常に飄々とし、何事にも動じない。
 華麗に戦塵を舞わせる姿は『天駆ける死神』の二つ名を生み、ヴァレロンの市民を時に恐怖に陥れ、時に頼もしく思わせた。

 けれど、それは全て虚構に対する評価に過ぎない。
 クラウ=ソラスなる人物は、本来この世には存在しないのだから。

 ならば今の自分は一体、何をもって生きていると言えるのか。
 自分自身を証明するのが自分の意思のみならば、自意識の真偽は何が保証してくれるというのか。
 スコールズ家の大黒柱だった時代とは容姿も変わり、別人になり果てた中で、クラウは自身を何度も見失いそうになっていた。

 娘を元に戻したいという当初の願いは露と消え、彼女がいかに幸せに生きるかを優先した。
 諜報ギルドから取り戻したトリシュは、最早子供の頃の面影は微塵もなく、明らかに狂ってしまっていたのだが、それはそれで楽しそうでもあった。
 特に、勇者一行の一人、フランベルジュという女剣士と出会ってからは、例え明らかに格下ではあっても、刺激を受け充実した日々を送っているように見えた。

 ライバルは良きもの。
 そう感じさせる娘の姿に、クラウはあらためてこの街で生きている自分が誰に生かされていたかを思い知った。

 野蛮なようで、その実知的な人間。
 狡獪なようで、その実純情な男。
 好戦的な性格に裏はなく、あくまで自己の赴くままに振る舞ってはいたが、どうすればヴァレロンが平和であるか、市民が安全に暮らせるか、その事を誰よりも考えていた。

 共に飲んだ事は一度もない。
 理想を語り合う仲では決してなかった。
 競合する傭兵ギルドの代表者として、思想をぶつけ合い、激しく衝突し、牽制し合い――――その中で、お互いを理解してきた。

 ライバルがいたからこそ、クラウ=ソラスとしての人生が実りあるものとなった。

 故に抱く。

 娘の命を奪ったデュランダル=カレイラ。
 好敵手の命を弄んだスティレット=キュピリエ。

 最早枯れ果てた筈の、敵対心を――――殺意を。

「まずは貴殿。そして、流通の皇女」

 クラウの体内に変調が生じる。
 殺意に呼応するかのように、力が湧き出てくる。
 自我が吹き出してくる。

「この機会に感謝を」

 指定有害人種の最後の希望であり、寄る辺でもあった少女に礼を告げたクラウの身体は、次の瞬間、宙を舞っていた。

 三下相手なら兎も角、デュランダル相手に足を地から離すなど、本来なら愚の骨頂だが――――迎え撃ったデュランダルの剣が空を切る。
 クラウの跳躍は、圧倒的リーチを誇るフィナアセシーノによって、空中での軌道修正を可能とした。
 鎌の峰は上部にある為、天井、床、壁の何処を突いても刃こぼれはしない。

 空振りしたデュランダルには当然、隙が出来ている。
 クラウの接近速度は、彼が立て直すより速く、隣接して更に鋭さを増した。

「……!」

 観戦するアルベロア王子が思わず硬直する。
 彼の目には、大鎌の一閃がデュランダルの身体を抉った――――ように見えた。

「む……!」

 だが刃は身体に食い込んではいない。
 敢えて首ではなく、回避し辛い胴体を狙ったフィナアセシーノによる一閃を、デュランダルは鎌の長い柄に剣を入れる事で防いだ。

 鎌の刃はデュランダルの皮一枚を切り裂いたのみ。
 右腕一本の力で、クラウの全力の攻撃を食い止めた。

 壊れても尚、怪物。
 しかしクラウは、その事態を読み切っていた。

 止められた手応えがあった瞬間、反発力を利用し、その場で逆回転。
 右側から薙いだ先程とは反対の方向から、左回転でデュランダルを再度襲う。

「……ぐっ!」

 それでもデュランダルは防ぎ続ける。
 防がれてもクラウの攻撃は止まらない。
 傍から見ればデュランダルの防戦一方だが、当人同士はその連撃を五分と認識していた。

 クラウの攻勢が押し切るか。
 間隙を縫ってデュランダルが仕留めるか。
 両者、呼吸する間もなく決め手となる一撃への布石を探っていた。

「フフ……美しいわン♪ 武を極めた人間と、娘の仇討ちに燃える人間の魂の共鳴……私も男に生まれたかったわねン」

 観戦する中で、軽口を叩くのはスティレット一人。
 戦闘能力を有するハイトとファオは勿論、両者の動きなどまともに見えてもいないアルベロア王子とビューグラスさえも、二人の攻防に絶句している。

「これが……生物兵器の引き出す人間の可能性か。親父が傾倒するのも頷ける」

「あら、王子様。珍しく御父上をお褒めになるのね」

「褒めたつもりなどない。あの病的な保身主義者にとって心強いであろうと皮肉ったまでだ。だが"使える"のであれば、忌避する理由もなかろう」

 自由である為には――――強くなければならない。
 自由国家である為には、強い国でなければならない。

 アルベロア王子の信念は、父への反発に基づくものではない。
 故に、父の全てを否定してもいない。

 父親に絶対服従の姿勢を見せる騎士・デュランダル。
 彼にとってその存在は、自分に忠誠心を見せるどんな騎士よりも、剣聖よりも、ずっと価値のある人間だった。

「確かにあの男……生物兵器が馴染んでいるようだ。動きはまるで見えぬが、不安定さが微塵もないのはわかる」

 目を細め、ビューグラスが呟く。
 長年付き合ってきた研究対象の煌めきを、その粋を眺めるかのように。

「――――が、限界のようだ」

 その刹那。
 嵐のような攻撃を続けていたクラウが、突然大きくバランスを崩す。

 足に力が入っていない。
 極限まで研ぎ澄まされた集中力によって活性化された生物兵器が、まるで体内の魔力を喰らい尽くし慟哭をあげたかのように、崩壊の時は訪れた。

 終わりだ。
 そう言わんばかりに、デュランダルは決して油断のない、予備動作を最小限に抑えたコンパクトな振りでクラウの首を狙う。

 そして、それこそが――――

「終わりですな」

「!」

 本来、勝ちを確信し緩めるなど決してしないデュランダルを欺く、クラウの仕掛けた最後の罠だった。

 限界が来ていたのは事実だった。
 だからこそ、デュランダルはその好機を確信した。
 確実に、決して力む事なく、最高の鋭さをもってオプスキュリテはクラウを襲った。

 その攻撃の一部始終が、クラウによって誘導された。

 デュランダルならば、勝負が決したその瞬間こそ油断なく堅実に命を奪いに来る。
 そう信じ、クラウは自分の首を薙ぐデュランダルの手首に絞り、フィナアセシーノの刃を走らせた。

 自分の首を切られるのを無視したそのタイミングは、無敵を誇る銀朱の副師団長さえも――――回避不可。


「友よ……」


 クラウの首は、胴から離れはしなかった。
 だが、動脈を切り裂かれ夥しい量の鮮血が舞う。
 戦闘不能には十分であり、例え死を確定させるものではなくても、この場においてそれは破滅を意味した。

「貴公の仇は、別の誰かに委ねる事にします。どうか御容赦を」

 声にならない声で許しを請い、クラウは自身の血に伏せる。
 横たわるその身体は、指定有害人種ではあっても、機能の即日回復は困難。
 クラウの戦いはここで終わった。

 そして――――

「デュランダル! バカな……!」

 アルベロア王子が顔面蒼白でそう叫ぶ中、国の至宝の両腕からは、溢れんばかりの血が流れていた。








 

                         前へ      次へ