地下の更に地下――――その空間は、暗闇に屈してはいない。
 ここにも永陽苔による光の提供がなされている。

 その為、デルの表情は眼前の二人にもある程度は把握出来た。
 ある程度というのは、顔色までは明確でないという意味だ。

 けれど、デルの表情は顔色を正確に確認するまでもなく、明らかに余裕のないものだった。
 精神的な消耗よりも、体調の悪さを感じさせる強張った表情。

「同じヴァレロンの中心ギルドを牛耳る立場の人間としては、キミの存在はどうしても許せなかったんだヨ。今だから……言えるけどネ」

 それでも、デルの目には強い意志が灯っている。
 そして、言葉とは裏腹にデルの身体には殺気や敵意は滲んでいない。
 尤も、それが敵でない証とは到底言えない事を、クラウは長年の戦闘経験で理解していた。

「ふむ。これまで我々は持ちつ持たれつの間柄だったと認識していたのですが。私の何が不満だったのですかな?」

「それはモチロン、キミがボク達を欺いていた事サ。諜報ギルドにとって、自分達が仕入れた情報を操作されるのは営業妨害以前にプライドがズタズタになる最悪の行為なんだヨ」

「一理ありますな。しかし、貴公等情報のプロにとって、情報とは商品であり専門分野。情報戦で遅れを取るのは、単に力不足……ではないのですかな」

 心臓を一突きするようなクラウの一言は、デルの歪んだ笑みを誘う。
 事実であるが故に、殺傷力は高い。

「確かに……確かにそうだネ。ボク達は油断した。キミの正体を掴み損ねていたからに他ならない。ボク達はキミを"死神"と断定していた。そう呼ばれ恐れられるウォレスの長で、王宮の貴族……或いは王族と繋がりを持ち、両計画においても協力している――――そう確定していた」

「ウエストは今回の二つの計画について、ここヴァレロンで重要な役割を担う筈でしたな」

 顎を擦りながら、クラウは筋書きを語る。
 隣のアルマは話の内容も、それをここで話す意図もわからず、キョトンとしたまま佇んでいた。

「ああ、失敬。彼については知っていますね?」

「うん。デルさんとは何度も話をしてるよ」

「彼は役職こそウエストのヴァレロン支部支隊長代理ですが、支隊長は"お飾り"でしたので、事実上の最高位なのです。ヴァレロンの情報源とも言える人間なのです」

 つまり――――この街で起こった全ての出来事は、デルの耳に入ってくる。
 そしてデルの裁量によって、情報の機密レベルが決定する。

 絶対に漏らしてはならない、或いは漏らさない方が好ましい情報は、ウエスト内だけでなくデルおよびギルド内のごく僅かな人間のみで扱われる。
 逆に、かなり重要な情報でも周知された方が好ましい情報の場合は、積極的に漏洩する。

 本来なら、そういったスタンドプレーは諜報ギルドにおいて御法度。
 だがデルはそれを意のままに行っていた。

「ウエストのヴァレロン支部は、彼に支配されていたのです。完全なる独裁。それ故に、ウエスト内では常に彼に対する不満……いや反乱の火種が燻っていました。それを着火させたのが、貴女の存在でした」

「……此方?」

「貴女は以前、彼から身柄を拘束されましたな。覚えておりますかな?」

「忘れる訳ないよ」

 アルマが地上へ行く事になったきっかけでもある事件。
 ヴァール=トイズトイズが陽動を引き受け、フェイル達が彼女に引き付けられている隙に、別の人物がアルマを拉致する。
 その実行犯は、実のところカラドボルグ――――ではない。

 カラドボルグは元々、アルマの健康状態を確認する為に同行したに過ぎない。 
 実行犯となる人物は他にいた。

「あの剣聖の人、紳士的だったけど……とっても怖かったからね」

 ガラディーン=ヴォルス。
 彼がアルマを攫う筈だった。

 だが、それを阻止したのがクラウ。
 クラウはガラディーンの追跡を逃れるべく、デルにアルマの身柄を預けた。
 
 それが――――崩壊の始まりだった。

「彼は、アルマ様を独り占めしようとしたのですよ。ギルド内で貴女を保護するのではなく、自分だけで隠匿しようとしたのです」

「人聞きが悪いなア。徹底した情報管理、最上級の扱いだと言って欲しいネ」

 声にも張りがない。
 明らかにデルは体調を崩している。
 しかしそれでも、彼の物言いには余裕が感じられた。

「しかし以前から彼に不信感を持っていたギルドの部下達が、彼の動きを察知していましてね。そして彼もまた、部下達の動きを把握していた。こういう場合は――――」

「甘い方が負ける。躊躇する方が滅びる。そういう運命なんだヨ」

 デルは強攻策に打って出た。
 正確には既に出ていた。
 協力関係にあったビューグラスに、ウエストを実験の舞台にしても構わないと申し出ていた。

 死の雨の実験場と化したウエストは、文字通り地獄絵図と化した。

「仲間を……全部捨てたの?」

 普段は感情を見せない――――記憶封印の影響で人格そのものが虚ろなアルマでさえ、その問いには心の乱れを含まずにはいられない。
 彼女自身に何の責任もないとはいえ、自分を手に入れる為に仲間を虐殺した人物が目の前にいるのだとしたら、それは――――

「仕方がないヨ。有能な人材も結構いたから、惜しかったし残念だったケド、天秤に掛けたらキミの方が重かった。それだけの価値はキミにはある。情報を扱う人間にとって、キミは宝の鍵……いや天国への階段サ」

 デルは、アルマの背負う運命も真実も全て知っていた。
 だからこそ、彼は狂気の扉を開けた。

「ボクは子供の頃からネ、知りたい事は絶対に知る信念を持って生きてきたんダ。好奇心なんて言葉で片付けられるのは不愉快でサ。真理なんて言葉で気取るのも好みじゃないネ。ボクはただ、ボクが知らなくて他の人が知っているのがとてもイヤだった。どうでもイイ事なら我慢出来るヨ。幾らなんでも森羅万象を把握するのは非現実的だからネ。でも……」

 敵意ではない。
 殺意でもない。
 ゆらりと、デルの右腕を動かした原動力は――――

「知りたいと思った事はサ、知らなきゃ気持ち悪いだロウ? ボクはそれを我慢する人間の気持ちがわからない。だから諜報ギルドに入った。だから今の地位に上り詰めた。なのに――――」

 彼の視線を、眼球を動かしているのは、不快感。

「自分の扱った情報が誤りだったなんて、許せないよネ。キミが……リッツ=スコールズを名乗っていたあの令嬢の父親だったなんてサ」

 屈辱にまみれたその声に、クラウは表情なくフィナアセシーノ――――死神の鎌を持つ右腕を上げた。









 

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