剣を折られる事を想定して戦う剣士は存在しない。
 それは、喉が枯れるまで歌い続ける歌手や、脚が折れると覚悟しながら舞い続ける踊り子とは決して同じではない。
 魂の置き所が違う。

 剣士の魂は剣の中にある。
 己の中にはない。
 剣の道を極めると決意したその日から、彼らは自分の中にある信念や生き様を全て、剣に預ける。

 剣士にとって剣は矜持であり、希望であり、命そのもの。
 その命を折られるのは死に等しい。


 ――――故に。


 剣士は、相手が剣士の場合に限り、敵の剣を折る事に強い抵抗を抱く。
 そして自分の剣が折られる事に対し、過剰なまでに怯える。
 
 剣士の頂点たる剣聖の称号を預かったガラディーンは、誰よりもそれを深く理解している。
 だからこそ、知る。

 自分の剣が折られる事を想定した上での戦術は、相手が剣士の場合に限り、最も有効となり得る。
 剣が折られた瞬間に生まれる隙は、例え希代の天才剣士であっても――――天才剣士だからこそ、確実に生じるのだと。

「……!」

 ガラディーンが自分の手に最高に馴染むと認めたハルの愛剣は、デュランダルの繰り出した斬撃によって真っ二つに折れていた。
 折れた剣身は激しく回転しながら宙を舞い、部屋の壁にぶつかり勢いよく落下する。

 だが、その破片に魂はない。
 デュランダルは刮目していた。
 自分が今、確かに砕いた筈の魂が、命が――――ガラディーンの持つ折れた剣が、一切の迷いなく自分に襲いかかってくる瞬間を。

「ぬ……うっ!」

 回避方法は皆無だった。
 普段なら、攻撃の直後にこのような隙は作らない。
 あの剣聖ガラディーンの剣を折ったからこその、勝利の確信だった。

 誰が予想出来るだろうか。
 剣の頂点に立っていた男が、長らくその地位を堅守してきた人物が、自分の剣を敢えて折られた――――など。

 想定していた事なのだから、次の行動への移行は余りにもスムーズだった。
 折られた剣で、デュランダルの身体を裂く。
 その為に、剣を振り抜いたままの体勢で完全に身体が開ききったデュランダルに最接近し、リーチが半分以下になった剣を振る。

「ありがとう、デュランダル」

 ガラディーンにとって、その作業は容易だった。

「お前が純正の剣士であった事、そして某を今も剣士だと思ってくれていた事、生涯忘れまいよ」

 先のない剣が、デュランダルの腹部を捉える。
 鎧の隙間を縫うように、正確に、そして滑らかに。

「某はこの日の為に――――人である事も、剣士である事も、棄てた」

 短い剣では、そのまま身体を真っ二つにする事は出来ない。
 背骨に達するのも不可能。
 それでも、腹部を切り裂き剣を抜けば、結果は出る。

「この勝利の為に。誰もが認める、某自身が自認出来る"剣聖"になる為に」

 途方もない屈辱をその身で受け続けながらも、ガラディーンの魂は、彼の中で雄叫びをあげていた。
 勝ったと。
 自分が築き上げてきた全ての栄光と技能を確実に凌駕するであろう才器の芽を摘んだと、愉悦に浸っている。

 血涙を拭いながら。

「某の身体は最早生物兵器に浸食されている段階ではない。生物兵器そのもの……そしてお前が先程言ったように、魔力そのものでもある」

 そう話しながら、ガラディーンは剣がデュランダルの身体から抜けないと理解した。
 腹部に込められた力によって筋肉が収縮し、めり込んだ状態の剣を掴んで離さない。
 そうする事で、出血を防いでいる。

 剣術以外も規格外。
 戦闘面だけでなく、あらゆる場面においてその天才性を発揮するデュランダルの恐ろしさを、ガラディーンはこの世の誰よりも理解していた。

「魔術士を屠る為に作られた最古の生物兵器……投与された者の魔力を分離する特性を持つそれが、今の某の一部なのだよ」

 デュランダルの身体が崩れ落ちる。
 ガラディーンが離した剣を道連れに。
 そのままゆっくりと、力なく床に倒れ込んだ。

「膨大な量の時間と犠牲によってこの生物兵器が誕生した時、開発者は理解した。魔力とは、単に魔術の源ではない。誰の身体にも宿る魔力の正体は――――」

 


「――――自我そのものなんですよ」

 少年の姿をした、明らかに常人ならざる空気を纏った男の話は、ファルシオンにとって寝耳に水だった。

 魔力とは、自我。
 全く得心が行かない。
 少なくとも、そのような自覚は今まで一度もなかった。

「人は誰しも、複数の自我を持っています。本能や衝動や単純欲求もあれば、理性や道徳心もある。そして、それらを制御するのもまた自我の役目です。人間が様々な顔を使い分ける事が出来るのは、自我領域における管理能力に優れているからに他なりません」

「何の……話をしてるの?」

「重要な話です。このヴァレロンで起こった一連の事件、その根本となる部分でもあります」

 姿に似つかわしくやや高い声で、男は訝しがるフランベルジュに講釈を垂れる。
 この中で唯一、魔術士としての顔を持たないフランベルジュにとって、実感を持ち辛い話なのをわかりつつ。

「魔力は、その制御を司る部分ではありません。制御はあくまでも理性と意思が行うもの。かといって本能でもないですね。魔力の正体は……」

「業。若しくは罪源」

 一足先に答えを紡いだのは――――

「流石はその道を研究し続けていた一族の末裔。その通りです、ヴァールさん」

 自律魔術の開発を行ってきたヴァールの先祖は、独自の着想や研究によってこの結論に辿り着いていた。
 だからこそ、歴史から抹殺された。

「もっとわかりやすく言えば『弱さへの抵抗』でしょうか。生物である以上、人間には必ず死が訪れる。その弱者が生き残る為に進化した力が魔力なんです」

「……」

 ファルシオンの目が、葛藤で歪む。
 この男の話は、魔術士である自分にとっては麻薬のようなもの。
 そう理解しながらも、止める事が出来ない。

「遥か太古の時代、人間は様々な自然災害によって多くの命を奪われました。火事、氷河期、雷雨と暴風……その恐怖が魔力を変質させ、やがて具現化させたのです」

「それって……今の攻撃魔術の事なの?」

 フランベルジュさえも引き込まれていく。
 生物兵器の開発スタッフで、生物学の権威――――リジル=クレストロイの言葉に。

「ええ。そして今、魔力はまた未知なる進化を遂げようとしています。魔術士だけじゃなく、誰の体内にも辿っているこの自我の力……それこそが、このエチェベリアという国の抱える大罪であり、流通の皇女が欲しているものなんですよ」

 流通の皇女というその言葉に、ヴァールを含む三人の顔付きが変わる。
 先程既に一度、彼の口から出た呼称だった。

「貴女方が探しているであろうフェイル=ノート君は彼女の元にいます。必ず辿り着いている筈です」

 同じ内容の発言を、リジルはもう一度繰り返した。








 

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