デュランダルの胸中は、実のところ然程乱れてはいなかった。
 ただ、繰り出す技を指定された事については、心の奥で苦笑したくなる衝動に駆られていた。

 今日の方が、エル・バタラでの一戦よりも余程茶番だ――――

 そんな言葉が浮かび上がってくる。
 狂おしいほどに。

 今尚もって、ガラディーンは上司であり、尊敬すべき剣士。
 よって、命じられればそれに背くつもりはなかった。

 右腕が疼く。
 身体の一部を自分以外から支配されている事への抵抗が、そのまま反応として現れているとデュランダルは解釈していた。

 ガラディーンの言う『必中の右腕』を発動させるのに、難しいプロセスは必要ない。
 ただ解放するだけ。
 ドス黒い欲望を社会に向けて放つのと似ている。

 異なるのは、その瞬間に凄まじい激痛が全身を襲う事。
 強烈な苦痛と、脳が痺れるような不快感を纏いながら、正確無比な制御を行わなければならない。
 感情の吐露を完璧に押さえ込めるデュランダルですら、当初は飼い慣らすのにかなり苦労した。

 しかし、既に完成の域に達している。
 暴走するかのように膨張し、敵対心を持つ相手に対し襲いかかる自身の右腕を、デュランダルは自身の意識と完全に同期させていた。

 木剣を使用していたエル・バタラでの試合とは、一撃の殺傷力が違う。
 オプスキュリテが額を貫けば、絶命は必至。

 デュランダルに迷いはなかった。
 ただ粛々と、己のすべき事をやり遂げるのみ。
 そうしなければ、自分が殺される――――そういう相手に対して手心を加えようなど、無礼の極みに他ならない。

「!」

 それでも、デュランダルの中には確信はなかった。
 自分の剣がガラディーンを貫かない未来を、微かにだが想定していた。

 それが彼の命を繋いだ。

 ガラディーンは、デュランダルの一撃を避けた――――訳ではない。
 その場にいなかった。
 つい今し方、いた筈の彼が。

 だが、この場から完全に消えた訳ではない。
 事実、ガラディーンは反撃を試みた。
 デュランダルの死角から、手に馴染むその剣を薙いでいた。

 もしデュランダルが自身の一撃を必殺だと決め付けていたならば、回避しようのない反撃。
 だがそれは空を切った。
 死角から放たれた剣聖の渾身の一撃が、掠りさえしなかった。

「なんという回避能力……いや、危機察知能力」

 つい先程までデュランダルが立っていた場所の斜め後方で、ガラディーンは思わず唸る。
 口惜しさで顔を歪ませるような態度ではなく、心からの感嘆で。

「不意打ちではあったが、それほど安い一撃ではなかったつもりなのだがな」

「お喋りが過ぎますね」

 かなり強引に身を捩って回避したデュランダルは、そのまま床を転がり距離を取って、即座に立ち上がった。
 軽業師も真っ青の身のこなし。
 最低限とはいえ、防具を身に着けてそれを出来る時点で、国内に並び立つ者は僅かしかいない。

「仕方あるまい。某にとっては念願の対戦。この日の為に、晩年の長い年月を重ねてきた」

 想いが溢れている。
 殺伐としたその空間に。
 ガラディーンの目は、まるで孫でも見るかのように穏やかだった。

「お前という存在が某の前に現れ、頭角を現し、銀朱の副師団長に相応しい力を身に付けるまで、某がどんな感情でお前を見ていたか……恐らくわかるまいよ」

「……」

「身体能力と技術、そして精神。その成長を見つける度に、自分の同じ時期を重ねていたのだ。当時の某はどうだったか。勝っていたか、劣っていたか。どの時点で某を上回るのか、それとも下回るのか。この感情を何と呼べばよいのか。嫉妬? 羨望? 焦燥? 悪夢……うむ、存外これが近いやも知れぬ」

 悪夢。
 自身の存在を、剣聖ガラディーンがそう表現した事にどのような意味があるのか。
 デュランダルは一瞬、自分の奥歯から音を聞いた。

「しかしもう一つ、厄介なものが乗っかっていた。わかるか? デュランダルよ」

「責任、ですか」

「そうだ。某は誉れ高き銀朱の師団長、そしてエチェベリアの全兵士を背負いし剣聖。そして――――次期国王アルベロア王子のお目付役」

 国内で最も強い人間が、国内で最も重要な人物の監督役となる。
 誰も疑問を抱く事はない、ごく自然の成り行き。

「強き国を創るには、強き王でなければならぬ。この一点、お前と某とでは相容れぬものだったな」

「……王は象徴であるべきです。強さを求めれば、確実に戦火が上がります」

「まして今はどの国も侵略に積極的ではない。強さを求めれば、その和を乱す思考に陥りかねぬ……か。一体何度同じ言葉を交わしただろうな」

 彼らが己の信条を他言する機会はそう多くはない。
 上の立場になればなるほど、王家と立場を同じくしなければならない歪な構造によって、言論の自由は奪われていく。

 だが、王宮に身を置く者達は総じて敏感だ。
 誰が誰に同調し、また反目し合っているか、言質がなくとも察する事が出来る。

 そうして、派閥は生まれていく。
 本人達の及び知らないところで。

 外殻が硬度を得る事で、その中にいる者達は次第に柔軟さをなくしていく。
 例えば疑心暗鬼。

 エチェベリア現国王、ヴァジーハ8世は鷹揚とした人物像とは程遠く、常に己が他者からどう映っているかを考えていた。
 これまでの歴代国王と比べて、自分はどう思われているのか。
 今後、国王の座を退いたのち、どのような立場で国家と向き合うのか

 現国王に、強き国は創れない。
 決して言葉に出せる筈のないその主張を、ガラディーンは無言で発していた。

 そんな彼には自然と、反体制の面々、そしてエチェベリアを敵対する勢力が接触を試みる。
 敵対はしないまでも、エチェベリアの国力を監視している者達もその動向を注目し、声をかける。

 その中に――――五人の権威がいた。

「生物兵器は元々、対魔術士の為の技術。それが何を意味するのか……わかるか? デュランダルよ」

 謎かけもまた、銀仮面を砕く為の布石。
 間髪入れず、ガラディーンは猛烈な勢いで跳躍した。

「悪夢を悪夢のままで終わらせてはならぬのだ」 

 それは、言葉ではない。
 雄弁に語る彼の剣圧が、斬撃が、痛烈に訴えてくる。
 デュランダルをもってしても防ぐのが精一杯の、嵐のような猛攻によって。

 デュランダルに、ガラディーンの全ての感情を理解するのは不可能だった。
 立場も年齢も違うが、問題はそれではない。

 もし、ガラディーンが――――

 この戦いにおいて優位性を得る為に、デュランダルに生物兵器の投与を勧めたのだとしても。
 予め、対抗策を用意出来る事を見越した上で、或いは既に用意していた上で、そうしたとしても。

「今の貴方は……生物兵器そのもの。いや、魔力そのものなのですね」

「……!」

 一閃。

 防戦の最中に放たれたオプスキュリテの横薙ぎが、ガラディーンの誇りを打ち砕いた。







 

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