花葬計画――――元々は鎮魂計画と呼ばれていたそれの草案が書き記されたのは、四百年以上も前の事。
 元々は安楽死を社会の中に定着させる為にと生み出された案だった。

 不治の病や自身の安寧など、人は様々な理由で自ら命を絶とうとする。
 その行為を是とすべく、苦痛のない死を人間にもたらす為、致死性の高い毒が開発されていた。

 しかし道徳的観点、或いはそれ以外の様々な理由によって計画は頓挫。
 その眠った計画を現代に蘇らせたのがビューグラスだった。

 可能な限り楽に人を死なせる薬。
 すなわち、生命活動を円滑に終わらせる薬。

 ならば人間の中に浸食し、完全に一体化してしまった生物兵器だけを死なせる事が出来るかもしれない。
 その可能性を模索していたビューグラスは、莫大な資金を欲した。

 単に研究費用の捻出だけが目的ではない。
 薬草学の権威たるビューグラスは、自身の研究成果をもって薬草学の地位を向上させる事を切に願っていた。
 そして、薬草学の更なる発展の為には、莫大な資金と強大な支援者が必要となる。
 
 ビューグラスによって、従来の鎮魂計画は二つに枝分かれし、その一つは生物兵器の根絶を目的としたものへと変化した。
 生物兵器は魔術に対抗する為の技術だが、魔術士の天敵とは限らない。
 魔術国家デ・ラ・ペーニャにおいて、魔術士を敵とする魔術士などごまんといるのだから。

『生物兵器自体の無力化』『生物兵器に浸食された人間の救済』

 この二つは全く同じ研究によって生み出される成果だが、求めている人間はまるで違う。
 金になるのは明らかに前者だった。

 ビューグラスは徐々に薬草・毒草よりも人間と向き合う時間を増やした。
 そしてその中には、国家権力たる王族までも含まれる事となった。

「エチェベリアを自由国家とし、大陸内での地位を向上させる為に練られた勇者計画。その為には最終的に勇者と英雄の死をもって完結させなければならない。同時に、その死因を決して他国に暴かれてはならない。ここに花葬計画との接点が生まれたのだ」

 花葬計画には、どうしても必要な事があった。
 それは、生物兵器を投与した人間に対し、生物兵器だけを殺す為の薬を投与する人体実験。
 当然、一人や二人ではなく大勢の実験体が必要だった。

 生物兵器を殺す薬は、何でもいい。
 それこそ別の生物兵器を用いても構わない。
『毒をもって毒を制す』という言葉が古くから薬草学の分野では伝わっているが、まさに『生物兵器をもって生物兵器を制す』であっても一切問題はなかった。

「だがこの実験は、余りにも非人道的。法律の届かないメトロ・ノーム内のみで行うにしても、十分な数の実験体を確保するのは極めて困難。故に――――」

「大昔の花葬計画……安楽死を目的とした鎮魂計画を提唱する勢力をでっち上げたのね」

 ビューグラスの結論を待たず、スティレットは答えを唱えた。

「生物兵器に浸食された人間を救う目的なら、情状酌量の余地はあるんでしょうね。でも、安楽死の実験を目的とした大量殺人は、道徳的観点から看過出来ないっていう正義感強い人達が多いから、そういう人達はこっちにばかり気を取られる。考えたものね」

 皮肉ではない。
 スティレットは心から感心していた。
 物流のみならず、人の心の流れを知り日常的に操作してきた彼女ならではの感想だ。

「余の執念は認めて貰えたのかな?」

「ええ。王子サマの覚悟はしっかり受け取ったわン。ここにいるべき人ねン」

 スティレットは口調を戻し、認めた事を率直に表現した。

「ならば逆に問おう。貴様は一体何を欲している? アルマ=ローランの中に封じられている情報から、何を得たい? このメトロ・ノームそのものを欲しているという話も聞いているが」

 ここを勇者と英雄の棺にする事が、勇者計画の最終的な目的。
 よってアルベロア王子の立場上、スティレットの所有地とする事は到底看過出来ない。
 彼が詰め寄るのは当然だった。

「貴様が生物兵器キャリアなのも、同様に聞き及んでいる。貴様が余を信用出来ないように、余も貴様を無条件で信じる事は出来ぬ。父を骨抜きにしたという噂もあるのでな」

「……」

 スティレットは押し黙る。
 弁の立つ彼女が能動的に沈黙を選ぶのは珍しい。

 その理由は――――入り口の扉が開いたからだ。
 
「俺も是非……聞きたいね」

 息を切らしながら、カラドボルグは似合わない笑みを浮かべていた。
 顔中に汗をかき、今にも倒れ込みそうなほど消耗しているその姿は、全力疾走で後を追ってきた証だ。
 
「お前は一体何をしたいんだ? その女の身体と知識を使って」

「やーねン。人を寄生虫みたいに」

「俺は……医学はそういうモンだと解釈してるよ。ただ単に人格が歪んだだけとは思えない。お前は変わったんじゃない。違ってしまった」

 ずっと傍にいながら、ずっと口にしてこなかった言葉。
 言えば全てが崩れるかもしれないと、封印してきた言葉でもある。

 カラドボルグは覚悟していた。
 彼女が弟――――バルムンクをも道具にしてしまったと聞いた時点で。

「なら貴方も、私を殺したいの? ヴァールのように」

 再び口調が揺らぐ。

「あの娘も不憫よね。先祖代々、新魔術の開発をしていながら全く報われない。素晴らしい技術を作り上げても、誰からも認められない。だから世界各国に人脈も信頼もある私を頼ったのよ。でも、私に感謝すればするほど私を殺したくなる。殺せないというのに。私を殺せば、一族の悲願は露と消えるのだから」

 だが決して声を荒立てない。
 そんなスティレットの目が何処を向いているのか、カラドボルグは――――見つける事が出来なかった。

「オジサマ、王子サマ、行きましょうか。アルマ=ローランの居場所は地下の更に地下。恐らく"アマルティア"の生き残り辺りが匿っている筈よ。王子サマも、各国の弱味を知っておきたいんでしょう? 自由を謳うなら、何より強くなければならないもの」

「……無論、そうだ」

 興醒めした、と言わんばかりに三者はカラドボルグを素通りしていく。
 だがその足が、次の瞬間に止まる事となった。

「フェイル=ノートの姿が見えない。仲間とも合流していない」

 最初に歩を拒んだのは、ビューグラス。
 彼にとって、無視出来る名前ではなかった。


「間違いなく……何処かに身を潜めている。アンタ等の内、誰かを仕留める為にな」 







 

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