「本来ならば、諸君等にアルマ=ローランの居場所を吐かせるところだが……」

 激昂するハイトに眉一つ動かさず、アルベロア王子は穏やかに語る。
 アルマは、彼がこの国の次期国王である事は知っていたが、彼の人となりについては知らない。
 彼が自分を狙っている事も、その動機も。

「ここまで辿り着いた諸君等に、余は敬意を抱いている。故に、尊厳を奪うような真似はしたくない」

「拷問してケロッと吐きそうな人達には見えないしねン♪」

 事も無げにそう告げるスティレットを一瞬視界に収めつつ、王子の言葉は続く。

「争おうではないか、正々堂々と。そして勝利した者が全てを得る。如何かな?」

「ほう。まるで、昔この場所であった事を再現するかのようですな」

 そのクラウの返答に、王子とビューグラスが同時に微かな反応を示した。

 一方、スティレットとデュランダルは顔色一つ変えず、前方を泰然と眺めている。
 ファオに関しては、元々話の内容に耳を傾けてさえいない。
 彼女はただ必死に、与えられた役目を果たそうとしていた。

「知っていたのか。"アマルティア"達の顛末を」

「でなければ、私がこの場を知っている道理はありませんな」

「城の隠し部屋で資料を見付けたか。よくあの量の書物の中から発見出来たものよ」

「我々スコールズ家にかけられた、呪いのようなものです故に」

 人には見えない魔力となって室内を漂うアルマは、感傷と共に二人の会話を聞いていた。


 かつて――――メトロ・ノームは生物兵器の実験から派生した第一次勇者計画の凍結に伴い、破棄される予定だった。
 だが、研究者達は人生の全てを捧げたこの場所の消滅を拒み、最後まで研究を続けた。
 スティレットの支援もあり、彼らはこの地下世界で生きる事が出来た。

 しかしある日を境に、一人、また一人とアマルティアの人々は姿を消していった。
 そして最後にアルマだけが残った。

 この真相を、アルマはつい先程クラウから聞かされていた。
 彼は自身に、娘に、そして孫にまで引き継がれてしまった生物兵器による汚染の連鎖を断ち切る為、王宮内で力を伸ばしながら、王城の隠し部屋で資料を漁っていた。
 そしてついに、メトロ・ノームとアマルティアの人々に関する文献を見つけ出した。

 彼らは皆、地上へは出られない。
 禁忌とも言える実験の数々を行い、国家主導の生物兵器の研究を行ってきた以上、口封じは必至。
 そんな彼らが生き残りを賭けて守護したのが、この本棚なき書庫だった。

 元々ここは倉庫だった。
 書物の倉庫。
 本棚を置く事さえも空間の無駄と判断し、記録書や資料を積み上げるだけ積み上げる、そんな場所。

 このメトロ・ノームで行われた活動全てを記した書物。
 すなわち、この国の恥部を記した本。
 彼らは、その一冊一冊を交渉の道具とし、スティレットと協議を重ねた。

 贅沢な暮らしは要らない。
 安全に、全員が地上で暮らせるような未来が欲しい。
 命を脅かされる事のない、質素でも穏やかな日々。

 それが、疲弊しきったアマルティア達の願いだった。

 彼らにとって、アルマは希望だった。
 生物兵器の研究を行う上で、魔術はどうしても必要だった。
 魔術士として、封術士として人並み外れた才能を持った彼女の存在は不可欠だった。

 本当に不可欠だった。

 彼らが生き延びるには。

「残念だけど、ここにあったのは全部、エチェベリア限定の恥部だったのよねン。思いの外、あの堅物達は交渉上手だったわン♪」

 それを見抜いた瞬間に、スティレットはアマルティアへの支援を打ち切った。
 以降暫く、彼女の姿がメトロ・ノームに現れる事はなかった。

 だがそれは交渉が決裂した事を意味しない。
 スティレットはあくまでも仲介役だったからだ。

 最終的に、この書庫にあった書物は全て国が買い取り、城の隠し部屋にある数多の資料の仲間入りを果たした。
 アマルティア達の――――国外追放を条件に。

「自分達で国外追放を望むなんて、中々出来る事じゃないわン♪ しかもお隣の魔術国家に♪ でも、だからこそあの人達は安全を手に入れられたのよねン」

「生物兵器を生んだ少数民族……トゥールト族だったか。リジルの紹介で彼らの庇護下に入り、助かろうとしたのだな」

 ビューグラスもまた、アマルティア達の行く末を知る一人らしい。

 トゥールト族は反魔術士の勢力であり、魔術国家デ・ラ・ペーニャにいながら、国家と対立している。
 アマルティア達がエチェベリアの国家機密を彼等に漏らしたところで、エチェベリアに傷手はない。
 一方、デ・ラ・ペーニャの魔術士達に漏らせば、それは『生物兵器のデータを魔術士に売った裏切り者』と見なされ、トゥールト族から報復される。

 そういう縛りがあるからこそ、国外追放処分は許可された。
 アマルティア達が、デ・ラ・ペーニャに情報を売る事はない。
 そしてデ・ラ・ペーニャに住むアマルティア達が、エチェベリアから口封じされる事もない。

 何より、彼等はエチェベリアに同胞を残している。

 否。

 生け贄を残していた。


 天才少女のアルマを一人、メトロ・ノームに残した事で、アマルティア達は安全を確保する事が出来た。
 もし自分達が絶滅すれば、アルマの中に封印されている『世界の恥部』を解放する方法は誰にもわからなくなる――――それこそがアマルティア達の切り札だった。

 アルマの過去の記憶は封印されている。
 本人が解除する事は出来ない。

 そんなアルマを連れて行けば、彼女を連れ戻す為に必ず刺客が送り込まれる。
 だからメトロ・ノームに残した。
 彼女がエチェベリアにいる限り、世界の恥部はそこにあり、例え封印されたままでもそこにありさえすれば、エチェベリアにとって他国への非情に強力な牽制になるのだから。
 
 星を読む少女。
 星読みとはすなわち占星術であり、天体によって運命を占う者を指す。
 だが、星のないメトロ・ノームで『管理人』という役割を与えられたアルマは、一生運命を占う事など出来ない。

 決して自身の未来を語る事の出来ない少女。
 生け贄として荒野の牢獄に放置され、逃げる事も出来ず、抜けだそうと思う事さえ封じられ、明確な理由を知らないままメトロ・ノームを一人守ってきた『見えない星を読み続けている少女』。


 アルマは、そうなるよう人為的に生み出された――――意思を持つ魔力だった。








 

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