壊れている――――その言葉が正しいか否か、デュランダルのどの部分を指した言葉なのか。

 それを解き明かす間もなく、両者は同時に動いた。

 一度は空を切ったデュランダルのオプスキュリテが次に狙うは、クラウの首。先程よりも一歩深く踏み込み、確実に切り落とす意識で斬撃を放つ。
 だが、その攻撃は余りに正直過ぎた。踏み込みの速度も、斬撃の鋭さも別次元ながら、クラウは容易にそれを躱す。
 デュランダルが動き出す前から、既にクラウの上半身は背後に仰け反っていた。

 死神の反撃もまた、デュランダルの首を狙う。
 死神の鎌を模したフィナアセシーノの刃は、デュランダルを後ろから襲撃した。
 まるで鞭のようにしなやかに、クラウの右手はデュランダルの命を狩ろうと弧を描いた。

 一切の反応を許さない、完璧なタイミング。 
 意識の死角から襲いかかる絶対的なカウンター。
 首を飛ばされた直後ですら、自分が斬られた事に気付かない、そんな一撃――――そのつもりだった。

 だがデュランダルの首は飛ばない。
 一滴の血飛沫さえ散らない。
 彼は――――二撃目の空振りのフォロースルーを極限まで大きくし、自身の真後ろまで剣を伸ばして、背後のフィナアセシーノの刃にぶつけた。

 これは、最初から攻撃を躱される事を想定していなければ決して行えない防御。
 自身の渾身の一撃が防がれた事への落胆より遥かに、その事実をクラウは重く捉えた。

 デュランダル自身が壊れている事を自覚しているのか。
 万が一の不覚が許されない王子の御前とあって、慎重になっているのか。

 考えるまでもなく前者だと判断したクラウの次の動きは、先程より遥かに迷いのない、鋭利さを増したものとなった。

 攻撃を防がれたとはいえ、未だデュランダルは傍。
 超接近戦の距離となれば、大鎌状の武器を操るクラウに勝機はない。
 だから一定の距離を空けるのが唯一の選択肢の筈だったが――――クラウはその場での回転を選択した。

 獲物を持つ腕を伸ばし、自身の身を回転させ、遠心力をもって大鎌を薙ぐ。
 それ自体はスタンダードな大鎌の攻撃スタイルの一つで、複数人相手に威嚇も兼ねて放つなど有効となる場面は多い。
 特に足払いの要領で敵の足を薙ぐ攻撃は、身を屈めて敵の攻撃を回避する行動とセットで繰り出せる為、使い勝手が良い。

 しかし予備動作の大きさは如何ともし難く、自分と同等以上の速度で動く相手にはリスクの方が大きくなる。
 クラウが今敵対しているのは、そこに該当する相手。
 例え壊れていようとも、その動きの質と反応速度はクラウを凌ぐ。

 故にクラウは、迷いなくこの攻撃を選んだ。
 必ず、この予備動作を隙と見る。
 そう判断して。

 回転の最中――――クラウはデュランダルのオプスキュリテを握る右手が"消えない"のを視認した。
 高速で動いてはいた。
 だが消えてはいない。

 それが何を意味するのか、同じ種類のものを身体に棲まわせているクラウが見逃す筈もない。

 デュランダルの踏み込みは鋭く、回りながらフィナアセシーノを薙ぐクラウの一撃が自身に届くより前に一閃出来るタイミングだった。
 にも拘らず――――デュランダルは途中で攻撃を止め、回避を選択した。
 滑り込むように沈み、大鎌を避ける。

 それは、クラウとの距離を大きく縮めつつ攻撃を回避する優れた防御ではあった。
 ノーダメージで、尚且つ接近戦の有利性を確保出来るのだから。

 けれど、普段のデュランダルなら選ぶ必要はない選択。
 オプスキュリテでクラウの大鎌を持つ手を切り落とすのが容易に行えるタイミングだったのだから。

「やはり……」

 今度は素直に背後へ跳び、クラウは中距離を確保した。
 
「間違いなく壊れていますな。私見通り」

 言葉を浴びせるのは、デュランダルへの精神攻撃が目的ではない。
 彼を見守る他の面々――――特にアルベロア王子の反応を確認する為。

 デュランダルが本当に何処かを痛めている、或いは生物兵器の活用が不可能な状態になっているのなら、今の一言に無反応ではいられない。
 そう目論んでの事だった。

 万全なら、そもそも最初の一撃を外してはいない。
 単に疲労や負傷で弱っているのなら、生物兵器を頼る筈。
 デュランダルが、王子を護衛するのに自分の矜恃を優先させるような人物でない事は、クラウもよく理解していた。

 必中の右腕は発動していない。
 使いたくても使えない。
 その確信を、クラウは得ようと試みた。

「……」

 そして、その策は奏功した。
 アルベロア王子は露骨に顔を歪ませていた。
 罠かと勘ぐりたくなるほどに。

 王宮にいたクラウは、王子の性格をある程度は把握している。
 傑物ではあるが、奸智に長けたタイプではない。
 自分を出し抜くような狡猾さを備えている人物像は、例え彼がその後成長していたとしても、まず重ならないと結論付けていた。

 故に確定。
 デュランダルは今、絶対的速度を持つ必中の右腕は使えない。

「身体能力にも、多少の綻びが見受けられますな。恐らくは負傷。そして、その負傷が原因で……あの一撃が使えない。そんなところですかな――――」

 話を妨げるデュランダルの剣は、またしても空を切る。
 彼の攻撃がこれだけ外れるのは、かつてない出来事。
 アルベロア王子の顔からは、余裕が完全に喪失していた。

「何をしているデュランダル! 手こずるような相手ではないだろう!」

「あら王子様、それは違うわン♪」

 独特の狂気をその身に宿しているとはいえ、所詮はお坊ちゃま。
 そんなアルベロア王子の本質を優しく撫でるように、スティレットが否定を唱える。

「クラウ=ソラスは国内でも指折りの化物よン。ヴァレロンでは弟と同等みたいな扱いを受けてたみたいだけどン、どう贔屓目に見てもあり得ないわン。ご覧になって、同じ生物兵器キャリアのこの子ですら、怯えているくらいよン」

 護衛としてスティレットとビューグラスの隣に付いているファオ=リレーが、両者の攻防を目の当たりにし、小刻みに震えている。
 その意味は――――

「スティレット様の仰る通りです。申し訳ありませんが……私の力では、あの男から皆様をお守りするのは……」

「無理ねン♪」

 正直に戦力差を認めるのも、護衛の務め。
 彼女はその役割を果たした。
 それによって、デュランダルの敗北がより重みを増す。

 同時に――――

「贔屓目に見て……ですか。まるで身内であるかのようなその物言い」

 クラウの全身から発する殺気も、膨張を開始した。

「実に不愉快ですな」








 

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