「……随分と人口密度の高い部屋ね」

 開口一番、呆れ気味にそう告げたフランベルジュを先頭に、ファルシオン、そしてヴァールが無言のまま書庫に入った。
 これで総勢13名が室内に踏み入れた事になる。

「フェイルさん……!」

 室内に、ずっと探していた人物の姿を確認したファルシオンは、直ぐにフェイルの元へと駆け出す。
 周囲には明らかに敵勢力がいるにも拘らず、余りに無防備な行動。
 しかしそれを咎める者も、邪魔する者もいなかった。

「ファル。なんか久し振りに会った気がするね」

「フェイルさん、目が……それに、あそこに倒れているのは……」

「ま、そういう事」

 ファルシオン相手に、今更一から十まで状況を説明する必要などない。
 全てを察した彼女にフェイルがすべき事は一つしなかった。

「まだ何も終わっちゃいない」

 とても重要な事実の確認。
 そして注意喚起。

「……」

 ファルシオンはその一言で、書庫および両計画の現状を理解した。

「これで関係者は全員揃ったようね。全く、こんな事なら慌てて一番乗りを目指すんじゃなかった」

 普段とまるで違う、ごく普通の女性のような口調で、流通の皇女スティレットは感情を露わにする。
 それが苛立ちなのか、或いは歓喜なのか、この場にいる誰もが理解し難い表情。
 だからこそ――――

「目指してなんかいなかったでしょ。師匠が怖くて逃げ回ってたくらいだし」

 唯一、彼女の顔が見えずにいるフェイルだけが、答えに辿り付けた。
 スティレットの思惑に、本音に――――

「貴女にとって唯一無二の脅威は、貴女を殺せるかもしれない師匠。その師匠に対する抑止力になる人物を、貴女はずっと探ってた。結論は、僕かクラウか。クラウが先にこの場に辿り着くって情報をウエストから得て、確証を得たのちに貴女はここへ来た。違う?」

「……何時にも増して鋭いじゃない。視力を失くして鋭さを増したわね」

「軽口ばかりの貴女より、今の貴女の方が話しやすいね。少なくとも、得体の知れない人物だった頃よりは」

「その必要はもうないでしょ? だって、欲しい物が目の前にあるんだから」

 何かを愛でるように目を細め、スティレットはその荒んだ視線をヴァールへと向ける。
 彼女にとって――――

「貴方たちには結構振り回されたけど……目的のものを手に入れる為に飼っていた大事な子がここに来てくれたのなら、それで十分」

 切り札となる存在に。

「ヴァール。これまでの不審な行動は全て不問にするわ。契約通り、貴女の一族の魔術研究を支援し続けてあげる。だから、言う事を聞きなさい。その為に貴女は長年、あたしに尽くしてきたんでしょう?」

 スティレットは、当然のようにヴァールの心情、そして裏切りとも言える行為を把握していた。
 そしてヴァールもまた、彼女が自分の全てを見透かしていると察していた。

「この区域、多分この室内に、アルマ=ローランが魔力となって宙を彷徨っているの。魔力体、とでも呼ぶべきかしらね。当然、魔力なんてあたし達には目視出来ない。でも探し物が得意な貴女なら見つけられるのよね?」

 相互理解という点においては、フェイルとファルシオンすら及び得ないほどの繋がり。
 故にスティレットは、これからヴァールがどう答えるかもわかっていた。

「見つけられます。でも、出来ません」

 そしてそれは、想像通りの返答だった。

「どうしてかしら? 貴女にとってあたしへの反抗は致命的な筈なのに。一族の悲願を、貴女の代で終わらせるつもり?」

「スティレット様……貴女がやろうとしている事は、この場にいる私以外の全員を敵に回します。そうなった時、私一人で貴女を守る自信がありません」

「それってつまり、あたしが暴走してるって言いたいの? あたしが冷静さを欠いて、目的に目が眩んで『世界の恥部』を覗いた後の事を考えていないって思ってる?」

「……」

 事実、ヴァールの解釈はそれに近いものだった。

 スティレットは、圧倒的な財力を持ちながら、それを有効利用していない。
 例えば、彼女なら大勢の私兵を雇い、邪魔者を殲滅するくらいの力業は出来る。
 なのに、そういった事は一切行っていない。

 最小戦力で事を進めていた理由は何か?
 余りにも単純。
 彼女は『金で雇った人間』を信用しないからだ。

「あたしの夢は――――このメトロ・ノームに自分の信頼出来る人間だけしかいない理想の国を作る事。世界の恥部を覗けば、きっとそれが実現するの」

 そう語るスティレットは、不思議と夢見がちな乙女のように純粋だった。
 ファルシオンも、フランベルジュも、そしてハルやハイトも驚きを禁じ得ない。
 彼女を知る人間ならば、そんなスティレットの表情に違和感を覚えない方が難しい。

「関連性が良くわからないけど、貴女は世界の恥部に何を欲してるの?」

 その表情が見えないフェイルは言葉だけを追いかけ、そう問う。
 余りに壮大で、余りに個人的な彼女の野望が、一体何を必要条件としているのか――――

「決まってるじゃない。あたしが永久にあたしで居続けられる方法よ」

 つまり、生物兵器の完全支配。
 或いは、完全分離。
 身体は生物兵器に浸食されても、意識は永遠に浸食されないようにする方法を、スティレットはずっと模索していた。

「有力な方法として、あたしは魔力による生物兵器の制御を考案したの。元々生物兵器は魔術に対抗する為のものでしょ? なら、魔力に特別な干渉をするかなって思った訳。案の定、あたしの体内の生物兵器は、魔力に敏感な反応を示したわ。なら、魔力さえ制御下におけば、生物兵器が意識を浸食しようとしても魔力の方に方向転換させる事が出来る、って思ったの。あたし頭良いでしょ?」

 ずっと誰かに自慢したかったのか――――堰を切ったように、スティレットは饒舌に持論を述べた。
 実際、この話が通じる相手はこの場にいる数名くらいだ。

「でも、あたしは潤沢な魔力を持ってなかったから、どうすればいいのかずっと悩んでたのよ。そこでヴァール、貴女と出会ったのよね」

「……」

「あなたの一族の研究する自律魔術。あれを応用すれば、あたしの身体の生物兵器を完全支配出来ると思ったんだけど……まだまだ不完全だったのよね。だから出資したんだけど、結局あたしの思うような成果は得られなかったわ」

 そこまで話したのち、スティレットは失望とは違う種類の大きな溜息を吐いた。








 

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