ヴァールの魔術によって生み出された青い炎は、彼女の意思に沿ってスティレットの行き先を忠実に辿っていく。
 部屋を出て右に曲がり、通路を直進。
 そこから更に右折、左折、右折と炎は止まる事なく進んでいく。

 相変わらず薄暗い為、既に通った廊下かどうかは判別が難しい。
 炎の進行速度が然程速くないのは、ファルシオンを背負うフランベルジュにとっては幸いだった。
 下手したら迷子になりかねない。

「……そう言えば、あの場末剣士はこの辺にはいないのかしら」

 ヴァールが同行を拒んだ事もあり、ハルとは現在に至るまで別行動が続いている。
 探索魔術を持つヴァールとは違い、ハルには行動の指標となるものが何もないので、この複雑な院内を今も彷徨い続けている可能性が高い。

「迷わせておけばいい。あの男の軽薄な言動はどうにも受け付けない」

「あれで結構気を使ってたりするんだけどね」

「……仲が悪いとばかり思っていたが、そうでもないのか?」

 意外と言わんばかりに、数歩前を進むヴァールはそう問いかける。
 勿論振り向く事はしない。
 先行する炎は自分の魔術とはいえ、ヴァールの手を離れ独立した動きをしているので、一度見失うと探すのは骨が折れる。

「勿論良くはないし、正直鬱陶しいのはアンタと同意見なんだけど、別に嫌いって程でも……まあ嫌い寄りの普通って感じ。前も言ったけど、戦力にはなるし」

「お前よりは実力は上だろうな。銀朱の二人やクラウ=ソラスやバルムンクには及ばないが、他の連中相手ならそれなりにやれそうな奴ではある」

「そこまでわかってるなら、我慢してでも一緒に行動してた方が良かったんじゃないの?」

「……あの男は剣聖の実子だからな。信用しろと言う方が無理だ」

 そのヴァールの言葉に、フランベルジュは剣聖ガラディーンがアロンソの心臓を貫いたシーンを回想し、思わず顔をしかめる。
 首を撥ねたり、腹を切り裂いたりといった、残虐な殺し方ではなかった。
 だがあの時のガラディーンが発していた禍々しい雰囲気は、忘れようにも忘れられない。

「でも、剣聖って確かアンタの上司と組んでるんでしょ? なんで使用出来ないのよ」

「あの男は狂気に取り憑かれている。そしてそれを、全力で取り繕っている。デュランダル=カレイラが銀仮面なら、あの男は血に染まった朱の仮面だ」

 それは、ガラディーンが何度もフランベルジュ達の前で見せた朗らかな顔とはまるで違う一面。
 だが、納得せざるを得ない。
 彼が血塗られているのは、既にフランベルジュも理解しているのだから。

「……元々そういう人間だったの?」

「さあな。本心は本人にしかわからないし、いつどんなタイミングで狂っても不思議じゃない。想像くらいならつくが」

「予想で構わないから話してよ。ここまで言っておいて中途半端なところで止められるのは気持ち悪いんだけど」

 寝息を立てるファルシオンを担ぎながら歩いている割に、フランベルジュは息を切らしもせず、普段通りに話す。
 その強がりに敬意を表し、ヴァールはこの話題の続行を決めた。

「部下の台頭。恐らくはな」

「それって……デュランダルに自分の地位が脅かされるかもってビビッたって訳? 剣聖が?」

「多分な。しかしこの国の希望とまで言われた銀仮面を始末する訳にもいかない。そこまで愚かではないだろうし、剣聖としてのプライドもあるだろう。だからずっと、あの男は納得のいく勝ち方が出来る方法を模索していた」

 納得の出来る勝ち方。
 それは銀朱の師団長で剣士として国内最高の地位を持つガラディーンと、副師団長で次期剣聖の呼び声も高いデュランダルの間において、決して簡単なものではなかった。

 二人が御前試合などの公式戦で戦うとなると、派閥が明確に割れ、王宮が混乱する。
 勝敗を決した時、敗北した方の派閥が一気に弱体化するのは間違いない。
 それだけの影響力が両者にはある。

 かといって、私闘では意味がない。
 デュランダルの方には戦う事に意味が見出せないのだから、全力で上司と殺し合う事など到底出来ないだろう。
 そもそも、私闘で戦って良い立場の二人ではない。

 ならば一体、どのような形であれば納得のいく戦いを作り出せるのか。
 方法は一つしかない。

 どちらかが王家に背けば良い。

 国家を、王家を守るべき存在が騎士であるならば、王家に仇成す存在は絶対の敵。
 そこに温情や立場など入り込む余地もない。
 デュランダルが国王に対し絶対の忠誠を誓っているのなら、国王に背いた時点で対立構造は確定する。

 だが、ガラディーンとて騎士の鑑。
 王家に剣を向けるなど、決してあってはならないと幼少期から教育されているし、彼自身そういう人格を作り上げてきた。
 自分自身を全否定するような真似は出来ない。

 ならば――――間違えを正せば良い。

「王家が主導している勇者計画を阻止する立場を取れば、嫌でも銀仮面と衝突する事になる。でも、表立って反対の立場を取れば、自分の支持層まで処分されかねない。剣聖は派閥勢力の拡大には興味がなかったようだが、自分の所為で支持層が不遇の憂き目に遭うのは本意じゃなかったらしい」

「その辺をひっくるめてプロデュースしたのが、アンタの上司って訳ね。なんとなく想像つく」

 フランベルジュの言葉に、ヴァールは何も応えなかった。
 彼女は他にも、幾つかの真実を知っている。
 ガラディーンがどのようにして勇者計画を止めようとしていたのか。

 彼は勇者計画の一翼を担う役割を任されていた。

 リオグランテがエル・バタラ決勝戦で敗れ、死亡が確認された後の事。
 彼はスティレットやビューグラスと共に、リオグランテの"その後"について任されていた。

 元々、勇者らしい力を発揮させる為と生物兵器の投与が行われていたリオグランテは、擬似的な不死の身体となる可能性もまた検討されていた。
 もしハイト=トマーシュのように、死した後も自我を保ち続けるならば厄介だ。
 逃亡し、他国で勇者計画について暴露する恐れがある。

 よって、その場合はガラディーンの武力によって、生き返ったリオグランテを鎮圧し、メトロ・ノームに封印する手筈だった。
 リオグランテが覚醒しようと、同じく生物兵器キャリアのガラディーンなら問題なく封殺出来る。
 王家はそう判断を下した。

 だが、リオグランテは自我はほぼ崩壊し、肉体だけが彷徨う状態になった。
 これならば放置しておいた方が、勇者のイメージをより破壊する事が出来る。
 勇者計画にとっては放置こそが最良の選択肢だった。

 だが、ガラディーンはそれに反対の立場を取った。
 そして同時に、デュランダルに下された指定有害人種に対しての殲滅命令についても、秘密裏ながら反対する意向を示した。
 人権、或いは生き物の尊厳という観点からの苦渋の決断――――ではなく、私欲の為に。

 ヴァールはこの事を、フランベルジュには敢えて話さなかった。
 
「人……何かの気配があるな」

 そのヴァールが歩行を止めず、そう告げる。
 フランベルジュにはまだ把握出来ない。
 二人の察知能力にはそれだけの差がある。

「その言い方だと、人じゃないかも知れないって事?」

「或いは、人である事をやめた元人間」

 フランベルジュの顔に緊張が走る。
 指定有害人種の可能性が高いというヴァールの示唆を正しく理解した証だ。

「一旦、探索魔術を消す。お前はファルシオンを見ていろ」

「……」

「何だ」

「別に」

 一瞬振り向いたヴァールに弛んだ顔を見られないよう、フランベルジュは俯いてそれを隠した。









 

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