エチェベリアを治めるヴァジーハ8世の慎重さは、国外にも知れ渡っていた。
 彼が際立って有名な王という訳ではない。
 前の王も、またその前の王も同じような性格だったからだ。

 代々受け継がれている王の用心深さは、主に国内に向けられていた。
 王族としての地位、名誉、そして安定した基盤。
 その死守に、彼らは心血を注いでいた。

『学術国家』という冠を外し、無冠のままの状態を許容しているのも、敵を作らない為の防衛手段。
 自国の武器を公にせず、目立とうともせず、ただ国家としての体を保つのみ。
 そして、その国の支配者たる地位を未来永劫手放さない。

 反吐が出る。

 アルベロアは幼少期からずっと、そんな先祖達、そして自身の父親の思想をそう断じていた。

 自由に憧れた背景は、自身の未来だけでなく過去にもある。
 自ら檻の中に閉じこもって、牢獄の王として君臨する事に生き甲斐を得ている一族への嫌悪。
 そして、誰一人として異議を唱えずに自分の代まで繋いできた、魂の呪縛への絶望。

 彼が自由を欲し、自由を崇拝するのは必然と言えるだろう。

 しかし、父親は何度それを訴えたところで、聞く耳を持たなかった。
 子供の話に耳を傾けるような人間性は持ち合わせていないと確信するのに、そう時間はかからなかった。

 王の椅子に鎮座し、ただ声を発し呼吸し続けるだけの置物。
 そんなものが国の象徴であると言うのなら、エチェベリアとは学術どころか思考停止国家であると、アルベロアは常日頃心中で唾棄していた。
 
 彼が自身の思想を具現化すべく行動すると決めたのは、ガーナッツ戦争で勝利した一年後の事だった。
 隣国を打ち負かしたというのに、環境も、大陸内での地位も、国民の王族を見る目も、何も変わらない。
 変わらない事を欲しているかのような父親を見限り、自分の手でこの国を変える決断を下した。

 同じ志の有る、同国の有志と共に。

 


「――――それが、余の勇者計画発案の経緯だ」

 勇者計画の草案は、アルベロア王子によって出されたもの。
 ただし、当初はあくまでも自由国家を目指す為の計画だった。

「自由国家の象徴たるメトロ・ノーム。それを大々的に世界へ発信するつもりだった。無論、表の世界にな。しかしその為には、過去にここで行われていた事――――無法地帯故の非人道的実験や反社会行為の全てを隠蔽する必要もあった」

 メトロ・ノームの存在は知らしめたい。
 だが、ここに他国の調査団や工作員が出入りする事だけは避けたかった。

 そこで――――アルベロア王子は同志に意見を求めた。
 答えは、まるで用意していたかのように具体性をもって返ってきた。

「このメトロ・ノームを、牢獄ではなく棺桶にすれば良い。古墳のように巨大で神秘的な、英雄の眠る棺桶……それこそが、勇者計画と花葬計画の最終的な到達点であり融合点であった」

「へぇ……そう聞くと、その安直な名前にも少し趣が出て来るのね」

 感心した様子など微塵もなく、言葉の上でのみスティレットは敬意を表した。
 彼女が要求した水準に至る為には、まだ足りない。
 そう言わんばかりに。

「その入れ知恵は誰がしたの? 大体予想は付くけど」

「なら言う必要もあるまい。それに、誰が何を余に吹き込んだとしても、この計画は余の責任下にあるもの。余の計画なのだ」

「独占欲の強い男は嫌われてよ?」

「構わぬ。それでこの国が鎖を断ちきれるなら」

 力強い言葉で、アルベロア王子は大義を語る。
 高揚は更に色を濃くしていた。

「下準備の為には、幾つもの障害を越えなければならなかった。父……いや、王をどう説得するか。王が納得しなければ銀朱の二人は動かせぬ。奴等がいなければ、そもそも計画は成功しない。そこで余達は、王の病に目を向けた」

「病? 国王サマってば持病持ちだったの?」

 そのスティレットの問いは、王子ではなくビューグラスに向けたもの。
 薬草士であり、国王と面識のある彼に聞くのは必然だった。

「……いや。彼の言う病とは、病的なまでの保身を示しているのだろう」

「その通りだ。あれは最早性格では片付けられぬ。病としか言いようがない。それほど、王は地位に固執し、国民の評価に怯えていた。なれば、国民の評価の向上こそが最高にして最良の餌よ」

 その餌となったのが――――勇者という存在であり、デュランダルという存在だった。

「デュランダルは決して王には背かぬ。しかし同時に、絶対服従とも言い切れぬ。そういう存在なれば、不安の種ともなろう。なにしろ奴は世界最高峰の実力者。才能ならば剣聖すら凌駕するとさえ囁かれていた。まさにこの国の希望。クーデターを起こす事はないにせよ、もし奴の口から王を軽んじる言葉が一言でも漏れ出ようものなら、国民はたちまち王族を見限るだろう」

「極論ね」

「余も同感だが……王はその小さい可能性に常に怯えていた。勇者の称号も同様。もし一般市民の中から英雄が現れれば、称号を与えない訳にはいかない。だがその瞬間、国民は国王ではなく勇者こそが国の象徴と持て囃すだろう」

 そんな、国王の地位と名誉を脅かしかねない――――厳密には国民から冷めた目を向けられる事態になりかねない二つの火種を同時に消す事が出来る。
 アルベロア王子のそんな甘言に、ヴァジーハ8世は乗った。

「エル・バタラを想定した実験は、御前試合で念入りに行った。試合内容、試合結果に伴う反響、そしてその伝播速度と範囲……やはり最も顕著だったのは、前評判の低い者が格上を倒す番狂わせだった。特に、年少者の勝利は極端なほどに関心を集めた。ならば、勇者はやはり若者が良いとの結論に達した」

 ずっと不在だった勇者の復活。
 それを宣言する事で、国民の支持はまず勇者候補ではなく、新たな勇者を誕生させ国を活性化させるという国王の施策に集まる。
 実際に誕生するまでは候補止まりであり、その人物を称える理由もないのだから。
 
 しかし、勇者は誕生しない。
 それどころか、由緒正しき武闘大会であるエル・バタラをかき乱し、名誉の為に何度も不正を働いた極悪人として処刑する。

 だが幾ら道を踏み外したとはいえ、国王が認めた勇者候補を無碍にすれば、それはそれで非難の的となる。
 よって、その遺体をヴァレロン・サントラル医院の一部でもあるメトロ・ノームに安置する事で、体裁を整えつつこの地下を棺桶とする。

 もし棺桶に侵入するようなら、それは立派な墓荒らし。
 人道的に許されるものではない。
 それでいて、国外には墓ではなく広大な地下空間、それも『かつて多くの国から人が集い、様々な試みを行った場所』と喧伝する。

「その勇者計画を完璧に遂行する為には、現地の協力者が多数必要だった。各ギルド、貴族、そして……」

「偉大な薬草士のオジサマ、ね」

 スティレットの言葉に呼応するように、ビューグラスの口が妖しく歪んだ。










 

                         前へ      次へ