「先客がいるのは想像に難くなかったが……君がここへ来たのは意外だったな。ハイト君」

 最初に室内に入ってきたのは、最年長のビューグラス。
 次いで護衛のファオ=リレー、アルベロア王子、そして最後にスティレットが入って来る。

 この並びを、ハイトは露骨に訝しがった。

「何故、貴方が先頭を? それは護衛の役目では?」

「少し我が儘を言わせて貰ってね。年功状列で、最初にこの部屋に入りたかったのだよ」

 そう答えるビューグラスの顔は、明らかに血色が良い。
 彼がどのような精神状態なのかは一目瞭然。
 若返っているとさえ思えるほどに高揚している。

「ここは、言わば『アマルティアの聖地』。彼らが奪われ、裏切られ、それでも最後まで守り続けた叡智の結晶……ここでなければ、封印は解かれない」

「私もそのように聞いています。しかし、肝心の本人が不在ですよ。私がここへ訪れた時から、アルマ=ローランの姿は何処にもない。気配も」

「それが、在るべき場所へ戻った証だ。本来、"あれ"は見えないもの。見えざるもの。だが、実際には見えた。誰もが"あれ"を人と認識した。素晴らしい。自律進化はそこまでの段階に進んでいるのだ」

 一人舞台のように心の内を唱え続けるビューグラスとは対照的に、本来お喋りな筈のスティレットは沈黙を守っている。
 そんな彼女に、ハイトの首に鎌を添えたままのクラウは冷ややかな目を向けた。

「やーねえ。そんな顔で睨まないで欲しいわン。同じ爪弾き者同士じゃないのン」

「そうですな。貴重なお仲間。故に、貴公の考えている事も、自ずと想像がつくのです」

「……」

 誰に対しても、無骨な敵意を覗かせる事はしない"偽紳士"。
 かつて自分をそう呼んだあの無頼漢はもういない。
 クラウがここにいる理由は、今、ここに在る。

「クラウ=ソラス。貴様の事は覚えている。王宮にとって得難き人材だと、かの剣聖は言っていた」

「光栄ですな。しかし私の記憶が確かならば、内定していた特殊部隊の隊長の座を白紙にされ、追い出された身なのですが」

「仕方あるまい。指定有害人種、それも不死型となれば、到底我が庭では飼えはしないのだからな」

 アルベロア王子の発言は、クラウだけでなく、彼の側にいるスティレットの人権さえ踏み躙るもの。
 にも拘らず、顔色を変える者はこの部屋には誰一人いなかった。

「アルマ=ローランは何処にいる。いや……どうなった?」

 口調は普段通り。
 焦りは一切ない。
 クラウはその様子から、一つの確信を得た。

「それにしても、不思議ですな。一国の王子ともあろう御方が、その程度の護衛一人でここまで来るなど……」

 フィナアセシーノの刃が、ハイトを解放する。
 その煌めきは、静かにクラウの元へ戻った。

「あり得ぬと申すか?」

「申しますな。この国には二人の守護者がおります故に。彼らがこのヴァレロンへ来た本当の意味。馬鹿でもわかるというものですな」

「今は一人だがな」

 足音は増えない。
 しかし呼吸の数は増える。
 音もなく、気配もなく――――

「間に合ってよかったわン♪ 合流が遅れたら、今頃酷い目に遭わされてたでしょうねン♪」

 彼女にとっては天敵――――であった人物。
 アルベロア王子と合流し、彼の仲間となった今、最早脅威の対象ではない。

「勝ち残った方が余に従う。約束はしっかり守って貰うぞ」

「御意」

 デュランダル=カレイラは静かに、スティレットの横を素通りし、アルベロア王子の真横から一歩分下がった位置で立ち止まった。

「さて、ハイト君。君はどうする? 正直、君の目的は確証が持てずにいる。その男の味方ではなさそうだが」

 ビューグラスに問われ、既に自由の身となっていたハイトの身体が硬直する。
 先程よりもずっと自由を失う、そんな問い掛けだった。

「貴方は……貴方に、父親という自覚はおありですか」

 呪縛とも言える感情。
 質問に対し、質問で返した愚行に後悔はない。
 ただ、期待もなかった。

「成程、あれに同情したか。ならば狙いは儂という訳か」

「貴方は、何の為に生物兵器の研究を行っていたのですか。何の為に……彼女に犠牲を強いたのですか?」

「決まっているだろう。薬草士の本分だ」

 その答えは――――

「薬草学をこの世界からなくさないように。薬草学の歴史を、この世界に刻み続ける為に決まっている。全てはその為だ。儂の命は隅から隅までその為にある」

「その為に……我々は人である事をやめさせられたというのか!! 化物にされたというのか!!」

 ハイトにとって、そして実験の犠牲になった全ての者にとって、身勝手以外の何も感じられない蹂躙だった。

「これは生存競争なのだよ。 薬草学。医学。魔術学。生物学。経済学。兵学……その全てが生き残りを賭けた――――聖戦なのだよ」

 ハイトの目に映る人でなしの男の顔は、一貫して歓喜に満ちていた。

 


「……どうして、私達にこんな事を教えたんでしょうか」
 
 リジルが去り、ファルシオン、フランベルジュ、ヴァールの三人となった部屋に、沈んだ声の問い掛けが舞う。
 薄暗闇に包まれ、誰のものか明らかになった血痕が床に点々とするその空間は、疑念と苦悩に満ちていた。

 ガラディーンの敗北。
 そして、勝負を分けたのはフェイルの干渉だとリジルは告げた。
 つまり、フェイルがデュランダルの味方をしたと。

 勇者リオグランテを殺害した男の味方を。

「猜疑心を煽る為の嘘かもしれないぞ」

「いえ……フェイルさんの立場なら、デュランダル=カレイラに手を貸しても不思議じゃありません。そこは割り切れます」

「割り切れるのか?」

 ヴァールは問う。
 ファルシオンではなく、フランベルジュに。

「……私は、あいつをふん捕まえて理由を問い詰めるまで納得は出来ない」

 つまり、裏切られたと無条件で判断する者はこの場にいない。
 ヴァールは眉間に皺を寄せ、深い息を吐いた。

「その理由も、なんとなく想像がつくって顔だな」

「ま、ね」

「王宮時代の恩を返して、その上で、貸し借りなしの対等の関係で、リオの仇を討ちたいんだと思います」

「……長いものに巻かれたとか、師を敵視出来ないとか、そういう可能性の方がずっと高いだろ」

 呆れたような物言いで、ヴァールはかぶりを振る。

 自分に対して。

「だが……不気味だな。私もそう思っている」

「不気味ではないですよ。最低限の洞察と、人を見る目があるだけです」

 ファルシオンは、そう言い放ちながら薄く笑んだ。
 最早、それを誰も指摘しない。
 彼女はいつの間にか、いろんな笑顔を手にしていた。

「フェイルさんは貴方の主、スティレットの元にいると彼は言っていました。先程の魔術で、彼女を追えませんか? 貴女なら彼女の匂いがついた物を所持していそうなものですが」

「……」

 ヴァールは押し黙る。
 彼女の性格上、持っていないなら即座にそう答える。
 つまり、持っている。

 それでも難色を示しているのは――――

「契約上、あの方に対して私の魔術は一切使えない。その契約を破棄すれば、私と一族は終わる」

 ヴァールにとって、自身の命よりも大切なものを守る為だった。









 

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