父を睨むフェイルの目は、苦渋に満ちていた。
 でもそれは、父親に引導を渡す事への悲痛ではなく――――虚しさだった。

「薬草を過去のものにしない為、魔術の発展を妨げる……やってる事が余りに子供じみてる」

 そして、同時に理解もした。
 ビューグラス=シュロスベリーの本質を。

「結局、貴方は何の為に『死の雨』を降らせたの? 魔力に効果のある毒の実験の為? スティレットの要望に応える為? 指定有害人種を無力化する為?」

「わかっているじゃないか。それら全てを、死の雨によって叶える為に――――」

「違うよ。貴方は自分の邪魔になるものを排除しているだけだ。死の雨も、毒も、そして薬草も、全てその為だ。貴方はエゴを満たす為に薬草を学んできたんだ」

 それは、余りに虚しい指摘だった。

 幼少期、あの大きな屋敷を構え、権威として多くの大人に一目置かれている彼に憧れた。
 街を離れ、その影響力がヴァレロンどころか王都にまで届いていると知り、感動さえ覚えた。

 そんな人物が自分の実の父と知った時、フェイルは複雑な心境の中に、ほんの一握りの誇らしさを覚えていた。
 見捨てられたに等しいというのに。
 親子関係を放棄されたというのに。

 だが、ヴァレロンに再び戻り、向き合った彼の姿は、子供の頃のように大きくは見えなかった。
 自分が成長し、目線が高くなっただけの話だと思っていた。
 けれど、少しずつ詳らかになっていく彼の人間性が、フェイルの思い出を薄く汚していった。

 自分を見捨て、アニスまで見捨て、彼がやって来た事は――――

「僕を使って他の権力者を排除していたのも、そう。貴方は自分にとって脅威となりそうな芽を躊躇なく摘む。その為には手段を選ばない。子供だろうと、無関係の他人だろうと、犠牲にする人間さえも問わない。いや、その区別さえ出来ない」

 特に深く考えず、気持ち悪いからという理由で、或いは好奇心から、目の前にいる虫を潰そうとする子供の行動そのものだ。

「それの何が悪い? 目的の為に他者を蹴落とすなど、どんな世界においても存在する競争原理に過ぎぬだろう。己の培った権力で、資金で、知識で、技術で、人脈で、目的を果たす為の努力をする。ごく普通の事ではないか」

 開き直るような素振りはなく、心底不可解といった声で、ビューグラスは反論する。
 フェイルはそれを、ずっと同じ表情で聞いていた。

「儂は薬草を研究してきた。この人生を捧げてきた。なれば、薬草が今後の世界に残り続けるよう尽力するのは当然の事。実験が必要なら行う。人間を殺す必要があるなら殺す。癒やす必要があれば癒やす。必要な資金を渡す代わりに靴を舐めろと言われれば、喜んで舐める。それだけの、事ではないのかね」

「全ては薬草の為に?」

「そうだ。人間がこれだけ繁栄したのは、薬草によって多くの病が、怪我が癒やされたからに他ならぬ。人類が世界を支配するに至った究極の功労者。儂には、その生命の神秘たる薬草を後世に残す使命が――――」

「違うよ」

 淡々と、決して熱を帯びる事なく持論を述べていたビューグラスに対し、フェイルもまた冷淡な声でそれを全否定した。
 世界一静かな親子喧嘩と言えたのかもしれない。
 だが当の本人は、そんな感覚は微塵もなかった。

「貴方は薬草の事なんて何一つ考えちゃいない。貴方が本当に薬草を残したいと願うなら、他人の命をいたずらに奪う事はあり得ない。それは毒だ」

「そう、毒だ。お前も薬草士の端くれなら理解しているだろう。薬草と毒は表裏一体。故に、どちらかだけを残す事は不可能。どちらも残さねばならぬ。毒の価値もまた、同様に知らしめなければならないのだ。儂にはそれが出来る。儂にしか出来まい」

 これまで常に、何処か他人事のように持論を紡いできたビューグラスの声に、表情に、目に、フェイルは宿るものを見つけた。

「やっぱりそうか」

 そして納得した。
 心の底から。

「貴方が心底惚れ込んで、人生を捧げてまで残そうと尽力してきたのは、薬草じゃない。毒草……毒だけだ」

 人を癒やす力ではなく、人を殺す力。
 人を変質させる力。
 街に――――国に恐怖を植え付ける力。

 ビューグラスが魅入られているのは、それを可能とする『毒』であると、フェイルは結論付けた。

「きっと最初は違ったんだろうね。でも、邪魔者を排除していく内に、それ自体が目的にすり替わってしまった。自分の生成した毒で人が死ぬ事、大勢が死ぬ事で社会が混乱する事に歓喜を覚えるようになり、夢中になった。のめり込んだ。回復魔法の研究を妨げたいのは、毒による殺傷の邪魔になるからでしょ?」

「……」

 フェイルの言葉を聞いていた誰もが、何も発しない。
 ある者は納得し、ある者は呆れ返る。

 ビューグラスの反論がない以上、的を射た指摘だと判断せざるを得ない。
 だとしたら、この国の薬草の権威は今や、殺人の為の毒に耽溺する狂人という事になる。

「何処かの段階で、生物兵器に浸食されたアニスを治すって目標を貴方が持っていたんじゃないかって期待してたよ。でも確信した。貴方は僕にもアニスにも興味はなかった。アニスの中にある生物兵器とアニス自身の生物兵器への反応だけが興味の対象だった。だから、彼女だけ手元に置いていた」
 
 最早糾弾する気にさえならず、フェイルは粛々と会話の主旨へと繋げていった。

「そんな貴方だから、用意した毒はきっと一種類じゃない。魔力にしか効かない毒と、もう一種類の毒」

 ビューグラスの眉がピクリと動くのを、その場にいる内の三人が見逃さなかった。

「二種類……?」

 その三人には入っていないハルが、眉間に皺を寄せてフェイルに説明を促す。
 何故、二種類用意する必要があるのか。

「ビューグラスは、世界の恥部を覗ける人間が一人限定とは知らなかった。なら本来は、誰を脅す必要もなかった。スティレットがヴァールに命じ、世界の恥部の封印を解いたところで、スティレットに続いて自分が覗けば良かった訳だし」

 だが、彼の目的は世界の恥部を覗く事ではない。
 自律魔術の発展を妨げる必要がある。
 つまり、邪術などの情報が眠っているであろう世界の恥部そのものをこの世から葬る必要がある。

「そして同時に、自律魔術の研究を行っているヴァールも始末出来れば尚良い。なら、ヴァールの主であるスティレットも手に掛ける必要がある。要するに皆殺しだよね」

 その為に必要なのは、世界の恥部が封印されていたアルマを確実に葬る毒と――――

「不死型の指定有害人種であるスティレットを殺す毒。ビューグラスが最も苦慮した標的は、彼女だったんじゃないかな」

「そういう事ですか」

 一足早く、ファルシオンが理解を示す。
 フェイルは一つ頷き、その光なき目をビューグラスの気配のする方へ向けた。

「薬草学の権威は人間に浸食した生物兵器を殺す毒を研究していたけど、都合良く生物兵器だけを殺す毒は見つからなかった。けど……魔力に寄生するタイプの生物兵器なら、魔力を殺せば自然と乖離する。その上で、普通の毒を使えば――――」

 不死型の指定有害人種でも、確実に殺せる。
 ハイトが懸念していたように、ビューグラスはその研究を実用段階まで進めていた。

「だから、二種。恐らく普通の毒の方は、自分で持っている。自衛も兼ねてね。でもアニスさんを殺す為の毒は、この部屋に短時間で充満するような毒が必要だ」

 なら、仕掛けは容易に想像がつく。
 フェイル自身、かつて同じような"罠"を仕掛けた事があったから。

「でも、毒を隠すような場所は何処にも……」

「隠す必要はないよ。毒矢みたいに塗れば良い」

 この部屋全体に。
 壁に、床に。


「――――だよね、アルマさん」


 ビューグラスの表情が強張っているのを確認しながら、フェイルは先程声を届けてくれた彼女へそう呼びかけた。










 

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