それは、秘術と呼べるほどの発見であり、発明であり、成果だった。

 ヴァールの一族は、最初から魔力の自律進化に目を付けていた訳ではない。
 元々はもっと単純な『アカデミーで学べない、ありきたりじゃない魔術の開発』が出発点だった。

 魔術国家デ・ラ・ペーニャには六つの聖地があり、序列がある。
 低く扱われている聖地が序列を挙げるには、既存とは異なる、それでいて膨大な金になる魔術の開発が最も効果的。
 よって、同じような試みを行っていたのはヴァールの一族だけではない。

 数多の研究者が、人とは違う成果を求めた。
 特別な、唯一無二の、独自性に富んだ魔術の開発を試みた。
 そして、大半の魔術士が玉砕し、研究畑の焼畑農業と化していった。

 焼畑農業とは、作物を栽培し終えた農地を焼き払い、灰を肥料とする事で次の作物を作りやすくする手法。
 デメリットの多さから、余り推奨はされていない。

 それと同じ事が、魔術の研究畑に起こった。
 先人の失敗に学び、同じ道を目指そうとする者が多発した。
 つまり、個性的な研究を行ったものの完成には至らず挫折した研究者の論文を、その後輩達が受け継ぎ、あらためてゴールを目指すという状況だ。

 一見すると健全に思えるその状態は、魔術国家デ・ラ・ペーニャにとっては暗黒の歴史となった。
 確かに、幾つかの目を見張るような新魔術が誕生した。
 しかしながら、他人とは違う魔術、既存にない魔術を求めるばかりの土壌となってしまった事で、既存の魔術を掘り下げる研究、そして何より金になる魔術の研究が進まず、経済を含む国力全体が低下してしまったのだ。

 時の教皇はこの流れを変えるべく、新魔術開発を一旦打ち切った。
 研究が進んでいて、完成まであと僅かといった魔術についても、徹底的に取り締まった。
 既に完成し、強力過ぎる故に使い手の負担が大きい魔術、制御が困難で大きな事故に繋がりかねないような魔術も纏めて『邪術』と指定し、封印した。

 この政策自体は成功した。
 需要の高い攻撃魔術に研究を絞り、より実戦的で使い易い、より金を生む魔術の追究にリソースを割いた事で、デ・ラ・ペーニャの国力は回復した。
 だが同時に、多くの卵を割った。

 本来なら、美しく大きな羽を広げて飛び立つ筈だった、あらゆる可能性の卵を。

「……それでも、国に押し潰された新魔術の開発を敢えて続けた結果、私達の一族は不安定ではあるが、自律魔術のひな形を作り上げる事に成功した」

「それが貴女の使っていた、あの不気味な人体生成魔術ですね」

 不気味と言われた事に対し、ヴァールは特段の感情を見せなかった。
 実際、巨躯の疑似人間を生み出すあの魔術は、通常の魔術の術式とはかけ離れている。
 だが、今まで誰も作らなかった魔術なのは確かだ。

「私達の魔術に商品価値がないとは言わせない。有効利用は十分に可能だ。魔術が自律的に動かせれば、それだけでも攻撃魔術の幅が広がる」

「否定出来ません。追跡型の魔術は、追跡する動きだけで大量の魔力を消費する為、非現実的と言われてきましたが……その技術が導入されれば、時間もかけずに実用可能な水準に持っていけるでしょう

「疑似人間の生成精度を上げれば、命なき兵士を作り出す事も出来る。その価値は計り知れない」

 敵地で語り合う二人を傍で見ながら、フランベルジュは嘆息を禁じ得ない。
 だがその会話は、決して緊張感の欠如ではなく――――

「だが、デ・ラ・ペーニャはそんな先代達の話にまるで耳を傾けはしなかった。一旦邪術指定した魔術を公式認定するなどあり得ない、その一点張り。それどころか排除の方向で動いた」

「典型的なお役所仕事ね」

 魔術絡みの話はわからなくても、こういう話なら理解出来るフランベルジュの言葉は、ヴァールの首肯を誘った。

「それで、貴女がたが代わりに頼ったのが、流通の皇女だったと」

「あの方は私達の話に耳を傾けてくれたし、自律魔術の価値を認めてくれた。私達一族がずっと待望していた存在だ」

「だから足下を見られた」

 毅然とした主張。
 ファルシオンの残酷な指摘に、ヴァールは一瞬目付きを研磨したが、同時に唇を噛む。

 彼女も当然、理解していた。
 自分達が限りなく弱い立場なのを。

「流通の皇女は最終的に何を欲しているのですか? 彼女が足下を見ていたのは貴女達一族だけじゃないでしょう。この地にいる人間、両計画の為にこの地を訪れた多くの人間が、彼女に制御されているとしか思えません。特に……諜報ギルドは完全に支配されていた筈です」

 情報を扱うギルドは、言わば情報を流通する組織。
 流通の皇女が抑えない筈がない。
 ファルシオンの指摘に対し、ヴァールは深く頷いた。

「あの方は、この世の誰より疑り深い。誰よりこの世の裏切りを見てきた方だからだ。私も当然、信頼などされていない。だから契約した。いかなる事があっても、私の魔術をあの方には使わないと」

「それは、彼女の息のかかった相手も含まれるのですね?」

「……そうだ。本当の意味であの方の側の人間にも、私は自律魔術を使えない」

 エル・バタラ2回戦で戦ったクレウス=ガンソに対しても。
 3回戦で当たったスティレットの弟バルムンクにも。
 ヴァールは普通の魔術で試合を行っていた。

「契約を破れば、全ての支援が打ち切られる。一族の魔術が日の目を見る事は永遠になくなるだろうな」

「なら、そうして下さい」

「……っ」

 ファルシオンの冷酷な一言に、ヴァールは眉間の皺をより深く刻む。

 魔術国家の歴史を知らないファルシオンではない。
 ヴァールの苦労を想像出来ない彼女ではない。

 だから、交換条件を出すのは必然だった。

「もし、貴女がスティレットの居場所を特定してくれるのなら、私はこれからの人生、貴女の魔術の普及に尽力します」

「ファル!?」

 フランベルジュが反射的に叫ぶのも無理はない。
 今後の人生、自分の未来を安売りするかのようなファルシオンの発言は、それでいて何の逡巡も見られなかった。
 余りに、自分を軽んじていた。

「ちょっと待って、ヴァール。今の話を鵜呑みには――――」

「お前如きに何が出来る」

 フランベルジュの制止を聞かず、ヴァールは正面からファルシオンの提案を受け止めた。
 その上で問いかけている。

 何を自分に提供出来るのかと。

「私は、勇者計画の片棒を担いだ人間です。情報を全て持っていた訳ではありませんし、あの結末を予期する事も出来なかった、間抜けな『調整役』です。それでも――――」

 勇者計画の一端を担ったのは確か。
 そして、今となってはその全容を彼女は知っている。
 証人となり得る。

 国家ぐるみで少年の命を奪う非人道的な計画を立て、かつ――――他国のあらゆる弱味を握っているこの国の暗部の。

「教皇が変わり、政策も変わった今のデ・ラ・ペーニャに私を売れば、取引材料にはなる筈です」

 ヴァールの瞳の中に映るファルシオンの姿は、輪郭が滲んでいた。









 

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