魔術を使用する相手に対し、行動が制限される空中への跳躍は決してオーソドックスな攻めとは言い難い。
 ルーリングに時間を要さない現代において、魔術の迎撃能力は大幅に向上している。

 だが――――それはあくまで一般論。

 宙を舞うクラウは、ハイトに反撃の体制さえ整えさせない速度で、彼に迫っていった。

「くあっ!」

 悲鳴とも奇声ともつかない声をあげながら身を屈め、ハイトはフィナアセシーノの一閃を回避した。
 そしてそのまま、床を転がりハイトと位置を入れ替わる。

 魔術士は大抵、身体能力が低い。
 結界を用いずに一流の傭兵の攻撃を避けるのは、それだけで驚愕に値する。
 ハイトはそれを、生物兵器に関係なく自身の判断力のみで成した。

「ふむ。初撃のフェイントが読まれましたか。思った以上に実戦慣れしているようで」

「開戦後も会話を試みるとは、随分と余裕ですね」

「貴公の戦闘能力には、正直余り興味はないのです。しかし貴公がこの国で行っている事には興味がある。我が庭で一体何をしていたのか」

「庭……成程、確かに貴方にとってはそうでしょう。元々ヴァレロンの領主だったのですから」

 クラウの戦意は薄い。
 彼にとって、ハイトは自分を脅かす存在ではないという意思表示が、或いは――――既に勝負というものに興味を持っていないのか。
 いずれにせよ、ハイトにとっては好都合だった。

 クラウに本気で攻められれば分が悪い。
 それが、遥か以前から出していた彼の結論だ。

「貴公はシュロスベリー家の娘に殺されていたと聞き及んでいます。その腕なら、幾ら指定有害人種同士の戦闘が特殊であろうと、年端もいかない娘に不覚を取るとは考え難いもの」

 フィナアセシーノが宙を薙ぐ。
 まるで踊るように。

「その真意、そしてここへ貴公が訪れた真意。いずれも聞き出したいとは思っています」

「……穏便に済ませる訳には?」

「いきませんな」

 戦意は薄い――――が、ない訳ではない。
 クラウは標準的な質疑応答を最初から拒否し、脅迫を選択した。
 その理由は、彼がこれまでウォレスの代表としてヴァレロン新市街地に関わってきた過程の中にある。

 ミハリク=トマーシュ司教は自堕落な男だった。
 研鑽を忘れ、ただ消えていくだけの何もない存在だった。
 唯一の生き甲斐が酒だった。

 彼は酒の為、息子を売った。
 ハイトは『高い魔力量を保持した人物が生物兵器を投与されたケース』を欲するビューグラスによって、生物兵器の実験台にされた。

 この情報はクラウの元に届いている。
 だが、ハイトが父に売られた事を知っているのかどうかまでは把握していなかった。

 その後、彼がビューグラスの娘アニスに接近していると知り、全てを悟っていると判断した。
 そして復讐劇を目論んでいると予想した。
 娘を始末する事で、自分を指定有害人種にしたビューグラスに絶望を与えようとしている――――と。

 だがハイトは、アニスに殺された。
 生物兵器の影響で死ななかったが、確かに殺害された。
 意図的にそうした可能性が高い。

 もしそうなら――――かつて自分がデュランダル=カレイラ相手に行った事と類似している。
 そう結論付けた時、クラウはハイトへの関心を抱いた。

 彼が背負っているものは何か。
 宿している感情は、まだ人間の所有するそれなのか。

「ならば……戦うのみ」

 ハイトは背後へ飛びながらルーンを綴る。
 瞬時に現れたルーンの数は――――38。
 通常の攻撃魔術としては規格外の数だ。

 その文字が空気に溶け、代わりに八つの炎の塊が空中に出没する。

【八元炎舞】

 かつてそう呼ばれた――――現在は使用を禁止されている赤魔術。
 百戦錬磨のクラウでさえ、その存在は知らない。
 よって、必然的に警戒心は増す。

 ハイトの右手が指を鳴らすと同時に、八つの炎は同時に揺らめき、やがてクラウ目掛けて突進を始めた。
 その全てが直進ではなく、まるで意志を持っているかのように不規則な起動を描く。
 これだけでも相当回避は難しい。

 だが、その程度で使用を禁止される事はない。
 そしてクラウは、この魔術が邪術である事を知らない。

 とっさに回避不可能と判断し、最も被害が少ないよう動くのは当然の判断。
 八つある炎の内、一つだけが直撃する位置を選び、そこでフィナアセシーノを薙ぐ。
 魔術の炎をも切り裂けると確信して。

 実際、その死神の鎌は魔術に対する物理干渉を可能としていた。
 魔術を防ぐ高価な防具と同じ素材で作られた特注品ゆえの特性。
 その閃きは、炎の一つを見事真っ二つにしてみせた。

「……!」

 左右に分かれた炎が――――爆発を起こす。
 そこまではクラウにも予想出来た。
 エネルギーが拡散し、行き場を失った赤魔術が崩壊を起こすのは珍しくない。

 だが、クラウの目は驚愕によって見開かれる。
 何故なら、爆発は二つではなかったからだ。

 この【八元炎舞】が魔術国家デ・ラ・ペーニャによって禁止魔術――――すなわち『邪術』に指定された理由。
 それは、炎の一つ一つが誘爆の性質を有している事。
 一つの炎が何かに触れた時、残りの炎が全て爆発を起こす。

 成功すれば問題ない。
 極めて高威力の攻撃魔術であり、集団戦においては大きな戦果が期待出来る。

 しかしこれだけの規模の魔術を制御するのは極めて困難。
 少しでもルーリングを失敗した場合、八つの炎の中の幾つかは前方ではなく後方、或いは真下に飛んでしまう。
 真下に飛び、地面に直撃した場合、術者とその周りで大爆発が起こるのは想像に難くない。

 術者、そして味方に対しても余りにも危険な魔術。
 よって使用は禁止された。

 その禁を犯して出力された【八元炎舞】が、連鎖的に爆発を起こす。

「む……おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ――――――――」

 決して広くはない本棚のない書庫に、クラウの断末魔とも取れる声が響き渡った。

「ぐうっ……」

 術者のハイトも無傷ではない。
 幾度もの至近距離の爆発によって、鼓膜が破れる。
 右は決壊、左は――――辛うじて最後まで音を拾う事が出来た。

「ふぅ……ふ……っ……」

 猛烈な音の波に溺れそうになりながら、ハイトは眼前の光景に目を向ける。
 自分の魔術によって蹂躙された空間は、大きな爪痕を幾つも残していたが、ほぼ原型を留めていた。

「やはり……か」

 ここが普通の部屋でない事は、最初からわかっていた。
 そして同時に悟る。
 この場所にアルマ=ローランが存在しているか否かの答えを。

「やはりとは、何の事ですかな?」

 爆発によって生じた煙を纏いながら――――クラウは無傷のまま、その場に佇んでいた。
 ハイトに驚きはない。
 彼と自分の力量の差ではなく、別の理由でそうなる事がもうわかってしまっていたから。








 

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