「指定有害人種は、貴方の生物兵器実験によって生み出された存在なんだよね?」

 込み上げてくる怒りを堪えきれず、フェイルの語調は厳しさを増す。
 それに対し、ビューグラスの表情は静かに歪みを増していった。

「言いがかりはよして貰おう。指定有害人種が生まれたのは、儂が実験に着手するより遥か昔。無様に散ったそこのクラウ=ソラスは、儂より上の世代なのだぞ?」

 見た目は30〜40代くらいだが、クラウはリッツの母であるトリシュの父親。
 つまり、リッツの祖父であり、世代的には50〜60代と推察される。

 そんな彼が生物兵器に汚染されたのは、トリシュがまだ子供の頃。
 今から約30年ほど前と思われ、ビューグラスがそんな昔から生物兵器実験を行っていたとは考え辛い。
 きっかけがアニスの生物兵器汚染だと仮定すれば、十数年前と考えるのが妥当だ。

「クラウさんもトリシュも指定有害人種じゃないよ。少なくとも最初は不老型じゃなかった筈だ」

「……」

「わかりやすいのはトリシュだ。彼女が生物兵器に汚染されたのは、まだ子供の頃。でも彼女の姿は20代の成人女性だ。つまり、10年以上経ってから老いが止まっている。その時点で何者かが不老型の指定有害人種に"変えた"」

 何者か――――それが誰を刺しているのかは余りに明白。
 フェイルの皮肉は、ビューグラスの顔色を変えるには至らなかったが、反論を許す事もなかった。

「貴方は……膨大な数の実験を失敗した。生物兵器を生かしたまま制御可能な植物の調合を何度も何度も失敗し、多くの犠牲者を出した。それを隠す為に、指定有害人種――――被験者の一部を『正体不明の有害な存在』に指定した。それは、生物兵器の実験を進めたい国にとっても好都合だった」

 国をあげての人体実験。
 その被験者の一部は生物兵器に汚染され、自我さえも失った。
 そんな憐れな人々を『指定有害人種』と銘打ち、まるで人類の敵、或いは突然変異による不具合であるかのように扱った。

「僕は貴方の暴走が、花葬計画を実現する為のやむを得ない為の蛮行という自覚の元に行われていると思っていた。でも違った。貴方は薬草学の地位を向上させ威光を保つ為なら、何一つ罪悪感を抱かない。薬草学の重要性を知らしめる事以外に興味がないんだ」

「御名答。まさかお前が儂をそこまで理解するとはな」

 まるで悪びれる様子もなく、寧ろ喜々とした表情で、ビューグラスはフェイルの仮説を肯定した。

「とはいえ、儂の正しさについての認識は全くなっていない。薬草士を名乗りながら、命を一般論で捉えるなど愚の骨頂。お前はまさか、未だに死を悲しんでいるのか? デュランダル=カレイラの死に随分と感傷的になっていたようだが」

「……何が言いたいの?」

「一流の薬草士は人間の死に思いなど巡らさないと言っている。これは医師も同じだ。優れた治療者ほど、治療不能な人間と出会っている。その数だけ見殺しにしているものだ。その都度命を惜しんでいては、救える者も救えなくなる。より多くの人間を癒やすには、より多くの人間の死を看取り、そして糧にするのだよ。それこそが『偉大なる死』だ」

 異質。
 そして余りに不可解。

 ビューグラスの死生観は、フェイルの理解の範疇を超えていた。

 理屈だけなら一応理解は出来る。
 薬や医療技術は、多くの人間に使ってこそ向上するし、その仮定で人を死なせてしまうのは必然だ。
 でもそれを怖がっていては、薬学や医学の発展はない。

 ただし、それはあくまでも結果であって、前提であって良い筈がない。
 前提とすべきは、犠牲者を一人でも少なくする事だ。
 ビューグラスの発言と思考は、犠牲者を出す事こそが発展の条件であり、その数が多いほど夢に近付いている、とさえ受け取れる。

「残念だが、あの若造とは最後まで意見が合わなかったがね」

「……最後?」

「カラドボルグ=エーコードは既にこの世にはいない。邪魔だったのでね。良い技術と知識を持っていても、正しく活用する精神を持たなければ、中途半端に割り込んで来られるだけの迷惑な存在に成り下がるのだ。儂はこれまで、そんな人間を沢山見て来た。実に不愉快だったよ」

 後半の御高説を無視し、フェイルはスティレットに視線を向けていた。
 先程から苛立ちを露わにしている彼女の顔は、一層曇っているようにも見える。

 ビューグラスとはずっと蜜月関係だった彼女が、ここに来て何故――――

「そろそろ、その無駄な会話を終わらせて欲しいものね。あたし達は今、時流の最前線にいるのよ?」

 何故焦っているのか?
 明らかに焦燥感を滲ませ、普段と口調まで違っている。
 まるで、事態が変わるのを嫌っているかのように。

「オジサマ。貴方の願いは花葬計画の成就じゃなかったの? 薬草学の顕示が本当の目的だったの?」

「同じ事だ」

「寧ろ真逆じゃなくて? 花葬計画は薬草学の敗北、葬送だって言ってたじゃない」

 薬草学の葬送――――それが花葬計画の名前の由来だとすれば、スティレットの発言には説得力がある。
 だがビューグラスは同意しなかった。

「薬草学と生物兵器との合流は、決して敗北ではない。寧ろエチェベリアの夜明けと言うべきであろう。違うかね?」

「……だそうよ、王子サマ。生物兵器と人間の共存は、自由国家としてはどうなのかしら? 貴方は生物兵器を利用する物としか考えていないみたいだけど」

 生物兵器推奨派の国王ヴァジーハ8世は勿論、アルベロア王子も生物兵器の活用には反対していない。
 だが、魔術国家デ・ラ・ペーニャへの対抗策と国防を生物兵器に依存するヴァジーハ8世の考えと、生物兵器を数多ある選択の一つとしか考えていないアルベロア王子とでは、大きな隔たりがある。

 ビューグラスの目的が薬草学の絶対的な顕示、即ち『薬草と生物兵器の融合を国の柱とする』であるならば、それは明らかに国王寄りの意見だ。

「……貴様まで余を裏切るのか?」

 歯軋りが聞こえそうな形相で、アルベロア王子が立ち上がる。
 ここまで来て、誰もが自分から離れていく現状。
 耐え難い屈辱と無念が渦巻いている。

「おいおい。どうなってんだよこの国は。何もかも歪じゃねーか」

 思わずハルが呆れるのも当然の事。
 彼の言葉通り、あらゆるものが歪んでいる。
 王族が蔑ろにされている現状も含め。

「王子サマ。あたしと組まない?」

 故に、その空間を支配出来るのは、最初から歪んだ人物のみ。

「貴様……父だけではなく、余まで狂わせるつもりか?」

「貴方のお父サマにはもう飽きちゃったの。だって、同じ事しか言わないんだもの。あたしが最初に吹き込んだ事を繰り返し繰り返し……自分が思い付いたみたいに。気持ち悪いと思わない?」

 息子を前に、一国の主を『気持ち悪い』と断じる。
 彼女は何があっても、誰に対しても流通の皇女だった。

「余計な会話のおかげで論点がズレちゃってたけど、今のこの状況わかってる? 『世界の恥部』を覗きたくても覗けないのよ。それを封印している人間が"視えない"から」

 そして、皇女は嗤う。

「でも、あたしなら彼女を見つけられるの。その為に準備をしてきたから。ねえ……ヴァール」

 同時に、三つの足音が忙しなく書庫内に響き渡った。








 

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