの封印を解く事が出来たのかもしれない。ハルにそれをさせるのを防ぎたかったんだと思う」

「……わからねーな」

 そうは言いながらも、ハルは再び歩みを始めた。

「ま、あの化物とガチで戦いたかったってのは親父らしいがな。結果として、それが今に繋がってるのなら……それで良しとすっか」

 後頭部を掻きながらビューグラスの方へ向かう。
 ハルの納得は、父親の意地に対してのもの。
 もしガラディーンがデュランダルと戦わなければ、そこで消耗していなければ、クラウと相打ちになる事もなく、この場は彼の独壇場だっただろう。

 アルベロア王子にとっては最悪の結果。
 何より、彼は銀朱の師団長と副師団長の二人を全く制御出来ていなかった。
 王の資格なし――――自分自身そう自覚しているのか、既に王子の目からは覇気が消えており、まるで真夜中の森に迷い込んだ子供のような佇まいで、虚空を見つめている。

 指定有害人種であるクラウとデュランダルが今後どうなるのかはわからない。
 このまま死を迎えるのか、或いは回復するのか。
 いずれにせよ、この場で何かが出来る状態ではない。

 雇われの身であるファオ=リレーは、目的を失い傍観者に徹している。
 敗北宣言をしたビューグラスは、ハルから検査を受け、毒を押収されている。

 世界の恥部を目当てに集まった人間は、大半が沈黙した。
 そしてもう一人――――

「……」

 無気味なほど言葉を発しないで佇む、流通の皇女。
 その姿をヴァールがずっと気にかけている意味を、フェイルは考えていた。

「どうします? フェイルさん」

 その最中、ファルシオンが問いかけてくる。

「フェイルさんがここへ来た目的は……完全に果たせたとは言えないと思いますが、もう彼は実験はしないでしょうし、凶行は止まったと考えて良いと思います。後は……アルマさんですよね」

「うん」

 彼女がこの空間内に魔力となって漂っている事を、フェイルは実感していた。
 意思の疎通すらも。

「アルマさん。僕の声、聞こえるかな」

 視界はない。
 既に光はなく、フェイルの目は己の瞼の裏すらも映さない。
 だから、感じ取れる。

 ――――否。

『聞こえてるよ』

 見えている。
 それは、生物兵器に汚染された目だからこそ起こり得た、ある意味では当然の帰結。

 フェイルが失明したのは、酷使によって目の機能が停止したからではない。
 変化したからだ。
 それは進化とも言えるし、退化とも言える。

 暗闇を映し出す目と、遥か彼方を見通す目は、人間ではない別の生物の魔力が混じった事で生まれた変異。
 故に、生物兵器の浸食が進めば、最終的に行き着くのは――――究極の変異。
 極限の闇と永遠の距離を超えて、その先に何を映し出すのか。

「君を、今映っている元の姿に戻したいんだけど……どうすればいいかな」

 フェイルの目には、アルマの在りし日の姿がそのまま映し出されていた。









 

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