生物兵器に定義は存在しない。
 検体となる生物が人間でも人間以外の動物でも、また菌類や植物であっても、何ら概念を傷付けるものではない。

 目的も同様。
 強いて挙げるならば、『特定のものに対して異なる生命体の要素を加える技術』である事が便宜上の定義と言える。

 ビューグラスの発想は単純明快だった。
 人間に植物の要素を加える。
 それによって、腕が千切れようと首が吹き飛ぼうと自然治癒し、食事を摂らなくても日光さえ浴びれば生きていける人間を作り出そう――――そんな途方もない夢物語から、花葬計画の続きは始まった。 

「植物の再生能力は人智を超えたものですから、それはもう無理難題でしたね。薬草が人体に与える影響を細かく分類して、作用の相乗効果が期待出来る薬草を調合して、動物の性質とも融合して……兎に角まあ、色々やりましたよね」

 リジル自身、その研究にはやりがいを感じていた。
 人間と植物のみを直接融合させ、植物の性質を持った人間を生み出すのは不可能。
 しかし、人体に融合可能な動物に対し植物の性質を付加させる実験は、思いの外上手くいった。

 ドラゴンゾンビ――――そう呼ばれる動物を繋ぎ合わせた合成獣は、その実験の中でも特に顕著な成果を示した。
 動物個人に植物の再生能力を付与するのは無理でも、動物の死骸を擬似的に動かす――――つまり脳を停止させたまま別の動力を与えた状態であれば、植物がその死骸に根付き、取り込み、自身の性質である再生能力を死骸にもたらす事が判明したからだ。
 これは、人間の生命活動が植物の浸食に抵抗を示す事の表れであり、これ一つをとっても研究テーマとして十分に成立するほどの内容だったが、ビューグラスもリジルもそこには一切興味を抱かず、人体への再生能力の付与のみを追い続けた。

 無論、死体に再生能力を与えたところで、脳までは回復しない。
 死体が蘇り生命活動が見られるようになり、植物を拒絶するのだから、当然と言えば当然。
 そもそも、脳にまで作用する植物は存在しているが、だからといって損傷した脳を回復させるには至らず、結局のところ二人が辿り着いた結論は『死者ならば植物の再生能力が得られる』という、矛盾極まりないものだった。

「それでも、『死ねば不老不死の身体になれる』と死を待つだけの患者に言う事で、死への不安や恐怖が随分と解消されたものだ。これは儂よりも青年、君の方が詳しかろう」

 ビューグラスの淀んだ視線が、険しい顔のまま俯くカラドボルグへと向けられる。
 事実、医者である彼は何度も末期患者と向き合い、彼等が何を望んでいるか、何を求めているのかを熟知していた。

「……人は真の意味で自分の死を覚悟するのは難しいよな。受け入れるのは、時間が経てば出来る。ただしそれは、弱り切った時だ。覚悟をしようという意思がある程度に頭が動いている段階で、自分の死を認めるのはまあ不可能に近いね。心の何処かで救いを求めるからな」

 だが、例外があるとすれば、それは――――

「生き返るかもしれない、死なないかもしれない、また以前のような生活が出来るかもしれない、いやそれ以上の人生を歩めるかもしれない……そういう類いの希望。それが救いだ。だから輪廻転生は常に宗教の主軸たり得るし、不老不死の薬と称したただの水が売れる。そこに究極の説得力を持たせたのが、アンタ等の実験だ。確かに究極の錬金術だな。腐るほど金を持ってる奴らからすれば、死後に動かせる身体なんて最高の投資だろうよ」

 身体が動くのなら、脳だって動くかもしれない。
 死んでも、生命活動が停止しても、今までの自分でいられるかもしれない。
 そういった希望が、死ぬ事への恐れを取り払う。

 それこそが安楽死。
 自分の葬儀に花を添える――――花葬計画の骨子となった。

「誰もが希望を持って死ねる、そんな死を提供する為、儂は全てを捨てた。『死の雨』を使って大量殺人も行った。長い道のりだったが……数多の協力があり、充実した時を過ごせた。それ故の感謝だ」

 死の雨には死に至る毒性分に加え、、人体に植物の性質を根付かせる成分を含有させていた。
 正確には、人体に融合可能な生物兵器に、死者にのみ付与可能な植物の再生能力を伝搬させる性質を持たせていた。

 適合する人間は決して多くはない。
 まず生物兵器自体が人体に融合し、狙い通りの効果を生み出す可能性が低い。
 少しでもその可能性を上げる為の実験も、長期にわたり行う必要があった。

「流石に死人が大量に出る実験を何度も行う訳にはいかぬ。まずは人体に高確率で宿る生物兵器を開発する必要があった。だが、この実験は既に行われていた。花葬計画とは関係のないところで」

「人間の兵器化……身体の一部を限界以上に伸縮させたり、筋力を一時的に上昇させたりする事で、肉体に暗器を仕込んだ兵士を生み出す人体実験ですね」

 次に視線を集めたのは、兵学の権威たるガラディーン=ヴォルス。
 その目が静かに閉じられる。

「……兵学とは、勝敗を左右する戦略・戦術だけを追うものではない。肉体と武具の相関関係と因果関係、攻防における駆け引き一つを細部まで分析し、初めて意味を成す。逆を言えば、既存の兵学を覆すには、そのあらゆる常識の外から劇薬を仕入れなければならない」

「そうでしたね。剣聖ガラディーン、貴方の目的は……」

「某が長い年月をかけて積み上げてきた兵法の破壊。それを、某自身が叶える事」

 すなわち、自分の殻を破る事。
 ガラディーンはその為に、これまで築いてきた全てを捨てて、勇者計画と花葬計画に身を置いている。

 全てとは、文字通り『全て』。
 それ故に、剣聖という称号をデュランダルに継承させるという国王の意向を受け入れた。
 そして大衆の前で敗北するという屈辱も呑んだ。

 ガラディーンには、どうしても赦せない事が一つある。
 どうしても受け入れ難い問題を一つ抱えている。
 これをそのままにして引退などあり得ないし、まして墓場まで持っていく事など到底我慢ならないと、呪詛のように己の中で反響させ続けている。

 彼は周囲から人格者と見なされている。
 世界有数の戦闘力と、国内屈指の権力を手にしておきながら、傲慢さも強欲さもまるで見せず、派閥争いにも関心を示さず、後進の育成にも力を入れる聖人――――それがガラディーン=ヴォルスへの一般的な評価だ。

 実際、彼を悪く言う人間などデュランダルに心酔する一部の過激派のみ。
 国王も全幅の信頼を寄せており、剣聖の称号を正式にデュランダルへ引き渡した後は、国王の相談役という破格の地位を確約されている。

 その評判に嘘はない。
 ガラディーンは自分の人格を偽って演じた事など一度もないし、無理をして良い人になろうと努めた試しもない。

 ただ――――

 彼の中には、熟練の域に達した修羅が存在している。
 その修羅は血の涙を流しながら、二つの渇望を抱いている。


 その内の一つは、己の手にした栄光の中にあった。

 十二年前に勝利という結果をもたらしたにも拘らず、その実態が未だ見えて来ない――――


 ガーナッツ戦争の真相。







 

                         前へ      次へ