エチェベリアと魔術国家デ・ラ・ペーニャの関係は、時代によって多少の変動はあったものの、概ね不仲で一致している。
 とはいえ、敵対感情を受け付けるような教育がされている訳ではないし、敵対心を煽り支持を得る政策が行われている事実もない。

 実のところ、『仲が悪い』以上の明確な理由は存在していない。
 生まれた頃からなんとなくそういう風潮だった、と誰もが認識している。

 この理由に関して、両国に属さない第三者の歴史学者は共通した答えを持っている。
 証拠はないが、ほぼ確実視されているその答えは――――盟約によって定められた不仲だというもの。
 つまり、両国はお互い仲良くしない事を国家レベルで誓い合っているという。

 実際、何らかの制約がなければ到底理解し難い歴史が、この二つの国の間には存在している。

 ガーナッツ戦争もその一つ。
 勝利したエチェベリアがデ・ラ・ペーニャに対して表向き何も求めず、終結宣言のタイミングも不可解な上、開戦までの経緯もハッキリしない。
 こんな不自然な事だらけなのに、両国の首脳が問題視していない点も不気味だ。

 この戦争だけでなく、過去にもエチェベリアとデ・ラ・ペーニャは幾度となく対立を繰り返している。
 エチェベリアでは魔術に対抗する為の生物兵器に関する研究が国家主導で行われ、対抗心を露わにしている。
 その一方、アランテス教の教会を国内に建設し、布教する事を許可するなど、どうにも一貫性がない。

 まるで、お互い憎しみ合うのを前提に関係性を築いているようだと、他国の目には映っている。
 実は裏で手を取り合っていると訝しむ者も少なくない。


 それは、事実だった。


 限定的ではあるが、この両国は確かに盟約を結んでいた。
 ただし不仲である事はあくまでも条件の一つに過ぎない。
 ルンメニゲ大陸の他の国家にそう匂わせる事で、一つの重大な――――『世界の穢れ』を覆い隠す為だ。


「儂が初めてそれを知ったのは、もう何年前だったか……」

 薬草学の権威、ビューグラス=シュロスベリーは呪禁のように苦々しく噛む。
 己の言葉を一つ一つ。

「場所は覚えている。忘れようもない。デ・ラ・ペーニャの第一聖地マラカナン、その大聖堂だ。あの国は常に攻撃魔術の研究だけをやっていた。それが金になるからだ。魔術の進化を捨てて、利益だけを追求していた。そんな連中に、薬草士の儂に用があるとはとても思えなかったが……儂もまた、大口の後援者に飢えていた時期だった。教皇が会いたがっていると言われれば、断る理由などなかった」 

 若かりし日――――というほどの年月は経っていない。
 当時の教皇は、現在のロベリア=カーディナリスの一代前の人物。
 ゼロス=ホーリーという名の老人だった。

「教皇は病床に伏していた。年も取り過ぎていた。明らかにもう長くはなかった。だが彼は、生を欲した。なれば、何かしらやり残した事があるのだろうと、儂は問うた。答えは明瞭だったよ。命が惜しい、死が恐ろしい、その一点のみ。魔術国家の頂点に立つ者がその果てに辿り着いた境地は、何の事はない、凡庸だった」

 ビューグラスの声に非難めいた色彩はない。
 実際、ゼロス=ホーリーという人物が魔術国家において何を成し、何をもたらしたのかは外部から知る由もないし、その価値観の構築過程など更に理解しようもない。
 ならば、彼の小胆さの根底に何があるのかもまた然り。

「凡庸の教皇故に、儂は好機と判断した。もし命を救えば、儂を唯一無二の存在として生涯重宝するのは明白。莫大な資金を得られれば、この命尽きるまで薬草の研究に没頭出来る。儂は知識を総動員して、彼の病に利く薬の開発を試みた。そして、一つの結論を得た」

 他国の実質的な王に懇願されるほどの世界的な権威であるビューグラスにとって、その結論は――――屈辱的だった。

「生物兵器と薬草の融合。薬が消化されず、また吸収もされず、体内に留まり続けつつ効果を持続させる事が出来れば、病そのものを根治出来ずとも、死因にはならない。そういう発想に至った」

 薬を吸収しなければ、人体に作用しない。
 誰もがそう考えるだろう。

 だがビューグラスは違った。
 生物兵器と薬草の融合によって、身体そのものを永続的に弱らせる方法を模索していた。

 薬草と毒草は同じもの。
 薬草にも毒性は存在する。
 その毒性によって、病変をしないくらいに身体を弱らせ、かつ日常生活を問題なく送れる、そんな治療方法を提案した。

「教皇の病は難治……いや不治のものだった。だからこそ儂に声がかかったのだが。そこで儂は、治す事を放棄し、究極の保存療法を目指した。その為ならどれだけ金を使っても構わないと、嬉しい返事を頂いたよ。儂は歓喜に胸を高鳴らせ、複数の支援者と共に開発に乗り出した」

 生物兵器と、別の技術との融合。
 その後、全く別の人物が全く異なる用途で実施した試みでもある。

「その際、儂は教皇直々にエチェベリアとデ・ラ・ペーニャの真の関係について知らされた。本気でいがみ合っている一方で、トップ同士に限って言えば良好なパートナーでもあると。デ・ラ・ペーニャを統治する教皇とエチェベリアを支配する国王は、代々一つの密約を交わしていた」

 例えば、世界の秘密が一つあるとする。
 その秘密は、もしかしたら世界の理そのものかもしれない。
 未来を切り開く鍵かもしれないし、破滅をもたらす猛毒かもしれない。

 それを追及することは、人類の使命でもある。
 だが同時に、追及しない選択肢もある。
 秘密を秘密のままにしておく事も、時には重要だ。

「秘匿性を帯びた一つの情報を、厳重に保管した。それはエチェベリアやデ・ラ・ペーニャだけでなく、ルンメニゲ大陸全ての国家に厄災をもたらすかもしれない。逆に福音をもたらすかもしれない。一つ言えるのは、その情報は間違いなく世界を揺るがすほどの影響を持つという事。これを管理する事が出来れば、その国は大陸で最も強い力を得る。それを……二つの国のトップは共有していたのだ」

 二人だけの秘密。
 日常会話の中にさえ良くある言葉。
 これを、国家間で実現した。

「無論、可能な限り厳重に覆い隠さなければならない。誰にも漏れる事のない隠し場所は、一体何処か。大聖堂? 王城? そんな筈がない。最も目立つ場所だ。では最も目立たない場所? 地下都市……それでも足りない。或る一人の少女の記憶の中……それでもまだ足りない。もっとより深く、もっと目立たぬようにせねばならない。小心者の我等がエチェベリア国王は、妥協せず命じた。そして着地点を得た。それは――――」

 足音が響きわたる。
 ヴァレロン・サントラル医院とメトロ・ノームの境界線上――――『ヴァレロン・サントラル医院 地下支部』の中に。

「世界各国のあらゆる恥部……世界の恥部の中。そこに潜ませる事で、不可侵領域を作り出した。誰もが決して目立つ事を許さず、そこに手を出そうと試みれば、他のあらゆる国が手を組み阻止する……そんな領域を」

 足音は外からではなく、内部からだった。
 支部だけあって、ここにはヴァレロン・サントラル医院に繋がる通路がある。
 勿論柱ではなく、柱に繋がる隠し通路が地下にあるというだけだが。

「随分と遅かったな。今ちょうど、話していたところだ。君が欲しているものを」

「……あらぁン。誰にかしら? そんな大事な秘密を漏らすなんてン」

「自国の元老院にさえ黙っていた最高機密を、儂一人に話しただけで他国の若者にすら知られてしまう。哀れなものよ」

「話させた、でしょ? 本当に保存療法だけしてたのか疑わしいわン♪」

「少し口が軽くなってしまう程度の副作用は仕方なかろう。薬草は人間の為に生まれた物ではないのだから、利点も欠点もある。利点が上回っているから使われているに過ぎん」

「相変わらず、油断ならないオジサマねン♪」

 合流した二人の間に、仲間意識など――――最初から存在しなかった。








 

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